AI開発などを行う「Daisy」代表の大澤昇平氏のツイッター上での発言が話題となっています。自分の会社では「中国人は採用しません」と不適切発言したことを受け、ネット上で「人種差別」といった批判が集まりました。

(※編集部注 12月1日にツイッター上で謝罪)

 本件に対する責任の取り方について、自社との関係においては本人が代表であるため、自身で進退を決めるか、株主の意向によっては代表を解任される可能性があります。

 一方で同氏は、東京大学大学院情報学環・学際情報学府の特任准教授という立場も有しています。東京大学との関係においては、雇用契約を結んでいるものと考えられます(「東京大学特定有期雇用教職員の就業に関する規程」において、特任准教授は雇用契約に基づき就業するものとされていることより推定)。

 東京大学は11月24日、Webサイト上にて越塚登・情報学環長・学際情報学府長名で、大澤氏のツイッター上での発言に対し、大学として公式に遺憾の意を表明し、謝罪をしました。

 筆者個人の価値観に照らし合わせても、「中国人は採用しません」といった発言がヘイトスピーチに該当することは明白であり、大澤氏の発言には強い違和感を持ちます。

●東京大学による懲戒処分の可能性

 東京大学は今後、使用者の立場から教職員(労働者)である大澤氏に対して何らかの処分を行う可能性があると考えられます。世論としては「当然、解雇すべき」という声も強いでしょう。すでにDaisyとの取引中止を明言した企業もあります。

 ただ、本稿では社会保険労務士として客観的な立場から、労働者に対して最も重い処分とされる懲戒解雇が可能かどうか、執筆時点で把握可能な情報の範囲で、法的視点を踏まえて分析してみたいと思います。

●就業規則に懲戒に関する定めがあるか

 労働者に不正行為などがあった場合、使用者は当然に何らかの懲戒処分を行えると多くの方が思っていると思います。

 ところが、実はこの認識は誤りなのです。

 使用者は、あらかじめ就業規則に懲戒に関する定めをしておかなければ、労働者に対して懲戒処分をしてはならず、また、懲戒処分を行う場合は、就業規則で定められた手順や内容に基づかなければなりません。

 国の法律である刑法においても、基本的人権を守るために「罪刑法定主義」という考え方があります。国家権力が勝手気ままに国民に刑事罰を課すことはできず、刑法などの法律であらかじめ犯罪行為と定められた行為を行った場合にのみ刑事罰を受け、罰の重さについても、刑法などで定められた範囲を逸脱することは許されません。

 この考え方と同じように、いわば会社の法律が「就業規則」であるため、労働者が不意打ち的に懲戒処分を受けることがないよう、労働者を守るために、就業規則に定めが無ければ懲戒処分は行ってはならない旨が労働基準法で定められているのです。

 就業規則が未作成の会社や、作成済みであっても労働者に周知がされていない会社は、労働者がどんなに重い犯罪行為を行ったり、重大な損害を与えたりしても、懲戒解雇を含む懲戒処分を行うことはできません(一般的な労働契約の解消である普通解雇は可能)。

 東京大学においては「東京大学教職員就業規則」の第8章に、懲戒処分に関する規定が設けられています。また、大澤氏に適用される「東京大学特定有期雇用教職員の就業に関する規程」が東京大学教職員就業規則を準用しているので、大澤氏にも、この懲戒に関する規定が適用されることとなります。少なくとも「懲戒処分を行えるか?」という議論の土俵に乗せることは可能です。

●業務外の行為での懲戒処分が可能か

 就業規則に懲戒に関する定めがあったとして、私生活の不適切な行為に関して懲戒処分を行うことができるのかどうかが次の論点になります。

 上記の就業規則は原則として学内で勤務をすることに対して適用されます。学内でハラスメントを行ったとか、大学の金品を横領したとかなどであれば、間違いなく懲戒処分の適用対象となります。

 しかし、今回大澤氏が行ったことは、個人アカウントのツイッターにおける不適切投稿です。内容も東京大学に直接関係があることではなく、自分が経営する会社の採用に関することであるので、大学の就業規則で懲戒処分をすることについては慎重に検討しなけばなりません。

 一般論として、勤務先による私生活への過大な干渉を認めると、労働者の私生活の自由を侵害してしまうことになります。就業規則による私生活への制限は、懲戒処分に限らず最小限にとどめなければならないのです。

●業務外の行動でクビになったケースは?

 つまり、どのようにバランスをとって考えるべきか? ということになります。過去の裁判例などを踏まえると、私生活上の行為であったとしても、結果的に勤務先の名誉や信用を棄損したり、企業秩序に影響を与えたりした場合には、懲戒処分を行うことが許されるとしています。

 例えば、鉄道会社の職員が痴漢で逮捕された事例や、バスの運転士が私生活上の飲酒運転で逮捕された事例など、勤務先の業務に悪影響があると考えられる場合では、懲戒解雇は有効という判決が出ています。

 今回の大澤氏の投稿も、国立大学の特任准教授という立場の重さや、国籍を含む、あらゆる形態の差別や不寛容を許さないという大学のポリシーに真正面から反する発言をしたことを鑑みると、東京大学が大澤氏に対して懲戒処分を行うことは、客観的に見ても合理性はあると考えられます。

 大澤氏の発言を受け、同氏が講師を務める情報学環の「情報経済AIソリューション寄付講座」に対して、マネックスグループなど寄付を行っていた複数の企業がその打ち切りを表明し、経済的損害の発生に直面していることも懲戒処分の有効性を補強する事実となるでしょう。

「東京大学教職員就業規則」第38条において、

(3)故意又は重大な過失により大学法人に損害を与えた場合

(5)大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合

 については、明確に懲戒事由として定められています。

●懲戒処分の重さについて

 最後に、懲戒処分を行うこと自体は可能としても、その重さの程度が問題となります。

 「東京大学教職員就業規則」第39条では、戒告、減給、出勤停止、停職、諭旨解雇、懲戒解雇の6種類の処分を定めています。

 しかし、どのような行為を行ったら、どれくらいの重い処分になるのかまでは具体的には定められていません。

 この点については、「東京大学教員懲戒手続規程」においてルールが定められており、教員懲戒委員会を設置して調査や審議を行い、本人にも弁明の機会を与えた上、懲戒処分の要否及び重さを決定するとしています。

 とはいえ、教員懲戒委員会が決定したならば、いかような処分も許されるというわけではありません。行為の内容と処分の重さのバランスが取れている必要があります。

 今回のツイッターへの投稿は、ツイッターが拡散されて社会的影響は大きかったとはいえ、

・大学の業務とは直接関係のない内容であり、大学の機密を漏洩(ろうえい)したようなわけではないこと

・ヘイトスピーチ解消法に違反する可能性があるが、同法は罰則の定めがない「理念法」であり、発言が直ちに犯罪行為となるわけではないと考えられること

・大学から注意をされたのに、再び繰り返したということではなさそうであること(前掲の鉄道会社の職員が痴漢で懲戒解雇された事例では、以前にも逮捕歴があり再犯だった)

 を踏まえると、懲戒解雇までは行き過ぎと考えられ、実務上の温度感としては、戒告や減給が相当な処分ということになるのではないでしょうか。寄付講座への企業からの支援の停止などの経済的損失も考えると、出勤停止などのもう一段重い処分も視野に入ってくるかもしれません。

 しかし、いずれにしても、諭旨解雇や懲戒解雇といった、教職員の身分を剥奪(はくだつ)するまでの処分は、法的には重すぎると考えられます。

●懲戒処分は感情的な判断や、個人的価値観で自由には行えない

 まとめると、今回の大澤氏への処分としては、懲戒処分を行うこと自体は可能ですが、戒告や減給が相当なところ。いっても出勤停止といったところになるでしょう。

 実際に東京大学が大澤氏に対して、どのような懲戒処分を行うかは現時点では分かりませんが、本稿では筆者の個人的な主観は横に置き、客観的な法律上の考察として、事例を分析してみました。

 また、本稿は、1つの事例の分析としてだけではなく、一般論としても、懲戒処分は感情的な判断や、使用者の個人的価値観で自由に行っていいものではなく、就業規則上に根拠があることはもちろん、社会的相当性のある処分の重さでなければ法的には無効であるという点においても、参考になれば幸いです。

(榊裕葵 企画協力 シェアーズカフェ・オンライン)