起業家精神を実践中心のカリキュラムで学び、大学3年次には実際に起業を経験する日本初の「アントレプレナーシップ学部」が、2021年4月、武蔵野大学の武蔵野キャンパス(東京・西東京市)に開設される。

 学部長に就任するのは、Yahoo!アカデミア学長として次世代リーダーを育成するほか、『1分で話せ』(SBクリエイティブ)などのベストセラー作家としても知られる伊藤羊一氏。現役の実務家教員がアクティブラーニングによって、自ら「ことを成す」人材を育てるという。

 「アントレプレナーシップ学部」が目指す教育とはどのようなものなのか。伊藤氏と、教員に就任するリバネス代表取締役副社長CTOの井上浄氏、ほぼ日元取締役CFOで現在はエール取締役を務める篠田真貴子に話を聞いた。前編では、起業家精神を育てるために重視する学びについて3人が語る。

●社会人教育の経験を大学での教育に

――伊藤さんは2015年から学長を務めるYahoo!アカデミアや、グロービス経営大学院などで、次世代リーダー育成などの社会人教育に取り組んできました。アントレプレナーシップ学部では、どのような教育を展開するのでしょうか。

伊藤: 社会人教育で積み上げてきた枠組みを、大学生に展開していこうと考えています。学生にはやりたいことや夢を持って、チャレンジしてもらう。うまくいかないこともあると思いますが、対話をしながら前に進めていきたいと思っています。

 これまでの経験で、社会人であればどういうことに悩んでいて、どのように背中を押すと前に進んでいくのかが分かりました。大学生に同じことをつかんでもらうためには、少し方法も違ってくるかもしれません。自分としてもチャレンジする部分はありますが、基本は同じだと思っています。

――カリキュラムはどのようになっているのでしょうか。

伊藤: マインドとスキル、それに実践の3本柱です。マインドは1年次のカリキュラムで重要なもので、主に僕が担当します。

――マインドとは、具体的にはどういうことですか。

伊藤: 志や情熱、やりきる力などを鍛えます。もちろん、滝にうたれて鍛えるわけではありません(笑)。ひたすら内省と対話を繰り返して、自分自身を知ることから始めます。自分は生まれてどのように育ってきて、こんな経験をしたといったことを内省して対話する。そうするとだんだん自分自身がどのような人間なのか見えてきます。

 社会人であればそれだけでも十分ですが、大学生になったばかりなので外からの刺激が必要です。そこでさまざまなアントレプレナーに来てもらって、対話をすることで、外の視点からも自分を知ることができるようにします。簡単に言えば、考え、喋り倒していくうちにマインドが鍛えられるということです。

●MBAスキルの大学生版を提供

――スキルを学ぶのは、どのようなカリキュラムになるのでしょうか。

伊藤: 分かりやすく言うとMBAスキルの大学生版です。問いを立てて、行動化して、意思決定をするクリティカルシンキング力と、コミュニケーションスキル、それにビジネススキルがあります。ビジネススキルは、マーケティングやファイナンス、テクノロジーに関する理解などですね。

 つまり、MBAで学ぶことのエッセンシャルな部分を取り入れています。これらのスキルは若いうちから知っておいた方がいいと心の底から思います。僕がクリティカルシンキングを学んだのは、グロービス経営大学院に通ったときです。クリティカルシンキングの科目だけでなく、全ての科目で問いを立てて、考えて、自分なりの結論を出していました。当時38歳でしたが、頭のいい人はこうやって勉強しているんだと思いました。何でこれまでやってこなかったのかと、憤りましたね(笑)。

 この問いを立てて、行動化して、意思決定するクリティカルシンキングと、コミュニケーションは、篠田さんに担当していただこうと思っています。

篠田: クリティカルシンキングの中でも、問いを立てることは難しくて、なかなかできません。簡単ではないけれども、問いを立てることが大事だということを、感覚知として持ってもらえればと考えています。

 コミュニケーションでは、一番大事なのは聞く力です。話す練習は小学生の頃からいろいろな形で学んでいますが、聞いて、相手が言っていることをキャッチするトレーニングは、実は全然できていません。言葉の表面的な部分だけではなくて、意図を理解することを学びます。これはクリティカルシンキングにも直結します。

――篠田さんが取締役を務めるエールは、社外人材が「オンライン1on1」で週1回30分社員の話を聴くサービスを提供しています。ビジネスをする上で聴くことが重要になるということですか。

篠田: 私はほぼ日を卒業してエールで働くまでの間、1年くらいブラブラしていました。その間、伊藤さんやいろいろな方に話を聴いていただいたことで、自分の考えが整理できました。印象的だったのは、「篠田さん何でほぼ日を辞めたの」「これからどうするの」と質問されて話していると、相手の方も「実は」と言って、その方の人生の大きな意思決定の話をしてくれたことです。

 おそらく私が聴く態勢になっていたから、私を信じて話してくれたのだと思います。そこで、聴く力を持っていると、いろいろな方の深い話を聴くことができて、これまでより人間関係が豊かになっていくことに気づいたのです。こんな素晴らしいことをこれまでちゃんと認識してこなかったと思った時期に、エールという会社に出会いました。

 仕事をするときに、自分とは背景が異なる方や外国人の方とのコミュニケーションは、よほど深く聴かないと成立しません。相手が何を意図しているのかを、ネガティブではなく、何か良いことを願って話しているのだと信じて聴くことがミソですね。聴くことの力を学生に伝えたいです。

伊藤: 僕は「マネジメントは1on1で聴くことだ」と言い切っています。マネジメントには管理することではなく、「何とかする」という要素がある。そのために聴くことが必要です。問いを立てることを僕は「そもそも」と言っていて、「そもそも」を考えることができれば、新しい着眼点も見つけることができると考えています。

●アントレプレナーシップ学部は実践の場

――カリキュラムの柱の3本目、実践についても教えていただけますか。

伊藤: 実践は、実際にいろいろやってみることです。店を出す、イベントを開催する、ネットショップを開くといったことですね。別に商売ではなくても、NPOを設立してもいいです。NPOを運営するには、サステナブルな商売をしなければいけないことが学べます。課題の解決のために研究をするということもあるでしょう。

 実践で「こと」をつくっていくことのサポートは、多くの教員で取り組んでいきますが、その一人が(井上)浄さんですね。浄さんは研究という手段を使って、アントレプレナーシップを発揮しています。研究者でもあり、アントレプレナーでもある方です。

井上: 大学生や起業を目指している人が、ワクワクして物事を始められる場所がすごく少ないと日ごろから感じていました。自分がいくつかの大学で担当している講義でそういう場をつくろうと思って現在もやっていますが、アントレプレナーシップ学部ができて、豪華な講師陣がそろうと聞いて、これは絶対に大きな取り組みになると思いましたね。

 僕がやってきたのは、社会の課題を発見して、研究を進めて、その課題の解決策を形にすることです。言葉にすると簡単ですがとても難しくて、ハイテクとローテクを組み合わせると同時に、形にするための「重力」が必要になります。この「重力」をつくる人がアントレプレナーではないかと思っています。

 課題を見つけて、自分ごとにして、仲間を集めて、「重力」をつくって解決する。東南アジアなどでは課題があふれていて、絶対に何とか解決したいという熱量にあふれている人がたくさんいます。彼らはまだテクノロジーとつながっていなくても、いつか必ずテクノロジーを見つけて解決するでしょう。こういう人たちが日本には圧倒的に足りないと感じます。

――どのようなところを入り口にして、学生に実践を促して行きたいと考えていますか。

井上: 好きなものから始める好奇心ドリブンと、これは絶対に解決したいという課題ドリブンのどちらでスタートしてもいいと思います。どちらでもいいので熱を持っている学生に、僕が持っている知識やマインドセットを伝えながら、実践と失敗を繰り返していきたいですね。この経験を積み上げていくと、4年後には実行力を持った人物になっているのではないでしょうか。

●アントレプレナーシップを「学問」にする

――大学4年間という時間があれば、失敗も含めて多様な経験ができると思います。しかし、アントレプレナーシップの実践を重きに置いている大学は、あるのかもしれませんが、多くはないですよね。

伊藤: どこの大学も昔に比べると、ワークショップやフィールドスタディーまでは進んでいると思います。とはいえ、そこ止まりではないでしょうか。現実の社会で、少しヒリヒリするような体験を、リスクをとってチャレンジしてみようというところまで取り組む大学は、なかなかないと思います。

 それは大学が、そもそも「学問を研究する」ところから始まっており、「実践するのは社会で」という分け方がされてきたからだと思います。一方で、学生の教育や実践に重きを置いて、学生が社会で活躍するためのスキルやマインドを教育して、一緒に実践していく学部もあってもいいのではないかと思っています。社会に貢献して、価値をつくっていけるように、学生を鍛えていく。無邪気な発想ですよね。既存の大学の学部には、意味が分からないと思われるかもしれませんが。

井上: でも、これは学問になると思います。

篠田: 私もそう思っています。

伊藤: 学問にしていくことも必要ですよね。最初は学問にならなくていいかなとも思いましたが、それではサステナブルではなくなります。僕らがいなくなったら終わり、みたいになりますから。学問にすることで、土台ができて、再現性もある形がつくれます。アントレプレナーシップを学生たちと一緒に研究して、学問にしていきたいですね。

(ジャーナリスト田中圭太郎)

(後編「武蔵野大学「アントレプレナーシップ学部」は学生をどのように育てるのか」を関連記事よりお読みいただけます)