「世界一低価格で便利なロケット」の開発を目指す、北海道大樹町のインターステラテクノロジズ(以下、IST)。2019年5月に観測ロケット「宇宙品質にシフト MOMO3号機」(以下、MOMO3号機)によって、国産の民間ロケットとして初めて高度100キロ以上の宇宙空間に到達した。

 その後、2度目の宇宙空間到達は果たせていないものの、21年は「MOMO」の定常的な打ち上げを目指すとともに、打ち上げコストが1機で約6億円になる超小型人工衛星打ち上げロケット「ZERO」の開発も進めている。「ZERO」の開発はISTにとって、ビジネスの成功を左右する社運を賭けたプロジェクトだ。

 ISTは実業家のホリエモンこと堀江貴文氏が創業したベンチャー企業。堀江氏が宇宙ビジネスへの参入に動き始めたのは00年にさかのぼる。その後、国内における民間宇宙開発を目指す組織「なつのロケット団」を結成して、ゼロからロケットの開発に取り組んできた。ISTを設立したのは13年。その6年後に宇宙空間到達を果たしたことになる。

 もちろんその道のりは平たんではなかった。「MOMO」打ち上げの定常化と、「ZERO」によって宇宙の輸送インフラにするとの目標も、実現するには技術力の向上はもちろん、人材、資金もまだまだ必要な状態だ。だが、当初は無謀だと思われたロケット開発は、確実に前に進んでいる。堀江氏はその原動力は「人とのつながり」だと話す。

 ITmedia ビジネスオンラインでは、近刊『非常識に生きる』(小学館集英社プロダクション)を上梓した堀江氏に単独インタビューを実施。前編「堀江貴文に聞く インターステラテクノロジズと民間宇宙ビジネスの現在地」では、「MOMO」と「ZERO」開発の現状と、新会社設立の狙いを語ってもらった。後編では堀江氏が、まさしく「ゼロ」からロケット開発を可能にしてきた背景を聞く。

●宇宙空間到達は「ほっとした」

 ISTが「MOMO3号機」によって、高度100キロ以上の宇宙空間到達に成功したのは、日本の企業が民間資金で開発したロケットとしては初めての快挙だった。「MOMO3号機」に搭載したカメラの映像と、オペレーションをするIST社内の映像は、ISTやホリエモンチャンネルのYouTubeで見ることができる。

 高度100キロに近づくにつれて、97、98、99と、カウントダウンする。100キロに到達した瞬間、「やったー!」と歓声が上がり、スタッフはガッツポーズや拍手で喜びを爆発させた。堀江氏はスタッフとハイタッチをしているが、「いやあ、よかった」と言いながら、どちらかといえば喜びよりも安堵の表情を浮かべているように見える。当時のことを、堀江氏はこう振り返った。

 「ほっとしましたね。これで次の打ち上げもできますから。ロケットの打ち上げはどこまでいっても不確実性が付きまとうので、本当に毎回ドキドキしています」

 ISTはロケットエンジンなどのコアとなる技術を自社で開発。工場や実験場・ロケット射場を整備し、設計から製造・試験・打ち上げまでを一気通貫で行って無駄なコストを下げている。部品もひとつひとつを見直し、時には国産の汎用性のあるものも使用することで、「世界一低価格で便利なロケット」の開発を実現させようとしているのだ。

 拠点を置いている大樹町の協力もあって、本社工場とロケットの射場がわずか8キロの距離にあるなど、開発の環境は充実している。世界のロケット開発企業と比べても遜色ない環境を、ゼロから作り上げてきたのだ。

●自社でロケットエンジンを開発したスペースX

 「(宇宙ビジネスを始めた)当初はロシアから必要なエンジンなどを買ってくればいいと思っていましたが、甘くはありませんでした。打ち上げたいのなら、ロシアに来て打ち上げサービスを利用すればいい、というのがロシアの姿勢です。甘くないことが分かったので、自分たちで作り始めることにしました。でも、完全に一から作っているので、最初はロケットエンジンを作る人をどうやって募集すればいいのかも分かりませんでした」

 子どもの頃から宇宙に憧れていた堀江氏は、ライブドアを経営していた当時から宇宙産業への参入を目指していた。00年にロシアの宇宙ステーション「ミール」が売り出された時に購入を目指したほか、05年にもロシアのメーカーとロケットエンジンの購入について交渉したものの、うまくいかなかった。

 04年、米国の非営利組織であるXプライズ財団が、民間による最初の有人弾道宇宙飛行を競うコンテスト「Ansari X PRIZE」を開催。ライブドアはコンテスト中継の権利を獲得して、インターネットで配信した。この配信をきっかけにして、堀江氏はGoogle共同創業者のラリー・ページらとともに、Xプライズ財団のボードメンバーに就任していた。

 堀江氏が、ロケットエンジンをロシアから買うことは甘くないと知った頃、Xプライズ財団で知り合ったのが、イーロン・マスク氏だった。

 「イーロン・マスクと初めて会ったのは05年頃です。PayPalを創業してeBayに売却した人だというのは知っていましたが、一般的にはまだ全然知られていませんでした。当時は僕の方が有名人でしたね」

 イーロン・マスク氏がSpaceX(スペースX)を創業したのは02年。堀江氏がロケット開発に関わり始めた時期とほぼ変わらない。しかし、スペースXは現在、世界の民間宇宙ビジネスの先頭に立っている。06年からロケットの打ち上げに3度続けて失敗したものの、08年、イーロン・マスク氏が資金をかき集めて臨んだ4度目の挑戦で、ついに液体燃料ロケット「ファルコン1」の軌道投入に成功した。

 スペースXは20年8月、クルードラゴンによって民間企業初の有人宇宙飛行に成功。20年11月には日本人宇宙飛行士の野口聡一氏がクルードラゴンに搭乗し、半年間の予定でISSに滞在している。堀江氏は、スペースXが民間企業でロケット開発の先頭に立った理由を次のように指摘する。

 「イーロン・マスクがすごいのは、自社でエンジンを作ったことです。スペースXを設立するときに、アポロ計画のロケットエンジンを開発した航空宇宙企業TRWから人材を引き抜いて、わずか2年でコピーのエンジンを作りました。どうやって作っているのだろう、と当時は思いましたね」

●エンジンの性能を確立するまでに10年

 堀江氏はライブドアのCEOだった04年、アニメ制作会社のガイナックスからその後の「なつのロケット団」のメンバーであるジャーナリストや作家、漫画家らを紹介され、それがきっかけで「なつのロケット団」のメンバーとなった。

 「なつのロケット団」には宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)のエンジニア、野田篤司氏が参加していた。最初の技術スタッフは、野田氏が早稲田大学で在籍していたサークル「WASA(早稲田大学宇宙航空研究会)」の学生だった。

 「学生が手を動かす係の第1号でした。見よう見まねで設計して、ガス酸素とエタノールで作っていましたね。インターネット創世記の1995年にできた、ネット上で製造業の中小企業に発注ができるNCネットワークを使って、部品の生産や加工をしてくれる企業を探しました」

 堀江氏らは日本で初めて、液体燃料を使用するロケットエンジンの開発を目指す。液体燃料はスペースXが採用したもので、エンジンに燃料を噴射するインジェクターはTRWと同じタイプのものを作ろうと試みた。

 「インジェクターは東京大学と共同で研究して、実験を重ねてきました。TRWの出した特許があって、基本コンセプトは理解できても、そこから先が分からないんですよ。最初は教科書を読んで、試行錯誤するしかありませんでした。ようやく同じくらいの性能を出せるまで、10年くらいかかりましたね」

 燃焼実験を進める一方で、組織づくりも進めた。09年に開発拠点を千葉県鴨川市から北海道赤平市に移す。11年には北海道大樹町の実験場で最初のデモンストレーション機「はるいちばん」の打ち上げに成功。合計4機の打ち上げ成功を経て、13年に大樹町に拠点を構えてISTを設立した。ここから開発が加速することになる。

●意外なつながりで現在がある

 堀江氏が「なつのロケット団」に加入したのは、前述の通りアニメ制作の話がきっかけだった。さらに、ISTが成長する過程でも、宇宙とは関係ないような人脈から、多様な人たちがつながって参加することになる。

 「IST初代社長の牧野一憲さんと出会ったのは偶然でした。牧野さんはもともと音楽業界の人です。着うたを立ち上げたソニー・ミュージックの知人に、最近ロケットエンジンを作っていると話をしたら、ビクターエンタテインメントで着うたを担当して、富士山麓で一人でロケットエンジンを作っている牧野さんを紹介してもらったんです」

 牧野氏が参加したことによって、ロケット開発は加速していく。堀江氏はライブドア事件で06年に逮捕され、実刑判決が確定した11年に収監されるが、その間も牧野氏が中心となって開発は進んだ。そして、現在のISTを社長としてけん引している稲川貴大氏との出会いも、また偶然だった。

 13年3月29日、堀江氏の出所後初めてとなるロケットの打ち上げが実施された。しかし、ロケットは炎上し、打ち上げは大失敗。このときにボランティアとして参加していた東京工業大学の大学院生が、稲川氏だった。

 稲川氏は大手カメラメーカーへの就職が決まっていた。打ち上げの日は金曜日で、週明けの月曜日が入社式だった。稲川氏が優秀だと聞きつけた堀江氏は、「君はロケットを作りたいのか、それともカメラを作りたいのか」と稲川氏に問う。すると稲川氏は「もちろんロケットです」と答え、なんと入社式当日に内定を辞退してISTに入社した。その翌年、稲川氏はISTの2代目社長に就任し、「MOMO」や「ZERO」開発の先頭に立っている。

 稲川氏のように堀江氏と直接話すことで、ISTに入社した社員は他にもいる。20年からは、トヨタ自動車と連携して、エンジニア2人の出向の受け入れも始めた。つながりは、全て堀江氏が発した言葉からだという。

 「転職をしたい人は、僕の話を聞いている時点で、ロケットの開発に興味があるんですよね。だけど、今勤めている会社を辞めるには不安があります。だから、背中を押してほしいのだと思います。その人の背中を押すためには、どのような言葉が響くのかを考えながら話しますね。言葉の力はあると思います。

 トヨタ自動車からの出向も、ロケットとは別のつながりから決まりました。トヨタと一緒に仕事をしている会社から、トヨタの幹部の方を紹介していただいたのがきっかけです。他にも友人の紹介で、炭素繊維強化プラスチックの成型でトップの会社と連携して、全面改良したMOMOのエンジンのノズルを開発しています。

 投資家の皆さんに関しても、そうですね。10年くらい前にロケットの話をした人からも最近、数億円を投資してもらったケースもあります。ロケットのことを話したことで、ひょんなところからつながることがほとんどです」

●誰にでも声をかける 可能性をつぶさない

 ロケットとは一見関係ないように見える人脈が、ロケット開発の実現につながっている。堀江氏に日頃どんなことを意識して人脈を構築しているかを聞くと、「特に何も気を付けていない」と言い、少し考えながら、こう語った。

 「僕はあらゆることに対して『これはあまり筋が良さそうじゃないからやめる』ことをしません。この人にロケットの話をしても無駄だろうとは思わずに、まずは話すことにしています。実際に意外な出会いがあとで効いてくることが少なくないです。

 だから、声をかけることをルーティンにしています。例えば資金を集めるために、1日に少なくとも1人の投資家に声をかけます。(定量的な)作業にすれば、毎日呼吸をするように自然にできます。自分の行動の何が当たるのかは分からないですから。やれることは全部やって、可能性をつぶさないようにしていかないと、ロケット開発の実現は難しいでしょうね。

 きちんと計画を立てればうまくいくと多くの人は思うかもしれませんが、ベンチャー企業は事業をだいたいピポット(方向転換や路線変更)します。でも、ISTの事業はピポットできないので、やれることをやるしかないんですよ。だから常にあらゆる人に声をかけています」

 ISTが「世界一低価格で便利なロケット」を量産するための人材は、現状では足りていない。昨年は堀江氏が直接面接をする「ホリエモンのロケット採用」という採用企画も実施した。大企業との人材交流も、今後広げていく考えだという。堀江氏にISTの事業の成功に向けて手応えを聞くと、笑って答えた。

 「まだまだ、まだまだです。でも、小型ロケットをインフラにすることも、衛星の事業も、あと何年か先には実現できそうじゃないですか。新会社の事業の一つにしている、超小型衛星を多数連携させるフォーメーションフライトが成立すれば、衛星ビジネスの可能性は広がります。やっぱり先を見てみたいです。宇宙にはすごく夢がありますし、自分たちにしかできないことをやっていく意味で、絶対に達成感が得られると思っています」

(ジャーナリスト田中圭太郎、アイティメディア今野大一)