賞与や退職金は「正社員の特権」なのか?

 その是非を巡る判決が、先週報じられました。しかし、あっという間に“火種”は鎮火。本来であれば、

「なんで10年も勤めてんのに、非正規ってだけで退職金、出ないんだよ!」

「なんで同じ仕事してんのに、非正規ってだけでボーナスもらえないんだよ!」

「正社員ってそんなに偉いのかよ! 非正規ってそんなにダメなのかよ!」

 などなど、不条理な“差別”へ不満は山積しているはずなのに、当事者たちの声が、「まぁ、同一労働同一賃金の法律もあるわけだしさ、今後が見物だよな」といった斜めから見ている人たちの声でかき消されてしまった。

 そうです。これまでと全く一緒です。2008年の年末に日比谷公園につくられた「年越し派遣村」で貧困が可視化された頃までは、「弱い人を最優先で救済する」という人間倫理の根幹が共有されていたのに、グローバル化という言葉の台頭とともに、非正規問題が話題になるのは“何か”具体的な問題が起きた時ばかりで。時間が過ぎれば「何事もなかった」かのような空気が、社会にまん延するようになってしまいました。

 19年の1年間で、非正規労働者は前年より45万人増えて2165万人。働く人全体に占める割合も過去最高の38.3%(総務省「労働力調査」)。非正規社員男性の生涯賃金は約6200万円で、正社員の4分の1(正社員男性=約2億3200万円、みずほ総合研究所の試算)。この格差の最大の原因が賞与と退職金です。

 もっとも、ジョブ型でない日本独特の働き方では、年齢や経験などで職能給があるため、同一労働同一賃金を実行するのは容易なことではないかもしれません。しかしながら、単なる雇用形態の違いで、賃金格差、待遇格差を作り出したのは企業の側です。

 ましてや、「自発的に非正規になっている人が多い」という人たちがいますが、働く人の4割が非正規という状況で、自発的か否かを論じることにいったいどんな意味があるのか。私には理解できません。

 今回の判決については、別のメディアで書きましたので、こちらでは「非正規=低賃金が当たり前になっているワケ」について書きます。

●「女性? 低賃金で何が悪い?」40年前の価値観が現在につながる

 先に結論を言っておきますと、非正規の低賃金問題の根っこにあるのは「性差別」です。「女性? 低賃金で何が悪い?」という40年前の間違った価値観が、非正規全般の低賃金の容認につながっています。

 時代をさかのぼること、今から60年以上前の1950年代。高度成長期に突入した日本では、「臨時工」を増やしてきました。臨時工とは、今でいう非正規です。

 高度成長期に企業は本工(=正規雇用)より賃金の安い臨時工を増やすことで、生産性を向上させていたのです。

 当時、臨時工の低賃金と雇用形態の不安定さは、労働法上の争点として繰り返し議論され、大きな社会問題に発展。国を動かしました。

 政府は1966年、「不安定な雇用状態の是正を図るため、雇用形態の改善等を促進するために必要な施策を充実すること」を基本方針に掲げ、「不安定な雇用者の減少」「賃金等の差別撤廃」を重要な政策目標に位置付けたのです。

 ところが、1970年代になると需要が拡大し、人手不足解消に臨時工を本工として登用する企業が相次ぎました。その結果、臨時工問題は自然消滅。が、その一方で、主婦を「パート」として安い賃金で雇う企業が増えていったのです。

 パートからも臨時工同様に、「賃金差別をなくせ!」という声が上がりましたが、「女」であることから賛同する声は少なかった。本工と臨時工の格差問題では「家族持ちの世帯主の男性の賃金が安いのはおかしい」という声に、政府も企業もなんらかの手だてを講じる必要に迫られましたが、パートは主婦だったため、あまり議論が盛り上がらなかったのです。

 「本来、女性は家庭を守る存在であり、家族を養わなくてもいい人たち」という“世帯思想”のもと、「パート(=主婦)は、あくまでも家計補助的な働き方」という考えが当たり前となり、賃金問題は置き去りにされてしまったのです。

●「非正規は自己責任」で片付けてきた

 その“当たり前”は、現場でパートが量的にも質的にも基幹的な存在になっても、変わりませんでした。どんなに婦人団体が抗議しても「パートはしょせん主婦。男性正社員とは身分が違う」という、性差別で反論されてしまいました。

 こういった価値観を表沙汰にするのは、今だったら「即刻アウト!」です。しかし、根っこの部分は今も変わっていないのです。

 なにせいまだに「非正規は本人の自己責任」「努力が足りない」「勉強してこなかったから」などと、“個人”の問題にする人たちがいます。氷河期世代に代表される通り、非正規と正社員の境目は、その時代の経済状況など“環境”要因による影響が大きいのに、格差が広がれば広がるほど「自己責任」として片付けられてしまうのです。

 いずれにせよ、人間の価値観はそうそう簡単に変わるものではないし、心はそれまで培ってきた習慣で動かされます。目の前に存在する絶対的な事実でさえ、視覚機能を無意識にコントロールし、見たいものだけを能動的に見る術を人は持っている。おまけに、人はしばしば自分でも気が付かないうちに「権力」の影響を受け、その影響力は極めて強力かつ広範囲にもたらされます。

 つまり、非正規を雇う側の人たちは、“昭和のエリート”が大勢を占めています。正社員が当たり前、長期雇用が当たり前、会社に尽くして当たり前という時代に大手を振って闊歩してきた“昭和のエリート”が陣頭指揮をとったことで、不幸にも「非正規=低賃金で当たり前」が維持されてきた。

 おまけに、彼らは「しょせん他人事」ですから、問題が起きて、ひずみから血が噴き出そうとも、ひたすらばんそうこうを貼るだけで対応してきました。なぜ、その傷ができたのかを考えることもせず、ばんそうこう対策をとり続けたことで新たな問題が生まれ、非正規問題は貧困問題になり、年金が少なくて困窮する高齢者の増加など、どんどんと社会全体が貧しくなってしまったのです。

●非正規雇用の在り方とは?

 厄介なのは、低賃金問題に「女性」という属性がつくと、いつの間にかシングルマザー問題にすり替わってしまうこと。確かに、シングルマザーの貧困問題は深刻です。非正規で働くシングルマザーは多いです。しかし、問題の根っこは、「非正規=低賃金」を容認し続けていることにあって、シングルマザーに問題があるわけじゃない。……当たり前です。

 とにもかくにも、非正規が「低賃金」「不安定」なのは臨時工時代から続いていて、同一労働同一賃金が法律に明記されても、「均衡」という2文字がある限り、差別はなくなりません(関連記事:賃金は減り、リストラが加速…… ミドル社員を脅かす「同一労働同一賃金」の新時代)。

 差別をなくすには、「非正規雇用は原則禁止」にするしかないのです。

 例えば欧州では、有期雇用にできる場合の制約を詳細に決めていて、期間も限られています。日本のように、非正規で何年も雇い続けることができない上に、非正規は「企業が必要な時だけ雇用できる」というメリットを企業に与えているとの認識から、非正規雇用には不安定雇用手当があり、正社員より1割程度高い賃金を支払うのが“常識”です。

 二言目には「世界は、世界は〜〜」というのですから、「人」を大切にする世界の流れも、その「世界は〜」に入れなくてどうするというのか。非正規雇用問題は、その在り方から議論し、性差別から続いている「差別」のない、誰もが「働く喜び」を享受できる社会になってほしいものです。

(河合薫)