以前から予告されていた、レベル3の自動運転機能を搭載したホンダ・レジェンドが、いよいよ3月に発売となった。しかし発売を心待ちにしていた高級車好きにとっては、少々期待外れの内容だったかもしれない。というのもレベル3の自動運転が極めて限定的であり、なおかつ販売も極めて限定的だからだ。

 レベル3の自動運転は、一定の条件のもとで、運転者がハンドルから手を離すなどして、システムに運転を任せられるものだ。しかしレジェンドの自動運転が機能するのは高速道路上で、なおかつ時速50キロ以下の渋滞時に限られる。しかも価格は従来のレジェンドの1.5倍となり、リース販売に限られる上に、100台の限定販売だ。

 一般道は歩行者や自転車、その他道路上にはさまざまな障害物が存在するのに対し、高速道路上は交差点もなければ信号もない、非常に限定的な道路という条件だ。しかし今回のレジェンドでは高速道路上でも渋滞時しか対応していない。

 かなり限定的でありながら、ホンダが発売を決めたのには、大きく分けて2つの理由があるように見える。1つはホンダ社内の事情ともいえる。早い話が、相変わらず「世界初」にこだわる呪縛から逃れられていない、というものだ。

 ホンダのモノづくりや製品の年表を見ると、やたらと「世界初」の文字が目に付く。それ自体は技術レベルの高さや独創性を示し素晴らしいが、いつしか「世界初」が目的になってしまい、消えてしまった技術も多い。それは開発リソースを考えると実にもったいないが、それもホンダらしさと諦めるべきなのだろうか。

 そして残る1つの理由は、もっと大きな日本の産業を取り巻く経済全体を見据えた事情、といっていいものだ。

●自動車技術の国際基準化がもたらした功罪

 自動運転に限らず、クルマの技術的な取り組み、保安基準など公道を走るための安全性の確保の国際基準化が進んでいる。それを取り仕切っているのが通称WP29、自動車基準調和世界フォーラムである。

 これは国連欧州経済委員会(UN/ECE)の下部組織にあたり、EUはもちろんのこと日本、米国、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、 中国、韓国などが参加している。また、OICA(国際自動車工業会)、IMMA(国際二輪自動車工業会)、ISO(国際規格協会)、CLEPA(欧州自動車部品工業会)、SAE(自動車技術会)といった非政府機関も参加することで、自動車部品におけるさまざまな規格や技術を国際基準で判断する物差しとして機能している。

 このWP29では排ガス規制や衝突安全基準、灯火類や室内の安全装備など、さまざまなクルマの規格を国際基準化する取り組みを行っている。設立された目的は、自国のクルマを輸出するために各国のクルマの規格を擦り合わせしようというものだ。設立は1952年と古く、日本は 1977年から継続的に参加している。

 当時はオイルショックの後でクルマの販売が落ち込んだ頃であり、日本が輸出に力を入れようとしていたことから、欧州に受け入れられるクルマづくりを目指した姿勢が見てとれる。

 やがて80年代に入るとクルマの品質は軒並み高まり、いよいよ国際的に自動車産業が成熟し始める。日本でも輸入車の販売が上昇し、80年代後半には輸入車にも型式認証が取り入れられ、新規登録時の手続きが簡素化されるようになった。

 その頃はまだクルマに対する規制も厳しくなく、排ガス規制への対応を除けば、各国の規制へ車両を対応させる作業も、それほど大変ではなかった。やがて衝突安全基準や環境性能について、厳格な基準が設けられるようになり、WP29はより国際基準化を効率的に進める組織へと発展していった。

 自動運転に関しては分科会が設けられ、日本は英国とともに議長国として、積極的に取り組んでいる。今回のレベル3の自動運転を世界に先駆けて実現したのも、そうした立場が背景にあることを知れば納得がいくだろう。

 20年6月にWP29で、高速道路上での時速60キロ以下において作動する車線維持機能に限定した自動運転システムが、国際基準として採択された。日本はこれに先立って4月に、公道上での自動運転レベル3が運転の範囲内に収まるよう、道路交通法を改正している。

 つまりレベル3をいち早く法整備して実用化することが、実績作りとして必要だったのではないか。今後も自動運転の国際基準を策定していくにあたって、イニシアチブを握り続けるためには、いち早くレベル3を世に送り出す必要があるという日本側の思惑が見え隠れするのだ。

 欧州でも中国でもそうした活動は行っているだろうし、中国のNEV(無公害車)規制のように国家レベルで規制を敷くことにより、自国産業の発展を促そうという政策は珍しくない。

 自動運転の分野もそうした覇権争いが行われており、日本はまだリーダー的存在だ。自動運転の技術開発の方向性を決めるかじ取りであり続けるために、この段階での成果を世に知らしめるのは、大事なことだったのだ。

 そう考えるとリース販売のみで100台限定、というレジェンドの販売方針にも納得がいく。価格も1100万円と、通常のレジェンドと比べおよそ375万円高いのも、レベル3の開発コストを考えれば安過ぎるといえるものだが、それを一般のドライバーに負担させるわけにもいかないだろう。

 リース販売としたのも、購入後も自動車メーカーの管理下に置いて、常に安全性や信頼性を確認できる体制とするためだと想像できる。つまり今回のレジェンド・ホンダセンシングエリートは、研究機関や関係省庁が実験的に導入する車両という位置付けなのだ。まだまだ市民の足になるほどの商品にはなり得ないのである。

●サービスとエンジニアリング、マニュファクチャリングは分業されるべき?

 かつてトヨタの豊田章男社長が、「トヨタは自動車メーカーからモビリティ・サービス全般を手掛ける会社になる」と宣言したのは、完成車メーカーとしてだけでは、この先のビジネスにおいて最終的にユーザーに選ばれる存在になり続けることはできないという危機感を表したものだ。しかし、すべてを自社でまかなうことにもリスクは存在する。果たして製造業だけでなく、ソフトウェア開発も含むサービスを網羅して提供することが最善の進化なのだろうか。

 先日、半導体メーカーで自動運転用コンピュータでも最先端技術を誇るNVIDIAが、ダイムラーグループと自動運転分野で協業し、クルマの販売後もコネクテッドサービスで得る収益を分配する契約を結んだことが報道された。これは完成車メーカーと半導体メーカーや自動運転ソフトの開発会社が、対等な関係になったことを意味している。今後、単なるサプライヤーと完成車メーカーの関係性から変わっていく可能性を感じさせる。

 自動運転がレベル3からレベル4になると、運転の主権はシステムに移行する。こうなった場合、万が一交通事故が起こった際に、刑事上の責任を誰が負うのかという問題が必ず起きる。車体から自動運転技術まで1社による供給が成されていると、当然完成車メーカーに責任が及ぶことになるだろう。そんな事態を回避するためにも、分業であることが望ましいはずだ。

 完成車メーカーには、モビリティサービスを展開する企業の下請けに甘んじる存在になってしまうのでは、という危機感が存在するのは理解できる。しかし、クルマは家電やスマホとは違う、さまざまなリスクを抱えた機械である。それでもドライバーが最大のリスクを受け入れてきたからビジネスが成り立っていた。しかし、自動運転によって完全に完成車にリスクが集中し、万が一システムに欠陥でもあり被害が生じたら、たちまち存続が危うくなってしまうだろう。

●レベル3は単なる通過点、ドライバーの技術を超えてこそ意味がある

 ところでレベル3の自動運転については、市販しないことを明言している自動車メーカーも存在する。それはレベル3とレベル4の技術的な違いが少ないだけでなく、制度としてのレベル3の危うさを問題視していることもある。

 レベル3の自動運転は、システムに運転の主権があるとしながらも、システムが異常を知らせた時には主権を委譲できるよう、ドライバーは準備しておく必要がある。つまりドライバーに瞬時に運転交代を強いる可能性があるシステムは「果たしてヒトに優しいのか」ということだ。

 いうなればそれは、さっきまで助手席や後席でくつろいでいた人間が、高速道路でいきなり運転を任されるようなものだ。自動運転を望むユーザーは、運転からの解放を望んでいるが、まだまだそれは実現できそうにない。

 ドライバーを助けるというより、共に運転するレベルと考えた方が間違いは少ない。目的地へのルートを確認したり、信号や標識を共に確認したりするような助手に近い存在が、レベル3の自動運転車の運転席に座るドライバーなのだ。

 高速道路の最高速度が時速120キロに引き上げられた現在、高速道路上での自動運転実現をうたうのであれば、時速140キロ程度まで対応しなければ、使い物にならない、と考えるのが普通だ。しかし進路上の障害物を検知するカメラやミリ波レーダー、LiDAR(赤外線レーザーレーダー)といった自動運転の眼は、実はそこまで高速で近付いてくるモノに対応する分解能を持ち合わせていない。

 ACC(アダプティブ・クルーズコントロール)が対応可能なのは、前走車との相対速度がそこまで大きくならないからであり、高速道路上に突如として現れる落下物などには、まだ対応できていないのである。

 そう考えると、レベル4の自動運転は本当に実現可能なのか、と思われる方もいるだろう。ここについては、パーソナルカーとソーシャルカーの自動運転を分けて考えることが必要だ。

 ソーシャルカーにおいては、例えばトヨタは自動運転車の「e-Palette」を、将来のモビリティサービスの基幹としている。レベル5の自動運転車が実用化されれば、無人の貨物トラックやコミュニティバスが街を走り回るようになるのは、自然な流れだ。

 しかしパーソナルカーでは、完全な自動運転の導入は相当に時間がかかるだけでなく、使われ方も限定的になる。前述の運転における刑事上の責任もあり、また幅広い使い方やさまざまなイレギュラーな事態に対応させるには、膨大なデータによる学習でも絶対に不十分なケースが出てくる上に、高度で複雑なシステムになるほど、それを恒久的に安定させることは難しくなるからだ。

 自動運転車は、スマホやPCのように、システムがおかしくなったからと走行中に再起動するわけにはいかないのである。

(高根英幸)