3月26日深夜、新潟県のえちごトキめき鉄道「妙高はねうまライン」で珍しい列車が走った。しなの鉄道向けに新規製造された電車を運ぶ「甲種輸送」だ。線路がつながっていれば、他の鉄道会社の線路を経由して電車を運べる。鉄道ネットワークの効果を示す好事例だ。

●普段は貨物列車が走らない路線

 この日、新潟市秋葉区の鉄道車両メーカー「総合車両製作所」で落成した電車「しなの鉄道SR1系」は、JR貨物のディーゼル機関車で引き出され、隣接する新津駅を経由して新潟貨物ターミナルまで運ばれた。ここからはJR貨物の電気機関車にバトンタッチして、信越本線を通って直江津駅に到着。ここから、同じ機関車がそのままけん引して、えちごトキめき鉄道妙高はねうまラインを走り、妙高高原駅でしなの鉄道に入った。

 妙高高原駅はしなの鉄道との境界だ。しかし、ここで納品とはしない。いきなり自走させる前に、車両基地で検査などの作業が必要だ。そこで、機関車に引かれたまま屋代駅まで運ばれて輸送完了となった。

 この甲種輸送業務に先駆けて、えちごトキめき鉄道から「3月10日の訓練運転も取材しませんか」とお誘いをいただいた。機関車に添乗させていただいたけれども、撮影は禁止だったので残念ながら映像はない。趣味的にも貴重な体験で、特に電気機関車の起動時の音は、まるでモビルスーツの起動音のよう。メカ好きにはたまらない。が、本論ではないので省略する。

 訓練運転では、JR貨物の機関士が運転し、えちごトキめき鉄道の運転士が付く。両者とも声を出し、地上設備、信号機、速度制限標識などを指さし確認していった。踏切の手前、見通しの悪いところでは警笛も必要だ。

 時々運転室に警報が鳴る。これは一定時間に運転操作がない場合に働く「デッドマンシステム」だ。運転士が何らかの事情で運転不能になった場合に列車を停めるシステムで、確認ボタンを押さないと自動的に非常ブレーキがかかる。「妙高はねうまライン」は安定した速度で長時間運行できる区間が多いようで、何度も警報が鳴った。こうした状況を把握するためにも訓練運転は必要だ。

 えちごトキめき鉄道は、北陸新幹線の長野〜金沢間延伸開業に伴ってJR東日本から経営分離された新潟県内の路線を運行する会社だ。路線は2つ。旧北陸本線、市振〜直江津間を継承した「日本海ひすいライン」と、旧信越本線、妙高高原〜直江津間を継承した「妙高はねうまライン」だ。

 このうち「日本海ひすいライン」は常に貨物列車が走っている。京阪神と東北・北海道を結ぶ「日本海縦貫ルート」の一部を担うからだ。しかし「妙高はねうまライン」には定期運行する貨物列車はない。そこで訓練運転が必要となった。

 訓練運転のきっかけは冒頭で紹介したように「しなの鉄道の新造電車を運ぶため」だ。しかし、えちごトキめき鉄道は「妙高はねうまライン」の貨物輸送に別の意義を持っている。それは「鉄道のネットワークを維持する責任」だ。取材のお誘いは、その取り組みを知ってほしいというものだった。

●鉄道のネットワークが生きる「甲種輸送」

 鉄道のネットワークの重要性を知るために、まずは鉄道事業者側のメリットを説明しよう。そのためには今回の「甲種輸送」が分かりやすい。

 鉄道車両は車両メーカーの工場で製造され、発注者の鉄道会社へ輸送される。輸送方法は主に「甲種輸送」「陸送」の2種類がある。

 甲種輸送は、他社の線路を走らせる。自走できれば話は簡単だけど、信号システムや電圧、運転士が新型電車の運転装置を習熟する必要があるから事実上は不可能だ。そこで、新造車両は動力を使わず、走行する路線に対応した貨物用の機関車が引っ張って行く。つまり、扱いとしては「貨物列車」である。甲種というからには乙種もある。ただしこれは車両を線路に載せず、大型貨物用の貨車に載せて鉄道で運ぶ方法だ。現在は鉄道車両を運ぶ貨車がないため行われていない。

 甲種輸送は「線路の規格が同じで、工場から納品先の鉄道会社までつながっている」ときだけ使える方法だ。例えば山口県下松市の日立製作所笠戸事業所が東京メトロの電車を製造した場合は、貨物列車として山陽本線、東海道本線を使って運ばれる。

 しかし、この工場が新幹線車両を作った場合は在来線の線路に載せられないため「陸送」となる。これはかなり面倒な手順だ。工場でクレーンを使って車体を持ち上げ、1両ずつトレーラーに乗せる。全高を下げる必要があるから台車は取り外し、別のトラックに積む。トレーラーは深夜の交通量の少ない時間にゆっくりと走る。長距離の場合は、陸送の途中に船舶輸送を挟む場合もある。クレーンの積み下ろしの手順が増える。

 大型の荷物だからルートは限られているし、トレーラーの前にはパトライトを付けた誘導車、後ろにはパトライトを付けた監視車が伴走する。走行できる時間帯が限られているから、通常のトラック輸送より時間がかかる。納品先の鉄道会社に着いたら、別途輸送していた台車を線路に載せ、そこにクレーンでつり上げた車体を載せる。

 トレーラーは電車を1台しか乗せられないから、東海道新幹線の16両編成の電車を同時に運ぶためには、16台のトレーラー、32台の誘導監視車が必要になる。電車の陸送は大変な手間だ。

●線路をつなぐ理由、切断する理由

 甲種輸送の効率がいいから、ほとんどの鉄道車両工場はJRの在来線と接続する引き込み線を持っている。在来線規格の車両であれば、そのまま出荷できる。総合車両製作所の横浜事業所は京浜急行金沢文庫駅に隣接しているけれども、京浜急行は標準軌といってJR在来線よりレールの間隔が広い。そこで、わざわざ工場〜金沢文庫駅〜神武寺駅まで、レールを3本にして在来線の車両も走行可能にしている。神武寺からは引き込み線を出して、JR横須賀線の逗子駅につながっている。

 一方、線路の規格が同じでも接続線路を切ってしまった場合はトレーラー輸送になる。例えば大井川鐵道はかつて東海道本線金谷駅と線路がつながっていたけれども、現在は線路を切ってしまった。この場合は他社の中古車両を購入した場合も陸送になる。

 長野電鉄もかつては信越本線(現・しなの鉄道)と屋代駅でつながっており、上野から直通列車もあったけれども、現在は切断されている。長野電鉄は東京メトロ日比谷線で活躍した03系電車を譲受したけれども、北長野駅までは甲種輸送され、北長野から須坂駅までは乙種輸送となった。

 線路がつながっていれば甲種輸送ができたし、他の鉄道と直通運転もできた。線路を切断する理由は維持費だ。JRと直通する線路は、JRと同等の保安設備が求められる。その維持費と直通運転の頻度で費用対効果を検討した結果、小さな地方鉄道は、まれな車両輸送のためだけに線路をつないだままにするなんてコストに合わないという判断になる。

●「貨物輸送訓練」は鉄道ネットワーク維持の責任

 前述のように、えちごトキめき鉄道は「日本海ひすいライン」で貨物列車を走らせている。「妙高はねうまライン」も直江津駅で「日本海ひすいライン」とつながっているし、南側の妙高高原駅でつながる「しなの鉄道」もJR線とつながっているから、JRと同等の保安設備を有し、コストを負担している。だからこそJR貨物の機関車が乗り入れできる。

 また、しなの鉄道、JR東日本、さらには北越急行と直通運転を実施し、沿線の人々に対して鉄道サービスを維持し、旅客収入を上げられる。

 「妙高はねうまライン」では、今回のような「しなの鉄道の車両輸送」以外に貨物輸送の予定はない。しかし、もし、しなの鉄道への車両輸送を断り、「日本海ひすいライン」と「しなの鉄道」とつながる線路を切断したら「妙高はねうまライン」の保守費用は下げられる。経営が厳しい第三セクター路線なら、そんな経営判断もできたはずだ。

 それでもえちごトキめき鉄道は「妙高はねうまライン」の保安水準をJR路線並みに維持する。そして、定期運行がない貨物輸送能力を維持するために訓練運転を実施する。それは、めったにない「しなの鉄道への新車搬入」のためだけではない。「日本海縦貫ルートの迂回経路を維持する」という目的があるからだ。鳥塚亮社長いわく「鉄道事業者として、国土のネットワークを維持する責任がある」

 「日本海ひすいライン」を含む日本海縦貫ルートは、京阪神と東北・北海道を結ぶ物流の動脈だ。これに対して、「妙高はねうまライン」は直江津〜妙高高原〜長野〜篠ノ井〜名古屋を結ぶルートの一部となる。普段使っているルートに災害等があり不通になったとき、サブルートを確保しておけば、遠回りになったとしても物流を確保できる。

 東日本大震災で常磐線、東北本線が不通になったとき、磐越西線ルートで横浜から東北方面へ燃料輸送が行われた。線路がつながっているから、そして、維持していたからできた。

 線路がつながっていることは有事の時に重要だ。しかし、第三セクターや中小私鉄にとって、現状の枠組みでは平時の維持負担は大きい。鉄道ネットワークの維持は地方鉄道の経営問題とは切り離し、輸送政策の保険の一つとして捉えたい。本来、隣り合う鉄道の軌間が同じなら、つながっているべきだ。

(杉山淳一)