2020年、163人もの新入社員を受け入れた企業がある。B2B SaaS事業を手掛けるSmartHR(東京都港区)だ。コロナ禍で迎え入れた大量の新入社員が、会社になじめるようにどのような工夫をしたのか。新進気鋭のスタートアップ企業のオンボーディングを、人事グループの六原恵氏に話を聞いた。

巨額の資金調達、30億円を採用に投資

 SmartHRが開発・提供する「SmartHR」は、人事や労務管理・手続きを効率化することを目的としたクラウド型ソフトウェアだ。脱「紙・ハンコ」も追い風となり、ローンチから5年後には登録社数が3万を突破した(20年末時点)。13年に渋谷のワンルームマンションからスタートしたSmartHRは、関西、九州、東海へと拠点を拡大し続け、19年中期には海外投資家などから61.5億円もの資金調達を発表。そのうち、30億円を人件費・採用費に投資する方針だ。

 その結果、20年の「163人の新入社員受け入れ」につながるわけだが、大量の新入社員を迎えるに当たって、まず見直したのが人事の役割分担だという。

「一気に採用目標人数が増えたので、まず人事内を“採用人事と組織人事”の2チームに分けました。前者は応募獲得まで、後者は獲得後のフォローをメイン業務としています。今まで、人事では落ちてきた仕事を互いが気を利かせながら拾うということが多かったのですが、誰がどこまで責任を持つのかを明確にしたことで、全体的に効率化できました」(六原氏)

 20年の応募総数は1万人以上。採用人事チームの作業量は相当だっただろう。そこから163人の内定者に対し、入社前後のフォローをする組織人事もまた、例年にはない苦労があったはずだ。どのような対策を用意し、新入社員を迎える準備をしたのだろうか。その一つに、ジャーニーマップの作成があるという。

新入社員の状況、感情を視覚化して把握

 もともとは顧客理解を深めるために用いられる「カスタマージャーニーマップ」だが、組織人事チームはオンボーディングの一環として作成した。

 具体的には、内定承諾から入社初日、1週間後、2カ月後と段階を追って、新入社員がどういう状況にいて、どこを目指してもらうのか――考えられる項目を表に書き出す。それを見ながら、人事がサポートできること、提供できるモノ・体験を検討するのだという。

 ジャーニーマップは、人事で共有し議論しながら、項目を足したり引いたりしてアップデートを重ねている。特に工夫したのが“感情へのフォーカス”だ。

 「ただ課題や目標をまとめるのではなく、そのフェーズで新入社員がどういう感情を抱きやすいのかを検討材料に入れました。入社後は、多くの人が不安を抱えています。また、20年はリモートワークが一気に広まってコミュニケーションが難しい年でした。そういった環境下で新入社員の感情面をあらためて見つめ直せたのは、今後にも生かせる収穫だったと思います」(六原氏)

結構な風速で動くSlack「実況スレ」

 社風・人間関係をキャッチアップしてもらうには、Slackも欠かせない。SmartHRでは、入社前から内定者を社内のSlackに招待しているという。入社に関するお知らせから、配属先となるチームメンバーとのコミュニケーションなど活用は多岐にわたるが、最も使用が活発だというのが「実況スレ」だ。

 現在、新入社員向けのオリエンは全てZoomで行っているが、同時にSlack上に実況用のチャンネルを作っているという。オリエンを見ながら、新入社員が感想や質問を書き込んでいく。「結構な風速でスレが動きます」と六原氏は話す。それこそ入社前から、Slack内のやりとりを見られるようにしている透明性の高い環境が、新入社員の不要な遠慮を取り除くのに一役買っているのではないか、と分析する。

 毎月行われるオリエン後はアンケートの配布・回収を行う。それらの回答は先に述べたジャーニーマップのほか、新たな施策に生かされることもある。「ちょっと肩をたたけば解消できる疑問も、リモートになってから遠慮して溜めがちになってしまっている――という声がありました。そこで、新たに『なんでも質問会』をスタート。今は毎月新入社員が入ってくるので、入社後3週間たったタイミングで定期的に開いています」(六原氏)

100の問題を100人で1問ずつ解くことで得た「自律駆動」

 このように、SmartHRは組織拡大のタイミングでコロナ禍に突入。働き方が大きく変わり、オンボーディングも影響を色濃く受けた。

 検討を重ねて準備をしていたとはいえ、「会社になじめている実感があまりない」という声はまだゼロにならない。今後も対応策を考える必要はありそうだが、六原氏は「そんな中でも大きなトラブルを出すことなく、新旧社員がほぼ半々の組織がまとまっているのは、受け入れ先となる各部署が自律駆動で動いてくれたことが大きいですね」と話す。人事が動く前に、各チームで朝会・夕会を開いたり、その効果を他部署に発信したりといった動きが、頻繁に見られたのだという。

 「自律駆動」とは、SmartHRのバリューにも掲げられている言葉だ。どのような市場で勝負をするか、マネタイズはどうするか、開発の優先順位は、評価制度は……スタートアップ企業は、いつでも問題が山積みだ。全てをトップ一人でカバーするには時間が足りない。試行回数も減り、結果として正答率も低くなるだろう。そのため、社員一人一人が当事者意識を持って課題に当たる“100の問題を100人で1問ずつ解く組織”が、SmartHRの方針として根付いている。

社員一人一人がオーナーシップを持つ

 「社内では、隣の火事に進んで首を突っ込んでいくようなことも日常茶飯事」だと、六原氏は話す。問題を小分けにすることで、個々が自分ごと化して考えるからこそ、SmartHRでは軌道修正や問題定義からの解決スピードがとにかく速い。

 全社会議では、経営陣、管理職だけではなく多くの社員が交互に発言し合い、議論が進められる。もちろん、その様子は入社前の内定者にもZoomやSlackを通して配信された。

 「自分の組織に閉じず、自ら情報を取りにいってほしい」とは、オリエン初日に人事から新入社員へ伝えている言葉だ。21年の採用目標人数は、約200人。4月下旬現在ですでに90人が仲間入りを果たし、今まさに自発的に課題に気付き、発信できる“閉じないカルチャー”に触れている最中だ。社員全員がオーナーシップを発揮できる素地を整えることこそ、企業が躍進するためのオンボーディングには必要なのかもしれない。