トヨタ自動車がソフトウェアエンジニアの採用を強化している。キャリア採用に注力して、今後1年間で現在の数百人規模から倍に近いレベルにまで増員する計画だ。将来的にはキャリア採用で入社した社員の比率を、新卒採用と同程度まで引き上げる方針だという。

 採用戦略を転換したきっかけは、豊田章男社長が2018年1月に打ち出した「自動車会社からモビリティ・カンパニーへの変革宣言」。自動車の生産をハードウェアを起点にした方式から、ソフトウェアファーストへと移行させる中で、デジタル人材の確保を急いでいる。

 トヨタ自動車がソフトウェアエンジニアを確保するための戦略や、その背景について、同社人事部人材育成室 採用グループの山口勇気氏と、人事部人材育成室 採用グループ元木洋介氏に話を聞いた。

●「100年に一度の大変革期」に採用戦略を転換

 「モビリティカンパニーへのフルモデルチェンジに向けて」と題した19年12月の豊田章男社長のメッセージが、トヨタ自動車のWebサイトに掲載されている。これまでは自動車産業という確立したビジネスモデルの中で成長を続けてきたものの、技術革新によって車の概念が変わろうとしている中で、ビジネスモデル自体を変えなければならないと決意を述べたものだ。このメッセージの中に、「人づくり」についての一節がある。

 「『モノづくりは人づくりから』トヨタは常にこの考えのもと、人材育成に取り組んできました。100年に一度の大変革の時代、私は改めて、トヨタの『人づくり』にとことんこだわっていきたいと思います」

 この言葉が、採用戦略の転換という形で本格的に具現化され始めている。一つは、20年11月に明らかになった技術系新卒採用での学校推薦の廃止だ。モビリティーサービスの普及に向け、より多様な人材から選ばれる会社に変わるため、22年春以降の新卒採用から学校推薦を廃止した。事務系と同じように自由応募に変えたのだ。

 もう1つが、ソフトウェアエンジニアの採用強化だ。トヨタ自動車は「CASE」(Connected=コネクティッド、Autonomous/Automated=自動化、Shared=シェアリング、Electric=電動化)と呼ばれる車の概念を変える技術革新に対応するために、ソフトバンクとの共同出資会社の設立や、NTTとの業務資本提携などを進めてきた。それだけではなく、20年からはキャリア採用によるソフトウェアエンジニアの確保に大きく舵を切っている。人事部の山口氏は、採用計画を次のように説明する。

 「従来の車の作り方は、ハードウェアを起点に開発して、次にソフトウェアという順番でした。ところが現在では、ソフトウェアの進化のスピードがハードウェアの進化を上回ってきました。さらに、お客さまのニーズが多様化し、車もスマートフォンのアプリのように多様なサービスを提供する必要が出てきたことで、作り方がソフトウェアファーストに変わってきています。

 そのためにソフトフェアエンジニアをはじめとするデジタル人材が必要になっています。正式な人数はお伝えできませんが、現在の数百人規模を今後1年間で倍近いレベルにまで増員する計画です。ただ、現状ではまだまだトヨタにソフトウェアエンジニアの活躍の場があり、人材を求めていることが伝わっていないと反省しています」

●電機メーカーの技術者をターゲットにした求人広告

 トヨタ自動車ではソフトウェアエンジニアのキャリア採用の募集を、20年春から本格的に始めた。山口氏によると、求めている職種は多岐にわたるという。

 「大きく分けて4つの部門で人材が求められています。車のインタフェースやディスプレイの部門で活躍するのはWeb系のエンジニア。状況を認知しデータ処理する部分にはクラウド系などに強いエンジニア、全体のシステムを構築する職場には、システムアーキテクトが不可欠です。操作による指令を制御や出力に変えていく分野には、組み込みを担当するエンジニアが必要で、現在それぞれの部門で求人を出しています。

 各職場からは、基礎を身につけていて、周りに教えることができるような方を求める声が上がっています。プロダクトマネジャーや、プロジェクトマネジャークラスの方ですね。さまざまな部署で満遍なく人材を求めている状況です」

 キャリア採用を強化していることで、人材の幅は広がりつつある。以前は他の自動車会社や、自動車の開発製造を受託するOEMメーカー、それに部品メーカーからの転職が中心だった。現在ではIT系や通信系の企業や、コンサルタントから転身する人もいるという。

 その中でもトヨタ自動車が特に注目しているのが、電機メーカーに勤めるエンジニアだ。17年夏、東京都立川市と神奈川県川崎市を結ぶJR南武線の駅で、トヨタ自動車が出した求人広告が話題になった。駅に張り出されたポスターに、沿線に拠点がある東芝、富士通、NECなど、電機メーカー大手で働く人たちに向けたメッセージが大きく書かれていた。

 『えっ!? あの先端メーカーにお勤めなんですか! それならぜひ弊社にきませんか。』

 『ネットやスマホの会社のエンジニアと、もっといいクルマをつくりたい。』

 『シリコンバレーより、南武線エリアのエンジニアが欲しい。』

 この広告を展開した背景を、人事部人材育成室採用グループリーダーの元木洋介氏は次のように説明する。

 「大手の電機メーカーで部品の製造に携わっているエンジニアは、当社にはないスキルをお持ちです。南武線沿線は自動運転などの領域に必要な人材が集結しているエリアだと考えて、ターゲットを絞って広告を出しました。

 当社にないスキルを持っていれば、活躍する土壌はたくさんあります。入社から数年でチームを引っ張っていく存在になっている人も珍しくありません。ソフトウェアに関するコアの技術を持っていれば、当社では無限の可能性があると考えています」

●キャリア採用を通じて社内の文化を変えたい

 ただ、前述した通り、現状では応募が思うようには増えていないという。その理由を山口氏は、ソフトウェアエンジニアが活躍できる場所があることを、応募者に十分に伝えきれていないのではないかと分析する。

 「当社に対して、ハードウェア中心の会社だというイメージがどうしても抜けきれていない部分はあると思います。また、ソフトウェアエンジニアの方は大多数が首都圏で働いていますので、開発の拠点が愛知県豊田市にあることも、応募が増えない要因になっていると考えられます。

 開発拠点の問題をクリアするために、リモートワークの導入を進めるなど環境整備を進めています。処遇については、キャリア採用は個別に決めさせていただいています。市場価値の高いエンジニアにあわせた処遇とできるよう、人事制度も柔軟に見直しを図っています」

 キャリア採用を増やしていくために、応募者に対して細やかな対応もしている。入社前については、人事担当者が応募者の希望などを確認した上で面接官に展開。面接とは別にカジュアルな面談を実施して、応募者の希望する仕事と、入社後の仕事との間に乖離(かいり)が起きることを防いでいる。

 また、入社後にはメンター制度を用意。キャリア採用の社員にプロパーの社員がついて、個別にフォローをしている。山口氏によると、今後もキャリア入社者へのサポートを強化しながら、キャリア採用の社員比率を高めていくという。

 「現在は全社員に占めるキャリア採用の比率は約3割です。これを将来的には、キャリア採用の比率を新卒と同じ割合になるまで引き上げていく方向です。どちらかといえば当社はこれまで新卒文化でした。キャリア採用の方が増えることによって、謙虚に学ぶ姿勢や、ニュートラルに物事を見る姿勢が、社員にも広がると考えています。キャリア採用を拡大し、入社者の方に活躍いただくことで、社内の文化や風土を変えていきたいと思っています」

●キャリア採用拡大のために情報をオープンに発信

 キャリア採用を強化する一環で、これまでにはなかった取り組みも始めている。それは、ソフトウェアエンジニアを対象としたオンラインイベント「TOYOTA Developers Night」の開催だ。パーソルイノベーションが運営する組織構築支援サービス「TECH PLAY」に登録する会員約16万人を対象に、トヨタ自動車で働くソフトウェアエンジニアが、どのような開発に関わっているのかを自ら情報発信している。

 イベントは20年10月から21年2月にかけて、これまで4回開催し、延べ3600人の参加があった。登壇者からはシステムの開発の状況や、現場の雰囲気が詳細に語られ、反響も大きいという。社内の情報をオープンにする大胆な試みともいえるが、山口氏は「ソフトウェアエンジニアに興味を持ってもらうため」と話す。

 「オンラインイベントの開催は、私たちの取り組みを知ってもらうことが目的です。採用につながるきっかけのようなものですね。今はSNSをはじめ、いろいろな方法で情報を集めることができます。変に隠しても仕方がないですし、むしろ積極的に社内の状況をオープンにしていこうと考えています」

 トヨタ自動車の取り組みを伝える、もう1つの手段が、テレビCMとWeb、それに紙媒体を融合させたオウンドメディアのトヨタイムズだ。豊田章男社長のメッセージがコンテンツの柱になっている。

 トヨタイムズでトップのメッセージを発信し、オンラインイベントで現場で働くソフトウェアエンジニアひとりひとりに光を当てる。山口氏はこの2つの情報発信によって、トヨタ自動車に起きている変化を感じてもらえればと話している。

 「トヨタイムズとオンラインイベントの両方を見ていただければ、当社の今を多面的に知ってもらえるのではないでしょうか。情報発信を通じて、トヨタ自動車の価値観に共感していただくことが、興味を持っていただく入口だと思います。その興味が応募につながって、お客さんを幸せにし、世の中を変えていきたいという高い志を持った方に、お越しいただければと考えています」

(ジャーナリスト田中圭太郎、アイティメディア今野大一)