広島の外に出たからこそ気づいた郷土の魅力

農家の長男として生まれた僕は、幼いころ、この里山が大好きでした。見渡す限りの大自然の中、秋は稲穂が実って一面黄金色に輝き、赤とんぼが飛んでいて。でも、「農業は大変」「これほどつらい仕事はない」と言いながら働く祖母を見ていると、農業にあこがれの気持ちは抱けませんでした。絶対に農家を継ぎたくない、自分はもっときらびやかな世界に生きるんだ。そんな思いで大学卒業後は一般企業に就職し、全国各地を飛び回るサラリーマンになりました。

 

 

しかし、現在は地元北広島町に戻り、「株式会社やまのまんなかだ」を立ち上げ、ベビーリーフやスプラウトを生産する農家になっています。サラリーマンを辞めて農家になろうと決意したきっかけは、広島の外で接した食でした。全国各地のおいしいといわれる食べ物をたくさん食べてきましたが、その中で感じたのは、どこに行っても同じような味だな、ということ。特に印象的だったのは、東京の一等地にある高級寿司店で食べた食材です。産地直送にこだわった魚介や野菜は、どれも小さいころから北広島町で食べてきたものと同じだったんです。北広島町では地元でとれた食材を地元で食べていました。川も海も山もすぐそばにあって、何もかも新鮮でおいしかった。

 

 

僕は衝撃を受けるとともに、「都会と地元のこの差は何だ?」と愕然としました。地元では皆下を向いて仕事をしているようで、まるで明るい未来がないように思えるのに、そこでとれた食材が都会ではありがたがられる素晴らしい食材になっているんですから。思い返してみれば、全国各地で食べてきたものの中で一番おいしいと感じたのは、五島列島の小さな漁村で食べた何でもない普通の朝食でした。ようやく僕は、自分のルーツである北広島にも価値があったんだ、と気付いたんです。一度地元から離れ、客観的に見る機会ができたからこそ気づいた郷土の魅力です。まだ見出されていない価値を形にしたいという使命感に突き動かされるように、24歳で農家に転身しました。

 

郷土由来のたい肥にこだわったベビーリーフ

「やまのまんなかだ」では、北広島町の山の真ん中に広がる20棟のビニールハウスでベビーリーフを育てています。水耕栽培が主流のベビーリーフを土耕栽培することにこだわっていて、取引先のレストランでも好評です。土耕栽培ならではの味の濃さ、薬味としても使える味わいが魅力で、鮮度のもちも自慢です。

 

 

栽培に使用しているのは、郷土の資源だけを使った完全植物性のオリジナルたい肥。町内のきのこ農家さんからわけてもらったおがくずと近隣の山で集めた落ち葉だけを使用した、郷土由来のたい肥です。微生物が活動して発酵が進んだたい肥は熱を持って湯気が上がります。土といってもたい肥中の微生物は生き物なので環境を維持するのは大変ですが、郷土の資源は地域の宝です。この土地だけの味を作るには欠かせません。

でも、最初からこの方法で農業をしていたわけではありません。最初の2年ほどは鳴かず飛ばずでした。農業をなめているところがあったんだと思います。化学肥料や農薬を使わない有機農業が理想だとは思いながら、最初は手を出すこともできませんでした。就農当初の僕はチンゲンサイを栽培していました。それは慣行農法で、規格通りの野菜をつくる仕事。でも、マニュアルに沿ってもすぐできるようなものではなくて、普通に生産できるかといえば全くそんなことはなく、失敗ばかりでした。

 

 

ベビーリーフの生産を始めたのはそのころでした。ある有名なシェフに「自分のためにベビーリーフをつくってほしい」と言われたのがきっかけです。勉強しながら試行錯誤してベビーリーフをつくってみると評価されて、やっと楽しいと感じられました。その経験から自信をつけて2019年秋に会社を創業しましたが、それからすぐにコロナ禍に。取引先のレストランが営業できないため生産したベビーリーフは捨てるしかないし、売上の目途が立たず、かなり追い詰められました。

くさくさしていた僕は、ある時、取引先のレストランで食事をしていた人に「なんでそんなにおいしそうに野菜を食べるのか」と聞いてみました。その人は腎臓が悪くてサラダにドレッシングをかけられないらしく、ふだんは嫌々野菜を食べていたそうですが、このベビーリーフはしっかり味があっておいしいと言ってくれて。「子どものころに食べていた野菜の味がして、ドレッシングなしでもモリモリ食べられる」という言葉がとても印象に残っています。ひとりのお客さんの言葉で、僕は自分の仕事がちゃんと世の中に必要とされていることを初めて実感したんです。それを機に、農業で何がしたいのかという原点に立ち返りました。「郷土の資源を活かした農業をしよう」と本腰を入れて取り組みはじめたのはそれからです。

栽培では水にもこだわり、平成の名水百選と同じ山から出る湧き水を使用しています。そして収穫はその日の気象条件に合わせて時間を変え、すべて手摘みで。レストランから「こういう料理に使いたい」「こういった使い方をしたい」とサイズ指定があるので、オーダーに合わせて収穫しています。今では全国各地の約100店のレストランにおいしいベビーリーフを届け、2023年にはG7広島サミットの各国首脳パートナーのディナーにも使用されました。

 

 

ひろしま未来区民として

僕にとってベビーリーフ栽培は、あくまでも手段です。根本にあるのは、この地を活かして独創的な価値を創造していくという哲学です。形にしたのがたまたまベビーリーフやスプラウトだったというだけ。そしてそれは僕ひとりではなく、きっかけをくれたシェフをはじめとしたレストランの方々など、多くの人たちと一緒に積み上げてきたものです。だからベビーリーフから変わっていく可能性はありますし、実際新たに模索している最中です。

これからも、自分たちのルーツや郷土に誇りと自信を持って、胸を張って次につなげていく仕事をしていきたいと思っています。いろんな人たちと積極的につながり、もっと面白い未来を描いていきたい。今具体的に考えているのは、生産者や料理人など食に携わる人を集め、広島のこれからの食文化をつくっていく研究会ができないかということです。あわせて、僕たちの考える広島らしさや、良い農業、良い料理人とは何かを考え、それぞれが共有できる理想像を描いていきたい。僕がそうだったように、ひとりでやっていてもいつかは頭打ちになってしまいます。今の広島には次世代を担う若いリーダーがたくさんいますが、みんな同じようなところで悩まれると思います。そういった悩みや、理想にかける情熱を共有し、広島で新たな潮流をつくっていけたらうれしいです。それこそが「郷土で活きる」ということだと思っています。

 

 

 

 

プロフィール

山田誠さん

1986年生まれ/北広島町出身

やまのまんなかだ 代表取締役

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