新型コロナウイルスの感染拡大は私たちの生活を根底から変えた。中国発の肺炎は瞬く間に世界へと拡大し、私たち日本人は「中国リスク」を痛感させられている。

 今回の感染拡大はさまざまな問題を引き起こしているが、その1つにマスクなどに見られる買い占め・品薄状態が挙げられる。店頭で行列に並んでもなかなか購入できない日常がよく報じられる。だが、実は、日本人がここまでの感染拡大の事態を予測せず、商品もまだ欠品していなかったころ、すでに一部の中国人は今回の事態を見越して、買い占める者がいたのである。なぜ中国人はいち早くこのような行動をとることができたのか?

 歴史家の島崎晋氏は、最新刊『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ刊)で、新型コロナウイルス感染拡大以前の根本的な問題、中国の文化的・歴史的背景が、今でもビジネスなどへ影響を及ぼしている点に言及している。

 前回に続き新型コロナウイルスがもたらすリスクについて取り上げる本連載では、マスクの買い占め、行列の光景をテーマに、中国との付き合い方を考えていく。

●マスク、トイレットペーパー 中国人の買い占め・転売に驚愕

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大により、店頭からマスクの在庫が逼迫(ひっぱく)し、トイレットペーパーも品薄とのうわさが拡散された結果、多くの日本人が行列に並んで買い求める姿が報じられている。一方で、わずかに報じられているのが、在日中国人による転売の実態である。

 彼らの多くは溢(あふ)れる情報のなかから、正確なもの、金になるものを的確に選び取ることに長けている。日本人がマスクやトイレットペーパーなどを求めて行列をする前に、つまり品薄・欠品になる前に、これらの事態を想定して、すでに買い占めていた者が多かったからだ。あらためて彼らの情報収集力や分析力には驚かされる事態となった。

 筆者は1月に、用事があってゆうちょ銀行に赴いたところ、過去に例のない大混雑の様相だった。多くの中国人が段ボール箱を脇に、カウンター前で呼ばれるのを待っていた。箱ごと購入したマスクをどこかへ送るようだった。

 付近にはドラッグストアが何店舗もあるから、誰が音頭を取るわけでもなく、買い占めに走ったのだろう。案の定、その日はどこのドラッグストアへ行っても、マスクは売り切れ。翌日も、翌々日も同じであった。

 故郷の家族が心配で送ったのか、転売目的だったのかは分からないが、その後の報道から察するに、転売により莫大な利益を手にした中国人が多くいたことは明らかである。個数制限のある商品の買い物では、並び直してでも複数購入しようとする者が必ずいる。商機と見るや、いち早く行動に出た者だけが、いい目を見たのである。

 また、報道によると、中国人のグループがマスクを求めて店頭に開店前から並び、買い終わると、すぐまた近隣の店へ並びなおすことがあったようだ。お店のなかに中国人スタッフがいて、事前に入荷情報を聞かされた中国人グループが店頭に並んでいるというのだ。これなら、いつ、どこかで確実に手に入るのかが分かるわけで、転売目的であることは明らかであろう。

●「逆切れ」でけん制 暴力事件に発展

 転売目的の買い占め自体は日本人にも見かけるが、中国人の場合、買い占めの量と違反を注意されたときの「逆切れ」具合が、日本人の比ではないのが特徴だ。例えば、2018年3月9日の渋谷で起きたスニーカー暴行事件がある。

 レアなスニーカーを巡ってはもともと転売が絶えないため、「Supreme(シュプリーム)× NIKE×NBA」のコラボスニーカーの販売開始を翌日に控えた店側では、顧客に対してコアなファンであることを証明するドレス・コードを設けていた。

 ところが、行列の中に基準を満たさない人たちがいたため、警備員が列から外れるよう勧告したところ、複数の中国人から暴行を受けたのである。その模様が動画でアップされたために、報道より前に広く知られることとなった。

 ひと昔前の中国では口論は激しくとも、暴力に発展することは極めて稀(まれ)だったので、比較的若い層の特徴といえるかもしれない。転売すれば日本円にして700万円の利益が見込めたというから、見境(みさかい)がなくなったようだが、利益を得るためには暴力も辞さないというのは、平均的な日本人の感覚では理解しがたい。

 それよりもはるかに大きな顰蹙(ひんしゅく)を買ったのが、同年4月に京都高島屋で起きた人形買い占め事件だった。売りに出されたのは1体12万4200円もするスーパードルフィーという種類のもの。限定100体の販売で、1人2体までとされていた。整理券の配布当日、およそ200人が列をなし、整理券を手にできたのは先着50人だった。

 問題が発覚したのは、支払いの段階で、50人が各2体、計100体分の支払いが1人の中国人の手で行なわれていたからである。その50人は金をもらって並んだことを認め、それからすぐに中国の通販サイトに同商品がアップされたことから、中国人による転売目的の買い占めの見方が強まり、コアなファンはもちろん、同商品にまったく関心のない日本人からも大きな顰蹙を買ったのだった。

 利益を得るためには手段を選ばず――。こうしたアンフェアな行為に平気で走るということを、中国とのビジネスを考える日本人は肝に銘じておかねばならないだろう。

●行列にはトラブルあり 常識通じぬ中国の実情

 多くの日本人が、ビジネスや旅行で中国を訪れるようになったが、中国で行列に関する問題は、最近はかなり減ったとはいえ、常にトラブルと隣り合わせだということを肝の銘じておきたい。

 ひと昔前までの中国では、行列の場は戦場そのものであった。とくにひどかったのは、鉄道駅の中長距離切符売り場である。行列というより人の輪に近く、割り込みなどは当たり前。おとなしく待っていたのでは一向に窓口に近づけず、発車時間までに切符を購入するためには、わずかな隙間を突破口として割り込み、全身をフルに使って他人を押しのけねばならなかった。

 近年こうした光景が見られなくなったのは、長年に及ぶ礼儀向上キャンペーンのたまものというより、ネットによる事前予約・購入、オンライン決済の普及に加え、割り込みできず、並ばざるを得ぬようにと鉄棒による仕切りを設ける駅が増えたからで、人気観光施設の入場券売り場でも同様の仕組みを取り入れるところが増えている。それで完璧かといえば、それならそれで進退の自由がままならないから、別の問題が生じる。筆者は以前、北京の故宮博物院でそれを体験した。

 故宮は明・清王朝時代に宮廷として使用され見どころが多いため、北京市内でもっとも多くの観光客が訪れるところでもある。国内観光客のなかには、国際ルールはおろか、都会のルールさえ知らない多くの地方出身者もいる。

 「郷に入れば郷にした従え」という格言があるが、中国の地方出身者には全く通用しない。切符を買うことなく入場口に並び、切符がなければ通せないと言われれば、代表を選んで買いに行かせ、戻ってくるまで道をふさぎ、後ろに並んでいる他のグループを通せんぼし続ける。道を譲るよう注意しても馬耳東風(ばじとうふう)だ。繰り返し注意すると、逆切れされて険悪な空気になる。

 結局、左右にも前後にも動けないまま待つことになる。その間に激しい通り雨にもあったせいで、全身がびしょぬれ。親子で来ていた日本人の多くは、入場するや子どもに風邪をひかせてはならないとTシャツを買い求めて着替えをさせたから、観光に割く時間などあるものではない。日本人から不平の声が挙がることしきりだった。

 半世紀ほど前には、欧米で日本人観光客のマナーの悪さが問題になったことがある。なかには主要観光施設から締め出しをくらった人もいると聞く。それからすれば、中国人の行列時のマナーの悪さをとやかくいえるものではないが、今でも中国人の行列の光景を見かけると、ある種の恐怖さえ感じるときがある。

●日本が抱える今後の中国リスク

 3月には全国の学校が休校になったが、日本人のインフォデミック(情報の伝染)は情けないレベルと言うほかない。1月下旬には「中国人が日本の健康保険に悪乗り」という情報が流れ、「中国が新型肺炎を『日本肺炎』と命名」といった情報も拡散された。

 よくよく考えれば、観光による在留資格では国民健康保険の利用はできないのだから、前者はありえないことである。後者も中国大使館が在日中国人向けに発した情報の明らかな誤読である。だが、それにもまして情けないレベルなのは、日本人によるトイレットペーパーの買い占め騒動だろう。

 「トイレットペーパーはマスクと同じ原料」「安いものは何でもメイド・イン・チャイナ」といった思い込みが騒動の一因となったようだが、まずその認識からしてあらためなければならないだろう。商品には必ず生産地を記したラベルなりシールがついているわけで、ふだん買い物をしていて見ていれば分かるはずだ。

 今回のマスク騒動では、活字離れと並行するかのように、日本人の情報収集力と分析力は確実に落ちていることがうかがえる。ピンポイントの情報にしか目がいかないため、本当に必要な情報に接するのがどうしても遅くなってしまうのだ。

 同じことは中国ビジネスを展開する日本企業にもあてはまる。海外のどこにいようと、テレビで見るのはNHKの国際放送だけ。現地の新聞や現地の人が発したSNS上の情報は現地採用の日本語のできる人間が入手するのみ。それも積極的に引き出すのではなく、何事であれ受け身に終始していては、商機も危機の兆候も見逃すことは避けられない。

 中国ビジネスに手を染めるのであれば、情報の収集力と分析力が欠かせない。一番いいのは何気ない情報でもまめに教えてくれるネイティブの知り合いを持つことだ。よほど中国語に通じていれば別だが、そのレベルに達していない人間が自分でSNS上から情報を的確に拾うのは不可能に近い。

 本当にリスクを回避したいのであれば、自分も心を開き、他人を受け入れる努力をしなければならない。今回の「マスク狂騒曲」はそんなことを示唆しているのではないだろうか。

(歴史作家、島崎 晋)