東急は9月17日、公式サイトで「生活行動と交通に関するアンケート 調査結果概要のご報告」を掲載した。2020年6月から7月にかけて「東急線アプリ」の利用者に参加を呼びかけ、6760人の回答を集めた。その集計結果だ。なるほど、鉄道利用者の動向を知るために、その手があったか。東急は賢い。

 東急線アプリは、列車やバスの運行情報、振替乗車、乗換案内を利用するために作られた。駅の改札口の混雑状況を知らせる機能も話題になった。無料で使えることもあって、東急の電車やバスを利用するなら必携のアプリと言っていい。私もバスの位置情報や待ち時間を知るために愛用している。東急沿線のユーザーに浸透している。

 東急はこのアプリを「ユーザーへ情報提供する」だけではなく「ユーザーから生の情報を得る」ために使った。この発想が良い。利用者は主に通勤通学利用者とみられるけれど、リアルな生の声を収集、集計した貴重な資料だ。同様のアプリを公開している他の鉄道事業者でも実施してもらいたい。サンプル数が多いほど有用なデータになる。

 ウィズコロナ、新生活様式など、私たちの暮らしの変化に関心が高まっている。リモートワークの普及で通勤は減る。在宅勤務のワークスペース問題解決のため、不動産は活況になる。通信機器の需要は増える。そんな予測もある一方で、緊急事態宣言解除、「Go To トラベルキャンペーン」の実施により、外出自粛解禁ムードも高まっている。

 私たちのこれからの暮らしはどうなるか。通勤する人々、雇用する会社、その周辺の飲食店など生活サービスに関わる人々、社会インフラに携わる人々の関心は高い。しかし、正確に予測するための根拠となる資料は少ない。「こうなるだろう」「こうならないだろう」という臆測ばかりが横行する感がある。実際はどうか、東急が公開したデータから読み取っていきたい。

 なお、東急によると、公開はデータのみ、図表は外部制作会社によるため引用は控えてほしいとのことだ。読者貴兄には元の資料(東急電鉄「生活行動と交通に関するアンケート 調査結果概要のご報告」)を参照していただきたい。また、この記事の考察は私のものであり、東急の見解ではないことをおことわりしておく。

●在宅勤務急増するも、通勤需要は8〜9割回復の見込み

 資料の最後にあるように、回答者の男女比はほぼ6対4、年齢層は50〜54歳が最も多く、30代〜60代で大多数となる。このことから「通学よりは通勤の実情を反映しやすい」ことが分かる。そしておそらく正規雇用者が多い。その根拠は独立行政法人労働政策研究・研修機構が示すグラフ「図9 各年齢階級の正規、非正規別雇用者数」だ。

 若い人には非正規雇用が多いと思っていたけれど、実は正規雇用者の割合が増えている。2019年までは景気回復効果もあって雇用が安定しつつあった。筆者が懇意にしている地方ローカル鉄道でも定期券売り上げが増えたと聞くし、東急の19年決算資料でも、コロナ禍が始まるまで定期券収入は前年比増が続いていた。

 さらに付け加えるならば、スマートフォンアプリで実施したアンケートだけに、ある程度のIT活用能力を持った人たちの回答といえるだろう。この前提を元にデータを見ていく。

・項目1「外出頻度の変化」 緊急事態宣言下は「まとめ買い」

 19年の外出頻度の平均は週5日だった。これは週休2日を反映した結果といえる。緊急事態宣言下の平均は2.1日だ。ゼロではないけれども、買い物など日常の生活のための外出は週2日。食品についてはまとめ買いが多いといえるし、毎日の散歩を日課とする人は少なかったとみられる。

 コロナ収束後の見通しは平均4.2日で、用途までは読み取れないものの、外出頻度に関してはほぼ元通りに回復するとみられる。外出は通勤だけではなく、買い物なども含んでいる。また、鉄道やバスだけではなく、徒歩や自家用車も含む。

 通勤など公共交通の利用度の変化は項目3「交通機関利用時間帯の変化」が示す。出勤・退勤時間の外出傾向は変わらず、全体的に総数が下がる。注意したい点は、このグラフでは24時以降に緊急事態宣言下の折れ線が右上がりになっている点だ。緊急事態宣言下で夜中の外出が増えたかと勘違いしてしまった。しかしこれは次の項目が「利用していない」で、本来はゼロになるところを折れ線で結んでしまったため「利用率40%」とミスリードを招いている。この図は折れ線で描くにはふさわしくない。棒グラフ、あるいは「利用していない」を削除し、有効回答数から差し引くべきだと思う。

・項目2「在宅勤務実施頻度の変化」 オフィス通勤は8〜9割の回復

 有効回答数が少し下がって6028人となっている。これは全回答者6760人の約9割が通勤者という証拠でもある。19年は在宅勤務経験者が17%だった。緊急事態宣言下は66%が在宅勤務を経験し、26%が週5日以上、つまり完全在宅勤務という状態になっている。週4日勤務は週に1度の出勤日がある人、週3日程度未満はオフィスと在宅勤務のハイブリッド状態といえるだろう。在宅勤務は大幅に増えたけれども、約3割は通勤していた。

 コロナ終息後の見通しとして、在宅勤務週0日が19ポイントの上昇となった。完全在宅勤務は大幅に減り、頻度別に見ても在宅勤務減少の見通しだ。週2日程度以下が増えているけれども、これは週3日以上の人々の頻度が減ったため、とみられる。

 つまり、在宅勤務経験者は増えたけれども、オフィス通勤需要は回復する。ただし通勤頻度は減る。それは項目4「定期乗車券の更新意向」にも現れており、約8割の人々は今後も定期券を更新する。更新しないと決めた人は4.1%だ。これは在宅勤務が増えて定期券購入にメリットがなくなった人の数字だ。このほか、勤務先の方針で見通せない人が12.5%ある。この人々がどう動くか。オフィス勤務主体だとすれば、コロナ禍終息後の通勤需要は元通りの数字に近づく。

 定期券を通勤だけに使うとして、つまり、休日の買い物レジャーには使わないとして考えると、買うか買わないかの分岐点は、通勤日数が週4日あるか否かだ。

 例えば、たまプラーザ〜渋谷間の通勤定期運賃は9440円、IC乗車券なら片道251円だ。この場合、損益分岐は18日と19日。月あたり19日以上通勤するなら定期券が安く、18日以下ならIC乗車券が安い。回数券の場合は16日以下なら定期券・IC運賃より安い。1カ月30日として、週休2日なら通勤日は22日で定期券の方が安いけれど、通勤日16日、つまり週4日の通勤なら回数券の方が安くなる。

 東急電鉄は3カ月、6カ月、12カ月(東急線いちねん定期)の定期券を発行している。これらの定期券の料金を1カ月分に換算すると、3カ月定期券の場合は18日以上で定期券が安く、6カ月定期券の場合は17日以上で定期券のほうが安くなる。12カ月定期券の割引率は6カ月と同じだ。12カ月の「東急線いちねん定期」はクレジットカードと連携するポイント特典が増える。

 ただし、長期定期券については、有給休暇の消化や国民の祝日、年末年始の休みなどもあるから算定しにくい。1カ月定期で比較すれば、定期券を買うか買わないかは週4日以上通勤するか否か、となる。

●不動産の流動は少ない

・項目5「転居の意向」 9割以上が「転居しない」

 在宅勤務の悩みどころは自宅の作業スペース不足だ。部屋数の多い住まいへの転居傾向があるという見方もある。しかし東急のアンケート結果では93%が「転居しない/考えていない」と回答した。ここには、在宅勤務は一過性で今後は元に戻ると考える人、自宅が在宅勤務に対応できる人、自宅は在宅勤務に適さないけれど、最寄りのサテライトオフィスを契約すれば対応できる人が含まれる。リモートワークが不動産業界に与える影響は少ない。

 不動産業界では東急沿線というブランド力を高く評価している。東急沿線の住宅環境の満足度が高いとも言えそうだけど、他社の同様の調査を見ないとなんとも言えない。あるいは持ち家率が高く、不動産の流動性が低いかもしれない。

 「コロナ禍が原因で転居した/転居を考えている」人は全体の6.2%となった。転居志向は少ない。少数派の転居意向者のなかで、横浜市・川崎市を選んだ人は、引き続き東急沿線に住み替えたい人が多いと思う。また、東京23区でも世田谷区・渋谷区・品川区・大田区は東急沿線だ。東急沿線を離れる意向がある人は、6.2%のなかで約6割。アンケート回答者全体の約3.8%になる。つまり、ほとんどの人々が転居を検討せず、転居を検討する人でも東急電鉄沿線を選ぶと考えられる。これは「通勤需要は減らない」という考察を裏付ける。

 東急によると「渋谷駅周辺のオフィス需要は低下しておりません。一方、当社の法人企業向け会員制サテライトオフィス事業『NewWork』は郊外店舗が好調です。新規入会希望の問合せ数も増加傾向にあります」とのこと。通勤需要は固く、一方で通勤しなくなった人にもサテライトオフィスを提供する。これで沿線価値はますます高まるだろう。

 田園都市線沿線在住の私からみると、むしろコロナ渦以前の通勤状況が過熱気味で、今後はほどよい通勤需要になるのでは、という期待もある。

 JR東日本、JR西日本など多くの鉄道事業者が7月から8月の時点で「通勤需要は元通りにならない」という見通しを示した。東急のデータも元通りとはならないと示している。ただし、大幅な落ち込みではなく、8割〜9割程度の回復で落ち着きそうだ。JR西日本も同様の手応えを把握しているようで、10月30日に「2021年4月から6月にかけてコロナ前の9割程度へ回復する」という社長談話が報じられた。

 東急アプリでは10月24日から2回目のアンケートを実施している。前回と同様の集計期間とすれば、今年中にも集計結果が公表されるかもしれない。データの受け取り方はさまざまで、私とは異なる見方もあると思う。より多くの人々がこのデータから考察を進めることで、今後の生活が見通せるようになるだろう。まずは東急の「アプリを使ってユーザーの動向を知る」というアイデアと「その結果を公開する」という英断をたたえたい。さらに知見を集めるために、アプリを公開している他の鉄道事業者も検討していただきたい。

(杉山淳一)