新型コロナウイルスの感染拡大は映画業界にも大きな影響を及ぼしている。2019年の国内の興行収入は過去最高の2500億円を超えた一方、20年3月以降は多くの映画が公開延期を余儀なくされた。収容率が50%に制限されていた映画館は、9月19日から一定の感染対策をとれば満席が可能になるものの、観客がどれだけ戻るのかは不透明だ。20年の興行収入は激減が予想される。

 この厳しい状況の中で3月に立ち上がったのが、配給会社ラビットハウス(東京・中央)だ。同社社長の増田英明氏は15年から同じく配給会社のエレファントハウス(東京・港)の社長を務め、カンヌ国際映画祭で公式上映された『あん』『淵に立つ』『寝ても覚めても』などの作品を次々と世に出している。起業したラビットハウスでも、10月公開の『本気のしるし』がカンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション作品に選ばれた。

 ただ、同社でも公開を予定していた映画が軒並み延期となった。それでも増田氏は「日本では小さな配給会社でも生き残ることができる」と語る。日本の映画業界は毎年2000億円の興行収入を維持していて、小規模な配給会社がそのうちの10%のシェアを奪い合う一定のマーケットがあるからだ。大手ではない中小の配給会社がコロナ禍をどのように生き抜くのか。増田氏に戦略を聞いた。

●コロナで公開予定の4作品が全て延期に

 「3月に配給会社を起業して、5、6月に2本ずつの作品を公開する予定でした。それが新型コロナで全て公開延期です。その他の作品の公開予定もまだ立っていません。会社を立ち上げたのはよかったのですが、この状況でどうすればいいのか……。本当に戸惑いました」

 ラビットハウス社長の増田氏は会社を立ち上げてからの苦悩を語る。5月に公開を予定していたのは、アウトローの半生を描いた井筒和幸監督の『無頼』と松居大悟監督の『#ハンド全力』。6月には児山隆監督の長編映画デビュー作『猿楽町で会いましょう』と、深田晃司監督による3時間52分の異色作『本気のしるし』も予定していた。話題作ぞろいだったにもかかわらず、いずれも公開延期を余儀なくされたのだ。

 増田氏は会社員時代にギャガ、アスキー映画、20世紀FOX、マイシアターで映画配給と製作などを経験し、15年にエレファントハウス社長に就任した。今年3月に独立してラビットハウスを立ち上げることになる。

 「エレファントハウスでは『愛がなんだ』のヒットなどで業績が好調だったものの、雇われ社長だったので、もっといろいろなことがしたいと思い、オーナーと相談して緩やかに独立することになりました。19年10月に合同会社をまず立ち上げ、20年2月に公開した『37Seconds』をエレファントハウスと共同で配給し、3月に株式会社としてスタートしました」

 『37Seconds』は、米国で映画を学んだHIKARI監督の長編デビュー作だ。19年のベルリン国際映画祭パノラマ部門で、観客賞と国際アートシアター連盟賞の二冠を日本人で初めて受賞。NHKと共同で製作したテレビドラマが昨年12月にNHKのBSプレミアムで放送されるなど、公開直前まで話題になっていた。

 「『37Seconds』で収入的にもいい形で会社を始められると思っていました。それがコロナでもくろみが外れてしまったのです」

 だが、5月末に朗報が入る。6月下旬の公開を延期していた『本気のしるし』が、通常開催が見送られたカンヌ国際映画祭で、本来は上映する作品と位置付けられたオフィシャルセレクション作品に選ばれたのだ。『本気のしるし』は名古屋テレビ製作の連続ドラマとして、19年9月から12月にかけて東海地区で放送された。星里もちる氏原作のコミックを映像化。質の高さと登場人物の逸脱した異常ぶりがネットでも話題を呼んでいた。

 劇場版はドラマを再編集して、音を映画館の音響設備に合わせてグレードアップされた。深田晃司監督は16年の『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭の準グランプリにあたる審査員賞を受賞した実績があり、『本気のしるし』で再びその実力が海外で認められた。

 「悩んでいた時期に連絡をもらったので、『本気のしるし』がカンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクションに選ばれたときは本当に救われた気がしました」

 『本気のしるし』は10月9日からの公開が決まった。ラビットハウスも再始動に向けて動き始めている。

●15年以降4本のカンヌ公式作品に製作参加

 新会社の船出に苦労している増田氏だが、面白い映画を嗅ぎ分ける能力は業界でも知られている。それはエレファントハウス時代から、製作に参加した作品がカンヌで次々と評価されているからだ。

 深田晃司監督『淵に立つ』に加え、15年の河瀬直美監督『あん』はカンヌ国際映画祭のある視点部門のオープニングを飾った。18年の濱口竜介監督『寝ても覚めても』はコンペティション部門に選出された。今回の『本気のしるし』によって、15年以降4本の作品がカンヌに選ばれたことになる。

 「4作品がカンヌで評価されたのは、もちろん監督の才能です。河瀬監督は実績がありましたし、深田監督や濱口監督は自主映画作品の頃から海外の映画祭で評価されていましたから、そんな作家と出会えた自分はラッキーでした」

 増田氏はラッキーだと謙遜するものの、映画プロデューサーとして独自の視点を持っている。それは、脚本アナリストの資格を持っていることだ。20世紀FOXに在籍していた10年に、経団連や映像業界、関係各省によって設立された「映画産業振興機構」の講座を受けて資格を取得した。脚本アナリストは日本では珍しい一方、米ハリウッドの映画ビジネスでは確立された存在だという。

 「ハリウッドの映画は脚本重視です。脚本が登録されて、気に入ったプロデューサーがその権利を買い、監督や役者を決めていくのがハリウッドでよくある作り方です。脚本アナリストは、脚本を読んで優れた企画を探すほかに、銀行が作品の製作に融資する際、銀行側に立って脚本を評価する役目も担っています。

 一方で日本の映画製作では、役者のスケジュール重視で進められることも、ままあります。人気俳優を押さえることができた場合、その役者に合わせてスケジュールが組まれていく。これは日本の観客が俳優を重視して作品を選ぶ傾向が強いので、ビジネスとしては当然ではあります。それが多くの出資社で構成されている日本の『製作委員会方式』では、意見を調整する必要性があるため仕方ないのだと思います。

 私は脚本アナリストの資格を持っていることもあり、『淵に立つ』と『寝ても覚めても』は脚本を読んでいいなと思い、コミットしました。エレファントハウス時代に出資したのは『あん』を含め、この3作品だけです」

 増田氏は、これまで出資した3作品を除けば、どちらかといえば配給側としてプロデュースしてきた。しかし、今後は脚本アナリストの資格を生かして、映画の企画開発にも力を入れていく考えだ。

●日本の興行収入は2000億円前後で推移

 現在、国内にはラビットハウスのような小規模な映画配給会社が乱立している。その数は正確に把握できないものの、1990年代以降に増えてきたという。では、なぜ配給会社は増えているのか。

 理由の1つが、この20年間、国内のマーケットがやや拡大傾向にあることだ。国内の興行収入の統計があるのは2000年以降。だいたい2000億円前後で推移し、14年以降は毎年2000億円を超え、19年は過去最高の2500億円超えとなった。

 この過程で、洋画と邦画のシェアが変化した。2000年代前半のシェアは「洋画7:邦画3」くらいで「洋画>邦画」だった。だが06年に邦画が逆転すると、シェアが6割を超える年も出てきた。これは民放キー局による作品や、アニメ作品の大ヒットが要因となっている。

 配給会社別のシェアを見ると、国内で常にトップに立つのは東宝。昨年には30%(『天気の子』『名探偵コナン 紺青の拳』『キングダム』『ドラえもん のび太の月面探査記』)を占め、他社から抜きん出ている。それ以外の配給会社は、ヒット作があるかどうかで順位が変わる。

 2位にディズニー(『アナと雪の女王2』『アラジン』『トイストーリー4』『ライオンキング』)、3位にワーナー(『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』)、4位に松竹(『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVEキングダム』『ファブル』)、5位に東映(『劇場版ONE PIECE STAMPEDE』)と続く。

 19年では、上位12社だけで全体の85%程度のシェアを占めていて、90%を占める年もある。簡単に言えば、10〜15%のシェアを数多くの中小配給会社が奪い合っているのだ。しかし、増田氏は「それでも十分勝負ができる」と話す。

 「例えばですが、2000億円の10%は200億円です。これだけの市場があれば、私たちのような小さな配給会社でも、月々のランニングコストを抑えていけば勝負ができます。以前は小さな配給会社のマーケットは全体の5%くらいでした。チャンスは広がっています」

 配給会社が増えたもう1つの大きな理由は、映画の製作や上映がデジタル化したことにある。以前は作品をフィルムに焼き付けるのに1本20万円ほどの費用がかかり、上映中はその映画館にフィルムを置いておかなければならず、上映する映画館の数だけフィルムを作る必要があった。それが10年頃までに映画館がデジタル化されると、映画館のサーバにデータを入れれば済むようになり、大幅な省コスト化が実現したのだ。

 同時に、宣伝方法も変わった。大手の配給会社は、多くの映画館を押さえ多額の費用を払ってテレビCMを放送する。話題のコミックが原作の映画であれば、15秒のCMでも多くの人に届くため、多額の費用を払ってもビジネスは成り立つ。だから映画は原作重視で作られることが多い。

 小規模な配給会社はCMを放送する予算がなかった一方、SNSの普及によって、予算を使わずに映画の宣伝や評判を拡散できるようになった。映画の感想がTwitterなどで話題になると、口コミで広がる。東海地方のローカルドラマだった『本気のしるし』もネット上で話題になったことも幸いして映画化までこぎつけた。SNSの宣伝効果は十分にあるのだ。

 デジタル化やSNSによる省コスト化が実現したことで、小さな配給会社でも積極的に作品を製作してヒットを狙えるようになった。低予算の映画ながら興行収入が30億円を超えた17年の『カメラを止めるな!』のように、映画は一発当たれば大きなビジネスになる。

 「映画がビジネスとして面白いのは、製作費が高くても安くても、映画館の入場料は一律である点ではないでしょうか。自動車やPCなどの製品はスペックによって値段も違いますね。一方の映画は、低予算で作った作品であっても、100億円掛かったハリウッドの作品と同じ土俵にあげられる。この点は私たちのような小さな会社にとって魅力なのです」

●VR作品の製作、「なら国際映画祭」で次世代育成

 とはいえ、小さな配給会社として生き残るために、増田氏は今後の構想を描いている。新型コロナの影響を受ける前から取り組もうと考えていたのが、VR作品の製作だ。VRコンテンツを幅広く制作する講談社VRラボと、共同でプロジェクトを進めている。

 講談社VRラボは、全世界で人気を誇る 『AKIRA(アキラ)』『 攻殻機動隊 』などの大手出版社・講談社と、『トランスフォーマー プライム』『スター・ウォーズ;クローンウォーズ』など世界的な評価が高いデジタルアニメーションを制作しているポリゴン・ピクチュアズが共同出資して17年に設立された。脚本アナリストの資格を持つ増田氏に、講談社VRラボの石丸健二社長から声がかかったという。

 「石丸社長から、海外の映画祭ではすでにVR部門ができていて、想像以上にユニークでオリジナリティのある作品がたくさんあると聞きました。ただVRの没入感、体感、インタラクションを複合的に利用した良質なストーリーテリングがまだまだ少ないので、そのジャンルを開拓していくために映画的な経験値をお借りしたいとお話をいただきました」

 また増田氏は、20年から作品製作と配給以外にも新たな取り組みを始めている。「なら国際映画祭」のエグゼクティブプロデューサーを務める河瀬直美監督から打診を受けて、広報の支援とシネマインターンのインストラクターを務めることになったのだ。

 同映画祭は隔年開催ながら、地方としては規模が大きい。今年は9月18日から22日まで開催し、さまざまなプログラムを展開する。目玉は世界中の若手監督の作品によるインターナショナルコンペティションだ。優秀作品に選ばれると、「NARAtive」と呼ばれる映画制作プロジェクトに企画を提案する権利が得られる。

 「NARAtive」に企画が採用されれば、「なら国際映画祭」のプロデュースによって作品を製作でき、完成後は同映画祭で上映することができる。今年上映が決まっている中国のボンフェイ監督による『再会の奈良』は、前回の同映画祭で選ばれたボンフェイ監督の企画だ。

 映画祭では期間中、東大寺や春日大社、奈良公園などの会場で、招待作品や特別上映、世界の学生映画など50以上の作品が上映されるほか、10代の若者による映画の審査やワークショップなど、次世代の映画人を育てるプログラムもある。増田氏がインストラクターとして担当するシネマインターンは、18歳以下の少年少女5人が、映画の配給や宣伝に挑戦するものだ。

 「映画祭で上映する作品『静かな雨』の宣伝に挑戦してもらっています。フライヤーを作成するところから始めて、作品を紹介してもらえるように、新聞社などにアタックしています。私たち配給会社の仕事と同じことを体験するので意義のある取り組みだと思います」

●コロナがもたらす変化をどう生き抜くか

 VRや映画祭での若手育成など、増田氏が取り組む事業は、映画業界の今後を見据えてのものだ。ただ、新型コロナが業界にもたらす変化は深刻だという。

 「今後はおそらく企業が映画にお金を出せなくなり製作本数は減るでしょう。現場では製作費の高騰も予想されます。すでに、これまでは2日間で撮影できていたものが、密にならない、アクリル板が必要といったコロナ対策をすることで、3〜4日かかるようになりました。製作費はスタッフの宿泊費や食費、機材のレンタルなどを考えれば、撮影1日あたり300〜400万円は最低でもかかりますから、倍近くかかってくる可能性があります」

 また新型コロナの感染拡大後は、AmazonプライムやNetflixなどの動画配信サービスで映画を見る人が確実に増えた。これらの動画配信サービスの場合、1回視聴するたびの課金であれば何割かが配給会社に入っていた。だが、現在は買い切りによる見放題が主流になっている現実がある。そうなると配給会社にとっては映画館に足を運んでもらうことこそが最大の収入源であることに変わりはない。しかし、新型コロナは映画館離れにも拍車を掛けている。

 「これからも映画館に来てお金を払ってくれるかという不安があります。今映画館に来ているのは若い人が多いですが、自宅で映画を見ることに慣れることで、映画離れにつながるのが怖いですね。特にシニアの方に関しては、映画館に足を運ぶことに、ちゅうちょしている人が多い気がします。9月19日以降は映画館も今の50%から100%の収容率に緩和され、満席が可能になりますが、観客がどれだけ戻ってくるかは読めないですね」

 映画を取り巻く状況が厳しくなるなかで、今後はますます企画を開発することが必要になってくると増田氏は感じている。小規模な配給会社ができることは、コロナ禍であっても、いい作品を生み出すことに変わりはないからだ。

 「映画館で携帯電話の電源を2時間だけ切って、物語に出会う時間は、ある意味とてもぜいたくで、貴重です。今後も廃れることはないと思いたい。物語は自分で想像する余白も与えてくれます。1本の映画を見たあとに気分が変わった体験は誰にでもあるはず。新しい日常がやってきても、あの暗闇で得られる物語や余白は、必ず人間をいやし、成長する糧になっていくと信じています」

(ジャーナリスト 田中圭太郎)