新型コロナウイルスの感染拡大は私たち日本人の生活の常識を根底から覆している。

 今回の感染拡大はさまざまな問題を引き起こしているが、その1つに中国人観光客頼みだった日本の観光業への大打撃がある。さらに、中国人が休暇をとり移動をしやすい「春節」と今回の新型肺炎の時期が重なったといえばそれまでだが、商品購買額の大きい中国人観光客が来ないことは、小売業にも大きな影を落としている。終息の時期はいまだ見えず、現時点では、相当長引くことを想定せざるを得ないのが現実であろう。 

 歴史家の島崎晋氏は、最新刊『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ刊)で、新型肺炎拡大以前の根本的な問題、つまり中国の文化的・歴史的背景が、今でもビジネスなどへ影響を及ぼしている点にクローズアップ。ビジネスなどで中国となんらかの関わりを持つ人が事前に知っておくべき教養ともいえる。

 前回に続き新型肺炎がもたらすリスクについて取り上げる本連載では、日本の観光業などへの影響を踏まえて、日本が中国と付き合っていく方法について言及する。

●「インバウンド消費低迷」に追い打ちをかけた新型肺炎

 訪日中国人による爆買いのピークは過ぎ、彼らの消費がモノからコトへと移り始めたとはいえ、宿泊や移動の交通手段は欠かせないので、そこから生まれる収益は少なくない。

 こうした状況は、観光目的の訪日が始まった1990年ころと比べると、隔世の感がある。当時の中国はまだ貧富の差が小さく、訪日中国人であってもさほど懐が豊かとはいえなかった。そのため訪れる場所といえば、入場無料の企業展示館や無料でマッサージ器を体験できる家電量販店ばかり。新幹線に乗るにしても、体験のためにわずか1区間を利用するだけ。初日と最後の日の食事は空港のうどん屋で済ますなど、徹頭徹尾ケチケチな行程であるのが普通だった。

 それが2008年の北京オリンピック開催直後から、爆買いツアーが世界中を席巻するようになったのだから、外国人用として別の貨幣を設けていた1980年代の中国を知る日本人であれば、驚きという言葉では表現しきれない感慨を覚えるのも無理はないだろう。

 90年代に日本人で満たされていた世界の有名観光地から日本人の姿が極めて稀(まれ)になったのとは対照的に、目に映るのは中国人か韓国人のどちらか。現地のお土産屋がかけてくる第一声も「こんにちは」ではなく、「ニイハオ」か「アンニョンハセヨ」に変わり、看板の文字も平仮名から漢字の簡体字かハングルに変化。両替所でも日の丸が消えて、アジアの国旗は中国とタイのものくらいになるなど、日本と中国の国際的な存在感はすっかり逆転してしまった。

 最近でも筆者がロンドンの現地ツアーを探していると、日本語のものがめっきり減り、郊外への日帰りものになると、毎日出るツアーは英語か中国語のものだけ。日本語ツアーは週2回しか出ていないありさまだ。リスボンからポルトガル中部のファティマなどを巡るツアーでは、100人ほど集まった人が言語別に分けられたが、日本人は自分1人だけ。中国人は単独でミニバス数台に分乗できたのに、日本人である自分は英語とスペイン語混載のバスに振り分けられるありさまだった。

 チェコの首都プラハでは、ナチュラル・コスメの人気店を訪れたところ、中国人で溢れ返っていた。これには呆然(ぼうぜん)と立ち尽くすしかなかったが、そのとき店員の1人が近づいてきた。日本語もできる中国人店員で、「通りの向かいにもう一店舗あります。そちらは空いており、日本人の店員もおりますので……」と丁寧に教えてくれた。ここでも国際的な存在感の逆転を痛感せざるをえなかった。

 日本の観光業は中国への依存度が高いまま、ここ10年近く過ごしてきた。爆買いのピークが去り消費が頭打ちになった状況に、追い打ちをかけるように見舞われたのが今回の新型コロナウイルスの感染拡大なわけで、一日も速い終息を待つしかない。だが、終息後も観光業界に限らず、ビジネスなどで中国となんらかのかかわりをもつのであれば、そのときに備えて何かしら実のある行動に出ることが求められるだろう。

●コロナで凍り付いた日本の「春節商戦」

 現在、日本国内で最も多くの感染者が出ているのは東京都だが、3月24日までは北海道だった。中国とは趣(おもむき)を異にする自然の景観に加え、海の幸と陸の幸が豊富。温泉もあちこちにあるなど、いくつもの魅力が重なっているのだから、人気があるのも当然だ。

 タイやマレーシアなど東南アジアの人びとには本国では縁のない雪景色も魅力のようだが、中国人は春ならば桜、夏ならば野花と、四季それぞれの光景を楽しみにしているので、季節を選ばない。それでも例年、冬場の訪日客が増えるのは、春節(旧暦の正月)と重なるからだ。

 日本でも江戸時代まで、商家で丁稚奉公(でっちぼうこう)をする若者が、家族の不幸以外で実家に戻れるのはお盆と正月に限られていた。中国でも長らく、戻るのは春節のみという慣習があり、現在でも混雑や運賃の高騰を承知のうえで、春節には必ず帰省する人が少なくない。中国人にとって、それだけ特別な意味を持つ日なのである。

 近年はライフスタイルの変化から、1週間から半月に及ぶ春節の休みを利用して国内外の旅行を楽しむ人も増えており、往復に要する時間も考慮して、比較的近い日本を選ぶ人が多くいるのだ。日本の観光業界も数年前からそれに注目かつ期待を寄せ、春節を一番の稼ぎ時とカウントするようになった。

 初心者であれば京都、リピーターは北海道か九州といった大まかなすみ分けはあるが、訪日のたびに新規開拓に励む中国人が増加傾向にあり、バス会社やホテル・旅館だけでなく、コスプレ体験や忍者体験、動物カフェ、コンセプト居酒屋など、中国人のインバウンド消費で潤う業種は増える一方だった。

 それだけに今回の新型肺炎感染拡大の影響は大きく、すでに旅館やバス会社の人員整理や倒産がいくつも報道されている。終息して、日中間の往来が元に戻ったときに供給不足に陥るのは目に見えているが、現時点ではそこまで考えて計画を立てられる余裕はどこにもないだろう。現実に鑑みれば、現場の人間にそれを求めるのは酷な話。だが、終息の見通しが立った時点で、頭を切り替えることは必要だろう。

●「五輪延期」の経済損失は6408億円

 2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)による経済損失が全世界で4兆3600億円というのは、オーストラリア(豪州)の経済学者が弾き出した数字で、今回の新型肺炎も各国さまざまな機関や個人が推計を挙げている。関西大学の宮本勝浩名誉教授の試算によると、東京五輪・パラリンピック大会の1年延期による経済損失は約6408億円に上る。

 日本に限って見ても、訪日客の途絶に加え、中国産の食品や部品の出荷停止による影響が出ている。感染の拡大に伴い、政府から自粛要請が出された結果、スポーツやテレビ番組収録の無観客での実施、コンサートやライブ、各種イベントの中止、接待や宴会、飲み会の自粛、夜の飲食店の開店休業状態、学校の休校など、日常生活に大きな支障をきたしている。

 日本からの渡航に対して禁止措置をとる国も増え、その逆もある。中国と韓国からの渡航者には2週間の隔離措置をとるとの発表がなされたが、世界的に日本への渡航を延期ないしは中止した人もかなりの数に及んでいる。

 このような状況がまだ数カ月続き、技能実習生の数が予定を大きく下まわれば、国産を謳(うた)う低価格食品の生産が維持できず、物価の上昇が避けられない。加えて東京五輪が1年延期されたことは相当な打撃だ。

  さらに、五輪のさらなる延期や中止、開催国の変更が本気で話し合われる事態が現実味を帯びてきている。選手やチケット所持者が来日しないことにはまったく話にならないわけで、現にIOC(国際オリンピック委員会)も5月末にはなんらかの結論を出すとの方針を示している。

 今回の騒動に対する海外の反応を見ていて明らかなのは、欧米白人社会は依然として、アジアに対して「憧れ」と「蔑視」という矛盾した感情を抱いていて、今回の新型コロナの感染拡大で、ふだんは見えにくくなりつつあった「蔑視」が再び表面化しはじめていることだ。「またアジアが問題を起こしたか」と愚痴をこぼすだけでは済まされず、飲食店が嫌がらせを受け、人が罵声を浴びせられ、さらには暴行を受けるなど、“目に見える差別”が報じられている。

 20世紀末のことだが、筆者は在中国大使館の初代メンバーの講演を聞く機会があり、そのときの一節が現在も耳から離れられない。「21世紀の日中関係」について語るよう求められたその元外交官は、「それを推し量るには、20年後の日本と中国がそれぞれどうなっているか予測する必要がある」としたうえで、「中国はだいたい予測できるが、日本のほうは皆目見当がつかない」と語られた。

 今思えば、これは不吉な予言で、しかもかなりの精度で当たってしまった。ネットやテレビでは、中国や韓国のマイナス面ばかりが洪水のように垂れ流されているが、われわれは自分たちの足元のほうがより深刻な状態にあることを自覚し、問題点を直視して、糺(ただ)していくことのほうを優先させるべきだろう。隣家の失火をどんなに揶揄(やゆ)しようと、自分の尻についた火は消せないのだから。

 いま日中韓の各国民に必要なのは、等身大の自国を直視することであろう。それができれば、社会不安の解消はもちろん、近隣諸国との関係も改善されるはずだ。

(歴史作家、島崎 晋)