中国の首都・北京市で2カ月ぶりに新型コロナウイルスの感染者が確認された。6月11日から15日までの5日間で、確定診断を受けたのは106人に上る。いずれも同じ食品市場の関係者で、4月に経済活動を本格化させた北京市は再び厳戒態勢を取っている。

 中国政府は6月7日、武漢での患者発生から封じ込めまでを検証し、取り組みを自賛する「新型コロナウイルスとの戦いにおける中国の行動白書」を公表した。その矢先の首都でのクラスターは何とも間が悪いし、新型コロナウイルスがいかに厄介で、どこから出現するか全く読めないことが改めて浮き彫りとなっている。

 同白書は、米国を中心にした海外からの批判に対し、中国がいかに適切に対応したかをアピールする内容になっている。新型コロナが中国で猛威を振るっていた1月から3月初めにかけては、前面に出てくるのは感染症の専門家と各地方政府の責任者ばかりで、中央政府の動きはほとんど見えなかった。しかし同白書は、「習近平国家主席は」という主語があまりに多いので、筆者も途中でげんなりしたほどだ。

 この白書の内容を「事実」と見るか「捏造(ねつぞう)」と見るかは、読者次第だ。しかし、中国企業や国民、専門家と新型コロナの戦いをリアルタイムで追い、新著「新型コロナ VS 中国14億人」にまとめた筆者にとっても、これだけ時系列が細かく記された資料を目にするのは初めてで、一定の資料価値はあると考える。2回に分けて白書の内容を要約する。

 白書によると、中国では5月31日時点で、8万3017人が感染し、そのうち5.6%に相当する4634人が死亡した。白書は中国と新型コロナとの戦いを5段階に分けて振り返っている(もしかしたら、現在北京で起きているクラスターは、第6段階になる可能性もある)。今回は、最初の2段階を紹介する。

●第1段階:発生と蔓延(まんえん)(2019年12月27日から2020年1月19日)

2019年12月27日 湖北省中西医結合医院が、武漢市江漢区疾病予防控制中心(CDC)に原因不明の肺炎患者の発生を報告。

12月30日 武漢市衛生健康委員会が、管轄区域の医療機関に「原因不明の肺炎患者の適切な治療に関する緊急通知」を通達。

12月31日 早朝、国家衛生健康委員会は武漢へワーキングチーム、専門家を派遣し、対策を指導するとともに現地調査を実施。武漢市衛生健康委員会は公式サイトで、27人の患者が発生していることを通知し(これが新型コロナウイルスの存在が公表された第1報。筆者注)、「3密」を避けるよう呼びかけた。また、同委員会は法に則って感染症の情報を公表した。

2020年1月1日 国家衛生健康委員会は、感染症対策指導チームを設立。2日に中国疾病予防控制中心(CDC)、中国医学科学院が湖北省から患者4人のウイルスのサンプルを受け取る。

1月3日 武漢市衛生健康委員会は、公式サイトで原因不明の肺炎患者44人の発生を公表。国家衛生健康委員会と湖北省衛生健康委員会は診察・治療のためのガイドラインを策定。世界保健機関(WHO)やマカオ、香港、台湾に自発的に感染症の情報を伝える。

1月4日 中国CDCと米国CDCの責任者が電話を通じ、感染症の状況を説明する。両者は情報交換や技術協力を進めることで合意。国家衛生健康委員会と湖北省衛生健康委員会は「原因不明のウイルス性肺炎の治療に関するハンドブック」を策定。

1月5日 武漢市衛生健康委員会は公式サイトで、原因不明の患者が59人に増えたと発表。SARSやMARS、鳥インフルエンザ、インフルエンザでないことを確認する。中国はWHOに感染症の状況を報告。

1月6日 国家衛生健康委員会は全国会議で、武漢市の原因不明の肺炎に関する情報を報告し、必要な対策を指示する。

1月7日 習近平国家主席が、原因不明の肺炎の感染防止を適切に行うよう指示。中国CDCはウイルス株の分離に成功。

1月8日 国家衛生健康委員会の専門家グループが、ウイルスを「新型コロナ」であると確認。米中CDCは電話で情報共有し、今後の協力について議論する。

1月9日 国家衛生健康委員会の専門家グループは、武漢市で多発している原因不明のウイルス性肺炎の病原体が「新型コロナウイルス」であることを公表。WHOにも通報する。WHOは公式サイトで武漢で発生した肺炎の集団感染について声明を出し、中国が短期間で「新型コロナウイルス」を検出したことを評価する。

1月10日 中国CDC、中国科学院武漢ウイルス研究所などは、初期段階の検査キットを開発。武漢市は患者が収容されている病院で検査を開始する。国家衛生健康委員会、中国CDCの責任者はそれぞれWHOの責任者と感染症対策について情報交換する。

1月11日 この日から、中国は毎日WHOに感染症情報の報告を開始。

1月12日 武漢市衛生健康委員会は、「原因不明のウイルス性肺炎」という表現を「新型コロナウイルスによる肺炎」に改める。中国CDC、中国医学科学院、中国科学院武漢ウイルス研究所は、国家衛生健康委員会の指定機関としてWHOに新型コロナウイルスのゲノム情報を提供。鳥インフルエンザ情報共有の国際推進機構(GISAID)のデータベースで公表し、世界に共有する。

1月13日 李克強首相は、国務院全体会議で感染症対策を適切に行うよう指示する。また、国家衛生健康委員会も会議を開き、湖北省、武漢市の港湾・駅などでの検温、3密回避など監督管理を強化するよう指導。WHOはタイで新型コロナの患者が出たと発表。香港、マカオ、台湾の調査チームが武漢市で現地調査を実施。

1月14日 国家衛生健康委員会は全国テレビ電話会議を開き、湖北省、武漢市での感染症防止対策を強化していることを紹介し、他の地方も警戒するよう呼びかける。会議では「新型コロナウイルスが大きな不確実性を持った新たな感染症であり、人から人への感染があるかはまだ調査中」と説明。

1月15日 国家衛生健康委員会は「新型コロナウイルスによる肺炎の診療ガイドライン(第1版)」を策定。

1月16日 PCR検査キットが完成。武漢市は69カ所の病院で検査を行えるようになる。

1月17日 国家衛生健康委員会は感染症対策のため7つの監督指導チームを地方に派遣。

1月18日 国家衛生健康委員会は、「新型コロナウイルスによる肺炎の診療ガイドライン(第2版)」を策定。また、ハイレベル専門家グループを組織し、現地調査のため武漢市に派遣する。

1月19日 ハイレベル専門家グループは「人から人への感染が起きている」と判断。

●第1段階に対する筆者の分析

 白書は原因不明の患者が確認された初期から、事態を放置せず、迅速に対応していたことを主張している。「初動対応が遅れた」との国際的批判への反論だろう。

 ただし、感染症が蔓延(まんえん)し始めた年末年始に「医療現場にかん口令を敷いたこと」「市民に知らせなかったこと」については触れられていない。白書には「3密回避を指示」とあるが、武漢市ではSARSが発生したとの噂(うわさ)が広がったものの、警察が「デマ」として関係者を処分し、それ以外の注意が呼びかけられた形跡はない。

 白書は「人から人への感染」が1月19日まで確認されなかったことを根拠に、「適切に対処しながらも、一般レベルには周知しなかった」ことを正当化しているようにも読める。ただし、1月18日に武漢市に入ったハイレベル専門家グループは即座に「人から人への感染」が起きていると判断しており、その前段階で何らかの怠慢や判断の誤りがあったのは確実と言える。

●第2段階:武漢のパンデミックとロックダウン(1月20日〜2月20日)

1月20日 習近平国家主席は、情報の即時公開と国際協力によって新型コロナウイルスを封じ込めるよう「重要指示」を出した。夕方にはハイレベル専門家グループが記者会見を行い、国民向けに「人から人への感染」が起きていることや感染の実態を説明。また、国家衛生健康委員会は新型コロナをSARSと同等の「乙類伝染病」に指定する。

1月22日 習近平国家主席が湖北省、武漢市での人の移動や、外部との行き来を遮断するよう指示。国家衛生健康委員会は、「新型コロナウイルスによる肺炎の診療ガイドライン(第3版)」を策定。国務院広報部門が新型コロナに関する最初の記者会見を開く。また、国家衛生健康委員会は、米国から最初の感染者が確認されたとの連絡を受ける。国家生物情報中心は、新型コロナウイルスのデータベースを開設。世界に向けてゲノム情報や変異の分析情報を公開。

1月23日 武漢市対策本部は午前2時、午前10時に空港、駅などを順次封鎖すると発表。交通運輸部は武漢市を発着する航空便や船便の運休を通知。中国科学院武漢ウイルス研究所、(初期に患者を集中的に受け入れた)武漢市金銀潭医院、湖北省CDCは、新型コロナウイルスとSARSの塩基配列が79.5%一致すると発見。

1月24日 全国から医療支援部隊364チーム、4万2600人の医療従事者、965人の公共衛生スタッフが湖北省と武漢市に入り始める。

1月25日 習近平国家主席が、湖北省での感染症封じ込めを最優先とし、一層厳格な対策を取り、国内外での感染拡大阻止を指示する。国家衛生健康委員会は旅行や家庭、公共施設、交通機関など各環境に応じた感染予防ガイドラインを発表。

1月26日 李克強首相が指導者グループの全体会議を開き、2020年の春節休暇の延長や学校の新学期の延期を決定。国家薬品監督管理局は4社の新型コロナPCR検査キットを緊急承認し、検査体制の拡大を急ぐ。

1月27日 習近平国家主席が中国共産党各組織に、庶民のリーダーとして感染症を戦うよう指示。李克強首相がパンデミック真っただ中の武漢市を視察し、医療従事者をねぎらう。国家衛生健康委員会が「新型コロナウイルスによる肺炎の診療ガイドライン(第4版)」を公表。同委員会の責任者は米国衛生当局の責任者に状況を説明。

1月28日 習近平国家主席が北京でWHOのテドロス・アダノム事務局長と会談。中国政府として情報の即時公開・透明性を確保し、責任ある行動を行うと表明する。

1月30日 国家衛生健康委員会は米国に対し、米国がWHOの専門家グループに参加することを歓迎すると伝える。米国は当日、感謝の返事をする。

1月31日 WHOが新型コロナウイルスに関し「緊急事態宣言」を発表。国家衛生健康委員会は、重症患者向けの集中治療ガイドプランを公表。

2月2日 武漢市は「確定患者」「疑いのある患者」「発熱患者」「濃厚接触者」に分類し、それぞれの診療方法を明確にする。国家衛生健康委員会は、米国衛生当局の責任者と書面で意見交換する。

2月3日 習近平国家主席は、感染症対策のさらなる強化を指示し、「早期発見、早期報告、早期隔離、早期治療」の「四早」措置を指示する。武漢市で軽症者を収容するコンテナ病院の開設準備が始まる。

2月4日 中国CDCの責任者は米国の感染症研究所の責任者と電話し、情報交換。

2月5日 習近平国家主席は、国民の生命と健康を最優先に、立法、行政、司法各機関が全力で対策を講じるよう指示。また、湖北省の医療用N95マスクの供給が初めて充足した。「新型コロナウイルスによる肺炎の診療ガイドライン(第5版)」が発表される。

2月8日 米中両国の衛生当局の責任者は、米国の専門家に、中国とWHOの専門家グループに参加するよう再び呼びかける。

2月10日 習近平国家主席は北京から、金銀潭医院、協和医院、火神山医院とビデオ会議を通じ、治療に全力を尽くすよう激励した。

2月11日 湖北省で防護服不足が解消。中国CDCは米国CDCのインフルエンザ部門の専門家と電話会議し、感染症対策情報を共有。

2月12日 習近平国家主席は、感染症対策が「最も重要な段階」にあると指摘。特に重症患者の治療水準を上げるよう指示した。

2月13日 米国の衛生当局の責任者は、中国国家衛生健康委員会の責任者に書面を送り、両国の感染症対策の協力などを議論。

2月14日 習近平主席は会議で、今回の新型コロナで露呈した国の弱点や不足を教訓に、国家の公共衛生緊急管理システムを構築するよう指示。湖北省以外の地域の1日の新規感染者数が10日連続で減少する。

2月15日 国務院の広報部門が武漢市で新型コロナ関連の記者会見を初めて開催。検査キット7種類が承認を受け、ワクチンの開発なども進展があると説明される。

2月16日 中国、ドイツ、日本、韓国、ナイジェリア、ロシア、シンガポール、米国、WHOの専門家25人が9日かけて北京、成都、広州、深セン、武漢を現地調査。

2月17日 政府が地域ごとに感染症拡大状況に応じた復興に取り組むよう求める。

2月18日 全国の1日の治癒・退院人数が初めて新規感染者数を上回る。

2月19日 習近平国家主席が会議で、感染症対策と経済再開の両立への取り組みなどをヒアリング。国家衛生健康委員会が「新型コロナウイルスによる肺炎の診療ガイドライン(試行第6版)」を公表。武漢の1日の治癒・退院者数が新規感染者数を上回る。

●第2段階に対する筆者の分析

 中国の新型コロナウイルスの感染の実情は1月20日に公表され、23日には武漢市が封鎖された。ウイルスは春節前に武漢市から各地へ飛び散り、全国的に厳しい対策が取られた。対策の効果が見え始めたのは2月中旬で、ウイルスの特性も徐々に明らかになっていった。

 白書はこの時期に、中国がWHOだけでなく、米国と情報を共有したことを再三強調している。トランプ大統領が「ウイルスを広めた」として中国を攻撃しているのに対し、白書は「早期から現場では情報共有しており、米国で感染が拡大したのは、対処が遅れた米政府の責任」と暗に批判している。

 また、当時、習近平主席は1月20日の重要指示と、3月の武漢視察以外にほとんど公に発信しなかったが、白書はその裏で「国の指導者は国民を最優先し、毎日指示を出していた」と主張している。実際にはハイレベル専門家グループが武漢封鎖など鍵となる決断を進言しており、既に明らかになっている専門家の発言と白書での習近平主席の言動はほぼ一致しているため、中央政府が専門家の進言を受け入れ行動していることも示唆されている。

(浦上早苗)