10月6日、JR東日本、日立製作所、トヨタ自動車は連名で「水素を燃料とする燃料電池と蓄電池を電源とするハイブリッドシステムを搭載した試験車両『FV-E991系』を連携して開発することに合意した」と発表した。燃料電池自動車を実用化したトヨタと、鉄道の最新技術に長けたJR東日本が業種の垣根を越えて「環境に優しい新型電車」を作る。

●トヨタ「MIRAI」の販売にもメリット

 トヨタ自動車はもともと2015年に燃料電池関連の特許実施権を無償提供していた。そのトヨタがさらに積極的にJR東日本を応援する。確かに美談だけど、そこにはトヨタにとって、いや、日本にとって水素エネルギー社会の課題を解決する手掛かりがある。

 水素エネルギー社会にとって鉄道が参加してくれたほうが心強い。理由は鉄道が持つインフラのチカラだ。燃料電池電車が実用化されると、水素エネルギーの需要が高まり、水素燃料の量産効果が現れる。技術進化が加速し、低コスト化を図れる。車両基地に水素充填設備ができるから、そこに水素ステーションを併設し、燃料電池自動車や燃料電池バスに「給水(素)」できる。

 トヨタは水素ステーションの場所と営業時間を公開している。全国的に要所を網羅しているようだ。しかし、各事業所を見れば、日中の短い時間帯しか利用できない事業所も散見される。その点、鉄道車両基地は車両が稼働しない時間帯に給油や点検を行うなど「早朝夜間も店が開いた状態」だ。既存の水素ステーションを補完できるはずだ。鉄道事業にとっても収益源になる。

 燃料電池自動車の普及には「いつでもどこでも水素を得られる」という環境が必要だ。移動範囲が限られたバス、配達用トラックは水素ステーション1つあれば導入できる。しかし自家用自動車となると、身近に水素ステーションがあるだけでは満足できない。

 普段は近所しか走らないとしても、帰省などで遠くに出掛けることもある。ドライブ旅行もしたい。だけど、水素ステーションのない地域で燃料切れを起こしたら……とユーザーが不安に思うかぎり、燃料電池自動車は今の自動車のようには売れない。家庭で充電できるプラグインハイブリッド車(PHEV)のほうがマシで、ガソリンエンジンを搭載したハイブリッドが今のところ現実的だ。

 しかし、鉄道の各路線で燃料電池車の導入が進み、車両基地を水素ステーションにすれば、その沿線の燃料電池車両ユーザーは安心だ。遠くに出掛けても、目的地付近を走る鉄道路線が燃料電池電車を採用していれば水素ステーションがある。一気に話を飛躍させるけれども、JR東日本が全ての路線で燃料電池車両を稼働させれば、同社の事業エリアである関東から東北地方にかけて燃料電池自動車のインフラが整う。その第1弾として、高輪ゲートウェイ駅に水素ステーションを開業した。

●試験区間が川崎臨海工業地域になった理由

 試験区間が鶴見線、南武線浜川崎支線という工業地帯になった。これも理にかなっている。一つは立地で、川崎市が鍵を握る。川崎市は「水素社会の実現に向けた川崎水素戦略」 を打ち立てており、JR東日本とは水素エネルギー供給システムの武蔵溝ノ口駅への導入で連携。トヨタとは燃料電池フォークリフトで連携している。また「燃料電池鉄道車両実用化モデル」として、今回の実証実験に積極的に関わっている。

 川崎市が水素エネルギーに注目している理由は、水素が工業地帯の副産物として大量に生成され、活用されていなかったからだという。また、川崎市の取り組みに呼応する形で、東芝エネルギーシステムズは横浜事業所磯子地区の水素生産ラインを浜川崎工場浮島地区に移しており、まもなく竣工予定だ。東芝はくしくも10月8日に「大型モビリティに向けた高出力燃料電池モジュールを開発」と発表し、船舶・鉄道車両向け燃料電池開発を加速する。

 JR東日本にとっても鶴見線、南武線浜川崎支線は都合がいい。旅客輸送面では完全に工場の通勤に特化しており、都会のローカル線と揶揄(やゆ)されるほど、日中の運行本数が極端に少ない。工業地帯を発着する貨物輸送も重要な役割を持っているけれども、旅客電車に比べれば運行本数は少ない。

 さらに長期的な視点で見れば、川崎で生産された液体水素を鉄道貨物として全国に流通させる拠点にもなる。JR東日本地域だけではなく全国へ、液体水素を安全に、計画的に輸送できる。その意味で注目したいプロジェクトが川崎重工の取り組みだ。神戸を拠点とし、オーストラリアで生産した安価な液体水素を輸入するサプライチェーンを準備している。川崎重工は鉄道車両の実績も多く、JR西日本、JR東日本が連携すると、燃料電池電車の普及はさらに加速するだろう。

●水素エネルギー電車の取り組みは2006年から

 水素燃料電池はあらかじめ蓄えた水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を作る。化学反応後の生成物は水だから、二酸化炭素を一切出さない。燃料電池は軽油を燃やすエンジンとは比べるべくもなく、環境に優しい動力源だ。

 燃料電池を動力とする自動車は、2014年にトヨタ自動車が乗用車「MIRAI」を発売し、18年にバス「SORA」を発売した。「MIRAI」は20年6月に生産終了し、20年末には新型MIRAIの発売予定が告知されている。新型は航続距離が約3割も伸びて、前輪駆動から後輪駆動になるという。燃料電池自動車は実用化され、さらなる進化の段階にある。

 鉄道車両ではまだ実験段階だ。JR東日本は06年に「クモヤE995形(NEトレイン)」で燃料電池駆動車両の走行試験を行った。この車両はJR東日本にとって次世代エネルギーの実験車両だ。

 クモヤE995形は、03年にJR東日本と鉄道総合研究所が共同開発したハイブリッド気動車「キヤE991形」の改造車だ。ハイブリッドシステムは日立製作所の技術が使われている。車体記号の「キ」は気動車、「ヤ」は事業用車両(非営業車両)という意味で、ディーゼルエンジンで発電し、蓄電池に蓄えて走行用モーターを駆動する。その後、この動力システムは07年に「キハE200形」として実用化され、小海線で営業運転を行っている。10年には観光列車用の「HB-300系」が製造され「リゾートしらかみ」「海里」などに使われている。

 06年に誕生したクモヤE995形は、ハイブリッドシステムからエンジンを取り外し、代わりに水素燃料電池を搭載した。エンジンがなくなって電力だけで走るから、形式名も変わった。「クモ」は運転台とモーターが付いた車両という意味だ。

 クモヤE995形は06年から08年まで試験走行を実施した後、08年にはまた改造を受けて蓄電池電車になった。パンタグラフが取り付けられ、架線から電気を取り込んで充電する。電化区間は電車として走り、非電化区間は蓄電池の電気を使って走る。この方式は14年に「EV-E301系電車(ACCUM)」として実用化され、栃木県の烏山(からすやま)線で運行している。

 「EV-E301系電車」は直流電化区間用で、JR東日本グループの総合車両製作所が製造した。交流電化区間用には「EV-E801系電車」を17年から導入した。こちらはJR九州が開発した「BEC819系電車(DENCHA)」をもとに日立製作所が製造している。

●実用化されていなかった「燃料電池電車」が実は本命

 JR東日本は非電化区間の次世代動力として「ハイブリッド気動車」「燃料電池電車」「蓄電池電車」を試験し、このうち「ハイブリッド気動車」「蓄電池電車」を実用化した。残る「燃料電池電車」の開発深度化のために、トヨタ自動車という強力なパートナーを得た。燃料電池車時代のクモヤE995形と新型のFV-E991系を比較すると、水素貯蔵容量は410リットルから1020リットルへと増大した。最高速度の時速100キロと加速度2.3km/h/s(キロメートル毎時毎秒)は変わらず、航続距離は50〜70キロから約80〜140キロとなった。航続距離約600キロの特急用気動車には及ばないものの、ほとんどのローカル線に対応できそうだ。

 もう一つ、JR東日本の非電化区間用の車両として「電気式気動車」がある(関連記事:古くて新しい、JR東日本の「新型電気式気動車」)。ハイブリッド気動車の蓄電池を省略し、走行に必要な電力をエンジン発電機からリアルタイムで供給する。18年に「GV-400系」が製造され、19年から新潟地区に導入。20年12月からは秋田地区に導入される。JR北海道もH100形として20年から運行を開始。国鉄時代からの古い気動車を置き換えていく。

 ディーゼル発電機でモーターを回す仕組みは古くからあって、国鉄時代のディーゼル機関車でも採用されていた。いわばこなれた技術で、ハイブリッド気動車から蓄電池を抜いたというより、電気式気動車に蓄電池を加えた車両がハイブリッド気動車といえる。ITmedia ビジネスオンラインで「週刊モータージャーナル」を連載している池田直渡氏が指摘するように、現在のバッテリー供給体制には課題がある(関連記事:RAV4 PHVとHonda e予約打ち切り どうなるバッテリー供給)。JR東日本がローカル線のハイブリッド気動車を電気式気動車に切り替えた理由もこのあたりかもしれない。

 ただし、電気式気動車といえども、ディーゼルエンジンを搭載する限りゼロエミッションには到達できない。電気式気動車は燃料電池車両普及までの、過渡期の車両といえそうだ。

●2050年のゼロエミッションを目指して

 興味深いことは、JR東日本が燃料電池車両の報道資料の末尾で「JR東日本グループ全体で2050年度CO2排出量『実質ゼロ』に挑戦します」と宣言している。これに関しては2日後の10月8日に正式な報道資料が公開された。

 JR東日本は川崎に火力発電所があり、電車や駅の電力の一部を自家調達している。これを水素発電に切り替える。風力発電など再生可能エネルギー発電も増やす。新潟県十日町の水力発電は資料には記載されていないけれど、水力は再生エネルギーに入らないか、あるいは微妙な問題があるせいだろうか(関連記事:“あの事件”の舞台・新潟県十日町市で味わう自然 「サンクス・ツーリズム」のススメ)。

 エネルギーの消費側としては、非電化区間の鉄道車両の電力化、グループ会社が保有するバスの燃料電池化がある。しかし、ゼロにするためには、保線用の車両やトラックも燃料電池に切り替える必要がある。あと30年でそれを達成すると意気込む。いや、達成しなくてはいけない。

 15年のパリ協定(第21回気候変動枠組条約締約国会議)に署名した国々はCO2の削減目標を掲げており、英国やEUの一部は2050年までに実質排出量ゼロを法制化した。日本も50年までに80%削減し、その後速やかにゼロを目指す。JR東日本はその実現のために先頭を走ると宣言したわけだ。その手札の1つが「水素エネルギー社会」である。

 JR東日本は非電化区間について「ハイブリッド気動車」「燃料電池電車」「蓄電池電車」「電気式気動車」という幅広い選択肢を持った。それはちょうど、トヨタ自動車がゼロエミッションの過程として「ハイブリッド」「PHEV」「EV」「燃料電池」を用意した過程に似ている。今すぐに正解を決めない。今できることは全てやる。しかしゴールはゼロエミッションだ。この流れについてトヨタとJR東日本はよく似た考えを持っている。

 航空機製造大手のエアバスも水素燃料の航空機を2035年までに実用化すると発表した。そういえば水素燃料はロケットエンジンから始まっている。エネルギーを中心に据えれば、線路、道路、空路の連携が今まで以上に必要になる。別件で何度も書いているけれども、交通インフラについて、縦割り行政を解消した統合的なデザインが必要だ。

(杉山淳一)