イギリス・ブライトン在住のブレイディみかこさんが、現地の公立中学校に通う息子の日常を綴ったエッセイ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、『ぼくイエ』)の刊行から約3年。

累計100万部を突破した大ベストセラーの姉妹編ともいえる新刊『両手にトカレフ』(ポプラ社)が6月、世に送り出された。イギリスを舞台に、貧困家庭に育つ中学生の少女が直面する絶望と希望を描いた小説だ。

イギリスの学校教育や子どもの成長を色鮮やかに描き続けているブレイディさん。日本の学校や教員の姿は、その目にどう映っているのだろうか。ブレイディさんにインタビューし、尋ねた。

日本の教員が『ぼくイエ』に憧れる理由

「貧困地域の学校には、特に志のある教員が多くいるのがイギリスの特徴です。息子の学校の教員たちも、ものすごく“熱い”」

その言葉の通り、『ぼくイエ』には生徒と向き合うことに情熱を持った教員たちが登場する。ブレイディさんの息子が通ったのは、貧困層の多い地域にありながらも、課外活動の充実などによって公立中学校ランキングの順位を大きく上げた「元底辺校」だ。

困窮する家庭のリアリティをもとに作詞したラップを生徒がクリスマス・コンサートで披露すると、教員全員が「うちの生徒、やるでしょ」と言いたげな誇らしい顔で拍手を送る。制服を買う余裕のない生徒のため、中古の制服を縫い直して50〜100円程度で売り渡すボランティア活動を展開する教員もいる。

「こんな教育をしたい」と、日本の教員からは“憧れ”の視線が注がれた。ブレイディさんは、その裏側にあるものを見ていた。

「『こうなりたい』と思うのは、日本の教員が(『元底辺校』のような教育を)できていない証。

イギリスと日本では、そもそも学校の状況が違います。日本の学校に子どもを通わせている周囲の人々から色々なエピソードを聞きますが、とにかく教員に余裕がなさそうで、厳しい状況だと感じます」

長時間労働が常態化する日本の学校現場は「ブラック職場」、法律により残業代が出ないことから「定額働かせ放題」などと揶揄されてきた。近年は教員不足や教員採用倍率の低下も深刻化している。

教員1人が受け持つクラスの人数が諸外国と比べて多いことも指摘されている。

教育現場の窮状を改善しないままの未来を、ブレイディさんは危惧する。

「国の未来は、子どもです。にもかかわらず、子どもをどう育てるかを考えることが、日本では後回しになっている印象です。国がお金をかけて子どもを育てていかなければ、“店じまい”しようとするのと同じ。このままだと日本の未来は大変なことになると思います」

大人も子どもも窮する日本の教育現場

現場の教員たちの負担は、なかなか軽くならない。

そんな中で窮するのは、“憧れの教育”を実践できずに歯痒い思いを抱える大人だけではない。当然、しわ寄せは子どもにも向かう。

「(教育現場などが)しぼんでいくと、子どもたち1人1人に好きなことをさせてあげられません。日本はもともと同調圧力が強い国ですが、教育現場が余裕を失うと、大人は子どもたちに対し、これまで以上に『同じ』を押し付けるようになります。

例えば、保育士1人で子ども8人を見るならば、保育士は1人1人と対話できます。ですが、いまの日本のように1人で(3歳児を)20人、(4〜5歳児を)30人見るとなると、『みんな同じ格好をしなさい』『みんな同じものを作りなさい』と言うしかなくなります。

小学校なら、『この順番で』と説明して、流れ作業で同じことをさせないと、その場が回っていかない。何かを教えるというより、『とにかく現場を回していく』。

そんなとき、もし、みんなとは違うことをしている子がいたら、弾かれてしまいます」

「みんな同じ」の中で、「いないことにされる」子ども

「現場を回す」ことに精一杯な大人。子どもには、全員「同じ」が望まれる。そんな日本の教育現場に違和感を感じていたのは、ブレイディさん自身も「みんな同じ」に当てはまらなかったからだ。

「私の実家は経済的な余裕がありませんでした。アルバイトしていた理由を高校の教員に問いただされ、『バスの通学定期券を買わないといけないから』と説明しました。

すると、『いまどき、そんな子どもが日本にいるわけがない』と言われたのです。実際に目の前にいるのに『いない』と言われた、衝撃的な経験でした。

それからは反抗的になり、勉強する気も起きず、試験では開始5分で教室から出ていくような態度。高校は進学校で、私のような生徒は他にいません。教員には嫌われ、持て余されていたと思います。

学校も教員も、大嫌いでした。すごく権威主義的な場所だと思っていました。生徒にも個性的な人がいない。みんな一緒で、気持ち悪い。大嫌いだったんです、画一的な場所が……」

「画一」から外れる子どもにも、「同じ」を求める。そうでなければ、目の前にいても「いないことにされる」

どんな子どもも“特別扱い”せず、“平等”を尊ぶのが日本の学校の特徴だという指摘もある。そこで置き去りになってしまうのは、貧困家庭の子どもだけではない。

例えば、年々増える外国人の子どもたち。学校で日本語を教える環境が十分に整っていない地域の教育委員会や学校に取材してみると、「日本人の子どもも外国人の子どもも、“平等に”対応しています」という声を聞くことも少なくない。

「子どもは意見を聞いてもらう権利がある」

いないことにされ、かき消される子どもの声。

ブレイディさんの目に映る日本は、ただでさえ「子どもの意見をあまり聞かない社会」だ。

「日本で学校や専門家の意見が(子どもの意見よりも)尊重されるのは、『上で決めて下に降ろす』というトップダウンの文化が根強いから。

垂直ではなく、水平な関係に変える必要があります。大人の意見を押し付けるのではなくて、子どもの意見を聞く。『下から吸い上げて、上げていく』というやり方です」

対照するのは、ブレイディさんが26年間暮らしているイギリスだ。子どもの意見を聞くことを徹底している」という。

「例えば保育園や小学校では、通知表のようなレポートを学期ごとに保護者に渡します。そこには、子どもの意見を書く欄があります。楽しかったこと、嫌なことなど、子どもからのフィードバックを記入する。

『子どもは意見を聞いてもらう権利がある』という趣旨の、子どもの権利条約に基づいています。

子どもに『いい子』になることを求め、『〇〇を頑張りたい』などと書かせる日本とは全く違う発想です」

「大人の言うことを聞く」よりも大切なこと

ただ形式的に意見を表明する場を用意するだけではない。イギリスが重視するのは、「子どもに言葉を与え、自分の意見を言えるようにすること」だという。

「イギリスでは、小学校入学時点までの幼児教育の最終目標を『自分の意見を言える子どもに育てること』としています。『ちゃんと大人の言うことを聞く子ども』ではありません。

その最終目標に合わせた教育プログラムが、国レベルで作られています。

例えば、子ども同士で何か問題が起きたときに、大人が解決してはいけない。子どもに『どう解決したらいいと思う』と必ず尋ね、話し合います。

その積み重ねで、子どもは自分の意見を言えるようになります。大人の側も、子どもの意見に耳を傾けるようになります」

こうした幼児教育の改革を行ったのが、労働党政権のトニー・ブレア元首相の時代(1997〜2007年)だったという。「自分の意見を言えるように」と教育を受けた子どもたちは、いまや20代近くになり『Z世代』と呼ばれる。

「イギリスでは『Z世代は政治に強い関心を持っている』と言われています。自分の意見を持って表明するという目標を掲げる幼児教育から繋がっていると思います」

■ブレイディみかこさん

1965年、福岡県生まれ。1996年からイギリス・ブライトン在住。

2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース、本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。

ほか著書に『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』など。

〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉