前回のレポートで日本におけるキャッシュレス決済の普及状況と、そこにおける課題を紹介した。国内では依然としてクレジットカードがキャッシュレス決済の大部分をけん引する。一方で、クレジットカードだけではカバーできない層にまで浸透する新しい決済手段としてスマートフォンを使ったコード決済やアプリ決済が登場し、ニーズの隙間を埋めつつ、従来の決済インフラでは現金利用が中心だった層においてもキャッシュレス経済圏を拡大すべく市場が広がりつつある。

 この新しい決済手段の主役は、資金決済法で定義される資金移動業者だ。従来まで金融サービスを提供していなかった事業者も含め、その足回りの良さや顧客サービス面の知見を加え、これまでの銀行が提供できなかったようなサービスを開発し、ユーザーのニーズをつかみつつある。

 一方の銀行については、長らく続く低金利時代のあおりを受け、市場のプレッシャーを背に新たな収益源を模索しつつある段階だ。2020年9月には、第99代内閣総理大臣に就任した菅義偉氏が「地銀再編」に言及するなど、経営面での抑圧も高まっている。

 また菅総理が業界再編に言及するのと前後して、「ドコモ口座」問題が発生した。原因の一端はドコモ側のサービス拡大におけるセキュリティ上の不備だが、もう一端は不正引き出し元となった銀行口座を持つ地銀各行のセキュリティ意識の低さと“焦り”にあり、奇しくも被害の発生しなかったメガバンクなどの大手行との差を改めて露呈する形になった。

●2021年の注目は「送金」

 21年に起きる大きな変化の1つは、昨今急増した決済サービスを提供する「資金移動業者」のカテゴリ変更だ。20年の通常国会で資金決済法改正案が可決したことを受けたもので、これまで銀行などの金融機関のみに認められていた100万円超の送金サービスが、資金移動業者にも開放されることになる。具体的には資金移動業者を次の3つのカテゴリに分け、100万円超の送金が可能な事業者と、さらに小回りの利くサービスを提供可能な事業者のカテゴリを新たに追加する。

・100万円超の送金が可能な「第一種」

・ 従来の資金移動業のカテゴリに属する「第二種」

・送金額とは別に資金保全のための額面の資金をプールすることで数万円程度の少額送金が可能な「第三種」

 従来までの資金移動業は、登録許可をもとに100万円までの資金の出入金が可能だったが、その事業領域が大幅に拡張される可能性を秘めている。より具体的には、これまで日本であまりブレイクしなかった「送金」サービスがより身近なものになると考える。

 例えば英国発祥で海外送金サービスを提供するトランスファーワイズ(TransferWise)、21年以降に日本での活動を本格化する。もともと日本市場への進出はアジア地域でも最も早かったが、現在までのところ他地域では提供している物理カードなどの発行を行っていない。同社では21年の資金決済法改正案が施行されるタイミングに合わせ、これまで保留していた日本での各種サービスを本格投入していくことになる。

 海外送金は「処理が煩雑」「送金に時間がかかる」「手数料は目的の口座に到着するまで分からない」「途中で送金に失敗するケースもある」という形で、多くの顧客にとって悩みの種を多数抱えるサービスだった。

 だがトランスファーワイズの登場や、ウェスタン・ユニオン、マネー・グラムといった古くからの事業者らの新サービス投入により、これら問題の多くは解決され、以前に比べると海外送金のハードルはだいぶ下がった。海外送金という仕組みはマーネーロンダリングの懸念もあり、もともと「手間の割にもうからない」という評価が高かった。そのため、日本の銀行も海外送金には本腰を入れてこなかったという歴史がある。

 一方で、海外送金を最も頻繁に利用するユーザーは「出稼ぎ労働者」ともいわれており、ある意味で海外送金の活発さがそのまま経済状況のバロメーターにつながっているとも考えられる。日本における海外送金サービスは東南アジア方面のものが多かったが、それも出稼ぎ労働者を対象としていたことに起因する。

 トランスファーワイズに限らず、資金移動業者でユーザー間送金サービスを提供する事業者は多い。海外送金とはいわずとも、仲間内での支払い代行や割り勘、パーティーの会費徴収など、ちょっとした送金用途はさまざまある。

 だが面倒なのは、1対1での送金はともかく、割り勘や会費徴収などを行う場合、徴収元のユーザーがそのサービスを利用していなければ、別のサービスを組み合わせる必要があったり、結局現金で集めるといった形でかえって煩雑になったりしまうことだ。こうした場面では、皆が送金に利用できる共通サービスのようなものがあれば便利だ。現在、こうした少額送金サービスがいまいちブレイクしない理由に、「共通の送金メソッドがない」ことが原因だと考えている。資金移動業のカテゴリが3分割されたことで、より自由度が高く、手軽に送金できるサービスが登場し、改めて「送金」が注目を集めることに期待したい。

●年明けは銀行の逆襲が始まるか

 資金移動業というカテゴリが「決済代行」という目的からスタートしたように、もともとは電子取引時代における銀行の足回りを強化し、法的根拠を与えて資金を保全しつつ、その取引を活発化させることが狙いにあった。

 ただ、当初10年に成立した資金決済法で定義される資金移動業とは、あくまで銀行業務の補助的な意味合いが強いもので、前述の送金額制限のようにビジネス的な枠組みも限られていた。「銀行免許の取得は負担が大きいため、資金移動業でできる範囲のビジネスを組み立てる」という形で参入してくる事業者は多く、ある意味で銀行とはすみ分けができていた。だが前述のように21年以降は送金サービス参入のハードルが下がると予想されることで競争が促され、銀行は送金手数料引き下げなど、経営上のリスクが懸念されることになる。

 現在、銀行はさまざまなサービスから収入を得ている。大枠では2つのカテゴリがあり、1つは貸し出した資金の金利収入、もう1つは金融サービス提供による手数料収入だ。基本的に銀行では預金を集め、それを融資して金利を得たり、金融商品を購入して運用したりすることで収益としている。預金者には対価として資産を保全しつつ、ATMを使った資金引き出しや引き落とし、振り込みなどのサービス提供を行う。

 近年では口座維持手数料を定期的に徴収したり、ATMの利用や振り込み(送金)などの仕組みでも条件に応じて課される手数料が増えていたりするが、各種金融商品の販売と合わせ、これらから得られる手数料収入もまた銀行の営業利益となる。ただし昨今の低金利時代、預金の運用は非常にシビアな問題であり、前段の説明にもある新規事業者の参入にあたって手数料の収入源も絞られつつあるのが現状だ。

 こうした背景もあっての冒頭の菅総理の「地銀再編」発言だが、各行とも生き残りの決め手はなく、暗中模索状態のようだ。19年から20年にかけて複数の地銀関係者にヒアリングを行ってきたが、ユーザーがスマートフォンを使った決済に向かうのは時代の流れとしつつ、そこからどのように収益を得ていくのかは大きな課題だ。

 例えば横浜銀行では「はまPay」というQRコードを使ったコード決済のためのアプリを提供しており、横浜銀行の口座と直結しているため同行ユーザーであれば手軽に利用できる。この「はまPay」はGMOペイメントゲートウェイ(GMO-PG)が提供する「銀行Pay」に参加している加盟店であれば、日本全国どこでも利用できるものだが、実際のところエリアをまたいで利用されるケースは少ない。

 「どちらかといえば神奈川県エリアの小売店のキャッシュレス対応や送客支援に近い」と横浜銀行では銀行Pay参加の狙いを説明する。同行ではむしろ「はまPay」アプリそのものの利便性を向上させて利用者を増やす戦略を練っているようで、今年8月にはアプリに「iD」による非接触決済機能が付与され、利用できる店舗が一気に拡大した。同行では東急電鉄と提携してATMの代わりに券売機で「はまPay」アプリを使って預金の引き出しができるサービスも提供しており、将来的に1台あたり年間数千万円といわれるATMの維持コストを削減していき、モバイル決済と地元小売店支援による経済活性化を通じて収益を増やしていく考えだ。

 「決済」や「モバイル」を収益向上のトリガーと考える地銀関係者は多い。例えば観光などのサービス産業が中心の沖縄では、琉球銀行がクレジットカードのアクワイアリング事業を積極的に推進し、地元のキャッシュレス化を推進しつつ収益を増やしている。

 また横浜銀行と並んで先進的な取り組みで知られるふくおかフィナンシャルグループ(FFG)では「WALLET+」と呼ばれる、FFG傘下各行ならびに提携行の銀行口座と連動して各種サービスやコンテンツ配信が受けられるミレニアル世代を対象とした施策を展開している。そして21年1月にはインターネットバンキングの新会社「みんなの銀行」のお披露目を控えている。

 これら地銀の取り組みで共通しているのは「融資なども含め地元企業を支援しつつ、若者層を積極的に取り込んで銀行サービス活用を促す」という点にある。20年までは目立たなかったが、菅総理の発言を受けたいまこそ、この動きがより活発化していくと考える。

 他方で、過去数年の取材を通じて地銀の「迷い」のようなものも多く散見された。業界全体でみれば必ずしも思惑がうまくいっているとは限らないのは、地銀関係者を対象にしたセミナーは毎回満員状態で、そこから漏れ聞こえてくる本音からもうかがえる。

 特に“焦り”のようなものは、「ドコモ口座」の事件を通じて明らかになった。原因の一端がドコモにあるのは確かだが、一方でそもそもの根本的な原因はWeb口座振替における金融機関側の本人チェックが不十分な点にある。最終的に金融庁の指導が入って、業界全体でセキュリティを強化する方向に向かうことが確認されたが、関係者らの話を聞く限り、被害に遭った地銀側の当事者意識の低さが目立ったという。

 ドコモ口座の件では、「セキュリティに問題がなく取引とサービスの早期再開を望む銀行」と「補償や検証の問題で紛糾し、再開対応に向けた動きが遅れた銀行」の2つに大きく分かれた。

 一連の取材を通じて分かったのは、「資金移動業者と接続するためのWeb口座振替の仕組みは収益源の1つ」「セキュリティの強化は未対応の事業者には負担が大きく、スマホ決済サービスの利用者を減らす要因になり得る」もので、銀行にとって痛し痒(かゆ)しの対応だったこと。また、ゆうちょ銀行の会見で分かったのは、時代の変化にトップが危機意識を持ってはいるものの、必ずしも組織全体がそれに合わせて動けているわけではないことだった。

 こうしたギャップを解消し、時代の変化に合わせて銀行がどう進化していけるのかが見られるのも2021年以降の大きなポイントかもしれない。

 まとめると、キャッシュレスの推進と政府の数々の施策に潜む思惑は「銀行の収益構造を変化させつつ、いかに金融取引を活発化させるか」という、ごく当たり前の視点に沿って実行されていることが分かる。キャッシュレス推進は取引活発化のための施策だが、同時にウィークポイントとして「これまでキャッシュレスをあまり利用してこなかった層をどう取り込むか」という点があらわになりつつある。それを解決するのが「スマホ決済」や「(ミレニアルを対象とした)新しい銀行サービス」であり、今後社会の主役となる若年層を早期に金融システムへと組み込んでいくことにある。

 当面のターゲットは「キャッシュレス決済比率40%達成を掲げる2025年」となるが、同時期に開催される大阪万博に向けては、MaaSなどのスマートモビリティやスマートシティの研究も進んでおり、すべてが25年を目標に動いている形だ。こうした背景を鑑みつつ、21年以降のキャッシュレス業界を俯瞰(ふかん)していると、より面白いものが見えてくるかもしれない。