2020年度、世界初のDMV(デュアル・モード・ビークル)による定期営業運行が始まる。「線路も道路も走る面白い乗りもの」だ。場所は徳島県と高知県の海沿いを走る第三セクター、阿佐海岸鉄道。沿線の海陽町、東洋町にはサーフィンで有名な海岸があり、観光面の魅力も大きい。DMVを新たな観光資源にするため、自治体と事業者が連携し取り組みを始める。

 阿佐海岸鉄道という名はめったに全国ニュースに現れない。鉄道ファンにとっても「知る人ぞ知る」存在だ。だが、時刻表の巻頭地図を隅々まで眺める乗り鉄は知っている。「JR四国の牟岐線の先っちょにある、なんだか乗りにくい場所の短い鉄道」だ。

 何しろ、徳島から各駅停車で約2時間もかかる。高松からは特急「うずしお」を乗り継いで約3時間半。高知からは土佐くろしお鉄道と室戸岬経由のバスを乗り継いで約4時間だ。そうなると単純往復は面白くないから、高知〜室戸岬〜徳島と乗り継ぐルートがオススメだ。しかし運行本数が少ないから途中下車するなら宿泊を伴う。DMVが走り出したら泊まりたくなるかもしれない。

●かいふ、ししくい、かんのうら……ってどこ?

 阿佐海岸鉄道という会社は、阿波・徳島の「阿」、土佐・高知の「佐」に由来する。阿波と土佐を結ぶ。つまり、徳島と高知を結ぶ。とてもスケールの大きな名前だけれども、運営する「阿佐東線」はわずか8.5キロ。JR牟岐線の終点、海部(かいふ)駅から乗り換えて2駅しかない。終点は甲浦(かんのうら)駅。難読駅名としてクイズネタになる。中間駅は宍喰(ししくい)駅。動物駅長ブームに乗って「伊勢エビ駅長」を任命したけれども、話題性としてはどうか。

 阿佐海岸鉄道の場所を一言で表すと「四国の右下」である。方角的には南東だけど、北が上の地図を広げれば確かに右下。徳島県はこの地域の5市町をまとめた「四国の右下観光局」を設置した。JR四国なども徳島〜高知間の公共交通を組み合わせた「四国みぎした55フリーきっぷ」を販売している。もちろん阿佐海岸鉄道も参加している。

 このルートのうち、牟岐から後免(ごめん)までは鉄道で結ばれる予定だった。それが「阿佐線」だ。このスケールなら納得できる。しかし、阿佐線は牟岐〜海部間が開業した後、建設中止となってしまう。1980年に成立した国鉄再建法によって、開業しても赤字になる見込みの路線は作らないと決まったからだ。それでは着工された区間がもったいない、という話になり、高知側の後免〜奈半利間は土佐くろしお鉄道、徳島側の海部〜甲浦間は阿佐海岸鉄道という第三セクターをそれぞれ設立して工事を続行し開業した。

 DMV運行の舞台は徳島側の阿佐海岸鉄道である。JR牟岐線の末端であり、距離も短く、何しろ赤字必至と国に見放された路線だから、一度も黒字になったことがない。年間およそ5000万円の経常損失があり、設立に参加した自治体が補助金を投入し、意地で維持しているようなものだ。少子化に伴い乗客数も減り、公金投入を疑問視する市民も多いだろう。

●2011年から徳島県を中心にDMVを検討

 そんな阿佐海岸鉄道にとって、起死回生の手段がDMVだ。マイクロバスに鉄道車輪を追加し、線路も道路も走行できるバスである。JR北海道がローカル線のコスト削減車両として開発したものの実現に至らなかった。その後、各地の赤字ローカル鉄道が関心を示したけれど、車両コスト以上に設備投資が必要となるうえに、鉄道車両より定員が少ないため実用面に難ありで、採用に至らなかった。それを徳島県は真剣にやると決めた。

 ここまでの経緯は、過去に3回にわたって紹介した(関連記事参照)。

・ローカル線の救世主になるのか――道路と線路を走るDMVの課題と未来(2013年9月)全国の導入検討事例を紹介

・「DMV」計画実現へ、徳島県はホンキだ(2017年1月)徳島県知事が定例記者会見でDMV予算化を表明

・徳島県のDMV導入は「おもしろい」で突っ走れ!!(2017年12月)

 徳島県は2011年から阿佐海岸鉄道阿佐東線のDMV導入を検討し、同年と翌年に計2回の実証運行を実施した。本格導入に向けて16年に第1回阿佐東線DMV導入協議会を開催。17年2月の第2回協議会において、東京五輪でインバウンド需要が旺盛な20年を運行開始目標とした。また、DMVのモードチェンジ駅を甲浦駅とJR牟岐線の阿波海南駅とし、海部〜阿波海南間はJR四国から譲受したい考えだ。

 18年3月の第3回協議会では車両発注や駅舎改築の進捗が報告され、鉄道モードの信号設備、バスモードの検討が行われた。また、17年から実施している「DMVわくわくイベント」を引き続き実施し、導入機運の醸成を図る。

 18年4月、阿佐海岸鉄道はDMV車両3台の塗装デザインと愛称を一般公募。19年1月に「未来への波乗り(車体色ブルー)」「すだちの風(車体色グリーン)」「阿佐海岸維新(車体色レッド)」が発表された。

 19年1月の第4回協議会では、事業費の見込みと修正が報告された。鉄道区間は当初予定されていた「スタフ(通票閉塞)式」を取り下げ、自動停止(ATS)機能を備えた「DMV運転保安システム」の導入が決まった。ハード面の完成、牟岐線編入手続き、バスモードの事業計画、完成車両を使ったPRイベントの実施が了承された。鉄道ファンとしては、絶滅しつつあるスタフ方式の新規採用が興味深かったけれど、安全面を重視すると仕方ない。

 ※スタフ方式……鉄道の1区間について1つだけ用意される金属製の通行票。「スタフを持つ列車だけがその区間を走行できる」と定めて衝突を防ぐ。通行票を円盤とし、機械と電信を組み合わせて管理する方式がタブレット方式。タブレット方式の簡易版がスタフ式。

●観光推進組織が起動、視察と広報戦略を模索

 DMV導入目的は「阿佐海岸鉄道の経営改善」「南海トラフ地震の被災者支援」「地域活性化」の3本柱だ。そのなかで、第2回協議会から、DMV導入の目的として「世界初、オンリーワンの技術運行で阿佐東地域を活性化」「車両自体が観光資源として観光振興に大きく寄与する」が筆頭に掲げられた。

 その取り組みの中心が「あさチェン推進会議」という官民共働組織だ。名前はDMVのモードチェンジにかけて、阿佐東地域をDMVで変えていくという意味を込めたという。参加者は徳島県海陽町と高知県東洋町の関連部局、それぞれの街の観光協会、商工会など。

 この組織が9月25日に広報誘客部会を開催した。約20人の参加者が阿佐東線を試乗し、マイクロバスで沿線の観光地を巡った。阿佐東線は前述の通り、国鉄が運営する高規格鉄道として建設されたため、高架区間とトンネルが多い。だから駅と地上の高低差が大きく、乗りにくい路線ともいえた。しかし、高架区間からの眺めは見晴らしも良く、まるで低空遊覧飛行のような感覚で海と街を望む。DMVなら、ここからバスモードで街中の観光スポットへ直通できるとあって、メンバーのほとんどが観光誘客の成功を予感した。

 実は、この地域に住んでいながらも、阿佐東線に乗ったことがないという人は多い。地方鉄道ではよく聞く話である。通学に使わず、車の免許を取れば鉄道に縁がないし、海の魅力にひかれて移り住んだ人々はもとよりクルマが生活の中心だ。だから鉄道には無関心。道具として便利さを感じないからだろう。

 しかし、DMVを「楽しいもの」「面白い乗りもの」と考えたらどうか。しかも世界に一つだけの乗りものだ。これはちょっと誇らしい。遠くに住む友人や親戚に「乗りにおいでよ」と誘うネタになる。「サーフィンやりにおいでよ」より誘いやすいかもしれない。DMVを目当てに国内外から乗りもの好きが集まる。人が集まれば街の活気が増す。宿泊施設の稼働率は上がり、土産物や生産物も売れ、飲食店はにぎわうかもしれない。自分はDMVに乗らなくても、DMVのおかげで潤い、楽しくなりそうだ。そうなると無関心ではいられなくなる。

 マイクロバスで海陽町の名所、観光地を巡るときは、すでに観光客の視点になっている。この街のどこが楽しいか、インスタ映えする場所はあるか。海を見渡す温泉があり、伝統的な漁村がある。古く趣のある街並みに「ぶっちょうづくり」という珍しい家屋があり、上下の板をパタンと閉じれば窓を封じて風よけになる。開けば上の板は日よけ、下の板は縁台や干物作りの台になるという。地元の人々には見慣れた風景が、実は観光客には興味深い。

 視察後の会議では、地域の観光資源とDMVをリンクした広報、宣伝活動について意見交換が行われた。まだDMVの運行ダイヤなどは決まっていないけれども、観光ルートを策定して、土休日や平日日中のバスルートを提案していく。また、営業運行前にDMV車両を出張展示するという大胆な提案が行われ盛り上がった。

 鉄道技術展で「ゆりかもめ」の実物車両が展示された事例があるけれども、あれはメーカーの三菱重工が自社技術を紹介するためだった。ローカル鉄道会社のPRで、実際の運行車両を持参するとは異例だ。道路を自走できるDMVだからできる。そして、営業運行開始前の今だからできる。世界初の鉄道誘客手法かもしれない。

 DMVの出張展示が行われるのは、10月5日のDMV3台完成イベントだ。導入予定地の阿波海南文化村と海の駅東洋町で行われる。今後はイベントなどに積極的に出展していくため、各地の集客施設に働きかけるという。

●不便でも魅力があれば人は集まる

 難点があるとすれば、東京からの交通アクセスだ。東京から行く場合、午前7時発の飛行機に乗り、徳島から鉄道を乗り継ぐと甲浦着は昼過ぎ。四国へ行くならと寝台特急「サンライズ瀬戸」で行くと、高松着は午前7時27分だけど、その後の乗り継ぎが不便で甲浦着は午後2時4分。東京から新幹線「のぞみ」で行くと、午前7時半発に乗って甲浦到着は午後4時。移動だけで1日の大半を費やす。ここはJR四国にダイヤ再検討を願いたい。

 時間を有意義に使いたいなら夜行バスがいい。徳島に早朝着の便から列車に乗り継げば、甲浦に午前9時半頃の到着だ。値段も安い。海部観光の「マイフローラ」は定員12人の半個室タイプ。豪華設備で料金は1万3000円以上。3列バスの倍以上もするけれど、それでも飛行機や新幹線乗り継ぎよりも安いし乗り換えも少なくて楽だ。

 鉄道にこだわらなければ、航空機とレンタカーの組み合わせになる。ダイナミックパッケージのオプションでレンタカーを組み合わせれば合計金額も抑えられる。現地の周遊も楽だ。運転免許を持っていれば、これが最も現実的な手段だろう。

 交通が不便でも、現地に魅力があれば人は集まる。冒頭で述べたように、阿佐東線地域の沿岸はサーフィンで人気。特に東洋町の生見海岸は知名度が高く、全国大会が開かれるほか、サーフスポットに関するWebサイトで「初心者にもオススメ」と書かれている。

 取材翌日、海岸沿いを歩いていたら、京阪神地域のナンバーを付けた軽自動車を見かけた。屋根にサーフボードを載せ、若い女性が1人で運転していた。鳴門大橋を渡れば大阪は近い。サーファーのみなさんもDMVを面白がってくれるだろうか。逆に、DMVで訪れた人もサーフィンに興味を持ってくれるかもしれない。JR東日本の「手ぶらでスキー」のように「手ぶらでサーフィン」というアピールも必要だろう。

 海の幸はもちろん、徳島特産の阿波尾鶏もある。かんきつ類の果樹園、トマトなどのオーガニック栽培もあり、食の楽しみもたっぷり。そんな海沿いの街に、DMVという新たな観光資源が誕生する。日本で唯一、世界でここだけのDMVをどのようにアピールするか。今後の取り組みに注目したい。

(杉山淳一)