9月8日、東急東横線でSDGs(エスディージーズ、持続可能な開発目標)トレイン「美しい時代へ号」が走り始めた。ステンドグラスのようなカラフルなモザイク模様をあしらった通勤電車で、ドア上には「Welcome to SDGs TRAIN!」、ドアと窓の間には「SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS」と「この電車は再生可能なエネルギー100%の電力で運行しています」というメッセージが添えられている。

 車内の広告スペースは 「世界の貧困を終わらせよう」「飢餓をなくそう」など、 SDGsを紹介するメッセージで埋め尽くされた。「日本人の7倍もの人々はきれいな水を得られない」という問題提起もある。コミカルなポスターが多いけれど、内容は清く正しく堅苦しい。しかし「きかんしゃトーマス」や、阪急電車、阪神電車などをあしらったポスターもあり、楽しさも演出する。

 色使いの効果もあり、楽しさを感じる空間だ。なんとなく「明るい未来を目指しましょう」という雰囲気を感じる。コロナ禍でやや鬱屈した気分が、ちょっと明るくなる。新しい形の企業イメージ広告だ。東急電鉄の広報資料には「阪急×阪神×東急が協働」「国や自治体・企業・市民団体等と連携して」とある。

 東急電鉄はSDGsトレインを東横線、田園都市線、世田谷線で各1編成ずつ運行する。阪急電鉄は神戸線、宝塚線、京都線で1編成ずつ、阪神電車は1編成を走らせる。デザインとメッセージの企画監修は「一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク」、協賛は「花王株式会社」「関西電力株式会社」「株式会社クボタ」「サントリーホールディングス株式会社」「積水ハウス株式会社」「株式会社大和証券グループ本社」「凸版印刷株式会社」「パナソニック株式会社」だ。外務省、環境省、国連広報センターが後援する。

 ほぼ同時期の9月15日、西武鉄道も山口線で「SDGs×Lions GREEN UP! プロジェクト トレイン」を始めた。

 ざっくり言ってしまえば、これらは「SDGsという、なにやら道徳的なメッセージをテーマとした協同企業広告」のラッピングトレインである。後述するように、このSDGsというワードが、鉄道業界だけではなく、社会に急速に浸透し始めている。いや順序が逆か。SDGsが社会に浸透するなかで、鉄道業界の取り組みも始まった。

 正直に言うと、訳の分からないローマ字略語が世の中にあふれ出して、なんだか気味が悪い。首相官邸が公表する「SDGs 実施指針」によると、2019年時点で日本人の4人に1人が認知している言葉だという。いったいSDGsとは何か。なぜはやり始めたか。誰がはやらそうとしているか。

●SDGsは国連が定めた「人類の目標」

 SDGsは、SDGsトレインの車体にも書かれた「"S"USTAINABLE "D"EVELOPMENT "G"OAL"S"」の略だ。日本語では「持続可能な開発目標」と訳される。15年に国連が採択した「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(検討課題)」で、16年1月1日に発効した。アジェンダはビジネス分野で「提案内容」という意味でも使われているようだが、国連のアジェンダは「取り組むべき課題」という確固たる信念を示す。

 その目標は17項目。それらを達成するための具体的なターゲット(目標)は169に及ぶ。それら全てを書き示すと膨大な文字数になる。詳しくは検索していただきたい。手掛かりとして、この言葉の根元は「国連広報センター」だ。また、ざっくりと鉄道業界がSDGsに沿っていると確信する根拠は「鉄道・運輸機構(JRTT)」が参考になる。

 参考図書として、みくに出版の『SDGs 国連世界の未来を変えるための17の目標: 2030年までのゴール』(日能研教務部編集)がとても分かりやすかった。SDGsの成り立ちや周辺の知識もまとまっている。それにしても、私学の試験問題にまでSDGsが登場しているとは驚きだ。環境と社会を正しく理解するために大切な学問になっているようだ。

●「走ルンです」と呼ばれた、環境配慮車両

 それにしても、17項目169の目標は、あまりにもメニューが多すぎてお腹いっぱいだ。ホテルの朝食ビュッフェだって30品目もあれば魅力をアピールできる。しかも全ては食べきれない。だからSDGsも全部入りではなく、各企業・団体が、自分たちが担うべきところを定めて取り組むことになる。

 ただし、新しいことを始めるということではない。

 例えば鉄道業界で「SUSTAINABLE」といえば、真っ先に鉄道車両のブランド「サスティナ」を連想する。JR東日本グループの総合車両製作所が作るステンレス車体の車両で、山手線や東急電鉄など採用事例が多い。この場合の「SUS」はステンレス鋼材とSUSTAINABLEを掛けている。語尾をティナで終わらせた理由は女神のイメージという。サスティナはステンレス鋼材の塗装不要、長寿命、軽量で省エネルギーとリサイクル性が高く地球環境に優しい。客室もユニバーサルデザイン、バリアフリーに対応する。

 サスティナは2012年に発表されているから、国連のSDGs採択よりも早い。それだけではなく、鉄道業界は早くから省エネルギー、リサイクルに取り組んできた。例えば1992年にJR東日本が導入した次世代通勤電車「901系」は、リサイクル性を高めるため、また、新たな技術に迅速に対応するため、運用期間を短く想定して作られた。この車両はその後、量産型の209系電車として京浜東北線に導入され、以後の通勤電車の規範となった。

 901系電車のコンセプトが「価格半分・重さ半分・寿命半分」とうたわれたため、使い捨てのイメージが面白半分に流布され、使い捨てカメラの「写ルンです」になぞらえて「走ルンです」と揶揄(やゆ)された。「写ルンです」もリサイクル性と低価格で「写真はカネがかかる」のイメージを覆した名作であり、「走ルンです」も今では褒め言葉と捉えて良さそうだ。ただし、環境アピールと新技術は旧概念に馴染んだ人々には誤解されやすい、という事例になった。

 国鉄時代も中央線の201系電車(1979年)は省エネ電車と呼ばれたし、さらにさかのぼれば、日本の企業はオイルショックや光化学スモッグに始まる公害への取り組みを進めてきた。それらは全てSDGsの169目標のどこかにつながる。だからSDGsは、今までの取り組みの新しい名前にも見えてしまう。こうした取り組みに国連がお墨付きを与えたともいえる。

 企業の社会貢献活動として、JR東日本の「ふるさとの森づくり」、サントリーの「鳥を大事に」などがあった。しかし、これらは直接的な利益に関係ないイメージアップ戦略として見られがちだった。SDGsはこれらに取り組む人々にも自信と誇りを与えるだろう。

●「日本一長い駅名」とSDGs

 私がSDGsを初めて認知したきっかけは「日本一長い駅名の更新」だった。2020年3月13日、「嵐電」で親しまれる京福電気鉄道は、北野線の「等持院」駅を改名し「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前」とした。音読数26文字、表記17文字で日本一長い駅名となった。それまでは音読数22文字の「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前」(鹿島臨海鉄道)と「南阿蘇水の生まれる里白水高原」(南阿蘇鉄道)がトップ。文字数はディズニーリゾートラインの「リゾートゲートウェイ・ステーション」「東京ディズニーランド・ステーション」の17文字だった。

 「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前」は文字数でトップに並び、音読数でトップとなった。正真正銘の日本一長い駅名となった。しかし、日本一長い駅名は話題作りのためならいくらでも長くできるし、使われるときは略称で呼ばれるから、不毛な競争でもある。ちなみに私が「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前」付近を散策して、通りがかった人に「あの駅はなんて呼ばれていますか」と訪ねたら、一言「えき」だった。呼び方は日本一短い「津」(JR・近鉄)の次に短く、そんなものかと笑ってしまった。

 それはともかく、「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前」としたきっかけは、京福電気鉄道と立命館大学の連携・協力協定締結だった。地域社会の発展および人材育成への貢献を目指し「学術研究、教育、健康、スポーツ、地域文化伝統等の継承と振興・発展に関する」「地域貢献」「魅力あるまちづくり及び観光振興の推進」「SDGs推進」「人材の育成」が主な取り組みとなる。ここでSDGsが出てきた。なんだこれは……と興味を抱いた。

 調べてみると、鉄道業界にSDGsが浸透し始めていた。JR東日本は「ESGの取組み」で、SDGsへの貢献を目指すと記した。ESGは2006年に国連のアナン事務総長(当時)が「投資家の取るべき行動」として提唱した。「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」からなる言葉で、背景には企業経営にとって自然環境や地域社会の影響が大きく、「企業は環境汚染、労働問題、経済格差、自然破壊に対する責任を負うべき」という考え方がある。

 大手私鉄最大規模の近畿日本鉄道を擁する近鉄グループホールディングスも「SDGsの取組み」を表明している。路線網第2位の東武鉄道も「社会環境報告書2019」の第2特集にSDGsを選んだ。京成電鉄は私塾の市進学園と組んでオンライン鉄道講座「全国の京成電鉄ファン集まれ! 親子で学ぶ京成電鉄のひみつ -Think SDGs-」を9月27日に開催した。小田急電鉄と神奈川県は7月に「SDGs推進に係る連携と協力に関する協定」を締結している。

●なぜ今ごろ? 誰も言わないその背景に「環境テロへの危機感」

 全て挙げるとキリがない。「鉄道会社名」とSDGsでネット検索してみれば、鉄道業界ではSDGsが大流行だ。しかし、ここで1つの疑問が生まれる。冒頭で記したように、SDGsは2015年に策定され、16年から発効している。しかし、鉄道各社、いや、日本企業の取り組みのほとんどが19年以降、20年になって目立ち始めた。

 この数年の沈黙はなぜか。急に取り組みが始まったように見える。そのきっかけを探してみると、首相官邸に設置された「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」にたどりついた。これが16年。SDGs発効に素早く対応している。17年に推進策として「SDGsアクションプラン2018」が制定され、以降、毎年のように改訂される。合わせて「ジャパンSDGsアワード」の表彰が行われている。

 そして19年12月、政府の「SDGs 実施指針」が改訂された。そこにはこうある。

「2015年のSDGs採択から4年、2016年の実施指針決定から3年が経過し、SDGsを巡る状況が大きく変化し、国際社会が新たな課題や一段と深刻化した課題に直面する中、気候変動や貧困・格差の拡大による社会の分断・不安定化などの地球規模課題に対して、システムレベルのアプローチやインパクトの大きい取組を通じて、経済や社会の変革(トランスフォーメーション)を加速し、解決に向けて成果を出していくことがより一層必要となっている」

 文が長すぎてつかみ所がないけれど、重要な部分は「国際社会が新たな課題や一段と深刻化した課題に直面する中」だ。これはなにか。私の見立ては「エコテロリズム」の台頭だ。

 特に海洋環境保護団体を自称する「シー・シェパード」と日本の関係がある。11年12月に日本鯨類研究所が米国ワシントン州連邦地方裁判所に対して、調査捕鯨に対する危険行為を差し止めるよう訴えた。この訴訟は法廷侮辱罪に転じて米国最高裁まで争われ、15年にシー・シェパードの罪が確定。その後示談金が日本鯨類研究所に支払われ、16年に「永久に妨害行為を行わない」として両者の和解が成立した。

 もう一つは、環境活動家グレタ・トゥーンベリさんの19年の国連演説だ。過激な口調で「もしあなた方が私たちを裏切ることを選ぶなら、あなたたちを絶対に許さない」と語った。正論を真っすぐに主張する姿は多くの人々に強い印象を残した。肯定的に捉えた人もいれば、否定的、反発する人もいる。当時16歳。「世の中を知らなすぎる」という声もあれば「だからこそ実直に捉えられた」という声もある。

 鉄道分野でも少なからず影響があり、特に彼女が実践した取り組み「フライトシェイム(飛び恥)」は、二酸化炭素排出量を減らして気候変動を阻止するため、飛行機より鉄道を利用しようという運動だ。これは鉄道ファンの私としては複雑な心境で、環境問題をきっかけに鉄道利用が促進されることは良いけれども、「鉄道の楽しさ」ではなく「飛行機よりマシ」という選択は少し残念でもあった。

●SDGsが「環境を大切にしている」免罪符に

 グレタさんをテロリストと呼ぶつもりは毛頭ない。彼女の活動は無償の個人的な主張、行動だけれども、欧州を中心に賛同者は増えているようだ。そうなると一定数の過激な人々も現れる。しかし、環境活動家たちの言う通りに二酸化炭素排出量を激減させれば、現在の人々の文化的な生活はほとんど奪われる。まるで「原始に帰れ」となりかねない。こうした過激な思想が蔓延(まんえん)すると、捕鯨活動のように企業の経済活動を阻害されかねない。

 そのとき、SDGsは企業や国家にとって「環境を無視していませんよ」「大切にしていますよ」という免罪符となる。また、エコテロリズムの芽をつむための教育活動ともいえる。私学の入試にSDGsが登場するわけだ。

 ちなみに「新聞・雑誌記事横断検索:ビジネスデータ:@niftyビジネス」で「SDGs」を検索したところ、2011年まではゼロ。12年に106件、13年に10件、14年に35件となった。SDGsの提唱と原案作りは12年から始まっている。

 この数字は共同通信など通信社の配信と、配信を受けた媒体の件数も加算されるため、同じ内容が重複する。だから事象の数ではなく、伝わっていった件数だ。採択された15年は238件と増えて、発効した16年は599件と倍以上の増加。17年は2084件、18年は5132件と倍々ゲームだ。報道媒体の関心の高さがうかがえる。取り組みを始めた企業の報道が増えたためだろう。この時期はエコテロリズムの活発化と呼応しているように見える。

 19年には1万2452件と5桁になり、倍々ゲームで増えている。20年は9月までで1万534件となり、前年1年間の数字に並びそうだ。

 SDGsは、ふんわりとした企業イメージ向上活動ではない。グレタさんのように将来の環境破壊を悲観する若い人へ向けた、大人たちからの回答だ。多くの人々が利用し、人目に触れる公共交通機関がSDGsに加わり、推進する意味は大きい。

(杉山淳一)