2020年6月に内閣府が発表した調査によれば、全国でテレワークを経験した人は34.6%、そのうち「ほぼ100%テレワーク」が全体の10.5%、「50%以上がテレワーク」が全体の11%を占める。

 ヤフーがこの10月より「無制限リモートワーク」へ移行したほか、都心の企業を中心にオフィスの解約や縮小も活発に行われているようだ。

 このように世界レベルで大規模な働き方改革が進む中、テレワークに欠かせないガジェットにも注目が集まっている。その一つが、「骨伝導技術」を用いた耳をふさがないヘッドフォン。業界のリーディングカンパニーである「AfterShokz」(アフターショックス)のCEO Ken Chen(ケン チェン)氏に需要増の背景を聞いた。

●約300の特許を取得

 11年、ニューヨークで誕生したアフターショックス。約9年の歴史の中で、世界中で625もの特許を出願済み、そのうち300近くの特許を取得している。骨伝導ヘッドフォン業界ではトップを走るリーディングカンパニーだ。

 そもそも骨伝導技術とは何なのか。

 「人間が音を認識するには、『気導音』と『骨導音』の2種類の方式があります。音の発生による空気の振動が鼓膜に伝わるのが気導音、骨に伝わるのが骨導音です。骨導音として分かりやすいのが、クッキーを食べたときの咀嚼(そしゃく)音。これは音が骨を伝わって聴覚がキャッチしたものです。当社のヘッドフォンはこの骨導音を利用して、聴覚に音を届けています」(チェン氏)

●骨伝導技術の向上にまい進

 アフターショックスのヘッドフォンは、このように両耳に引っ掛けて利用し、耳穴をふさがない。骨に伝わる多少の振動とともにスピーカーから音が聞こえ、周囲の環境音にヘッドフォンからの音が重なるようなイメージだ。周囲が騒がしければ聞きづらくなるが、雑音が少ない状況では十分に聞き取れる。メガネやマスクとの併用も問題ない。

 同社は、12年に初の骨伝導ヘッドフォンを開発し、現在は6種類を発売する。骨伝導技術はこれまでに8段階の成長を遂げており、骨伝導での音の出力に成功した第1世代、音漏れを50%削減した第5世代、スピーカーのボリュームを30%削減、消費電力を25%削減した第6世代、最新の低音再生技術を採用した最高音質と音漏れ防止を実現した第8世代と、同社が信念をブラすことなく骨伝導技術の向上にまい進してきた様子がうかがえる。

 最新の第8世代に活用している特許技術では「空気の振動」を極限まで減らし、振動する方向を内側に集約することにより、それ以前と比較して大幅に「音漏れ」を防ぐことに成功したという。

●路上での安全性を向上

 従来のインイヤーのヘッドフォンは環境音をさえぎることから、路上で身に付けていると音量によっては安全を確保しづらい場面もある。実際、フランスではクルマ・バイク・自転車の運転中にヘッドフォンやイヤフォンを装着していると135ユーロの罰金が科せられるなど、厳しい規制を設けている国もある。

 日本の場合、国が定める道路交通法では自転車運転中のヘッドフォン、イヤフォンの装着は明確に禁止されているわけではないが、各都道府県により扱いが異なる。例えば、東京都では道路交通規則 第8条 (運転者の順守事項) により、「高音でカーラジオ等を聞き、又はイヤホーン等を使用してラジオを聞く等安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で車両等を運転しないこと」と明記されている。

 その点、耳をふさがず周囲の音を認識できる骨伝導ヘッドフォンは、路上利用時の安全性が高いことからアスリートにファンが多い。英国ではすべてのロードレースで利用が承認されている唯一のヘッドフォンであり、レース中に骨伝導ヘッドフォンを身に付ける選手もいるという。

 同社のPRやマーケティング活動においても、ディズニーが主催する米国の「ウォルト・ディズニーマラソン」への協賛、グランツール7回制覇の最強チャンピオンと称される英国のサイクリスト クリス・フルーム氏とのコラボレーションをはじめ、スポーツをキーワードにファンを獲得してきた背景がある。

 日本人アスリートにも一定数の愛好者がおり、プロロードレース選手であり、日本人初のツール・ド・フランス完走者の一人である別府史之氏も、その一人。「防水仕様なので、たくさん汗をかくトレーニング中に使用しても安心、暑くなって蒸れることもないので快適です」と同社の骨伝導ヘッドフォンについて語った。

●コロナ禍で、売り上げは昨年比150%

 アフターショックスの公式WebサイトやこれまでのPR活動を見ると、「アスリートスポーツ愛好家のためのヘッドフォン」という印象がかなり強い。だが、20年以降、利用者層にじわじわと変化が起きている。

 その発端となったのが、新型コロナの流行による「テレワークの導入」だ。冒頭で紹介したとおり、全国の3割強がテレワークを経験、都心の企業やIT企業にいたっては100%のテレワーク稼働もめずらしくなくなった。

 それに伴いオンラインでのミーティングや商談も増加、人々がヘッドフォンやイヤフォンを身に着ける時間がグッと増えたことで、インイヤーのイヤフォンが持つネガティブ要素が浮き彫りになった。Twitterには、「イヤフォンの使いすぎで耳が痛い」「頭痛や耳鳴りがする」といった悩みを綴ったツイートが多数見受けられる。

 ひどくなると皮膚が炎症を起こして外耳炎を発症するケースもあり、耳鼻科医が長時間のイヤフォンの使用に関して注意を呼びかけたツイートが大きな反響を呼び、各種メディアでも報道された。

 そこで、インイヤーのイヤフォンの代替として多くの人が着目したのが「骨伝導ヘッドフォン」というわけだ。チェン氏いわく、骨伝導ヘッドフォンは耳穴をふさがないため外耳炎になる心配はないとのこと。

 4.3万人のフォロワーを持つTHE GUILD(ザ・ギルド)の共同創業者Go Ando氏も自身のTwitterで、同社の骨伝導ヘッドフォンについて「オンラインミーティングで試したところ、すごくよかった」とツイート。1200件以上のいいねが付いたこの投稿により購入を決めた人も一定数いたようだ。

 結果的に現時点までのアフターショックスの骨伝導ヘッドフォンの売り上げは、昨年比で150%増と勢いよく伸びている。また、「e☆イヤホン秋葉原店」では骨伝導ヘッドフォン・イヤフォンが昨年同時期比で13倍の売り上げを記録しており、中でもアフターショックスの最先端モデル「Aeropex」が人気を牽引しているとのこと。

 同社が利用者の購入動機や購入後の用途を把握しているわけではないが、SNSではコロナ禍に骨伝導ヘッドフォンの利用を開始した人が一定数見受けられる。「オンラインミーティング中でも子どもの泣き声にすぐに気付けて便利」と、テレワークと子育ての両立しやすさに言及する声もあった。

●先進的な骨伝導技術を使った「AEROPEX」

 アフターショックスでは、チェン氏により創業の3年前にあたる07年から骨伝導技術の研究が開始された。取得している特許の数からも同社の技術力が業界随一であることは確かだろう。その実力を知るため、先進的な骨伝導技術を使った「AEROPEX」(1万8180円、税別、以下同)と最新製品の「OPENMOVE」(9090円)を筆者が試してみた。

 優れた中音と深みのある低音に少ない振動を両立させた第8世代の最先端骨伝導技術、前モデルから30%小型化、重量26グラム、最大駆動時間8時間、IP67の防水機能付きと申し分ないほどのスペックを持つ「AEROPEX」。

 実際に野外で音を聞いてみると、音質を一番に追求した製品でないことを踏まえて、音はかなりクリアーに聞こえる。音楽でも音声コンテンツでも問題ない。音量を上げても人の足音やクルマの走行音に気付かないことはなく、安全面に配慮された運動時のヘッドフォンとしては最適なのではと感じた。

 インイヤーのヘッドフォンから初めて骨伝導ヘッドフォンに切り替えると、新感覚とも言えるほど、その違いを明確に体感できた。

 オンラインミーティングでも問題なく使用でき、インイヤーイヤフォン特有の耳への圧迫感がないのは心地よかった。操作性も良く、Bluetoothのイヤフォンを利用したことがある人なら操作に戸惑うこともなさそうだ。

 混雑した電車内や図書館のような静かな場所では音漏れが気になるかもしれないが、ある程度空いている乗り物内や野外では、音漏れはまったく気にならなかった。

 一方で、どうしても自動車の走行音や人々の声などが音をさえぎるので、音楽や音声に没頭するのは難しい。母国語のコンテンツならまだしも、音量をマックスまで上げても英語など母国語以外を聞き取るのはかなり難しい。移動中に語学学習に取り組む筆者のような用途では、残念ながらおすすめできない。また、音量を最高レベルに上げると骨に伝わる振動が気になるシーンもあった。

 ただ、同社の骨伝導ヘッドフォンには「スタンダード」「ボーカルブースト」「イヤープラグ」の3つのモードが搭載されており、製品一式の中に耳栓が含まれているため、騒がしい乗り物内では耳栓をした上で「イヤープラグ」モードに変更すれば、グッと聞きやすくなる。

●初心者向けに開発された「OPENMOVE」

 20年9月に発売されたばかりの最新製品「OPENMOVE」は、「AEROPEX」より1世代後進した第7世代の骨伝導技術、重量29グラム、最大駆動時間6時間、防水規格IP55と、やや機能面では劣るが、価格帯は1万円を切るので手を出しやすいのが魅力。最高品質と大差なく骨伝導技術を体感できるためコストパフォーマンスが抜群で、初めて骨伝導ヘッドフォンを購入する人に選ばれているようだ。

 個人差があることは前提に、「AEROPEX」と比較して音を聞いてみたところ、音質の違いや音漏れは、ほとんど気にならないレベルであり、使用感も大きくは変わらなかった。「AEROPEX」の価格がハードルになるようなら、「OPENMOVE」を選んでも十分に価値を発揮してくれるのではないかと感じた。

 10月15日、アフターショックスでは、テレワークにおける需要増を受けて高品質のノイズキャンセリング・ブームマイクを搭載した新製品「OpenComm(オープンコム)」のクラウドファンディングを発表。最大16時間の長寿命バッテリー、5分充電で最大2時間使用できる急速充電対応など、より「通話」に特化した機能が特徴だ。

 インイヤーイヤフォンとは明らかに利用スタイルが異なり、特定のシーンで大きなメリットを発揮する骨伝導ヘッドフォン。テレワークやオンラインミーティングが広がりつつある中、こうしたアイテムの需要が高まりそうだ。

(小林香織)