ニューヨークを行進する中絶権支持者たち(2022年5月14日撮影)

5月2日、アメリカ連邦最高裁判所が「妊娠中絶は女性の権利」と認めた過去の判決を覆す見通しを示す草案がリークされた。

この報道によって、アメリカではデモが繰り返され「ロー対ウェイド判決」が覆される可能性があると、アリアナ・グランデやビリー・アイリッシュ、オリヴィア・ロドリゴらをはじめ多くの抗議の声が上がっている。

アメリカでは、1973年の連邦最高裁判所におけるロー対ウェイド判決確定以降、人工妊娠中絶は合法であり、この判決において女性の妊娠中絶権はプライバシー権に含まれ、憲法上の権利として保護されている。

アメリカ国民にとって大きな意味を持つこの判決から約50年、アメリカはまた国家の方向性を定める重大な局面にあると言えよう。

私はアメリカの司法試験にパスした後、ロー・クラークという裁判官の補佐役として裁判所で働いていた経験もある。また、陪審員裁判(裁判官や陪審員の前で行われる裁判)を担う弁護士、トライアルローヤーとしてすでに四半世紀を過ごしてきた中で、裁判官とのやり取りも頻繁に行ってきた。こうした経験から、今回はアメリカ人弁護士としてこの問題を客観的に解説したい。

 

三権分立は正常に機能しているか

まず、草案がリークされること自体は非常にまれであり、そう起こることではない。ただ、判事らが事前に意見書の草案を他の最高裁判事に提示し、判事が賛否を検討する、自らの最終的な意思決定をすることはある。 繰り返すが、一般に公開されるものではない。

また、判事は法廷の品位を保つことに非常に熱心である。三権分立については語るまでもないが、最高裁判所が政治的影響を受けてはならないからである。

ちなみに、現在の最高裁判事は保守派6人、リベラル派3人の構成で、そのうちの保守3人がトランプ前大統領によって任命されている。

「ロー対ウェイド判決」が覆されるとなれば、最高裁はどの政党がどの判事を任命するかによって政治的な影響を受けるという印象を与えかねない。

 

「ロー対ウェイド判決」は覆されるのか

ロー対ウェイド裁判は、憲法には妊娠中絶の権利について明言されていないものの、その権利を認めているという解釈を見出したもの。つまり、明文化されていないゆえに別の解釈ができる可能性がある、法的観点から見れば議論の余地があるといえる。

しかし、この判決は50年もの間、米国で効力を発揮してきた法的判断として尊重されるべきではないだろうか。

あくまで私の推測だが、最高裁のロバーツ長官は「ロー対ウェイド判決」を覆すのではなく、「ロー対ウェイド判決」はそのままに、つまり中絶の権利は認めるが、州がその権利を厳しく制限することも認めるという判決を出そうとした、あるいは出すかもしれないと考える。

これも私見ではあるが、本記事でも示した通り、テキサス州等南部の多くの州では、州法によって中絶の権利を制限しているため、「ロー対ウェイド判決」は意味をなさなくなっている。この現状を鑑みても、たとえ「ロー対ウェイド判決」が覆されなかったとしても、これらの州では引き続き、中絶の権利を制限するだろう。

一方で、「ロー対ウェイド判決」が覆されたとしても、アメリカにおいて中絶が不可能になるわけではないことも記しておきたい。なぜならば、連邦政府は「中絶を許可しなければならない」とする法律を制定することができるからである。ただし、現政府では、上下院ともに民主党がリードする議席数はわずかである(上院:0議席、下院:9議席)ことから、実際のところは、法律の制定は厳しいといえる。

では、ほかに選択肢はないのか。連邦法が発効されないのであれば、各州が独自の法律を制定し、認める、限定的に認めるという判断にゆだねることである。ただし、銃刀法のごとく、住む地域によってさまざまな法律が存在することになる。現時点でも、住んでいる州では中絶ができないために、隣接する州で手術を受けようとする人が医療を圧迫する「中絶難民」の存在と、その攻防も取りざたされている。

人権を尊重し、多様性を認める先駆的国家であるアメリカ。私は、弁護士として、多角的な視野から継続してこの問題を注視していきたい。