働き方改革が注目されていることもあって、家やカフェなど会社以外の場所で働く「テレワーク」の導入を検討する企業が増えている。ただ実際には、コミュニケーションが難しくなる、管理・評価がしづらいといったデメリットを理由に反対する幹部・管理職も少なくなく、結局は、子どもがいる女性や介助が必要な高齢者を持つ従業員のために、家でも働けるようにしてあげようということになり、まるで「福利厚生の充実」にように位置づけているケースが多い。フルタイムで働くのが難しくなった人でも、それで退社されてしまっては困るからと、人材確保のために渋々テレワークを認めているような会社もある。

「ザイマックス不動産総合研究所」が2016年11〜12月にかけて行った調査結果(「働き方改革と多様化するオフィス」)を見ると、このような考え方が間違いであることがよく分かる。そして、テレワークが仕事の成果を出すのにいかに有効か、またテレワークの運用にあたって注意すべき点は何かが理解できる。(調査結果の詳細はこちら)

テレワークのメリットといえば、普通は、通勤や移動の時間が減るとか、育児や介護に使える時間が増えるといったメリットを想像するだろう。だが、この調査によれば、実際にテレワークを実施している人が感じているメリットは、1位が「集中して仕事ができる」(約50%)であり、「仕事の成果が向上する」(約40%)、「いいアイデアが出る」(約36%)などが上位に来ている。意外にも、実践者が感じているテレワークのメリットは、『会社にいるよりも、集中して成果が出せること』なのである。

会社には、毎朝同じ時間に集まって仕事を始めるといった不自由なルールがあり、服装や言動には気を配らねばならず、会話・電話・会議などによって作業や思考が中断してしまうような環境がある。そのような場で縛られて働くよりも、テレワークのように時間的・空間的・関係的に自由な環境で仕事を行うほうが、より個々の能力が発揮しやすいということかもしれない。

一方、テレワークによってそんなに時間的余裕が生まれないということも分かる。「家族との時間が増える」は34%、「趣味や余暇などの時間が増える」は28%だし、「育児・介護などに充てる時間が増える」については15%に過ぎない。残業時間が減ると答えた人も34%だから、テレワークにしたとしても7割近くの人が労働時間が減っていないということだ。つまり、テレワークは誰にも見られていないのだから「手を抜くのでは?」「サボるのでは?」「仕事以外の他のことに時間を使ってしまうのでは?」といった心配はまったく杞憂で、管理などせずとも本人は真面目に集中して働いており、実働時間はあまり変わらないというのが実際なのである。(逆に言えば、会社として、テレワークをしているのだから、もっと自分のために時間を使えるように労働時間を減らすよう指導するくらいでいいということになるだろう。)

管理・評価の点でも心配がなさそうだ。テレワークを実践している上司で「部下の労働時間の管理がしづらい」「部下の仕事の進捗確認がしづらい」「部下の評価がしづらい」と回答した人の割合は、いずれも1割強にとどまっている。コミュニケーションの面でも、「仕事上のコミュニケーションの量が減る」が18%、「ホウレンソウがしづらい」は14%に過ぎない。考えてみれば、多くの会社が様々な業務をアウトソーシングしているが、その相手先の会社とは同じ事務所にいるわけではないのに、必要なコミュニケーションは取れているし、仕事の評価がしにくいわけでもない。それと同じことだ。

まとめれば、「テレワークは会社で仕事をしてもらうより大きな成果が期待できるし、コミュニケーションや仕事の進捗管理・評価にも問題はない。しかしながら、働く時間が短くなるわけではなく、ワークライフバランスの改善につながるわけではない。」ということである。従って、企業としてはテレワークをあるべき働き方として推奨し、同時にテレワークが労働時間の短縮やワークライフバランスの改善につながるような施策を講じるのが良いということになる。

それでも、冒頭に書いたような幹部や上司の反対はあるだろう。テレワークの導入に当たって、最後に必要になってくるのは、「上司のノスタルジーの解消」であり、「上司が部下を信じる気持ち」であり、「部下の成果を評価する」という視点である。島の課長席から部下に指示したり、質問したりしている昔ながらの上司像から抜け出せるか。見えないところにいる部下の働きを信じられるか。「頑張っている姿」ではなく、やったことの価値を評価するようにできるか。この三点を啓蒙するのが、人事部の課題となる。決してやってはならないのは、反対しそうな幹部や上司の気持ちを忖度して、テレワークを福利厚生的位置づけに留めてしまうことだ。会社だって個人だって求めるのは成果なのであって、「会社にいて頑張っている姿を見せること」でもなければ、「評価のしやすさ」でもないし、「コミュニケーション」でもないからである。

川口雅裕オフィシャルサイト