世界的な建築家・丹下健三が設計し、その特徴的な外観から「船の体育館」の愛称で親しまれてきた旧香川県立体育館。閉館から7年、香川県教育委員会が建物の活用策について民間から意見や提案を聞き取る調査に踏み出しました。再活用か解体か。大きな岐路に立つ今、“香川の誇り”を守る活動を続ける建築家に話を聞きました。

閉館の「船の体育館」活用策を募る

前回の東京オリンピックが開かれた1964年に建設された旧香川県立体育館。大空間を実現するためワイヤーで屋根を吊るという特殊な構造と、前後に大きく屋根がせり出し、「和船」を思わせる外観が特徴です。

建築家・丹下健三が同時並行で設計を進めたことから「双子の関係」とも言われる「国立代々木競技場」は国の重要文化財指定が決まり、世界遺産を目指した活動が行われていますが、「双子」のもう一方は老朽化のため2014年に閉館。香川県はその後、保存か解体かの明確な方針を示してきませんでしたが、2021年度になり、ようやく動き出しました。県教委が対話を通じて民間事業者の意見や提案を把握する「サウンディング型市場調査」の実施を決めたのです。

「7年間考え続けてきた」

「香川に住んでいる人には、地元民が考えても大したものは出てこないだろうと思われているみたいだけど、7年間も継続して考え続けていた僕らはそうではないところを見せれるように頑張る」
9月8日、高松市の建築家、河西範幸さんは、Twitterでこうつぶやきました。

河西さんは、2014年に体育館閉館の方針が報じられると「保存の会」を立ち上げ、貴重な建物について広く知ってもらおうと見学会を開催。閉館後は「船の体育館再生の会」と名を改め、写真展やオンラインツアーを開いたり、写真集、ペーパークラフトを発売したりと、情報発信を続けてきました。

「香川の建築の業界で、たぶん僕ほど体育館を利用していた人間はいないので、最初は『僕がやらなきゃ誰がやる』みたいな感じでした。活動がこんなに長く続くとは思っていませんでしたが……」

河西さんと船の体育館との出会いは幼稚園児のころ。母親のママさんバレーの練習に連れて行ってもらっていました。中学・高校時代はバドミントンの県大会の会場として利用。

「小さい頃から慣れ親しんでいたので、普通の建物だと思ってたんですが、大学で建築学科に入った時に『香川県の体育館、すごいだろ』と先生方がおっしゃられて、『あ、あの建物すごかったんだ』と知りました」

“ひとり歩き”する耐震改修費用

老朽化により屋根の落下の恐れが指摘され、香川県は当初、耐震改修工事を目指しました。しかし、3度にわたり工事の入札が不調に終わったため、改修を断念。3回目の入札では8億円余りの予定価格に対し応札がありませんでした。

今回、県教委が行うサウンディング型市場調査は、保存・活用事業の「実施主体」となる意向がある法人や団体などが参加の条件で、施設の改修費用は原則、事業者の負担となるなど高い「ハードル」が設けられています。河西さんは不調に終わった入札予定価格の8億円が“ひとり歩き”して、さらに高い壁になっていると指摘します。

「2014年当時は、建物を50年前の状態に完全再現するような工事の手法をとっていたために、『難工事』だということで入札不調になったという経緯がある。今の技術を使えば安く抑えられる可能性は十分にある」

“完全修復にこだわらない”再生計画

そう話す河西さんは、サウンディング調査の話が出る前から建築構造の専門家の協力を得て再生計画を検討していました。その結果、重い屋根をいったん取り除いても建物自体が崩壊しないことが分かり、低コストでの耐震改修の実現可能性が見えてきました。

「高騰化する特殊な構造の完全修復にこだわるのではなく、修復が困難な箇所を撤去、除去しながら空間イメージを残す改修方法を取ることで、取り壊され続けている戦後モダニズム建築の残し方の一つのあり方を提示できるのではないか」

河西さんたちは、屋根を取っ払って半屋外とし、スケートボードやスポーツクライミングなど、エクストリームスポーツの殿堂にする案など、斬新な再生プランを複数用意。関心がある企業などにそのプランや活用できる補助金などについてアドバイスして、サウンディング調査への参加を呼び掛けています。

まずは“正しく知る”こと

「河西さんのすごいところは、8億円という予定価格だけが県民に伝わる中で、安くすませる方法はないのか構造の専門家に調査に行っているところ。本来はそうした調査こそ、県がやるべきことですよね」

こう話すのは、ウェブサイト『物語を届けるしごと』などで、四国や瀬戸内の魅力を世界に向けて発信しているデザイナーの坂口祐さん。船の体育館再生の会のメンバーとは少し異なり、「最終的に取り壊すことになったとしても、その前に正しく知ろうよ」という立場だと言います。

瀬戸内国際芸術祭が開かれる50年も前から、当時の金子知事によって「アート県・香川」の系譜があったこと。子や孫の世代に「自慢できる何か」を残すことができるのかという長期的な視点に立ったときの価値。そして、「改修工事には8億円以上かかる」、「それだけの金をかけるなら解体してしまえばいい」と短絡的に判断するのではなく、改修の「手法」によって工事費の見積もりが異なってくること。

坂口さんは、まずはこうしたことを県民が正しく知るために「多様な可能性」を提示する河西さんたちの活動の意義を感じています。

「香川の誇り」を失わないために……

9月8日、船の体育館の再生について考えるオンラインの講演会が開かれました。河西さんもゲスト参加し、これまでの活動の経緯や再生計画について発表しました。主催したのは、日本大学名誉教授で構造家の斎藤公男さんが代表を務める「A-Forum」。大学や大手ゼネコン、設計事務所などに勤める人たちから多くの意見が寄せられました。

東京大学の神田順名誉教授は「県民に愛され、日本からも世界からも注目されている建物をわずか10億、20億(を惜しん)で壊してしまったら、新しく建てたものがそれ以上の歴史や文化が生まれるというのは想像できない。県の責任として残していく必要があると発言してもいいのではないか」とコメントしました。

河西さんも、「香川県民は僕も含めて自覚してないが、このような名建築と呼ばれる建物を“普段使い”していることをもっと誇りに思いたい。壊してしまったら、その誇りが失われてしまう」と語ります。
香川県教委は、今回のサウンディング型市場調査で実現性がある提案がなかった場合、解体の方向に進むかどうかについては明言していませんが、河西さんは「今までの県の姿勢を見れば、取り壊される可能性は十二分にある。悔いが残らないように精一杯頑張るだけ」と力強く話します。

サウンディング型市場調査の参加申し込みは9月30日までで、10月21日までに提案書を提出する必要があります。「船の体育館再生の会」では、県内外を問わず興味がある法人や団体には可能な限り協力やアドバイスをするとして、連絡をするよう呼び掛けています。

山下洋平