ブラック企業が社会問題となり、過労死を防ぐ対策を義務付けた「過労死等防止対策推進法」が成立して数年がたつが、2019年も過労死に関するニュースが絶えなかった。トヨタ自動車やヤマト運輸での過労死が明らかになり、さらに電通ではいまだに違法な過重労働がまん延していることが話題を呼んだ。

 中でも、大手家電メーカーである三菱電機での過労死事件は大きく報じられた。20代の男性新入社員は、上司から「お前が飛び降りるのにちょうどいい窓あるで、死んどいた方がいいんちゃう?」「自殺しろ」などといったパワーハラスメントを受けたことを理由に19年8月に自死している。

 しかし、なぜこれほどにまで過労死はまん延し続けるのだろうか。その背景には、企業側の過労死を促進する労務管理に加えて、過労死が起こった後の苛烈な「過労死隠蔽工作」がある。そして、このような「隠蔽体質」こそが、三菱電機で過労死が繰り返される原因であると考えられる。

 遺族らの記者会見や他の事例を踏まえ、具体的に見ていこう。

●4年間で5人が労災認定された三菱電機

 19年8月に自死した20代の男性新入社員は、兵庫県尼崎市にある三菱電機の生産技術センターで働いていたが、指導担当の30代男性上司から日常的に暴言を受けていたという。亡くなった男性が残したメモには、質問しても上司がきちんと対応してくれず、他の社員の前で激しく非難され、「次、同じ質問して答えられんかったら殺すからな」などと言われたことが記録されている。

 こういったパワハラ行為を苦に、男性は社内の発表会の前に、社員寮近くの公園で自死している。また、「死ね」「殺す」と言った30代男性上司は自殺教唆の疑いで書類送検されている。このような人間が職場の「上司」なのだから、いつ精神疾患や過労自死が起こってもおかしくないような異常な労働環境が放置されていたといえるだろう。

 ただし、今回の事件では、この加害上司の個人的な資質にとどまらず、同社の社内体質が厳しく問われなければならない。というのも、同社では過労自死事件がこれまでにも繰り返されてきたからだ。

 三菱電機では、14年〜17年の4年間で、長時間労働などが原因となり技術職や研究職に就く5人が労災認定を受け、うち2人が自死していることが分かっている。また、16年には別の新入社員が、19年に自死した20代男性と同じ寮で自死していたことも明らかになっている。

 さらに、神奈川県の三菱電機情報技術総合研究所でも、2013年に入社した30代の男性が上司のパワハラや1カ月に100時間を超える残業などの長時間労働が原因で精神疾患を発症し、藤沢労働基準監督署から労災認定を受けている。この男性が働いていた職場では、労働時間は自己申告制で、上司からは一定の上限内に抑えるよう虚偽申告を指示されていたという。

 このように三菱電機では、確認できるだけでも長時間労働やパワハラのケースが複数あり、さらに労働時間の虚偽申告を促すなど、過労の事実を覆い隠そうとしていたことが分かる。この「隠蔽体質」こそが、問題の改善、防止を遠ざけ、過労死を繰り返す原因であろう。その結果、三菱電機は18年から2年連続で「ブラック企業大賞」を受賞するに至っている。

●過労死を「なかったこと」にする企業

 同社の「隠蔽体質」は、事件への対応に顕著にあらわれている。20代男性の遺族や、精神疾患を患った別の労働者が強調するのは、事件が発生した後の三菱電機の「不誠実」な対応だ。20代男性の遺族は、「三菱電機の私たちへの対応は、誠意があるとは言い難く、徹底した情報統制・管理がされている感じを受けました」とのコメントを発表している。遺族の代理人を務める神奈川総合法律事務所の嶋崎量弁護士(※崎はたつさき)が記者会見で報告したところによれば、会社からはいまだに謝罪も納得できるような説明も受けていないという。

 また、遺族が社員寮に荷物を引き取りに行ったときなどに家族を「監視」するような対応を会社担当者がとり、そして「死ね」と発言した上司が送検されたという報道が出た後に会社が執拗(しつよう)に電話を遺族にかけたこと、などの会社の対応に遺族は疑問と怒りを抱いているという。

 これでは、遺族が「三菱電機に反省の色は見られず、保身に全力を注いでいるように感じます」とコメントするのは当然だといえよう。

 同社で精神疾患を発症した30代男性も、今後の予防のために労災の事実を社内で周知するよう会社に促したものの、受け入れられなかったという。彼は「部下をつぶそうが、国から労働災害認定されようが、そして死人が出ようが問題なしというのが三菱電機の文化になってしまっています」と話している。

 隠蔽に固執し、対策強化やその前提となる社内への周知を拒む姿勢は、過労死を繰り返す体質に深くかかわっていることが推察できる。実際に、14年〜17年における5件の労災認定をリークした朝日新聞によると、三菱電機は取材に対して、労災認定があったことを社内に周知しておらず、それぞれ「個別の事情がある」(人事部)として、労務管理に構造的な問題はないと回答したという。

 隠すから対策が進まずに事件を繰り返すのだが、会社側はそもそも対策する必要を感じていないから隠すし、遺族に対しても誠実な対応をしない。そして、また新しい事件が引き起こされる……。こうした循環が存在しているようなのだ。

●過労死賠償は、回避すべき「コスト」

だが、このような、遺族に対して謝罪すらせず、逆に遺族の行動を監視するような対応は、残念ながら過労死事件では珍しくない。それは、企業にとって過労死被害への損害賠償は、回避すべき経済的な「コスト」だからだ。

 社員が亡くなった場合に全ての企業が真っ先に考えるのは、その後労災申請や民事訴訟を遺族から提起される懸念である。労災が認定されれば企業が負担する労災保険料が増え、さらに裁判になれば数千万円から場合によっては1億円を超える賠償支払いを求められる可能性がある。

 当然だが命をお金に代えることはできず、何億円支払われても「足りる」ことはない。むしろ、遺族はお金よりも会社が過労死の責任を認めることを求めて裁判を提起しているのだが、反省のない会社から見れば、これは単なる経済的な「コスト」なのだ。三菱電機側の事例でも、自らの問題を絶対に認めようとしない背景には、こうしたコストを回避したいという論理も強く影響しているのではないだろうか。

 では、このようなコストを回避するために企業側はどう対応するのか。誠実に謝罪して賠償する企業も当然あるが、多くの会社は労働時間やパワハラの証拠を処分したり、うその説明を遺族にすることで労災申請を諦めさせるという形で「コスト削減」を行っている。

 実際には長時間労働やパワハラなどが原因で亡くなったのだとしても、それらの事実をもみ消してしまえば、あるいは遺族に請求を諦めさせれば、「過労死」をなかったことにできるからだ。

●実際にあったあくどい「コスト削減」方法

 実際にあったケースで言えば、ある遺族がパワハラを理由に自死した子どもが生活していた社員寮に荷物を引き取りに行くと、営業車や生活していた部屋がきれいに掃除されており、PCのデータも全て消されていたという。

 また、「サンセイ」という機械部品メーカーの岩手県にあった支社で11年に起こった過労死のケースでは、50歳代の男性社員が亡くなったのは長時間労働が理由ではなく、「本人の不摂生」が原因だと会社側が主張し、労災申請の手続きへの協力を拒否している。

 この会社は、労災が認められた後の裁判でも、「食生活に問題があった」などと本人を責める主張を繰り返している。まさに「死人に口なし」だが、やっとの思いで裁判を起こした遺族が、本人を中傷する主張を裁判という公的な場で聞かなければいけないことの精神的ストレスは想像を絶するほどだ。

 こうした証拠隠滅や責任転嫁は「たまたま」行われているわけではない。全て企業側の過労死をもみ消すための「戦略」である。過労死遺族の多くは、死亡後に会社から遺族年金や健康保険の説明は受けても、労災制度の説明を受けていない。コスト回避を戦略化している会社は「あえて」労災に触れようとせず、むしろ本人や遺族の誹謗(ひぼう)中傷を繰り返すことで精神的にダメージを与えて権利主張の機会を奪い取ろうとするのだ。

 三菱電機では5人の労災が明らかになっているが、これは労災を申請してかつ認められた人数であり、仕事を理由に精神疾患の発症や過労死に至ったものの、そもそも申請できなかったり、申請しても証拠がなく却下されたりした人がこの背後に何人もいる可能性は否定できない。このような「コスト削減」の戦略が採られ続ける限り、過労死はなくなることはないだろう。

●被害を受けたらどうすればよいのか?

 労災申請や会社を裁判で訴えることは、突然大切な人を亡くした遺族がなかなか1人でできるものではない。必要資料を入手したり、会社の同僚にヒアリングを行ったり、労働時間を調べたりする作業は、労働NPOや労働組合、労働者側で活動している弁護士などの支援がなければ非常に難しい。

 三菱電機に入社してわずか数カ月で息子を亡くした遺族は、弁護士とつながり、今後、労災申請などを視野に入れているという。もし「過労死かもしれない」と感じたら、ぜひ一度、労働問題の専門家に相談することをおすすめしたい。

 私が代表を務める労働NPO・POSSEでも、遺族と一緒に証拠を集めたり、労災申請や裁判といった制度利用の支援を行ったりしている。自分1人で抱え込む必要はなく、不安なことがあれば専門家に相談してみてほしい。

著者プロフィール・今野晴貴(こんのはるき)

NPO法人POSSE代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。年間2500件以上の若年労働相談に関わる。著書に『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)、『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(星海社新書)など多数。2013年に「ブラック企業」で流行語大賞トップ10、大佛次郎論壇賞などを受賞。共同通信社・「現論」連載中。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は労働社会学、労使関係論、社会政策学。

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筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。過労死事件では弁護士らと連携し遺族をサポートしています。

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