VR(バーチャルリアリティー、仮想現実)技術を応用して、自動運転車の開発や安全運転の実現に不可欠で、数年後に実用化が見込まれているITS(高度道路交通システム)シミュレーター装置を開発し、トヨタ自動車や日産自動車、本田技研工業などの日本メーカーや中国企業から重宝されている企業がある。

 建設・土木向けにコンピュータを使ったシミュレーターを開発し、この分野でVR技術を培ってきたフォーラムエイト(東京・港)だ。同社の創業メンバーである伊藤裕二社長に今後の展望を聞いた。

 VRは表面的には現実ではないが、限りなく現実に近いものという意味で、VR映像内でリアルに近い体験が得られる。ゲーム機器などエンターテインメント分野で始まって、最近はスポーツや医療現場の世界にも導入されてきた。ヘッドセットと呼ばれるゴーグルをかけ、リモコンによって画像を操作するものが主流で、さまざまな仮想空間を楽しめるようになっている。

 自動運転車の開発では気象、路面、対向車などさまざまな条件によって車がどういう反応をするかを事前に検証しておかなければならない。このため、VRによって現実には実現できないような「極限の条件」を無数に作り出して実験をすることができる。

●異なった環境をモデリングできる

――貴社のITSシミュレーターは他社と比べてどこが優れているのか。

 ユーザーがさまざまな環境に対応して自分で「モデリング」できる点だ。従来のシミュレーターは例えば運転免許センターで運転を学ぶように、決められた道路を走ってデータを集めるいわば「固定されたシナリオ」だった。しかし、自動運転車の開発では天候、右側走行か左側走行かなどさまざまな異なった環境下で、できるだけ多くの知見が必要になる。

 当社の研究用シミュレーターは、こうしたあらゆる環境や条件を独自に作り出してテストできるのが強みだ。取引先が環境や条件を作り出せなければ当社のVRサポート部隊が提供できる。

 もう一つはシミュレーターそのものの機能が優れていることだ。これはソフトウェアの開発を常に更新しているということでもある。

――建設や土木の分野で培ってきた技術や経験が役立っているのか。

 最初は土木の分野で交通システムを中心としたシミュレーションをしてきた。その後、その先の運転にもVRやシミュレーション技術を試してみたいとなり、トヨタやアイシン精機などから「運転についての装置を作ってくれないか」と要望が出始めた。日本の自動車メーカーでは、2005年にトヨタにドライビングシミュレーターを提供し、いまでは日産、ホンダなどの主要メーカーや多くの大学に研究用として提供している。

 ゲームセンターにドライビングシミュレーターがあるが、当社はあの空間を図面ベースで、土木分野で培った技術を活用しながら、運転する際の道路と自動車との空間を完全に工学的に表現することができる。イメージによって道路を設計しているわけではなく、工学的に道路線形で設計していて、車は車両運動モデルによって動いている。

 われわれはこのように道路と車、両方の動きを再現できているので、精度の高いドライビングシミュレーションを提供できるのだ。

――トヨタは車同士の通信や、道路に設置された機器と車との通信によって安全な交通社会の実現を目指す「協調型自動運転システム」を開発しようとしているが、それに対応できるのか。

 警察から情報提供を得られることが前提となればシミュレーションできる。

●各国バラバラの「仮想実験」

――地図を手掛けるゼンリンが3次元の地図データを提供しようとしているが、貴社の事業とはバッティングしないのか。

 ゼンリンは3次元の地図を持っているが、「重たい」ということもありリアルで実際に使うのには向かない部分がある。いま問題になっているのは3次元の地図をどうやって作るかで、メーカーは3次元地図データを使う仮想実験を、膨大な回数を繰り返し実施している。

 この実験をした後、実際の車を作って公道を走らせることにしている。だが、この「仮想の実験」のやり方は各国でバラバラの状況だ。ドイツはプラットフォームを作って実験の研究成果を集約しようとしているようだ。日本でも大学教授などによるコンソーシアムを作る動きはあり、当社も参加させてもらっている。

――中国の機関や企業にも製品を納入しているそうだが。

 2014年にRIOH(中国運輸部公路科学研究院)に大型のシミュレーターシステムを納入した。中国側はソフトウェア性能に関して厳しい要求をしてきたものの、09年の国際入札で勝ち取ることができた。このシミュレーターは振動や回転もしながら全ての方向に動くようになっていて、あらゆる角度を再現できる。

 当社は現在、中国では大学を中心に50システムを納入している。上海に合弁ではなく100%独資の会社を設立し、ここを拠点にして営業活動を展開してきた。最近では、中国の自動車メーカーにも製品を納めている。このほか海外では台湾の警察大学などにもシステムを提供している。

――自動運転の分野はビジネスの重要な柱になってくるのか。

 自動運転関連のシミュレーターは自動車メーカーと大学に多く提供していて、今後も重要な分野になる。ただ、直近は自動車メーカーの利益が落ちているせいか、自動運転の研究開発が少し下火になっている。加えて中国では電気自動車(EV)の方が盛り上がっている印象がある。だから海外比率はそれほど高くはない。日本メーカーは研究開発の拠点をほぼ国内に置いているので、当社も国内のビジネスの方が比重が大きい。

●自動車教習所に商機見いだす

――将来の展望については。

 日本の自動車教習所で使用するシミュレーターシステムが古くなっているので、ここに商機を見いだしている。ただ、教習所に納入するには当局からの「認定」が必要なので、なるべく早く取得するよう努力している。いまのところは取れる方向になってきている状況だ。

 現状は高齢ドライバーの運転技術が問題視されている。だから今後は特に、高齢者の認知症判定の一部に使うなど、高齢者用の運転シュミュレーターが必要になってくる。また高齢者のリハビリ用に複数の病院からも問い合わせが来ている状況だ。

 自動運転車が登場してきたとしても、実際にその運転や操作方法を教習所でどう教えるのかも検討しなければならないし、それに見合ったシミュレーターも必要になる。

 交通事故死亡者が多い東南アジアや中国では、交通安全指導のためのシミュレーターはほとんど使われていない。仮に交通安全を重視するために安全運転指導のためのシミュレーターが求められたとすると、数百台規模の注文になるだろう。中国では年間の交通事故死亡者が20万人を超えているといわれ、深刻な社会問題になっている。だから、事故防止対策が求められている状況だ。

 米国でも3万人が死亡している実態がある。レベル5の完全な自動運転が実現すれば死亡事故は起きなくなるとも考えられるが、実現には時間がかかる。シミュレーターが交通安全に資するのであればうれしい。