2020年9月11日、JR西日本は新たな夜行観光列車「WEST EXPRESS 銀河」の運行を開始した。10月16日にはJR九州が昼行観光列車「36ぷらす3」を運行開始予定だ。

 「WEST EXPRESS 銀河」は5月運行開始予定が9月に延期され、「36ぷらす3」は今秋からと予告した通りの運行開始となった。どちらも新型コロナウイルス禍でのデビューとなったけれど、予約は好調の様子だ。

 その理由は「お手頃価格のクルーズトレイン」という企画趣旨にある。観光列車群の中では高めだけど、高級クルーズトレインより格段に安い。どちらも新しい魅力を提案しているから格上、格下感はなく、新しい列車として受け止められたようだ。

 この2つの列車のコンセプトと価格帯が、今後の観光列車ビジネスに変化を与えそうだ。

●新時代の夜行列車「WEST EXPRESS 銀河」

 JR西日本が運行する「WEST EXPRESS 銀河」は、京阪神〜山陰間に設定された夜行特急列車だ。世界的観光地の京都と、女性の人気が高い出雲大社を結ぶ。観光目的の列車としては最強の組み合わせだ。東京〜出雲市間の夜行特急「サンライズ出雲」も人気が高く、近畿圏発の夜行列車も需要は多かったはず。しかし夜行列車廃止施策の影響で1994年に寝台急行「だいせん」が廃止されて以来、ベッド付きの列車は26年間も空白となっていた。

 「WEST EXPRESS 銀河」を「銀河」と略したいけれど、岩手県で「SL銀河」が走っている。ブルートレインブーム時代には東京〜大阪間の寝台急行「銀河」もあった。私の世代にとってはこちらが「銀河」だという意識も強い。「WEST EXPRESS 銀河」の列車名も、かつての夜行急行のイメージを継承したと思われる。

 「WEST EXPRESS 銀河」の下り列車は京都駅を午後9時15分に発車し、新大阪・大阪・三ノ宮・神戸・西明石・姫路までが夜の区間、翌朝は生山・米子・安来・松江・玉造温泉・宍道に停車して、出雲市到着は午前9時31分。夜遅く、朝のんびりという設定だ。一方、上り列車の出発は早い。出雲市を午後4時ちょうどに出発し、宍道・玉造温泉・松江・安来・米子・根雨・備中高梁までが夜の区間、翌朝は神戸・三ノ宮に停車して大阪到着が午前6時12分だ。これは平日の運行日も設定されているためだろう。通勤混雑時間帯直前に到着し、京都まで行かない。乗客にとって大阪駅到着後に出勤できるという利点がある。

 運行日は週に2往復が設定された。9〜11月は上記の山陰方面で、下りが月曜と金曜、上りは水曜と土曜となっている。12月以降は山陽本線の大阪〜下関間を運行し、停車駅と時刻は未発表。19年11月に発表された運行概要では、春夏に山陰方面の夜行、秋冬に山陽方面の昼行となっていた。私は山陽方面も夜行の方がいいと思うけれども、線路保守時間の確保や貨物列車との兼ね合いかもしれない。今後に期待したい。

 客室設備は種類が豊富で、6両編成の車両ごとに異なる配置である。普通車指定席は座席間隔を広げ、リクライニング角度も深くした。ベッドタイプの「クシェット」は、ブルートレイン時代の2段式B寝台に似ている。こちらはサンライズ出雲/瀬戸の「ノビノビ座席」に相当し、普通車指定席として販売される。

 1号車はグリーン車で2座席分の幅を1人で使うというぜいたくさ。「ファーストシート」という名の向かい合わせボックスシートだ。両側の背もたれを倒すとベッドになる。ダブルベッドとはロマンチックだけど、夜行では1ボックスにつき1人用で販売する。6号車は個室タイプが用意された。1人用が1室、2人用が4室。2人用は昼行では3人まで利用できる。このほか、4号車は全て共用ラウンジとなるほか、1号車、3号車、6号車にフリースペースがあり、眠れない人々に談話室を提供する。

 画期的な座席の半面、定員数が少なくて営業的には心配でもある。もちろん新造車両ではなく、国鉄時代に京阪神の快速列車用として製造された「117系電車」をリフォームしている。室内は新品、躯体は1980年製の中古物件だ。製造から40年もたった電車だけど、JR西日本は資金難という事情もあって大切に整備している。

 117系電車は素性もいい。国鉄が関西の並行私鉄に対抗するため設定した「新快速」専用に作った高性能車両だ。乗り心地をよくするため、当時は特急車両だけで採用された空気ばね(エアサスペンション)を搭載した。夜行列車としての乗り心地も悪くないはず。

 「WEST EXPRESS 銀河」のコンセプトは「手軽に利用できる観光列車」だ。JR西日本は最高級のクルーズトレイン「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」を成功させた。価格は1人あたり32万5000円〜132万5000円で、人気を維持している。この成功体験をもとに、中古電車を改造してコストを下げ、低価格帯の長距離観光列車を企画した。低価格といっても、現在のボリュームゾーンの観光列車としては高めだ。

●1日1本、組み合わせると九州一周「36ぷらす3」

 JR九州の「36ぷらす3」のコンセプトも「手軽に利用できる観光列車」だ。列車名の36は、九州島が世界で36番目に大きな島であること。「ぷらす3」はJR九州が提供する「驚き、感動、幸せ」と「お客さま、地域の皆さま、私たち(JR九州)」の意味を掛けたという。要するに「九州で三位一体」を体験していただきたい。36と3を足して39となり「サンキュー」になる。盛りすぎ感があるけれど、意気込みは分かる。

 JR九州はクルーズトレイン「ななつ星in九州」をいち早く成功させた。価格は1人あたり32万1000円〜164万7000円である。価格もサービスも人々を驚かせ、今も人気を維持する。リピーターもいると聞く。「36ぷらす3」は、「ななつ星in九州」の「九州一周」のコンセプトを継承し、中古の特急電車を改造した低価格帯の観光列車となる。

 改造のもとになった787系電車は、鹿児島本線博多〜西鹿児島(現・鹿児島中央)間の看板特急「つばめ」用として登場した。1992年から2002年にかけて製造されたから、古い車両は28年が経過している。そのうち6両1編成を丸ごと改造している。座席は1人用と2人用の3列タイプで、これはJR九州やJR四国などのグリーン車の基本的な配置。個室もあり、1号車に4人用4室、2号車に6人用3室、3号車に2人用6室がある。3号車にはビュッフェ(簡易食堂)があり、4号車はマルチカーとして、イベント開催も可能な共用ラウンジとなっている。

 運行日は木曜から月曜までの5日間で、曜日ごとに運行区間が異なり、途中駅で「おもてなしイベント」が設定されている。全て昼行列車で車中泊はない。乗りたい曜日だけ選んでもいいし、複数日を選択してもいい。その場合は乗り継ぐ駅の宿泊を別途手配することになる。この自由度の高さがユニークだ。JR九州は新しい観光列車の旅を提案した。

 木曜日は博多駅午前9時52分発で鹿児島本線を南下、旧鹿児島本線の肥薩おれんじ鉄道も通って、鹿児島中央駅に午後4時24分着。金曜日は鹿児島中央駅を午後0時16分に発車し、日豊本線経由で宮崎駅に午後3時57分着。土曜日は宮崎空港駅午前11時25分発、宮崎駅にも停車して、別府駅に午後4時46分着。日曜日は大分駅を午前11時30分に発車し、別府駅で停車した後、博多駅到着は午後4時32分。ここでいったん博多に戻る。

 残された佐賀県、長崎県は月曜日に往復する。博多駅午前10時51分発、佐賀駅に停車して、長崎駅に午後3時36分着。長崎駅午後5時30分発、佐賀駅に停車して、博多駅に午後9時3分着。片道1本ずつの販売だ。フルコースは木曜から月曜まで、博多〜鹿児島中央〜宮崎〜大分〜博多〜長崎〜博多の5日間。どこがスタートでも構わないから、例えば宮崎空港からスタートして宮崎に戻ってもいい。その場合は火曜日と水曜日の2日間にフリータイムを挟むプランになる。

 なお、木曜日コースは当面の間は運休だ。経由する肥薩おれんじ鉄道の一部区間が令和2年7月豪雨で被災し運休しているからだ。8月26日時点で「復旧見込みは3カ月後」と発表しているため、早くても11月に復旧、「36ぷらす3」は12月の運行開始となりそうだ。従って、しばらくは鹿児島中央〜宮崎〜大分〜博多〜長崎〜博多の組み合わせから、1つまたは全部を選ぶ形になる。

●観光列車の価格分布はローエンドに偏っている

 「WE銀河」は夜行、「36ぷらす3」は組み合わせ自由という新しいアイデアが魅力だ。その上で、「ミッドレンジ」価格帯であることも興味深い。どちらも観光列車群の中では「やや高め」の設定になっている。

 観光列車は走行距離も体験時間もそれぞれ異なる。「乗車だけ」「宿泊込みの企画商品」など形態がさまざまで、一概に比較しづらいけれども、まずは鉄道事業者または主催者が用意するプランを並べて「価格帯」に注目する。

 現在の観光列車の価格帯は、5000円前後から1万円前後の列車が最も多い。例えば、JR四国で人気の観光列車「伊予灘ものがたり」は最長区間の松山〜八幡浜間を乗車するだけなら2300円で、内訳は運賃1300円、グリーン料金1000円だ。この区間の客単価をほぼ倍にするというだけでも観光列車の付加価値効果である。ここに2600円〜5000円の予約食事メニューを追加して「伊予灘ものがたり」のフルセットとなる。

 これより高額になると「プチぜいたくな観光列車」というカテゴリーになる。えちごトキめき鉄道の「雪月花」は1万7500円。JR九州の「或る列車」が2万6000円〜3万8000円、東急の「THE ROYAL EXPRESS(ザ ロイヤル エクスプレス)」が2万6000円〜3万8000円だ。

 その次は価格帯が飛躍する。トップクラスで、JR九州「ななつ星in九州」、JR西日本「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」、JR東日本「TRAIN SUITE 四季島」という、最低でも30万円台、最高で100万円台級の御三家が控えている。これはもはや観光列車というより「クルーズトレイン」という別格のカテゴリーとして扱うべきかもしれない。

 ちなみに「THE ROYAL EXPRESS」は宿泊を組み合わせた企画商品だと15万円前後から25万円前後となる。20年8月と9月にJR北海道で「THE ROYAL EXPRESS 〜HOKKAIDO CRUISE TRAIN〜」として運行しており、67万円から85万5000円だ。21年も運行予定とのこと。クルーズトレイン御三家と同格だ。

 価格帯で観光列車を俯瞰して、1万円以下の観光列車群をローエンド、1万〜5万円をミッドレンジ、5万円以上をハイエンドとすれば、現在のボリュームゾーンはローエンドで、ミッドレンジとハイエンドの品ぞろえは極端に少ない。これは観光列車市場を反映した結果か、あるいは観光列車市場が未熟か、どちらだろうか。

●「ミッドレンジ」時代が来るか

 「WEST EXPRESS 銀河」と「36ぷらす3」は、観光列車では手薄のミッドレンジ価格帯に投入された。これは新たな観光列車の潮流になるかもしれない。

 「WEST EXPRESS 銀河」は現在、旅行会社の企画旅行として販売されている。近畿起点と山陰起点の往復コースがあり、「WEST EXPRESS 銀河」の片道利用、往復利用、現地宿泊の有無などを選択できる。「WEST EXPRESS 銀河」と新幹線+在来線特急「やくも」を組み合わせたプランは、目的地のホテル1泊を組み合わせて2万6000円〜2万8000円。往復とも「WEST EXPRESS 銀河」を使うプランは現地1泊タイプで3万2700円〜5万5100円、現地泊なしタイプは近畿発着のみ2万8900円〜3万2700円だ。

 これらは普通車指定席を使った場合で、グリーン席やグリーン個室を使う場合は加算される。ファーストシートは3700円、個室は6800円の加算。特急やくものグリーン席は1000円の加算だ。最もぜいたくな組み合わせだと7万円近くになるとはいえ、おおむねミッドレンジ価格帯に収まる。

 19年11月の発表時点では、「WEST EXPRESS 銀河」は旅行商品としてだけではなく、JR西日本のインターネット予約サービスや全国の駅のみどりの窓口でも販売する予定だった。京都〜出雲市間の片道利用の場合、最低金額は乗車券7150円+指定席特急料金3290円(閑散期)の1万440円で、ローエンド価格帯におさまる。普通車指定席にはかつてのB寝台風の「クシェット」がある。ブルートレインブームの頃は特急料金のほかにB寝台料金6800円が必要だったから、クシェットが普通車指定席料金だけで乗れるとは、かなりおトクな設定だ。

 最高金額は乗車券7150円+指定席特急料金2960円(グリーン席用)+グリーン個室料金7240円の1万7350円となり、ミッドレンジ価格帯になる。個室料金は日本旅行の差額料金と少しズレているけれども、これは日本旅行の料金に団体割引が適用されているからだ。列車だけを利用したい、宿泊地は自分で選びたい人にとっては駅の窓口販売が待たれる。転売の発生が気になるけれども、もし企画旅行より駅の窓口販売が好調なら、市場はローエンドタイプの夜行列車を選んだことになる。

 「36ぷらす3」は乗車距離とサービス内容でレンジが広く、乗車するだけであれば約5000円から、食事付き企画商品は1万2000円〜3万円となる。各コースを連続して乗り続ければ、木曜コースから月曜コースまで、九州一周の総額は12万4000円になる。「36ぷらす3」は、ローエンドからハイエンドまで、全ての価格帯に対応した初の観光列車となった。

 ローエンド価格帯の観光列車群のほとんどが中古車を改造してコストを抑えた。その車両の老朽化が進めば、いずれ廃止か、新しい車両を入れて存続させるかの判断が必要になる。新型車両を入れるなら単価を上げていきたい。そうなると次の料金クラス、ミッドレンジ価格帯も視野に入る。「WEST EXPRESS 銀河」と「36ぷらす3」は「ミッドレンジ価格帯の観光列車」の試金石ともいえそうだ。

(杉山淳一)