上司や周囲からの要望・質問や投げかけに対して、いつも上手に回答・リアクションできる人は優秀だと認められやすい。担当者としてその業務を詳しく理解し、抜け盛れなく進めていることがよく分かるからだ。どんな球が飛んできても、しっかりと芯で打ち返せるバッターのようで、構えにもスキがなく安心してその業務を任せることができる。しかし、そのような「答える(応える)力」よりも大切な能力がある。「問いを作る力」である。

「問い」とは、調べれば分かるような単純な疑問・質問ではない。もちろん、他者や外部環境、それまでの経緯といった今さら変えようのないものに対する不満や批判を含んだものでもない。

「問い」とは、「そもそも、この仕事の目的は何か」「顧客は誰か」「誰に、どのような価値を提供しているのか」「新たな技術や知識を応用できないか」「無くしたり、他の仕事と組み合わせたりして再構築できないか」といった類のものだ。そこには、自分の仕事を見つめなおすための新たな視点を持ち、問題を発見しようとする態度がある。問題の発見を上司に依存しない、自立や当事者意識が求められる。熟練していく過程で得たもの、前任者や世間一般の考え方に縛られず、盲目的にならず、健全な懐疑精神が必要となる。ブレークスルーや改善を実現しようとする欲求が感じられる。

あらゆる業務には、その目的があり、対象者がおり、進め方ややり方が定型化されていたりする。まずはこれらを熟知・熟練していくのが重要なのだが、時とともに環境や技術的な変化は当然に起こるので、目的も対象者も見直すべきだし、やり方も変えていかねばならない。ところが熟練者というものは、往々にして自らの旧いフレームや手法にこだわり、状況変化に鈍感になったり、かたくなになったりする。「問い」は現状や自己を否定的・批判的に見る視点を持つので、熟練者ほど「問い」を恐れる傾向がある。「答える(応える)力」を身に付けた熟練者は、たとえその人が若い年齢であろうとも、改革・改善が不得手になってくるものなのである。

さらに、そんな自分に気付くのも容易でない。どんな球が来ても打ち返せるようになった自分に満足し、打ち返せることに喜びを感じ、球が飛んでくることを待つようになる。自分のスイングを見直してみたり、自ら球を置いてスイングの修正・調整をしたりすることはなく、球が飛んでこないと暇をかこつようになる。

上司にとって熟練者は頼もしい。だから、熟練度をもって「優秀だ」としたくなる。が、問いを作る力がなければ熟練者がいくらたくさんいても、現場が主導するイノベーションは起こらない。一方で、熟練者を育てていくことが大事な仕事であるのも確かだ。従って、熟練度をもって「優秀だ」とするのは合理的である。上司としては、このジレンマを理解し、熟練者に対してさらに上の能力としての「問いを作る力」を求め続けること、また組織として「問いを作る力」を養い、問いのあふれる現場を作ることが肝要なのである。

川口雅裕オフィシャルサイト