新型コロナウイルス感染症の影響で注目されているのが、「雇用調整助成金」です。当初、「申請しても時間がかかる」「申請するための書類が多くハードルが高すぎる」といった批判を浴びたことで、だんだんと申請の要件を緩和してきました。厚生労働省によると、7月13日時点の累計支給申請件数は約46万件。国内の雇用保険適用事業所数が約220万あることを考えると、思ったよりも申請件数が伸びていないといわれています。なぜなのでしょうか?

 その前に、休業手当の仕組みを理解しておきましょう。労働基準法では、事業主の都合で従業員を休ませた場合には、「休業手当」といって、直近3カ月の平均給与の60%以上を支払わなければならないという制度があります(新型コロナによる休業が事業主都合なのかという議論もありますが、ここは深く突っ込まず、休業手当を支払わなければならない前提で話を進めます)。

 会社から見れば、休業して売り上げが入ってこないのに、従業員には休業手当を払い続けなければならない。これは大変なことです。そこで登場するのが雇用調整助成金というわけです。

●申請要件を緩和したのに……

 この雇用調整助成金ですが、2020年9月30日までは新型コロナ対策ということで、申請の方法が簡素化されたり、受給額が拡充されたりしています。受給額にして、1人当たり1日最大1万5000円(拡充前は失業手当の日額の上限に合わせて8330円)となっています。さらには、事業主の負担を軽減するために、申請要件も緩和されています。主な緩和策としては、以下のようなものがあります。

・休業等計画届の事後提出が可能

 通常、助成対象となる休業などを行うにあたり、事前に計画届の提出が必要です。しかし、中国湖北省への渡航中止勧告が出された20年1月24日を新型コロナウィルスの流行の開始と考え、その日以降に初回の休業等がある計画届については、同年9月30日までに提出すれば、休業等の前に提出されたものとみなされます。

・生産指標の確認対象期間を3カ月から1カ月に短縮(緊急対応期間に適用)

 最近1カ月の販売量、売上高などの事業活動を示す指標(生産指標)が、前年同期に比べ5%以上減少していれば、生産指標の要件を満たします(1年前に会社として雇用保険に加入していなければ、19年12月と比較)。できる限り多くの事業者に受給できるように、売り上げの減少のハードルは低く設定されています。

 さらに、前々年同月比、または書類をハローワークに提出した月の前々月からさかのぼった任意の1カ月との比較も可能となっています。

・最近3カ月の雇用指標が対前年比で増加していても助成対象

 通常、雇用保険被保険者及び受け入れている派遣労働者の雇用量を示す雇用指標の最近3カ月の平均値が、前年同期比で一定程度増加している場合は助成対象となりませんが、その要件が撤廃されます。

・事業所設置後1年未満の事業主についても助成対象

・雇用保険に加入していないパート・アルバイトなど非正規労働者も対象(業務委託は対象外

・雇用期間にかかわらず、受給可能

・従業員がおおむね20名以下の事業者については、平均賃金の代わりに実際に支払った休業手当の額を用いて、助成額を算定することが可能

 このように、需給額の増加、申請要件の緩和など、新型コロナの影響を受けている会社の負担を少しでも軽くするため、とにかく利用しやすい制度にしようと工夫が凝らされてきました。また、申請すれば1カ月程度で振り込まれるといったように、ハローワークも総力を結集して審査業務にあたっている雇用調整助成金ですが、なぜ思ったよりも申請件数が伸びないのでしょうか?

●書式が簡単になっても、添付書類が準備できない

 雇用調整助成金の申請件数が伸びない理由は、いくつか考えられます。まずは書類を整えるのが難しいことです。助成金の申請書類は確かに簡素化されました。それでも、出勤簿や賃金台帳など、申請のために企業が独自に用意しなければならない書類がいくつかあります。

 出勤簿や賃金台帳などは、そもそも労働基準法で作成が義務付けられている書類であり、人事部があるようなそれなりの規模の会社にいれば、あって当然の書類です。しかし、小規模で、社会保険労務士が顧問にいないような事業者では、こうした書類を作成していないといったケースがあります。こうなると、書類を準備できずに断念する事業者も出てきます。

●そもそも休業手当の支給ができないケースも

 休業手当の支払いは事業者の義務です。そして、雇用調整助成金は、まず事業者が従業員に休業手当を支払って、その後、国からその一部が助成される制度です。

 しかし、そうはいっても売り上げが急減している中で、家賃などの支払いを行って、さらに休業手当の支払いを行うというのは、特に資金に余裕がない中小の事業者にとっては死活問題です。

 さらに、判断を難しくしているのが、アルバイトなど雇用保険に加入していない人も雇用調整助成金の対象としたことです。雇用調整助成金は、財源が雇用保険料なので、雇用保険に加入していない人(扶養の範囲内で働くパートや学生アルバイトなど)は通常であれば対象外です。しかし、今回の特例では、これらの人への休業手当も雇用調整助成金の支給対象となっています。経営者のホンネとしては、パートやアルバイトにも休業手当を出し始めたら、休業手当の計算、資金面、さらに手続き面でも対応しきれないということがあるのかもしれません。

●「見なし失業」の議論も影響

 厚生労働省によれば、日本の賃金平均が男性約39万円、女性約27万円となっています。休業手当の1日当たりの単価が1万5000円に引き上げられたことで、受給額自体は月給そのものの金額にかなり近づきました。22日休業すれば、最大で22×1万5000円=33万円の受給額となります。これによって、支払った休業手当の金額のほぼ100%を受給できるケースも増えましたが、それでも雇用調整助成金に二の足を踏むのは、資金繰りを懸念して休業手当の支払いができていないことが多少なりともあるでしょう。頭では休業手当のことを理解していても、休んでいる従業員に給料(休業手当)を支払うことに抵抗を感じる経営者もいるかもしれません。

 こうした中、次に説明する「みなし失業」の導入の議論が早い段階で出てきたのも、休業手当を支給して雇用調整助成金を受給するのではなく、「みなし失業の制度化を待とう」という気持ちにさせていた面もあるかもしれません。

●事業主負担がない給付金制度の開始

 前述の通り、雇用調整助成金の活用が思ったより進まなかった原因は、必要書類がそろわない、手続きが面倒、そして資金的な面で休業手当を支払えないといったことでした。

 こんな状況の中、7月10日から導入されたのが「新型コロナウィルス感染症対応休業支援金」、いわゆるみなし失業の制度です。休業手当の支給を受けていない労働者が、失業していないけど、失業したものとみなして失業手当を受給できる制度です。東日本大震災のときに登場した制度ですが、新型コロナにも適用しようというわけです。これなら事業者が休業手当を支払う必要もなくなりますし、難しい書類を準備する負担もなくなります。確かに、新型コロナは事業者からしたら天災のようなものです。

 この制度自体は5月から導入を前提に議論が進められていました。事業主としては、いったん失業手当を支払って後から雇用調整助成金の支給申請をするよりも、従業員自身が申請して、直接従業員に国から支給してもらったほうが手間もかからず、資金繰りの面でも助かります。

 さらに、結果論的な面もありますが、休業手当の最低額が平均賃金の60%なのに対して、休業支援給付金の支給率は80%です。場合によっては事業者から休業手当をもらわずに休業支援給付金を受給したほうが労働者にとっても手取りが増える可能性があります。つまり、従業員にとっても休業支援給付金のほうがメリットがあるということで、事業者にとってもそちらを活用しようという理由付けにもなるのです。

 雇用調整助成金の活用が進まない理由は「手間」と「お金」だったかもしれません。しかし、休業支援給付金の申請開始により、休業手当の支払いから、休業支援給付金の申請にシフトする可能性は大いにあります。

(中野 裕哲)