NTTによる、「ドコモ完全子会社化」の報道は、ハッキリ申し上げて驚愕の一言でした。

 何よりまず頭をよぎったのは、NTTグループは政府指導により分割を余儀なくされたのではなかったのか、という疑問です。そして、為政者は自らの人気取りのためであれば、政府資本が入っているとはいえ一民間企業の長期戦略をも翻弄することを厭わないのか、とも感じるニュースです。

 もちろんこれらは、発表時点で私個人が持っていた予備知識だけを元に感じたことにすぎませんが、あの時直感的に感じたこの問題意識はドコモ完全子会社化に至る経緯などが報道により徐々に明らかになった今でも、さして大きくは変わっていません。本件に関しては、これまでに分かったこと、いまだ判然としないこと、さまざまありますが、現時点で個人的に感じる本件の問題点と今後の展望について記してみたいと思います。

 コトの発端は、2018年8月当時、官房長官だった菅義偉首相が言い放った「携帯電話料金は4割程度引き下げる余地がある」という発言でした。官房長官が首相の言動に関係なく独自で発したこの発言を聞いたときに、「小泉政権のやり口をまねた、人気取りだな」と直感的に思いました。

 近年の歴代首相では圧倒的な支持率と人気を誇った小泉純一郎氏は、「郵便局」という身近な存在を民営化して効率運営をはかることが、国民生活を豊かにするかのように思わせた「郵政民営化マジック」で支持を広げました。菅義偉官房長官は、17年暮れに天皇(現上皇)陛下の退位が19年4月末に決まったことを受け、安倍政権が継続する限り、官房長官自身が新元号を公表する「令和おじさん」(この時点で新元号は未定でしたが)として注目を集めることを見据え、一気に国政の頂点に上り詰める色気が出たと考えるのはあながち外れではないでしょう。

 そして18年8月、翌年に迫る「令和おじさん」キャスティングだけでは人気取り的に弱いと感じた官房長官は、小泉政権に倣って国民に身近な人気取り政策を自身のイメージ戦略の柱とすべく「携帯電話料金4割値下げ」を新元号発表前にぶち上げた、と私には映りました。では、なぜ携帯電話に目を付けたのでしょうか。

 一つは、国民のほぼ全員が手にしているものであり、その値下げは誰にも分かりやすく批判を受けにくいことが挙げられるでしょう。また、携帯電話は国が免許制度の下に認可している「国民資産」である電波を使ったビジネスであり、携帯電話業者からも民業圧迫だとの責めを負いにくい存在であることもポイントです。

 加えて申し上げるなら、業界最大手ドコモの親会社であるNTTはもともと半官僚組織の電電公社であり、現状でも約35%の株式を保有する筆頭株主として政府の言うことをきかせることが容易であること、も忘れてはいけません。菅首相の総務大臣経験から、このような格好のアピール戦略を思いついたのであろうことは容易に想像がつくところでもあります。

 さて、本件の大きな問題点の一つは、菅首相がこの件を公言し始めた2年前と今では状況が変わってきている、ということです。すなわち、携帯電話業界を巡る環境が大きく変わってきていることです。それはとりもなおさず5Gを巡る日本の周回遅れ、という問題です。

 5Gに関しては、日本も世界各国と同じく18年当時からその対応ビジネス展開を検討してきてはいたのですが、その実用化については20年の東京五輪に合わせようという官民共通の暗黙の了解的方針がありました。ところが、米国をはじめとした世界各国は、急速に注目を集めたデジタルトランスフォーメーション(DX)浸透のカギを握る技術という認識の広がりにより、19年に相次いで商用サービスを開始したのです。

 商用サービスの開始が、インフラ整備や5G活用サービス開発の活発化を誘引するのは当然の流れであり、それによって日本は5G関連の特許申請でも世界から大きく後れを取ることになっています。ちなみに5G関連特許申請に関しては、わが国でトップを走るドコモでも、世界シェアはひとけた台にとどまっており、至ってお寒い状況にあるといえます。

 通信インフラで主力技術を他国に握られてしまうというのは、国家戦略を考える上からも非常に危険な要素をはらんでいます。5Gにおける1年の出遅れは致命的であり、もはやここで主導権を握るというのは現実的ではないと言っていいでしょう。ならば日本の通信戦略はどうあるべきなのでしょうか。

 これから日本が採るべき通信戦略は、5Gでの出遅れデメリットを極力抑えつつ、次なる「6G」での主導権奪取をはかるべく次世代通信開発への積極投資を仕掛けていく以外にないのです。武田良太総務大臣も「6G開発で後れを取ることは許されない」と断言し、25年の大阪・関西万博で「その成果を世界に示す」と、国として巻き返しへの鼻息は荒いです。

 しかし、6G開発に向けては巨額の研究開発資金が必要です。その一方で、携帯料金引き下げ要請という強引すぎる政治圧力が邪魔をするのです。菅官房長官(当時)の「4割」発言を受けたドコモは、やむなく先行して新料金プランによる値下げを断行します(KDDI、ソフトバンクは静観)。そのため同社は、20年3月期の最終損益で大手3社中最下位に沈むという屈辱的な状況に陥りました。このような損益状況下では十分な投資に備える環境になく、5G対応および来たるべき6G開発に耐えられないと判断した親会社NTTは、ドコモの屈辱的決算公表と時を同じくして同社の完全子会社化に動き出した、というのが今回の騒動の全容であったようです。

 この、ドコモの完全子会社化には大きく2つの時代逆行的問題点が指摘できると、私は考えています。

●ドコモ子会社化、2つの「時代錯誤ポイント」

 一つは、上記のような流れで事態が急展開したのは、とりもなおさず国の通信戦略を無視した菅首相の近視眼的人気取り戦略のゴリ押しの結果であるという問題です。もちろん、長期的展望を踏まえない目先の人気取り優先戦略の愚かさは言わずもがなではありますが、それ以上に問題なのは、いかに国が大株主であるとはいえ一民間企業の長期戦略を根底から揺るがすような流れに導いた強引さでしょう。官の意向が民の長期戦略を左右するというおよそ昭和的なこの構図が、三十余年をへた令和の時代になお存在していいものなのか、という思いを禁じ得ないのです。

 もう一つの問題点は、今回NTTがドコモを飲み込むことが過去に公正競争確保の観点で政治決断したNTT分割民営化と相いれない、という問題です。監督官庁である総務省は、この20年でドコモが6割以上のシェアを誇っていた「1強2弱」時代から大手3社のシェアが拮抗する状況に変わっており、携帯電話業界における公正な市場競争の阻害懸念はないとしていますが、本当にそうでしょうか。

 ドコモを吸収する新NTTの規模および資金力は莫大であり、実質的な経営統合によって実現されるドコモの料金値下げ自体、公平な競争の結果であるといえるのか疑問符が付くと考えます。さらに今後の5G、6Gへの対応力に関しても他キャリアと大きな差が出ることは想像に難くなく、5G、6G対応競争は著しく公正さを欠くことにもなりかねないとの考えられるのです。今回の完全子会社化に対するKDDI高橋誠社長の「NTTの経営形態の在り方は、通信市場全体の公正競争という観点から慎重に議論されるべき」との発言は、至極ごもっともと思うわけです。

 加えて、この分割民営化以前への逆行を見ると、ドコモはNTTから完全分離をすることで電電公社由来の根深い官僚的組織風土を一掃し、「顧客優先主義」といった民業のあるべき姿について身をもって学んできたのではなかったのか、という観点からも疑問が残ります。官僚的組織風土が根強く残る巨大組織NTTに再び飲み込まれることにより、ドコモは組織風土が官僚化へ逆行する流れにはあらがえないでしょう。結果として、巨大半官僚企業が5G、6G時代の業界を先導することになるであろう日本の通信業界は、利用者の利便施向上を優先してたゆまぬ成長を遂げていくことができるのか、という懸念までもが頭をもたげます。

●また、「ガラパゴス化」しないか

 具体的に申し上げます。5G、6Gはサービスの点で進化する通信インフラである点が、4Gまでの流れとは異なります。すなわち、将来に先鞭をつけるようなスピード感が雌雄を決することになるのです。さらに5G、6Gは一般消費者を対象としてきた4Gまでとは異なり、ヒトだけでなくモノを対象とするインフラであるがゆえに、顧客を常に拡大させていくというサービス業の視点で新たな技術、サービスの開発と提供を続ける必要があるのです。このような新たなサービスを担うわが国のリーダー企業が、いまだに「お客さま」を「加入者」と呼ぶような組織のままでスピード感をもった顧客創造姿勢での事業展開ができるのか、個人的にはドコモ完全子会社化には不安ばかりが感じられるのです。

 このように携帯電話料金の値下げという一大臣クラス政治家の人気取り発言が、首相という立場に変わっても状況の変化を顧みることなく主張されることにより、民間企業の組織戦略を左右し業界の公正競争にも影響を及ぼし、ひいてはわが国通信事業の行く末をも左右しかねない事態にまで及んでいるのだということを、正しく認識する必要があると思っています。

 そして、そもそも官僚と半官僚のNTT職員が作り出したガラパゴスなビジネスモデルであるわが国の携帯電話ビジネスの主導権は、政治主導で再び半官僚組織の手に戻り、激しさを増す世界の通信ビジネス競争における競争力を失うことになりはしないのか。目先の携帯料金値下げに惑わされることなく、その行方をしっかりと見据えていかなくてはいけないと思います。

(大関暁夫)