どうして、教員が一言も声を発しないのかーー?

ブレイディみかこさんが6月に上梓した小説『両手にトカレフ』(ポプラ社)を読み終え、不思議に思った。

ブレイディさんと言えば、イギリスの公立中学校に通う息子の日常を描き、累計100万部の大ヒットとなったエッセイ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、2019年)が代表作。

課外活動の充実などによって公立中学校ランキングの順位を大きく上げた「元底辺校」が舞台で、貧困層の生徒らと向き合う教員たちの熱心さが印象的な1冊だ。志ある教員たちの姿に、日本の教員からも“憧れ”の視線が注がれた。

ブレイディさんにとって初めてのフィクションとなる『両手にトカレフ』では、中学生の少女・ミアの学校や家庭での貧困と切り離せない日常がリアルに描かれる。ところが、教員の姿や声は一切出てこない。

一体、どういうことなのか。ブレイディさんにインタビューし、作品に込めた思いを聴いた。

同じ学校でも、見え方は全く異なる

「ガラの悪い団地」に暮らすミアの家族は、食べ物が尽きるほどの貧困に陥った母子世帯だ。自分や家族が抱える重い現実を、ミアは誰にも打ち明けられない。中学校の教室ではいつも最後列に座り、授業中には1冊の本を読み耽っているーー。

そんな少女を中心とする小説を描くきっかけは、『ぼくイエ』の主人公となった息子の言葉だったという。

「『ぼくイエ』を読んだ息子が、『この本でぼくの中学校はすごくキラキラした場所のように描かれているけれど、実際には(家庭の事情などで)クラブ活動やバンドや演劇をできない生徒もいる。そんな生徒の存在が見えなくなっている』と言ったのです。確かに息子の指摘の通りでした」

その反省から、再び筆を執ったブレイディさん。しかし、貧困や複雑な家庭事情などといった「ハードでプライベートなこと」の内実や子ども本人の心情を、ノンフィクションで伝えることは難しい。フィクションならーー。そう思い、初めて小説に挑戦した。

徹底したのは、14歳のミアの目線で物語を綴ることだ。

「『ぼくイエ』には、熱心な校長や、生徒のために頑張っている先生たちが登場します。でも、おそらくミアのような生徒の目には、教員の姿は『熱心』『頑張っている』とは映っていません。

ミアにとって教員は、自分を救ってくれる人でも、相談できる相手でもない。自らの家庭環境や貧困について、教員には決して打ち明けません。

息子が通ったのと同じ中学校だとしても、ミアの目には全く違う場所に見えているはずです」

その通り、ミアは物語の序盤、大人に本心を漏らさないことを徹底していた。「誰にも頼れないということを忘れないために」、信頼しかけた大人とは距離を置いた。自宅を訪ねてくるソーシャルワーカーに対しては「慎重に言葉と表情を選ぶ」こと、「つけ込む隙を与えない」ことを心掛けた。

『両手にトカレフ』に教員の姿や声が全く現れないことは、たとえ「熱心な教員たち」であっても見逃してしまい、取り残してしまう子どもの存在を逆照射していたのだ。

手を差し伸べてくれる人がいれば、世界は変わる

ブレイディさんが「誰にも本当のことを言えない」子どもの心情に寄り添うのは、自らも同じ思いをしていたからだ。 

家庭に経済的な余裕がなく、通学定期券を買う費用をアルバイトで賄っていた高校時代。教員には「いまどき、そんな子どもが日本にいるわけがない」と言われ、存在を否定された気持ちになった。「本当のこと」は、誰にも言えなくなったという。

「友人に家族の話はできませんでした。周りの生徒はみんな幸せそう。なのに、私の家で起きていることを打ち明けたら、びっくりさせてしまうし、幸せな世界を壊してしまうと思っていました」

依存症の母親を抱え、小学生の弟のヤングケアラーを務めるミアも、苦しさを誰にも打ち明けられない。自分の家族の話題は「ヘヴィ過ぎる」と考え、友人と話すときには聞き役に徹する。

「そんなミアの姿には、私自身の経験が滲んでいます。この小説には、私の自伝のような要素もあるのです」

だが、物語が中盤に差し掛かるころ、ミアは1人の人物に次第に心を開くようになっていく。

「僕と一緒に、ラップを作らない?」

ミアにそう提案した、クラスメイトのウィルだ。はじめは「無理」と一蹴したミアだったが、やがて自分の思いをリリック(歌詞)に乗せてウィルに伝えるようになる。

誰かが手を差し伸べてくれたら、自分をとりまく世界は変わるーー。そう確信を持つのも、自らの経験からだ。

「高校時代、私の書いた文章を読んで、『自分が責任を持ってこの子を受け持つ』と言ってくれた教員がいました。授業に出ず、教室ではなく図書館に向かうような私を受け入れ、文筆家になることを1番最初に勧めてくれた人でした。

当初は『うざい』と思っていました。でも、的外れだとしても手を差し伸べてくれたことで、『自分を気にしてくれる人がいる』『存在を認めてくれる人がいる』と思えたのです」

暴力を言葉で溶かした物語

小説のタイトル『両手にトカレフ』は、ミアがウィルに向けて書いたリリックから引用した言葉だ。

「引き金に指 いつでも引ける (中略) 両手で銃をかまえて立てよ 自分の銃をかまえて立てよ」

少し物騒な、ミアの心象風景。だが、もちろんミアは本物の銃を握ったのではない。鬱屈した思いを、言葉にしたのだ。

「ミアの銃は言葉に変わりました。『両手にトカレフ』は、暴力を言葉で溶かした物語なのです」

だが、小説の刊行から1カ月後。現実に起きたのは、本物の銃の引き金が引かれた事件だった。安倍晋三元首相が銃撃された事件の背景として、容疑者が抱えていたさまざまな事情が伝えられている。

『両手にトカレフ』でミアが選んだ道筋と現実の事件との距離に、ブレイディさんは思いを巡らせる。

「銃撃事件の容疑者にも、話を聞いてくれる誰かがいたら、結果は変わっていたかもしれないと感じます。

容疑者は、SNS上には色々なメッセージを投稿していたそうです。生身の誰かが、手を差し伸べ……なくてもいい。とにかく、話を聞いてくれるだけの人が、そばにいたら良かったのではないかと思います。

『ここだったら安心して本心を言える』という場所、信頼できる関係を築けない。容疑者に限らず、そんな人は結構いるだろうと思います」

貧困を“マイルド”に描いて気づいたこと

解決しにくい問題を抱える誰かが、あらゆる場面で「見えなくされている」。その責任は、問題を語らないことで何かを解決した気になってしまう私たちにもあると、ブレイディさんは考えている。

「『ぼくイエ』を書く前、複数の編集者から、『あなたの本は貧困の“色”を薄めた方が、たくさんの人に読まれるようになる』と言われました。深刻な『子どもの貧困』を描いてきたこれまでの私の本は『ハードすぎる』というのです。

確かに貧困問題は、暗い。だから、『ぼくイエ』では貧困を“マイルド”に描くことになりました。

貧困に苦しむ子どもが現実にいるのに書かない。なぜかというと売れないから、読まれないからーー。それでは、高校の教員が私にしたことと同じだと気づきました。いるはずの子どもを、見えなくしてしまっていたのです」

 「暗い」問題を語ることが忌避され、ただ「見えなくなる」。それが、いまの日本だと考えている。

「貧困は、長年にわたって日本に存在しています。帰国するたび、深刻になっていると感じます。それなのに、日本では目の前に貧困問題があっても見ない。取り上げもしない。

『ダイバーシティ』なら、ファッション雑誌の表紙のコピーになります。『これからはダイバーシティの時代』と。でも、貧困問題になると、なかなか語られない。昔からある課題なのに、私たちはずっと、何もできていないのです」

「ここではないどこか」に、たどり着くには

「見えなくされている」子どもたちに、社会は何ができるのだろうか。

「ここではないどこか」を探し求め続けたミアは、物語のクライマックスでようやく一筋の光を見つける。ブレイディさんが提示する“アンサー”だ。

「ミアが病院で目覚めたとき、ミアのそばには友人の母親(ゾーイ)とソーシャルワーカー(レイチェル)がいました。ゾーイは『共助』、レイチェルは『公助』。両方ともが、ミアには必要だったのです。

日本は『Aか、Bか』と考えがちですが、『AもBも必要』。

最近は『経済か人権か』という問いを耳にすることもありますが、経済は人権に直結しています。イギリスでは、『貧困は人権問題だ』と小学校の頃から叩き込まれます。生存権を脅かす貧困を生み出すのは経済。だから、経済は人権問題なんです。

『経済か人権か』『共助か公助か』ではなく、使えるものは全部使って、問題を解決しないといけません」

ゾーイはミアに、こう伝える。

「あなたはもう何もしなくていいの。見ないふりをせずに、言い訳をせずに、何かをしなくてはいけないのは大人たちのほうだから」

このメッセージについて、ブレイディさんは「自分で書きながら、泣きそうになる」という。

「本来は全ての子どもに、ゾーイたちと同じように助けてくれる大人がいるべきです。子どもに『声を発せ』『変われ』と言うのではなくて、大人が変わらないといけません。

小さなレベルだけでなく、大きなレベル、政治のレベルでもそうです」

■ブレイディみかこさん

1965年、福岡県生まれ。1996年からイギリス・ブライトン在住。

2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース、本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。

ほか著書に『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』など。

〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉