私鉄グループというと、一般に多角経営の事業会社として見られることが多い。鉄道事業のほか、バス・タクシーなどの運輸事業、スーパー・百貨店などの流通事業、駅構内を中心とする飲食事業に加え、立地の良さを生かした不動産事業、ホテル事業なども展開する。

 国鉄もJRになってからは、不動産や流通、ホテルに力を入れるようになった。同時に、鉄道事業の存在感が薄くなり、新事業の開発が盛んに行われるようになった。鉄道事業の取り組みはもちろん続けているが、他事業とのシナジーなどが重視されたために、便利な鉄道にはなるものの、面白い鉄道、魅力ある鉄道という側面は次第に薄れていった。

 このようなビジネスモデルは、阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者である小林一三や、東京急行電鉄の創業者である五島慶太が開発し、多くの鉄道会社で取り入れられていった。そして両者は、いまでも高く評価されている。

 だが、鉄道会社は鉄道に力を入れてこそ、である。そして、多角的な関連事業に力を入れつつも、近年は鉄道事業そのものに力を入れている鉄道会社がある。富士急行だ。

●山梨に本社がありながら東証一部上場の鉄道会社

 富士急行は、山梨県富士吉田市に本社がある。富士吉田市は、富士山麓を中心とする郡内地方の中心地で、人口は4万6000人程度である。

 そんな過疎のエリアに、富士急行は鉄道を走らせている。JR東日本の中央本線大月駅から、富士吉田市にある富士山駅へと向かい、そこで進行方向を変え河口湖駅へと向かう。延長26.6kmの路線だ。

 そんな地にあるのだから乗客も少なく鉄道経営も厳しいだろう、と思う人もいるかもしれない。富士急行の営業係数は、100を切っている。しかも近年、90台から80台に入ろうとしている。営業係数とは、100円の営業収入を得るのに、どれだけの金額を使用するのかを表す指数で、100を超えると赤字になる。

 急勾配の単線鉄道で、沿線人口も少ない中、利用者が多いことはすごいことだ。大都市圏の鉄道でも、路線によっては100を超えているところもあるのだから、ものすごい数値と分かるだろう。

 富士急行は地域の輸送だけではなく、富士山麓エリアへ向かう観光輸送としても多く利用されている。コロナ禍までは、訪日外国人の利用も多く、駅は人であふれていた。

 そんな富士急行は、東証一部に上場している。大手や準大手ではない私鉄で、東証一部に上場しているのは、富士急行と神戸電鉄だけである。ちなみにその他の私鉄でいうと、秩父鉄道はJASDAQ、広島電鉄は東証二部に上場している。

 もちろん、経営自体は多角化をしている。子会社に岳南電車やバス・タクシー会社などの運輸業だけではなく、冬のスケートリンクで知られる富士急ハイランドなどのレジャー・サービス業も多くの利用者を集めている。不動産事業にも力を入れるほか、意外な持分法適用会社にテレビ山梨(なお山梨県には民放テレビ局は2局しかない)がある。このテレビ局の会長は富士急行社長の堀内光一郎氏である。

 ここまでを見ると、事業に成功している地方の企業グループと映るだろう。しかし富士急行は、これら多角的事業のみならず、鉄道の魅力そのものを高め、乗客を集めることに成功しているのだ。

●乗る楽しさ、路線の楽しさを味わえる富士急行の電車

 現在はコロナ禍により、富士急行線内だけの特急は運休し、JR東日本から乗り入れる「富士回遊」だけが運行されている。しかしコロナ禍前の富士急行は、他社の中古車両を使用しつつも、魅力的な特急車両で乗客を集め、多くの利用者を獲得してきた。

 例を挙げると「フジサン特急」と「富士山ビュー特急」がある。

 初代の「フジサン特急」は、JR東日本の165系ジョイフルトレイン「パノラマエクスプレスアルプス」の車両を改造して使用していた。車体には富士山をイメージした楽しそうなキャラクターが描かれている。

 2代目の「フジサン特急」も、同様に富士山の楽しそうなキャラクターを描き、小田急20000型RSE(「あさぎり」に使用)を改造した8000系電車を使用している。車内には子ども向けの運転台を設置し、富士山麓へと勾配・曲線を登っていくなかで前面展望を楽しみながら運転士気分を味わえる。

 また「富士山ビュー特急」はJR東海371系(こちらも「あさぎり」に使用)を改造した8500系を使用。改造にあたって水戸岡鋭治氏がデザインを引き受け、美しい車体と上質な車内空間に仕上げている。この列車には車内販売があり、土休日には「スイーツプラン」も設けられている。

 以前、取材で「フジサン特急」に乗ろうとしたら、JR東日本の中央本線から富士急行線への乗り換え場所はきっぷを買う人が殺到しており、筆者も予約していたきっぷの受け取りが大変だったことがある。

 また、利便性の高い特急も運行されている。千葉・新宿から直通する「富士回遊」だ。定期列車3往復がE353系3両編成により運行される(千葉・新宿〜大月間は「あずさ」「かいじ」と併結)だけではなく、臨時列車としてE257系による列車も運行される日がある。

 これらの特急車両は、最大勾配40パーミル、急曲線の富士急行線内を走り、富士山への期待を高めながら、自然豊かな風景の中を走っていく。

 また富士急行の列車に乗車し、河口湖駅で下車した際には、改札で若い駅員が多くの外国人観光客と英語で接していて、社員教育もしっかりしていると感じた。また河口湖駅では、撮影会も行い、ファンサービスにも務めている。

 列車運行に関するこれらのさまざまなエピソードからわかる通り、富士急行の列車からは「おもてなし」が感じられ、これこそが多くの観光客の利用につながっているのだ。

●地域向けの運行にも本気を見せる

 地域の利用者向けの鉄道運行も富士急行は大切にしている。単線ながらも、列車の交換ができる駅を多く設け、高頻度の運転に対応している。早朝に都内へ向かうために便利な列車や、遅い時間帯に「かいじ」から乗り継いでも深夜に家に帰れる列車も走らせており、ダイヤの設定が非常に細かい。

 地方の鉄道にありがちな紙のきっぷだけではなく、JR東日本との相互の利用を意識してSuicaを導入。一方、バス事業ではPASMOを利用しているが、いずれにせよ交通系ICカードの需要にも対応している状況だ。

 確かに車両は、他社からの譲渡車両を中心としているが、「トーマスランド20周年記念号」や「富士登山電車」など独特の改造車も使用し、多彩な車両を走らせる印象を利用者に与えている。

 多角化していても、決して鉄道事業はおろそかにしない。それどころか力を入れ、地元の人にも観光客にも便利な列車運行を行おうとしている。

 地方でもガチンコの鉄道事業ができ、それで成果を上げているのを富士急行の鉄道事業は示している。

(小林拓矢)