前回は、バリューワーカー(価値の高い仕事ができる人)には、7つの要素があることを述べた。①優れたパラダイム、②誠実性、倫理観。社会適合性、③心身の健康(EnergyとEnergize)、④創発的な交流機会、⑤自律的で上手な目標設定、⑥専門外の分野への興味・関心、⑦汎用的な知識・スキル、である。しかし、個人としてこのような要素を備えていれば、どのような状況においても価値ある仕事ができるということではない。このような要素を兼ね備えていても、それらの発揮を阻むもの、それらを発揮する際の障害となるものが組織内にあれば、バリューワーカーもそうではなくなる。バリューワーカーが保有する能力をいかんなく発揮できるかどうかは、組織次第だ。したがって、組織づくり、企業文化づくり、ルール・仕組みづくりは重要な意味を持ってくる。いくら“優秀な”人材を採用しても、旧い組織形態、劣化した企業文化、働く人達の付加価値時間や意欲を奪うような硬直化・肥大化したルール・仕組みなどがある限り、価値ある仕事がなされることはない。

●人事部の新しい役割

このような観点で、人事部の役割を改めて考え直してみる必要がある。一般に、人事部には、事業環境や事業の見通しから導く、組織の設計・人員及び人件費の計画策定・人事制度の設計といった戦略的業務と、それらを順調に遂行していくための採用・配置・教育・評価・労務管理といった機能的業務がある。人事部の役割は「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化すること」であり、その手段として採用・配置・教育・評価・労務管理といった業務がある。しかし、このような認識ではうまくいかなくなってきた。経済的にある程度豊かになり、様々な情報入手が容易になった現代では、従業員が働き方・生き方において多様な選択肢を持つようになり、経営や人事部が行う“最適化”に対して、簡単には同意しなくなってきたからだ。豊かで賢明な従業員は、道具や機械のように最適化されるのを良しとせず、経営や人事部が行う最適化の方法が自分にとって有利かどうかを考える。不利になるなら、経営にとって最適化されるのを拒み、自分にとって最適な道を会社の外に探せばよいと考えるようになる。

人事部が担う「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化する」という役割は、従業員に対して一方的に受け身な態度を強いている面がある。雇っている側の意思や計画が、雇われている側の意思や計画に優先するというのが前提になっている。経営の成功が、従業員の人生の成功よりも価値があるという考え方がベースとなっている。冷静に考えれば、このような態度に対して従業員が納得して働くはずはない。特に、社外でも通じる価値の高い労働者ほどそうだろう。そもそもこのような態度は、1947年の「労働は商品にあらず(Labour is not a commodity)」というフィラデルフィア宣言にも反している。もちろん、経営者にとって「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化する」のは重要課題であるし、経営の一機能としての人事部の使命である。しかし、このように一方的に最適化の対象とされた従業員が納得して働き、その能力を存分に発揮するとは思えないし、バリューワーカーほど離れていってしまうだろう。

バリューワークが生まれる組織を作るには、会社と従業員がお互いにとって最適な存在になることが必要だ。従業員に対して、一方的に経営にとって最適な人材になるよう求めるのではなく、従業員の人生にとって最適な会社になるよう努めなければならない。互いの成功を支援しあう関係である。経営が、事業の成功と同じように従業員の人生の成功を大切に考え、それに貢献できる仕組みづくりや支援を行う。従業員は自分の成功を応援してくれているという実感があるから、会社の要望を受け入れ、その目指すところに協力しようと思える。このような、相互に最適な状態であろうとする好循環を生み出していくことが必要だ。したがって、人事部は「従業員の人生の成功を支援する」ことを、もう一つの役割と考えなければならない。

当然だが、人生の成功に向けた支援とは、報酬を上げることや福利厚生の充実を意味するものではない。高い報酬や福利厚生の充実は、事業の成功が前提であり、その成功に対する各々の貢献度に比例して与えられるべきものであるからだ。また、成功とはカネで測定できるものではなく、成功の観点も基準も人それぞれである。「従業員の人生の成功を支援する」とは、従業員それぞれが成功をどのように捉え、どのように努力したいかを知り、それらに対応可能な幅広い選択肢を持った柔軟な仕組みを整えること、従業員それぞれの困難な状況やハンデ・障害を理解し、それを乗り越える支援を個別に行うこと、という二つを意味している。

このような会社と従業員の関係がなければ、『キャリア・エントラスト』も成り立たない。キャリア・エントラストでは、「優れたキャリアは、組織を信じ、職場の仲間と良好な関係を築き、“自らの職業人生のこれからを敢えて組織や職場に委任する(entrust)”ことによって形成される。独善的な目標や計画、孤立した学習や努力ではなく、組織や職場の仲間との協創によって優れたキャリアが実現する。」と考える。会社は従業員の成功を、従業員は経営の成功を、お互いに大切に考え、そのために互いに最適な存在であろうとする。そのような相互に信頼しあう関係において、はじめて従業員は自らのキャリアを職場に委任することができるようになる。逆に、そのような関係になければ、それぞれが勝手にキャリアを計画し、独善的な学習をするから、会社や人事部がやりたい「組織や人材の最適化」はいつまでたってもおぼつかない。

●人事部に必要なパラダイム転換

とはいえ、会社が「従業員の人生の成功を支援する」ということに違和感を覚える人は少なくないだろう。仕事があるから会社があるから食い扶持が稼げ、生活が成り立ち、人生が設計できる。だから会社に尽くし、与えられた仕事に励むことがもっとも大切で、生活や人生は二の次。会社は、従業員に支払う分やかかる費用以上に働いてもらえればそれでよく、従業員の人生の成功など知ったことではないし、関与すべきでもないし、自己責任だ。いっぱい働いて、いっぱい成果を残してもらえれば、ちゃんと報酬を払うのだから、それで十分だし、それこそが成功でしょう。そんなパラダイムの持ち主には、会社が「従業員の人生の成功を支援する」という考え方は、まったく理解できないはずだ。従業員を甘やかしてどうする、単なるコスト増じゃないかとしか受け止められないだろう。

しかし、注目しなければならないのは「仕事の価値」である。20年以上に渡る企業業績の低迷は、マクロの視点を含めて様々な説明は可能だが、一人一人の仕事の価値が上がっていないのも要因の一つである。時代の変化に伴って、利益が出にくくなっている仕事を延々と繰り返している例。新技術の導入や新しい技術を持つ人材の育成に遅れ、進化のないビジネスを続けている例。自前主義と内製化にこだわり、延々と内部で議論しているだけでイノベーションがまったく起こせない例。このような状況の中で、一人一人の仕事の価値はどんどん低下してきた。平均的に仕事の価値が低下しているから、いっこうに賃金も上がる気配がない。

では、仕事の価値を上げるためには、どうすればよいか。答は、一人一人が会社の中に閉じ込もらず、社外や日常の生活で有意義な学び・気づき・交流をすることだ。会社の中には前例しかない。会社の中には、暗黙の了解や阿吽の呼吸が通じるような似通った人しかいない。会社にあるルールや、単純反復される会議や会話は自由を奪う。会社の中では、ベテランや上司の経験や知恵が幅をきかせ思考を停止させがちだ。このような環境に毎日身を置いていて、仕事の価値を上げるのは無理である。

組織・人材の最適化のために、人事部としては一人一人の仕事の価値を上げたい。それには、従業員を会社の中に閉じ込めないようにする策を講じなければならない。通り一遍の研修をやっても、仕事の価値が上がることはないというのは、経験からすでに分かっているはずだ。従業員を会社から解放し、社外や日常の生活で有意義な学び・気づき・交流ができるような仕組み・環境を作る。そんな豊かで充実した生活・人生を送っていれば、その経験が仕事にフィードバックされ、仕事の価値も上がっていく。会社に閉じ込めておいて、仕事の価値を上げろというのは無理な相談であり、仕事外の生活を充実させることで仕事の価値が上がっていくのを期待するというパラダイムに転換しなければならない。そう考えれば、「従業員の人生の成功を支援する」という意味が分かるはずだ。

生活・人生の充実が、本当に仕事にフィードバックされるかどうかが疑わしいという人もいるだろうが、それは経営者を見てみれば明らかである。ほとんどの経営者は広く交流を持ち、自分の時間もしっかり確保し、多様な学びや気づきや情報を得ている。じっと会社に閉じこもって、黙々と作業をしているような人はいない。そして、そのような充実した生活の中で得たことが、明らかに仕事にフィードバックされている。経営者を見れば、バリューライフがあるからこそバリューワークが生まれるということがよく分るのである。これは何も経営者に限った話ではない。経営者が特別な人間であるという訳ではない。「バリューライフがあって、バリューワークが生まれる」というのは、誰にでも当てはまる原則である。付け加えれば、ワークライフバランスも「人生や生活を充実させることで、より価値の高い仕事がなされるようになる」と理解したほうがよい。

バリューワークを生み出し、バリューワーカーを多く育てていくために、人事部は「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化する」ことに加え、「従業員の人生の成功を支援する」ことを役割として認識すべきだ。それには「バリューライフがあって、バリューワークが生まれる」というパラダイムへの転換が求められる。

【つづく】