2019年10月9日、グロービス経営大学院東京校にて、Takram(東京都渋谷区)代表取締役の田川欣哉氏を迎え、書籍『イノベーション・スキルセット〜世界が求めるBTC型人材とその手引き』の出版記念セミナーが開催された。デジタル化が進展する中、イノベーションを創出する上で必要不可欠な要素の一つとされる「デザイン」に対して、わが国のビジネスパーソンはどのようにして向き合うべきなのか?

 気鋭のデザインエンジニア、田川欣哉氏がこれまでに手掛けたプロジェクトを振り返りながら、これからの時代に必要な「デザイン経営」を支える上で必要な「BTC型人材」の本質に迫る。

●トヨタ、メルカリ、羽田空港 多岐にわたるプロジェクト事例

 皆さん、本日はよろしくお願いいたします。今、お手元に書籍『イノベーション・スキルセット〜世界が求めるBTC型人材とその手引き』をお配りしてます。本日は、この本の内容の中から、皆さんに特にシェアしたいなと考えている箇所をご紹介できればと思います。

 まず、本日の講演のテーマとなっている「BTC型人材」という言葉について簡単に説明します。Bはビジネス、Tはテクノロジー、Cはクリエイティブのことを指します。私自身は、この中で言えば、T=テクノロジーの出身でして、大学時代は、理工学系の学生として、工学部でエンジニアリングを専攻していました。その後、デザインを大学院で学び、実務での実践を経てC=クリエイティブを身に付けていきました。

 結果として、現在はTとCの両面を扱う「デザインエンジニア」として、さまざまなプロジェクトに関わるようになりました。過去に取り組んだプロジェクト事例をいくつかご紹介したいと思います。

●TAMRON・カメラレンズのプロダクトデザイン

 これはTAMRONというブランドの一眼レフ・ミラーレス向けの交換レンズのデザインです。一般的にはインダストリアルデザインと呼ばれる領域です。インダストリアルデザインやグラフィックデザインなどの領域は、長い歴史のある伝統的なデザイン領域で書籍『イノベーション・スキルセット』の中では、「クラシカルデザイン」という言い方をしています。このような領域についても積極的に取り組んでいます。

 こちらはエンジニアリングの要素が色濃い事例です。ispace(東京都港区)というスタートアップ企業がけん引したプロジェクトでして、世界初のロボット月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に挑戦する日本唯一の民間月面探査チーム「HAKUTO」のチームに加わり、月面を走行するローバー(フライトモデル)の意匠コンセプト立案とスタイリングに取り組みました。このプロジェクトでTakramのデザインエンジニアのチームは、宇宙工学の専門家たちと一緒に合理性とデザイン性の両立にチャレンジしました。

●トヨタ自動車「e-Palleteコンセプト」プレゼンテーション設計

 トヨタ自動車の「e-Pallete」と呼ばれるプロジェクトのプレゼンテーション設計の事例です。こちらは2018年1月にネバダ州ラスベガスで開催されたイベント「CES 2018」で発表されたモビリティサービスプラットフォームのコンセプトです。

 自動運転時代におけるモビリティの在り方を提案しています。テクノロジー・ビジネス・UXの3面からのアプローチを組み合わせて、プレゼンテーションのシナリオ設計とディレクションをお手伝いさせていただきました。非線形な未来について説明する場合、言葉だけではなかなか腑に落ちない場合がありますが、デザインの力を使って目に見える形に可視化することで、目指す世界観をより鮮明に伝達することができます。

 この発表がきっかけになり、さまざまな動きが社会の中で始まった、われわれにとっても思い入れのあるプロジェクトです。

●経産省、帝国データ、羽田空港ラウンジ

 「地域経済分析システム(RESAS: リーサス)」と呼ばれるシステムをプロトタイピングしたプロジェクトです。こちらはソフトウエアの事例ですが、プロトタイプを駆使することで変化を起こした点で、Takramが関与したプロジェクトの中でも代表的な事例の一つだと思います。

 このプロジェクトをきっかけに政府の中でもデータビジュアライゼーションの効果についての認識が広まったと思います。データ活用についてはさまざまなアプローチが存在していますが、このようにインタラクティブに操作することができるデータの可視化技術は、その応用範囲が非常に広いと考えています。

 こちらもデータビジュアライゼーションのプロジェクトです。帝国データバンクの企業情報データベースを用いて地域経済の担い手である「地域未来牽引企業」とその周辺のエコシステムを可視化するWebシステム「LEDIX」の制作を行いました。地域未来牽引企業とは、経済産業省が指定する地域経済の中心的な担い手であり、バリューチェーンの要となることが期待される企業のことです。このシステムによって、個社分析を超えて、企業同士がどのようにしてエコシステムを形成しているのかが透けて見えるようになります。

 このシステムを専門家にあたる行政官の方々に見ていただいた際に、「医師が”CTスキャン”を見たときのような判断ができるようになる」との感想をいただいたことが記憶に残っています。世界でも先端事例の一つだと思います。

 こちらは羽田空港のラウンジ設計の事例です。羽田空港で実際にお使いになった方もいらっしゃるかと思います。『イノベーション・スキルセット』の中でも記載した通り、デザインに取り組む際には、ユーザーの行動に着目して全体を設計していくのですが、その手法が見事に生かされた事例です。このラウンジは羽田でも非常に愛されて利用されており、ビジネスとしても成功した事例の一つです。

●日経、メルカリ、朝日酒造

 ここまでは、いわゆる「モノづくり」に対するデザインの話をさせていただきましたが、デザインによってもたらされるもう一つの効果として、「ブランディング」の話が挙げられるかと思います。ここからは、ブランディングの観点から、いくつかの事例を紹介します。まず、こちらは、日本経済新聞社のプロジェクト事例です。

 われわれは、コーポレートブランディングのパートナーとして、日経ブランドガイドラインの制定、コーポレートロゴや日本経済新聞横題字のリファイン、社員向けブランドサイトの構築などをお手伝いしました。結果的に約2年間にわたり、伴走させていただいた形になります。

 これは現在進行形で取り組んでいるメルカリの事例ですが、デザイン組織構築やブランド構築のお手伝いをしております。昨年実施されたロゴマークのリデザインもこのプロジェクトの成果のひとつです。

 こちらは、新潟の地酒メーカーとして知られる朝日酒造の事例です。「久保田」という歴史のあるブランドがあるのですが、こちらのブランドデザインを担当しています(注:「久保田」は、天保元年(1830年)より新潟県長岡市の越路地域に酒蔵を構える朝日酒造が、創業時の屋号「久保田屋」の名を冠し、1985年から製造する日本酒ブランドのこと)。デザインとマーケティングの要素を同時に投入し、新しい顧客を開拓するような仕事が進行しています。

 上記のようなプロジェクトに取り組む一方、私自身、もう一つの顔として、教育関係の仕事をしています。具体的には、ロンドン・カレッジ・オブ・アートと呼ばれる美術系の大学院大学の中に、「イノベーション・デザイン・エンジニアリング」と呼ばれる学科があるのですが、2014年から17年までの間、客員教授として教育に携わっていました。この学科は、世界中からさまざまなバックグラウンドを持った次世代のイノベーターの”卵”たちを集め、2年間の徹底的なトレーニングを施すことによって、イノベーション人材を育てることに取り組んでいます。

 私自身、この学科の出身でもあるのですが、現在は、フェローという立場で、大学のサポートをしています。この学科は、例年、Apple(アップル)、Google(グーグル)、サムスン、Dyson(ダイソン)などのグローバル企業に多数の人材を輩出していることで知られています。

 また、グロービス経営大学院でも、ビジネス系の方々を中心に、デザインを学んでいただく『デザイン経営(デザイン駆動型のイノベーションとブランディング)【Produced by Takram】』という授業を一コマ担当しています。この授業の中でも扱っているスキルセットについてまとめたのが、『イノベーション・スキルセット』です。それでは、本書のトピックの中から、いくつかポイントをピックアップして解説したいと思います。

●第四次産業革命時代におけるデザインの重要性

 「なぜデザインが重要なのか」について、少し歴史を振り返りながら説明してみたいと思います。以下の年表をご覧ください。

 まず、この年表の中で、「今、世界はどこにいるのか」についてですが、上記の「Current」と記載されている「第6世代」のあたりが現在地点であると捉えていただければと思います。上記の通り、2015年くらいから、「ハードウエア」「エレクトロニクス」「ソフトウエア」「ネットワーク」「サービス」という5つの要素が組み合わさったプロダクトが登場してきました。

 特に典型的なのがスマートフォンですね。スマートフォンが登場してから、UI/UXの視点を適切に取り入れたサービスがグロースするケースが増加し、それに伴って、デザインの重要性が高まってきました。乱暴に言えば、第2次産業革命時代までは、デザインは「nice to have」でしたが、第3次産業革命以降は、「must have」に変わったという言い方もできるかと思います。

 日本においても、デザインの導入はようやく進んできた段階ですが、米国と比べると遅れている状況です。それはなぜかというと、非常にシンプルな話で、日本の主要産業が製造業つまり第2次産業革命時代の産業であり、一般的なメーカーにとっては、デザインは「nice to have」な存在だからです。しかし、一方で、トヨタやソニーをはじめとして、第4次産業革命時代にジャンプしようと、先進的な動きを見せる企業もいくつか現れてきている状況です。

 ハードウエアにデジタルが組み込まれれば組み込まれるほど、デザインは避けて通ることのできない要素となってきます。そうなると、全てのビジネスパーソンはデザインを学ばなければならないような状況になってきます。このような潮流を踏まえ、新しいモノをつくって、変化を起こしていくにはどのようなチームが必要なのかということを世界中のアカデミアの学者たちが研究していますが、米国や欧州においては、次の三角形のダイアグラムが一つの「答え」であるという結論に収束し始めています。

●イノベーションを加速する人材像

 「ビジネス(B)」「テクノロジー(T)」「クリエイティブ(C)」。この3つの能力をコンパクトに集約したチームもしくは個人が新しいモノを創る上で必要だと主張されています。多くのテクノロジー企業は、ビジネス(B)とテクノロジー(T)に重点を置いており、上記の領域に強みを持つ「BT型人材」については、増えつつあるように思います。

 しかし、第4次産業革命の時代においては、UX(ユーザーエクスペリエンス)の比重が大きくなるため、新しいモノを創る場合、クリエイティブ(C)がますます重要となります。実際、今の時代、顧客体験を無視して、アプリサービスを立ち上げて成功させるのは難しいと思います。ビジネスサイドにせよテクノロジーサイドにせよ、これまで以上にデザインと向き合う必要が出てくるでしょう。

 では、実際に、どのような人材のパターンが考えられるかと言うと、上記のトライアングルの「Bの専門家」「Tの専門家」「Cの専門家」に加えて、それぞれの「橋渡し」を行うハイブリッド型の人材も必要とされます。ちなみに、グロービスさんが打ち出している「テクノベート」は、この中で言えば、「ビジネス(B)」と「テクノロジー(T)」をつなぐ「BT型人材」と捉えることができます。

 また、皆さんが日常の生活で接しているようなデザイナーの方々は、基本的には、「Cの専門家」です。しかし、例えば、AirbnbやNetflix、Googleのような企業においては、テクノロジー(T)とクリエイティブ(C)に精通した「TC型人材」やビジネス(B)とクリエイティブ(C)に精通した「BC型人材」が在籍しています。本日、いらっしゃっている方々の中には、「非デザイナー」の方々も多いと思いますが、私が重要だと考えていることは、どうすればビジネス(B)やテクノロジー(T)の分野の方々に対してデザインを勉強していただくことができるかということです。

 主軸を持ちつつ、クリエイティブ(C)を勉強していただくことで、皆さんの仕事をアップグレードできればと考えています。

●デザインの力をサービス開発に生かした「PELOTON」の事例

 上記を踏まえた上で、これからのデザインを学ぶ上で有益と思われる事例を一つ紹介します。米国のニューヨークに本拠を置く「PELOTON」という企業のケースです。

 同社が提供している製品は自宅で使用するエアロバイクです。ビジネスモデルについては、エアロバイク自体を販売した上で、タブレット上で展開されるサブスクリプション型の「オンラインジム」のサービスを提供しています。面白いのが、一般的なエアロバイクは典型的な「レッドオーシャン市場」であり、平均的な価格帯は3〜5万円くらいで、各社とも「原価スレスレ」で販売しているような状況です。一方で、PELOTONの価格は約2000米ドルであり、平均的な市場価格の5〜6倍の価格設定です。

 加えて、オンラインサービスの支払いが月額40ドルかかりますので、年間で約5万円の出費となります。つまり、ユーザーは初年度にPELOTONに対して約25万円を支払うモデルになっています。そして、実際、どれくらいの売上高になっているのかについてですが、驚くべきことに、売上が1000億円近くあります。時価総額は5000億円とスライド資料では記載していますが、これはシリーズC(スタートアップ成長の最終局面)調達時点での評価額です。

 PELOTONのビジネスモデルとしては、モノはモノとして売った上で、その上にSaaS(Software as a Service(サービスとしてのソフトウェア))をくっつける「SaaS Plus A Box」という形を採用しています。私は、この事例を日本企業の方々によく紹介するのですが、それはなぜかと言うと、このプロダクトが非常に「第4次産業革命」的であるためです。第4次産業革命というのは、簡単に言うと、フィジカルとデジタルが結合するという世界観ですが、PELOTONのようなモノは10年前は決してあり得なかった訳です。

 そして、シェアリングエコノミーの文脈で登場するシェアバイクと一線を画しているのは、PELOTONの場合、ハードウエアの製造コストをユーザーが支払っていることです。この約20万円のハードウエアを”売り切る”力がすごい訳です。そして、まさにここに「デザイン」の力が介在しています。

 より具体的に言えば、エアロバイク本体とタブレットのUI/UX、PELOTONオリジナルのウエア、公式サイトの全ての要素が一つのデザインの哲学で貫かれています。

●デザインへの投資で「4倍の利益」がもたらされる

 このような話をできるだけ多くの経営者に知っていただきたいという思いがあります。去年の5月、経済産業省と特許庁から「デザイン経営」宣言が発表されたのですが、私自身も、コアメンバーとしてその策定に参加しました。この宣言の中では、デザインの効果として、「イノベーション創出」と「ブランド構築」の2種類があると主張されています。そして、デザイン経営に取り組んでいる企業が本当にパフォーマンスを発揮しているのかという話なのですが、こちらのスライド資料をご覧ください。

 欧米では、デザインへの投資を行う企業のパフォーマンスに関する研究が行われているのですが、上記のように、デザインへの投資を行う企業が高いパフォーマンスを発揮していることが示されています。例えば、British Design Councilは、デザインに投資すると、その4倍の営業利益を得られると発表しています。また、Design Value Indexは、デザインを重視する企業の株価は、S&P500(S&P ダウ・ジョーンズ・インデックスが算出している米国の代表的な株価指数)全体と比較して、過去10年間で2.1倍の成長を実現したことを明らかにしています。このデータを見る限りでは、経営者からすれば、デザインに取り組まない理由はないと思います。

 実際、国内においても、スタートアップ企業の経営者たちはデザインに対する深い理解と豊富なボキャブラリーを備えています。例えば、私がサポートしているメルカリの山田進太郎氏やグロービス経営大学院とも関係が深いラクスルの松本恭攝氏などは、「デザインの使いこなし方」について深い理解を備えていらっしゃいます。全てのビジネスパーソンが彼らの水準でデザインを知るべきとは思いませんが、先ほど申し上げた通り、デジタル領域でイノベーションの創出を目指す場合、マネジャークラス以上の方々は、これまで以上にデザインと向き合う必要が出てくるでしょう。

 自身の専門領域を持ちつつ、デザインを学ぶことで、自らの仕事をアップグレードし続けることが大切かと思います。

(株式会社And Technologies代表取締役 勝木健太)