さくらインターネットが、東京支社のオフィス(西新宿ビル)を半分以下に縮小する。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、在宅勤務が広まる中、空席が目立つオフィスの縮小、固定費の削減を検討している企業は少なくないだろう。さくらインターネットは9月現在、西新宿ビルの24階、28階、32階の半分、33階と全部で3.5フロアのオフィスを構えているが、2021年1月をめどに1.5フロアに縮小する。

 オフィスの内容も大きく変える。イベントを開催できるコミュニケーションスペースやディスカッションをしやすいミーティングルーム、インフラの検証環境が整ったラボルームなどを拡充する(改装完了の時期は未定)。コストカットが目的というよりは、業務を行うためだけの場からイノベーションを生むためのスペースに変える狙いがあるという。

 「半年前までの価値観では、オフィスは『社員が働きたい』と思うような情緒的な場所であり、経営者の成功のステータスシンボルでもありました。でも、それらを捨て去って自分自身が変わらないといけない、そういうタイミングなんだろうなと思います」──そう話すのは、さくらインターネットの田中邦裕社長。今回の縮小で、見晴らしがいい最上階のフロアも手放す。オフィス自体は必要だが、その役割を見直す必要があるという。

 田中社長がこのように考える背景には、同社がコロナ禍に先立ち、リモートワークを導入した事情もある。総務部の中川幸造部長、ユウ昌日(チャンイル)氏、そして田中社長に、リモートワークへの移行の舞台裏、オフィスの在り方を聞いた。

●リモートワークへスムーズに移行、成功の理由は「余白」

 さくらインターネットが働き方改革やリモートワークに取り組み始めたのは2016年のことだ。同年10月に「さぶりこ」(Sakura Business and Life Co-Creationの略)と呼ばれる社内制度を導入し、勤務時間や場所の制限を大きく緩和。社員が好きなタイミングでどこでも仕事ができるように、環境を整え始めた。

 17年には大阪本社のオフィスを移転。大阪オフィスでは、固定席を廃止してフリーアドレスを導入した。このとき、東京支社の社員も大阪本社に出張するうちに、場所を問わない働き方への抵抗感が薄れていったという。こうして、社内全体で新しい働き方が浸透し始めた。

 とはいえ、新型コロナが猛威を振るう以前は「正直、ほとんどの社員が出社していました」と中川氏は振り返る。外回りをする人が出社とリモートワークを組み合わせたり、デザイナーやプログラマーがリモートワークをすることはよくあったが、社内では一般的とはいえず、20年2月までは8割以上の社員が出勤していたという。

 しかし、コロナの影響で3月の出社率は23.6%、4月は7.2%、5月は8.6%と低く推移。緊急事態宣言が解除された後、6月時点でも10.8%と低いままだった。同社が6月に実施した社内アンケートでは、東京支社に毎日出社したいと回答した社員は2%程度。80%以上が、希望する出社頻度は「週1回以下」と回答した。

 リモートワークがこうも深く浸透した背景には、さぶりこによって会社側の準備がある程度整っていたことが挙げられる。全社的に在宅勤務へ移行するとなると、VPNのキャパシティーが足りなくなるなど、設備の問題もしばしば出てくる。しかし、ユウ氏は「そういった懸念は管理チームにはありましたが、“余白を持って”設定していたので、実際にはうまくいきました」と話す。余白を持つ意識は、業務面でも設備面でも会社の方針として根付いているという。

 田中社長によると、この余白を持つ意識というのは「全てを切り詰めるとスループット(生産性)が悪くなるというメタファー」から来ている。「渋滞はクルマが多いからではなくて、車間距離を十分空けないから起きるといわれています。また、パズルゲームの『チクタクバンバン』では、空いている場所がなければ動かせません。たくさん仕事があって忙しくても、余白があればスループットが上がるという考え方です」(田中社長)

 個々人で在宅勤務の準備をしていた社員が多かったことも、リモートワークにスムーズに移行する要因になったと、中川氏はみている。

 「アンケートでは、約4分の3の社員が在宅勤務の準備をしていたと回答しています。その上で、在宅勤務で通常よりも業務をうまく遂行できた、通常と同じように業務を遂行できたという回答は、約3分の2を占めました」(中川氏)

 部門や個人で、家のどこで仕事をしたらいいか、何が必要かを考え、準備をしていた社員は在宅勤務へとうまく移行できた。さぶりこが始まってから3年以上がたち、リモートワークや在宅勤務を1度でも経験していた人が多かったことも功を奏した。

 ユウ氏は「働き方の変化でフリーアドレスも増えてきていて、従業員の端末はノートパソコンがメインになっていました。新しいデバイスを買って渡すということがなく、そのままスライドできたことは大きかったです」と笑顔を見せる。

●リモートで会議に参加する人が「発言しやすくなった」

 緊急事態宣言が解除され、電車の混雑具合がじわじわと高まる中でも、さくらインターネットでは出社率10%程度を維持している。

 「コロナ以前は、リモートワークではあまり快適に仕事ができないという声が結構ありましたが、一斉にリモートワークになった結果、思ったより快適に業務を遂行できたという話をよく聞きました」(ユウ氏)

 以前は、リアルで会議に参加している人が多く、リモートで会議に参加したメンバーは発言しにくいという声もあった。しかし全員が一斉にリモートで参加するようになり、疎外感を感じることなく、発言しやすくなったというのだ。会議画面が横並びで表示されると、社員のほぼ全員がフラットな立場になり、遠慮もなくなったようだ。「リモートワークの方が柔軟性が高く、大きくパフォーマンスが下がらなかった社員は『リモートワークでいいじゃないか』と思ったようです」(中川氏)

 さくらインターネットは、コロナ禍が明けて以前の状態に戻ったとしても、リモートワーク前提の働き方を続ける方針だ。

 「6月後半からは『コロナ禍だから』ではなく『リモート前提』という言い方が社内では広まっています。リモートワーク前提だからこういうやり方、今後はこうやっていこう、という言い方が多くなりました」(中川氏)

 田中社長は「もともと会社に行く必要はないんじゃないかと思っていた」という考えの持ち主だ。コロナ禍をいい機会に、働き方を変えていこうという方針だ。

 「リモートワークやビデオ会議は集中力が続かない」という人もいるが、田中社長は「人それぞれだと思います。集中する人は集中するし、しない人はもともとしていません。もともと集中していないなら、リモートワークの方が楽なんですよ。そもそもミーティングがなくてもいいです。ミーティングが減っていいんじゃないかと思います」と笑う。

●通信手当や住宅手当を支給、モニターの貸し出しも

 会社側のサポートが充実していたことも、リモートワークへの移行をスムーズにした。在宅勤務者には、契約形態や働き方によって差はあるものの補助を出している。緊急事態宣言中は「出勤自体に危険が伴う」ということで、インフラの保守などやむを得ず出社する社員に、1日当たり5000円の手当を出した。

 また、臨時特別手当として1万円の一時金、毎月3000円の通信手当(3〜4月のみ3500円)を支給。希望する社員にはオフィスのモニターや椅子も貸し出している。

 「当社の場合、通勤定期代を含む住宅手当を最大2万5000円まで支給しています。通勤しなくなると定期代がそのまま住宅手当にスライドします。会社に通勤しなくなると、最大2万5000円、給料が上がったのと同じになります」(中川氏)

●オフィスを半減、決断の理由は?

 在宅勤務でも仕事が問題なくできると分かると、「出社しないなら出社しなくていい、出社しないなら固定席でなくていい、というように社員の意識が変わってきた」(ユウ氏)という。

 東京オフィスは固定席だが、緊急事態宣言後は出社する人が減り、オフィスが「ガラガラになってしまった」(中川氏)。すると「東京のオフィスは、家賃が高い」という認識から、「3.5フロアも必要か」という意見が経営側からも従業員側からも挙がるようになってきた。

 そこで同社は6月上旬から中旬に、社内で「どれくらいのフロア数が必要か」を尋ねるアンケートを実施。中川氏は「多くの社員が『固定席が欲しい』と言い続けるはず」と予想していたが、実際には多くが「半分以上減らしてもいい」と回答した。リモートワーク前提になったことで出社が大幅に減り、フロアはそれほど必要ないだろうと個々人が感じていたようだ。

 9月時点では、フロアの構成をどうしていくか、社員にアンケートを取りながら決めている最中だ。現在の3.5フロアを1.5フロアまで減らし、1フロアをオフィスに、0.5フロアは人が集まれるスペースにすることを検討しているという。

 「リモートワークが前提になったがゆえに、リアルなコミュニケーションができない、実際にサーバなどを触ったり、検証したりという作業が自宅ではできないという声が結構ありました。そこで、大阪本社のオフィスを参考に、外部の人も自由に入れるコミュニケーションに特化したオープンスペースや、検証機材を置いたラボスペースを設けたらどうかという話が出ています」(ユウ氏)

 フロアが減るので家賃というコストも減るが、今回の判断では、その点はあまり重要視しなかったという。中川氏は「新しい働き方に合わせて、フィット&ギャップしてみましょうというのが狙いです。アンケートでオフィスフロアが必要という結果が出たら、減らす判断はしなかっただろうと思います」と説明する。

 「いったん縮小した上で、新しいことをしたいときに、それができるようにしておこうという考えが強いです。『未来は自由に組み替えられる』という前提で取り組んでいます」(ユウ氏)

 大阪本社の移転・改装は現場主導で行われ、一定の成果を出した。東京支社も同様に従業員主体で決めているそうだ。

 東京支社の改装について、田中社長は「特にイメージは持っていません。『何も作らない、余白を作る』というのが私の好みですが、使う人たち(社員)が自分たちで責任を持って取り組めればそれでいいんです」と話す。社長としては「ブレずに一貫すること」が重要だと、一歩引いたスタンスだ。

●「変わらないといけないタイミング」

 オフィスは会社を体現する象徴的なもので、社員を引きつける役割も担う──そんな従来のオフィスの在り方について、田中社長は「経営者のエゴで、古い考え方」と認識するように変わってきたという。

 「半年前までの価値観では、オフィスは社員が働きたいと思えるような情緒的な場所であり、経営者の成功のステータスシンボルでもありました。それが悪いとは思いません。『いつかはあの場所に入居しよう』という目標で、企業家にとってもパワーの源になります。私自身、事務所はステータスだから欲しかったです。しかし、それらを捨て去って自分自身が変わらないといけない、そういうタイミングなんだろうなと思います」(田中社長)

 さくらインターネットの東京支社は、ビルの最上階フロアも利用している。しかし今回の改装で、ステータスシンボルでもあった眺めのいい最上階は利用しなくなる予定という。「最上階がなくなることは悲しいし、残念だと思っている社員も多いと思います。けれども、残すことで給料が減っていいか、毎日会社に来てくれるかとなると『それは結構です』となりますよね」

 リモートワークが普及していく中で、田中社長は「(オフィスにとって)必要な機能をあらためて考えるべきです」と指摘する。

 「リモートワークの問題点は、子どもの世話が大変だとか、ネコがパソコンの上に乗ってきて困るとか、夫が家にいるのに家事を手伝ってくれず、ストレスがたまるとか、ほとんどが在宅勤務によるものです。在宅勤務は厳しいから、どこまで行ってもオフィスは必要だと私は思っています。ただ、オフィスが東京の街中にある必要があるとは思っていません」

 今はIT企業でなくても、ほとんどの人がパソコンに向かって仕事をする。営業もオンラインが当たり前になれば、「コンピュータとともにある、オンラインとともにあることを前提にしたオフィスになっていく」(田中社長)と予想している。

 その一方、田中社長は「(在宅勤務が当たり前になったことで)従来は余白のように思われていた、身体を動かすこと、コミュニケーションをすることが、実は必須のものだということを、皆が知り始めました。オフィスで本当に何をしたいのか、考えるきっかけになれば、そこがスタートだと感じます」と話している。