●編集部からのお知らせ:

 本記事は、GEの経営幹部育成プログラムなどを歴任した著者による『世界基準の「部下の育て方」 「モチベーション」から「エンゲージメント」へ』(著・田口力、KADOKAWA)の中から一部抜粋し、転載したものです。リーダー育成の専門家が分析した「部下のやる気の引き出し方」をお読みください。

 あなたは毎日、目覚ましのアラームが鳴る前に起きていますか。ワクワクしながら職場に向かっていますか。早く上司や同僚、部下たちと会って話がしたい、プロジェクトをどんどん進めたい、すぐにお客様を訪問して案件を進めたいなどと、ウキウキした気分で日々出勤していますか。会社の最寄り駅に着いたら思わず笑みがこぼれ、スキップを踏まんばかりに軽い足取りで会社の玄関を目指して歩いていますか。

 もしあなたの答えが「いいえ」であったとしても安心してください。その責任はあなた自身にではなく、あなたの上司にあります。あなたの上司があなたを鼓舞できていない証拠なのです。

 では次の質問です。

 冒頭の質問をあなたの部下にしたとしたら、その答えはどうなると思いますか。もし「いいえ」だと思うのでしたら、それは、あなたの責任です。

●部下を「鼓舞」できない日本企業のダメ上司

 日本企業の研修でこの質問をすると、残念ながらほとんどの場合において、両方とも「いいえ」という答えが返ってきます。

 このトピックについて世界基準に照らし合わせて考えると、部下育成について次のようなことが言えます。それは、「もはや『動機付け』のステージは当たり前のこととして、焦点は『鼓舞する』ことに移っている」ということです。つまり、部下の動機付けができていることを前提として、「部下の好奇心を駆り立てて、ワクワクさせ、部下が全力を尽くせるようにする」のが上司の役割であるということです。

 GEにおいても2012年から、リーダーのミッションとして「インスパイア」(鼓舞する)というキーワードを中心に据えています。これはリーダー育成についても同様で、私が所属していたクロトンビルのミッションも「我々は、今日そして明日のGEリーダーを鼓舞し、結び付け、そして育成するために存在する」に変更されました。

 こうした大号令をクロトンビルから世界各地に向けて発信するに当たり、私は改めて「Motivate」と「Inspire」の意味を英英辞書で調べてみました。「インスパイア」は、「何かができる、特に創造的なことができるという前向きな気持ちで人の心を満たす、あるいは駆り立てる」という説明が書いてあります。一方、「モチベート」は、「人に対して、何かをするその理由を与えること」「人に何かについて興味や情熱を持たせること」という説明になります。

 英語の単語として本来持っている意味合いとしては、「インスパイア」のほうが、人の気持ちや行動に対してより積極的に関与するということになります。日本語の「鼓舞する」のほうも読んで字のごとく、「鼓つづみを打ち、舞を舞う」ことに由来し、人を励まして勢いづけることという意味になりますので、相手に対する積極的な関与を感じさせます。

 「インスパイア」を中心コンセプトとしてリーダー育成をするようになって以降、研修を行う環境整備、コンテンツ、教え方など全てが変わりました。当然、参加者の反応や満足度、そして成果にもポジティブな変化が生まれました。

 では、上司として部下育成に取り組むに当たり、部下の好奇心を駆り立ててワクワクさせる、あるいは活気を与えるためにはどうしたらよいのでしょうか。詳しくは3章で個別の方法論について述べますが、ここではポイントだけ紹介します。

 次に箇条書きするポイントはいずれも奇をてらったものではなく、ごく当たり前のことですが、当たり前にできているマネジャーは実際多くありません。

1. 上司である自らがワクワクして仕事をしている様子を示す……上司が持っている雰囲気は、ウイルスのように部下たちに伝染する

2. 部下と正面から向き合い、関心事や価値観などの内面を知る……ビジネスライクなうわべだけの上下関係ではなく、心から部下に対して関心を寄せ、内なるニーズを見いだす

3. 好奇心を駆り立てるような挑戦的課題を与える……ブレークスルーを起こさせるようなプロジェクト、“改善”するくらいでは達成できない“改革”を必要とする取り組みなど、仕事の与え方に工夫する

 部下を「鼓舞する」という取り組みは、育成の素地づくりとしてとても大切です。しかし忘れてはならないことは、その前提として「動機付け」(後述)ができているということです。まずは動機付けの観点からチェックすることを怠らないようにしてください。

●部下の業績問題を「能力不足」に転化するダメ上司

 ハイ・パフォーマー(高業績者)とロー・パフォーマー(低業績者)に関するアメリカでの研究結果によれば、両者の間には「Capacity」(その人が持っている能力)という観点からは大きな差はなかった、という興味深い報告がなされています。

 このことを研修で伝えると、ほとんどの参加者は「信じられない」と言いたげな表情に変わります。あなたはどう思いますか。

 人の能力は、大きく二つに分けて考えることができます。1つは「持っている」能力。いわば「保有能力」(Capacity)です。もう1つが、「発揮している」能力(Ability)で、この能力の部分がパフォーマンスとして認識できるものとなります。

 そして、先の研究では、「ハイ・パフォーマーとは、自分が持っている能力を十分に発揮している人である」ということが結論付けられているのです。逆に業績が振るわない人は、何らかの阻害要因によって、持てる能力を十分に発揮できていない人であると言えます。

 あなたの周囲に、せっかくすごい能力を持っているのに、それを十分に発揮していないと思われる人はいませんか。この問いによって、保有能力と発揮能力は異なるということを理解してもらえると思います。

 業績が上がらない、あるいは仕事ができない部下を、「彼(彼女)は能力が足りないからそうなるのだ」と決めつけていませんか?

 部下の業績問題を、その部下の能力不足のせいにしておけば、上司としてはその根本原因を他人の責任に転嫁しやすくなります。本人の自己啓発に対する努力が足りない。人事部の研修内容が悪い。そもそもその部下を採用した人事部が悪い。部下の保有能力が他の人より劣るのだから、OJTを行っても限界がある。従って上司である自分は悪くないし、できることはないのだ……と。

 しかし、「人が保有する能力に大差はない」という前提に立つと、上司として部下に何をすべきかが明らかになってきます。それは、部下が持っている能力を十分に発揮することを阻害している要因を特定し、それを取り除いてあげることです。

●部下の能力発揮を阻む真の要因とは

能力を発揮することを阻む要因は、大きく「外的要因」と「内的要因」に分けられます。

 外的要因は、いわゆる「外部環境」によるものです。

 「新しい技術が導入されたことによって、自分が持っているスキルが陳腐化してしまわないか。それによって自分は職を失ってしまうのではないか」

 「ライバル企業との競争が激化することで、社内でコスト削減が一層叫ばれ、賃金まで減らされてしまうのではないか」

 「業界の構造自体が大きく変化し、異業種からの新規参入が相次いで、企業間競争に生き残れず、会社自体の存続が危うくなってしまうのではないか」

 こうした、自社や自社を取り巻く環境の変化によって不安が募ると、仕事に集中できる度合いが低くなります。

 上司としてこうした外部環境の変化そのものを取り除くことはできないでしょう。しかし、こうした変化にどのように対応すべきかを、自分であるいは部下とともに考え、対応策を講じることで、部下の不安を解消することはできるでしょう。

 内的要因は、一言で表すなら「恐れ」です。その恐れを構成する要因としては、自分に対する信頼感の低下、やる気の減退、変化への抵抗、無力感、不確実さなどが代表例として挙げられます。

 これらの外的・内的阻害要因は、私たちの集中力を低下させて気を散らし、自信をなくさせ、そして情熱を消し去ってやる気を失わせてしまいます。

 部下の育成を考えるとき、その前提として「保有能力に大差はない」ということを認識してください。もし業績が振るわない部下がいるとしたら、その持てる能力を発揮することを阻害している要因を特定して取り除くことが上司の役割であると心得てください。

 そして、そのように阻害要因を特定して取り除くことこそが、コーチングの本質です。

●部下と「共感しあえる」能力を持て

 すごいリーダーやできるマネジャーに共通して見られる特徴の1つとして、共感能力を上手にマネージできることが挙げられます。

 部下の指導・育成に当たっては、その前提としてあなたと部下との間に信頼関係が築かれている必要があります。そのためには、相手の立場に立って物事を考えたり、話し合いをしたりすることが大切であり、相手の心の動きに敏感でなくてはいけません。そういう意味で、「相手の心の動きをつかみ取る(共感する)」能力は必須です。

 しかし、それだけでは不十分です。

 部下を持つあなたの「共感能力」について考えるときに、もう1つ大事なことがあります。それは、「相手にあなたの心の動きをつかみ取ってもらう(共感してもらう)」能力です。

 信頼関係を築くためは、一方通行の共感ではなく双方向の共感が必要だからです。つまり、ここでいう共感能力は、心の動きを「つかみ取る」「つかみ取ってもらう」という2つの方向の能力を意味します。

 では、「相手に自分の心をつかみ取ってもらう」ためにはどうすればいいでしょうか。

 部下に共感してもらうには、「感情の伝播(でんぱ) 」という特性を活用します。周囲からポジティブ(ネガティブ)な感情表現を刺激として受けた人は、ポジティブ(ネガティブ)な感情を抱きがちになる│というのが、感情の伝播です。

 また、感情は言語表現よりも、「表情」「声のトーン」「身ぶり手ぶり」「体の接触」「対話者との物理的距離」など、非言語的表現を通じて伝播する側面が強いことが分かっています。部下と接するときには、これらの非言語的表現に注意してください。

●「表情」を使えこなせない日本の管理職

 日本企業の管理職、特に上級管理職の人たちに研修をしていて痛感することは、この非言語的表現が海外の人たちに比べてとても下手であるということです。

 GEでEQ(心の知能指数)について教えていたとき、顔の表情だけで七つの情動「幸せ」「驚き」「軽蔑」「寂しさ」「恐れ」「嫌気」「怒り」を表現するという演習を行っていました。

 独立してからも、日本企業の管理職研修などで同様の演習を実施しているのですが、驚くことに、どの感情表現をしても顔の表情がほぼ同じという人が、平均して20%くらいいるのです。逆に全ての表情をうまく使いこなせる人たちに共通している経歴は、欧米諸国での駐在経験がある人たちです。

 こうした状況を目の当たりにして、表情筋についていろいろと調べてみたことがあります。そうしてわかったのは、表情筋には「使わないと固まる」という特徴があるということです。

 あなたの表情筋は柔らかく保てているでしょうか。心の中では十分部下に共感し、言葉遣いにおいても相手を思いやっているとしても、表情が般はん若にゃの面のようでは、部下からの共感は得られません。かえって言葉遣いと表情のギャップに恐れおののいてしまうかもしれません。

 部下と相対するときに限らず、日頃から表情には留意してください。特に一対一で話をするときなどは、事前に顔をマッサージして筋肉をほぐし、鏡に向かって、先ほど説明した七つの情動に合わせて表情をつくる練習をしてください。

●部下に「共感しすぎない」ことも大事

 さて、ここまで「共感」の重要性を強調してきましたが、1つだけ注意すべきことがあります。それは、「相手(部下)に共感しすぎない」ということです。

 共感能力が高いことはもちろん素晴らしいことですが、相手に共感し過ぎていると、厳しいことが言えなくなってしまうからです。

 最近の脳神経科学の知見によれば、他者の反応を感知するときに使う神経回路と、目標に集中するときに使う神経回路は、互いに抑制し合うということが分かっています。それはあたかもスイッチのオンとオフのように、どちらかが作用するともう一方は作用しないのです。

 つまり相手に共感をしているときには、業績目標などについて厳しいことが言えなくなってしまい、逆に業績目標達成の衝動に駆られて突っ走っているときには、他者への共感ができないのです。

 例えば業績が振るわない部下を会議室に呼び出して、あなたはハッパを掛けようとします。「目標に対して未達の部分をどう解決するつもりだ」という質問で切り出す前に、共感力の高いあなたは、「最近の調子はどうだい」と優しく尋ねます。

 すると部下は、親が要介護状態になってしまったこと、子どもが学校でいじめの問題にあっていること、妻が病気になってしまい近々手術をしなくてはならないことなど、悩み事を一気に話します。

 あなたの共感能力がここで発揮されてしまい、部下が置かれた状況や家族に対して深く同情します。そうして共感の神経スイッチが入ってしまうと、もう仕事のことで部下にハッパを掛けることなどできなくなってしまいます。

 従って、共感の度合いをコントロールすることが大切になるのです。そのためには、自分の言動だけでなく、自分の感情についても客観視できるようになることが求められます。

 目標達成のことばかり気にしていないか、共感することばかりして本当に言わなくてはならないことを忘れてはいないかと、常に自分の言動や気持ちをチェックしましょう。