2020年、鉄道の話題の一つに、近畿日本鉄道の新型特急「ひのとり」デビューがある。名古屋〜大阪間で東海道新幹線とガチな競争だ。さらに19年は複数集電列車、18年は軸間可変列車の構想を発表した。これらの技術革新の続報があるかも注目したい。

●名阪特急「ひのとり」が新たな伝説をつくる

 近畿日本鉄道は3月14日、名阪特急ルートに新型車両「80000系電車」を投入する。愛称は「ひのとり」だ。従来の近鉄特急のイメージを変える真っ赤な車体に、鳳凰(ほうおう)を連想するシンボルマークが描かれる。客室設備は「プレミアム車両」と「レギュラー車両」の2種類を用意。6両編成のうち、両端の運転台付き車両が「プレミアム車両」で、中間車4両が「レギュラー車両」だ。

 プレミアム車両はハイデッキフロアで、運転席越しの前方、後方の眺望も楽しめる。座席は1+2列の本革シート。電動リクライニングシートとレッグレスト、シートヒーターを装備。前後の間隔は1300ミリで国内最大級。バックシェルを採用し、後席を気にせずにリクライニングできる。JR東日本が新幹線で採用した「グランクラス」並みの装備だ。

 レギュラー車両もバックシェルタイプのシートを採用した。前後の間隔は1160ミリで、近鉄のレギュラーシートとしては最大。新幹線のグリーン車に匹敵する。バックシェルがあるぶんだけ新幹線グリーン車より格上感がある。

 近鉄名古屋〜大阪難波間の運賃と特急料金と特別車両料金は、レギュラー車両の場合は4540円。プレミアム車両の場合は5240円だ。ちなみに、東海道新幹線の名古屋〜新大阪間は普通車指定席で6680円(通常期)、スマートEXで6480円(同)だから、プレミアム車両にしても新幹線より安い。

●乗車品質で勝負だ

 名古屋駅〜大阪駅間の最速移動手段は東海道新幹線だ。名古屋〜新大阪間は約50分。新大阪〜大阪間は約4分。乗り換え時間を含めて1時間ちょっと。最速であり、最もシェアが大きい。そこに異論はなかろう。この圧倒的な速さと座席数に対し、近鉄の「名阪特急」は果敢に戦ってきた。JR東海と近鉄の名阪輸送は「速さの新幹線」「安さの近鉄」というライバル関係であった。そこに近鉄はグレードアップ車両「ひのとり」を投入し、乗車品質を向上させた。

 「ひのとり」は6両編成8本、8両編成3本が順次投入される予定だ。3月14日から名阪特急のうち5往復が「ひのとり」になる。例えば、平日の近鉄名古屋発は午前7時、11時、午後1時、5時、7時、8時ちょうどだ。名阪特急はこのほかの車両も合わせるとおおむね30分間隔で運行している。乗車機会としても新幹線に匹敵する。名古屋〜大阪間は東京〜新大阪間の乗客が多いため、運行本数が多くても指定席を取りにくい。窓際など人気のある席の希望も叶いにくい。しかし名古屋〜大阪専用の「ひのとり」なら指定席を獲得しやすいだろう。

 また、大阪中心部の難波へのアクセスも考えると、新大阪駅〜なんば駅間は地下鉄御堂筋線で15分ほど要するから、新幹線と近鉄特急の所要時間差は縮まる。さらにいうと、近鉄は2027年のリニア中央新幹線開業を見据えているだろう。東京〜名古屋間をリニアに乗り、名古屋〜大阪間を東海道新幹線に乗り継ぐか「ひのとり」にするか。速さの魅力でリニアを選んだビジネスパーソンは東海道新幹線に乗り換えそうだけど、観光客はリニア+「ひのとり」を選ぶかもしれない。そう遠くない将来を見据えれば、近鉄は「名阪特急」よりも「ひのとり」のブランドを前に出したいだろう。

 近鉄は大手民鉄で最も広大な路線網を持つ会社だ。圧倒的な資本力を持つJR東海と、名古屋〜大阪間でライバル関係を持っているところが興味深い。圧倒的な性能と座席数を持つ白い新幹線に、居住性と低価格で挑む赤い「火の鳥」。アニメ『機動戦士ガンダム』になぞらえれば、地球連邦軍の白いガンダム対ジオン公国の赤い彗星ザクだ。この関係は客観的に見て心が躍る。リニア方面に注力するJR東海の間隙を「ひのとり」が突く。

●フリーゲージトレインは近鉄こそメリット大

 近鉄には他にも注目したい構想がある。18年に発表したフリーゲージトレイン開発と、19年に開発した「複数集電」だ。フリーゲージトレインは、線路の規格「標準軌」と「狭軌」の両方に対応した車両。複数集電は、架線集電方式と第三軌条集電方式の両方に対応した車両だ。「複数の集電方式」に当たる言葉が見当たらなかったので、取りあえず「複数集電」と呼ぶことにする。もっと良い言葉が現れたら書き換えよう。

 フリーゲージトレインについては長崎新幹線(九州新幹線長崎ルート)の採用を目標として国が開発を主導してきたけれども、新幹線における実用性は難があるとして不採用になった。近鉄がフリーゲージトレインに注目した理由は、自社線内で標準軌間と狭軌間が混在しているからだ。名阪特急、京都、奈良、伊勢方面は標準軌、阿部野橋など南大阪地域と奈良県の橿原神宮、吉野エリアを結ぶ路線が狭軌となっている。

 当然ながら、標準軌の路線と狭軌の路線は直通運転ができない。難波、京都、奈良、名古屋から伊勢志摩方面に直通できるけれども、吉野地域は直通できず孤立している。例えば、京都〜吉野間を移動するためには橿原神宮駅で乗り換えが必要だ。ところがこのルートだと、橿原神宮から吉野までは着席しにくい。阿部野橋から吉野行きの特急に乗り継ごうにも、ほぼ満席だ。各駅停車への乗り換えは興ざめでもある。しかしフリーゲージトレインができれば直通できる。

 近鉄は19年5月に策定した「近鉄グループ経営計画」において、京都〜吉野間のフリーケージトレインの開発を盛り込んだ。そこには書いていないけれども、私はその先に阿部野橋〜名古屋、阿部野橋〜伊勢方面の構想があるように思える。

●複数集電方式で大阪万博と奈良を結ぶ

 「近鉄グループ経営計画」においては、複数集電に関する構想もある。奈良や三重県の賢島と、大阪の人工島、夢洲を結ぶルートを想定している。夢洲は25年の大阪万博の開催地であり、政府が推進するIR(統合型リゾート)の候補地として有力だ。それらの交通アクセス手段の一つとして、大阪メトロ中央線を延伸させる計画がある。

 大阪メトロ中央線は第三軌条方式といって、線路脇に給電用のレールを設置し、車両側のコレクターシュー(集電靴)から電気を取り入れる。この路線は近鉄けいはんな線が相互直通運転を実施している。従って、近鉄けいはんな線も第三軌条方式だ。近鉄けいはんな線は生駒駅で近鉄奈良線に接近している。しかし、近鉄は奈良線も含めてほとんどが架線集電方式である。軌間は両方とも標準軌だけれども集電方式が違うため直通できない。

 実は、近鉄けいはんな線と近鉄奈良線の線路はつながっている。けいはんな線の車両を近鉄大阪線の五位堂へ回送して定期検査を実施するためだ。ただし、けいはんな線の車両はパンタグラフを持っていないため、近鉄奈良線、大阪線では自走せず、他の車両にけん引されている。けいはんな線の電車にパンタグラフを取り付けて、しかるべき回路装置を取り付ければ、直通運転は可能だ。

 ちなみに複数集電方式は海外で運行事例がある。最も有名な路線は英仏海峡トンネルだ。英国国内の在来線区間が第三軌条方式になっているため、特急「ユーロスター」用の車両はパンタグラフとコレクターシューの両方を搭載している。日本でも信越本線横川〜軽井沢間で最初のトンネルが第三軌条方式で電化され、直通できる電気機関車もあったという。

 近鉄奈良線とけいはんな線を直通するためには、複数集電対応車両だけではなく、線路の接続点の改良も必要だ。現在の入れ替え用の分岐点ではなく、直通運転にふさわしい分岐点を設置する必要がある。そして何よりも、大阪メトロ中央線の延伸が前提だ。

●近鉄が日本の鉄道の「常識」を変える

 フリーゲージトレインと複数集電対応に期待する理由は、近鉄の発展を祈念するためだけではない。この2つの技術は、いままでの相互直通運転の常識を覆し、都市部に新たな路線網を築く可能性があるからだ。

 例えば、フリーゲージトレインの技術は、東京都大田区と東急電鉄が進めている新空港線(蒲蒲線)において、京急電鉄空港線への直通に応用できる。東急電鉄は狭軌、京急電鉄は標準軌のため、直通させるには青函トンネルのように3本のレールを敷き両方の軌間に対応させる方法が検討されていた。しかし京急側の改良設備コストが大きいことから見送られ、大鳥居駅乗り換えが有力になっている。

 複数集電方式は、いままで相互直通運転から取り残された地下鉄と郊外鉄道の直通に使える。かつて、大阪メトロ四つ橋線を阪急十三駅に延伸する構想があったけれども、さらに発展させて直通運転も可能だ。奇抜なアイデアとしては野田駅を介して阪神電鉄と大阪メトロ千日前線を直通させてもいい。フリーゲージトレインと複数集電を同時に採用すれば、京王電鉄井の頭線と東京メトロ銀座線の相互直通運転も絵空事ではない。

 近鉄がやろうとすることは、日本の鉄道の未来を変える力がある。その進捗(しんちょく)がとても楽しみだ。実現は遠くても、今年中に試作車両の完成予想図くらいは見たい。いままで「そんなことできない」と真っ向から否定していた人々の、重い心の扉を開けてくれ。2020年、最も期待する鉄道会社の筆頭は近畿日本鉄道だ。

(杉山淳一)