第26回参議院選挙の東京選挙区のポスター掲示場。東京選挙区には34人が立候補した(2022年06月27日)

「○○候補が突き放している」「優勢」「広がりを欠く」...。

7月10日に投開票される参議院議員選挙をめぐって、報道各社の選挙報道にも熱が入ってきた。

テレビや新聞では、各選挙区の候補の優勢・劣勢が日々伝えられる。

しかし、期日前投票は始まっているとはいえ、大勢の人が投票所に詰めかける10日はまだ先。なぜこの時点で情勢を判断できるのか。

また、投開票の当日には、投票が締め切られる午後8時になった瞬間に「当選確実」(当確)などの文言が次々と飛び交う。開票作業は始まっていないのにも関わらず、だ。

選挙報道の裏側で記者たちはどのように「票を読んで」いるのか。地方紙記者として取材にあたった筆者が、可能な範囲で明かそうと思う。

 

■選挙が終わった瞬間から、次の選挙に向けた情報収集は始まっている

まず、前提を説明したい。

「地方紙」というのは、一地方、多くは1都道府県内を対象とした新聞のことを指す。例えば筆者がかつて在籍していた信濃毎日新聞は、長野県の地方紙だ。(よく聞かれるが、全国紙の「毎日新聞」とは全く関係がない)全国紙に比べて地域の話題を細かく取材・記事化しており、地域にいる記者の数も多い。

よって、地域の話題については全国紙より詳しく早く報道するという意識は強いことが多い。いわんや選挙をや。民主主義の根幹なのだから、力も入る。もちろんそれは全国紙も同じだが、筆者がいたのは特にそういった傾向のある場所だった。

選挙の報道が増えるのは解散風が吹いた時や選挙の日程が近付いてきたタイミングだが、選挙が終わった瞬間から、次の選挙に向けた情報収集は始まっている。

通常の取材を行いながら、現職の陣営はもちろん、落選候補の陣営、各政党などを回り、新たな動きなどを探る。一般の人を取材するときにも、政治に対して感じていることや問題意識などを聞いて「風」を読む努力をする。

それは選挙のための取材でもあるが、政治は生活と密接に関わっているからでもある。どういうことが今、一般の人たちの中で関心が持たれているのか。困っていることは何か。政治に求めることは何か。そうしたことを取材することが、選挙以外の報道にもつながる。

 

■取材は陣営や出口調査だけにあらず

ではいざ選挙の期日が近付いたら、選挙期間が始まったら、何をするのか。

もちろん各陣営を取材したり、街頭演説を取材して盛り上がりを確認したり、期日前投票が始まれば出口調査をしたり、といった基本的な取材は行うが、それだけではない。

「選挙の動向に敏感な人」と話をするのは重要な取材の一つ。立候補者の陣営内にももちろんいるが、地域で事業をやっている人や市民活動をしている人、役場の人など、表立って選挙活動をしていない人の場合もある。

大きな流れはこうした取材でつかみ、個々の有権者にも話を聞く。イベントに来ている家族連れや、畑仕事をしている農家、居酒屋で隣になった会社員、全く別の取材で訪ねたお年寄りなど、なるべく広く。票が拮抗しそうな地域では特に入念に取材をする。

気をつけなければならないこともある。地方では特にだろうが、「新聞記者の車」というのは多くの人に知られている。「選挙について話したいが、車がうちの前に停まってると何を話したんだって言われるから」と、車を別の場所に停め、夜に歩いて自宅に向かい、情勢などの話を聞かせてもらったこともあった。選挙はときに地域や人々の分断を生むこともあるのだと、気を引き締めるきっかけとなった。

こうして集めた情報や過去の開票結果などを分析し、投票率や候補ごとの得票数を予想する「票読み」を日々行う。

 

■「当確」が出るのは「結果」

投開票日には朝から出口調査が行われており、その結果が「票読み」と離れていないかドギドキしながら見守ることになる。私自身は、当日も開票所を回って、直接話を聞くこともあった。

はっきり言って選挙取材はきつい。真夏や真冬は、話を聞きに歩き回るだけでクタクタになり、地方紙としての「負けられない」という思いやプレッシャーも手伝って緊張のし通しだ。だが、政治や地域の課題と向き合うきっかけになり、たくさんの有権者の協力を得て話ができるのはとてもありがたく、楽しくもある。

テレビでは投票が締め切られた午後8時に、開票率0%で当確が出ることも珍しくない。ただ、記者は「当確」を打つために取材をしているわけでは、もちろんない。「当確」が出るのは「結果」だ。(「当確」が打てるのか打てないのか、というプレッシャーはもちろんあるが)

有権者が何に注目しているか、誰に・どこに投票しようとしているか、投票しないのか、など記者が取材を尽くした結果と出口調査などを分析した結果、「当確」が出ることもある。報道各社が競うような形にはなっているが、そういうことだと私は理解しているし、そうあってほしい。

 

(この記事で紹介したのは、筆者の地方紙での経験に基づいたものであること、一方で報道機関では一般的な手法であることも断っておきたい)