『週刊文春』4月22日号で発覚した、8人のフジテレビ女性アナウンサーの“ステマ”疑惑。6月になり該当する女性アナウンサーと、“仲介”したとされる男性アナウンサーは自身のInstagramで謝罪した。だが、それぞれ「報道された件」に関して「不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」という、具体的に何が報道され、何が悪かったのかを明示しない、不明瞭な謝罪となった。

 9人のアナウンサーはそれぞれ、自身の出演している番組も毎日のように放送されている。だが6月15日時点で、番組などを通じた謝罪はない。5月末にフジテレビは「社員就業規則に抵触する行為が認められた」と発表したものの、そもそも社内のルールに違反しているだけなら、公に謝罪する必要はないはずだ。

 皆似通った文章での謝罪だが、「不快な思いをさせたからお詫びする」という文言は、政治家のよく使う定型句で、不快な思いを抱いた視聴者のほうがまずいといった責任転嫁の印象すら与える。

 そもそも何が問題だったのか。そして、フジテレビ以外の企業にもそのような問題が発生する芽はないのか、考えてみたい。

●なぜキー局の中でフジテレビだけ問題が起きたのか

 女優やタレント、インスタグラマーと呼ばれるネット上の有名人が、美容室などのSNS投稿に顔や名前を掲載されている――それだけならよく見る光景かもしれない。ただ、今回の場合、彼女たちがキー局のアナウンサーという、有名人でありながら、1会社員――もっと言ってしまえば、総務省から公共の電波を割り当てられた放送局の局員であることが、問題に大きく作用してくる。

 特に、うち一人はフジテレビの夜のニュース番組のメインキャスターでもある。

 報道と広告。この2つは、距離をおくべきものだ。それゆえ、ニュース番組のキャスターは特定スポンサーのCM出演などを控えるのが基本である。報道番組内での発言が、自分に金銭を支払っている特定の組織への利益誘導になってはいけないからだ。

 そんな中、このキャスターは番組内で“主観が暴走する”傾向も指摘されている。昨年、米国で起きた銃撃事件についてコメントしたことに対し、「差別を助長する発言」だと揶揄(やゆ)する声も一部であがっていた。

 報道番組に携わるキャスターが、美容室とはいえ特定の企業の広告に加担し、その理由が「自分が無料でサービスを受けるため」だったというのは、放送人としての自覚をあらためて問うべき事態だ。ニュース番組ではある種の“主張”をしていたにもかかわらず、日常の個人的欲望が報道に携わる者としての自覚に勝ったと解釈されても仕方がない。

 これは、このキャスター個人だけの問題ではない。2011年入社から20年入社で、現在フジテレビに在籍する計20人の女性アナウンサーのうち、4割にあたる計8人もの女性アナウンサーが該当する行為をしていた。その上、彼女たちを合コンに斡旋(あっせん)していた男性アナウンサーが美容室との“仲介人”だったというのだ。誰も止める者がいなかったから、ここまで放置されたであろうことを考えると「自分たちは得をしてもいい人間だ」という個人的な自覚と、それを止められない風土が同社にはあり、彼女たちのそういった行動を常習化させたのだろう。

 同じように人気女性アナウンサーも抱える他局では問題が起きていないことを考えると、フジテレビのアナウンサーたちが、総務省から有限の電波を割り当てられた放送局から給料をもらっている“公共”の人間としての自覚と、タレントのように扱われる個人としての自覚との線引きができない集団であることが透けて見えてくる。

●宣伝や採用 企業が個人の影響力を頼りにしている部分も

 だが――彼女たちにも同情の余地がないわけではない。

 この数年、SNSで多くのフォロワー数を抱えるいわゆる『インフルエンサー』が、企業からお金をもらい、宣伝を投稿する形の“PR案件”が多く見られるようになっている。投稿が宣伝であることを明示すればそれらはステマにあたらず、インフルエンサーは案件によっては数十万から数百万円の報酬を受け取ることができる。

 それだけ、企業側は個人の影響力に力を感じ、お金を払ってでも乗っかろうとしているのだ。フォロワー数の多さで見れば、フジテレビの女性アナウンサーは、インフルエンサーよりよっぽど“インフルエンサー”である。

 今回、彼女たちが受け取った報酬はゼロとされている。あくまでも既存のサービスを無料にしてもらうサービスを受けてはいるものの、純粋な利益を得ているわけではないのだ。

 ステマ疑惑で名前があがった8人のうち5人は27歳以下であり、中にはミス・キャンパスコンテスト出身者もいる。世代的にも、また自分たちのいた環境をとってみても、自分たちのように多くフォロワーを抱える“インフルエンサー”の投稿が、大きな金銭的な価値を生むことは肌感覚で分かっていたはずだ。写真を掲載していた美容室の料金は、文春の報道によれば2万円~3万円程度である。彼女たちにとってみれば、自分たちの写真や名前を店の宣伝に使われることは、「得をした」どころか「損をした」と感じていても不思議ではない。

 正式に契約を交わすのであれば断るであろう自らには損な話も、サービスを受けた後に「載せていい?」と言われたら無碍(むげ)にできない事情もあるだろう(ちなみにここ数年のミス・キャンパスコンテストでは、ミス候補者たちが企業のPR投稿をすると●万円といったプランが存在している。また、運営する広告研究会が、企業から受け取った報酬を“中抜き”し、候補者には一銭も支払わないことがあるなど問題もはらんでいる)。

 また、他社だけではなく、所属先の企業が個人の影響力を頼りにしている部分もある。近年では番組のキャスティングをする際に、フォロワー数を基準にする場合も多いという。ネット上で影響力の大きい出演者が番組の告知をしてくれれば、それはネットとテレビの架け橋になる。大きく言えば、「テレビ離れ」といわれている若者たちが、テレビをつけるきっかけになる役割を期待されているといっていいだろう。

 アナウンサーは局にとっては、いくらでも宣伝してもらえる自前のインフルエンサーでもある。宣伝してくれるのは、番組の告知だけではない。最近では、企業の採用にSNSを使用するのは当たり前だ。「●●アナウンサーがインスタライブに登場!」といった正式な採用コンテンツまであり、コロナで開きづらくなったリアルでの企業説明会の代替の役割を果たしてもいる。

 宣伝や採用の現場で活用している背景にあるのは、企業が「●●さんのインスタに載っていたから」という影響力の大きさに気付き始めていることだ。そうなると、当のアナウンサーとしては普段は局の宣伝に自分のアカウントを使って“奉仕”しているのに、少しでも得をした瞬間に怒られる……と愚痴の1つでも言いたくなるだろう。

●会社員個人のSNSは所属企業のものか

 ここで、フジテレビに限らず、多くの企業に通じる疑問が浮かぶ。果たして、会社員個人のSNSはどこまで所属企業のものなのだろうか――?

 例えば、実名で投稿している会社員のSNSアカウントにはこう書かれていることが多い。

 ※ツイートは個人の見解です。所属する組織とは一切関係ありません。

 これが通用するのであれば――フジテレビの女性アナウンサーたちの罪は軽減されるはずだ。彼女たちも「美容室のサービスが良かったのは個人の見解です。フジテレビとは一切関係ありません」で通したいのではないだろうか。

 ただ、騒動の反響を見るに、それはまかり通らなかったということだ。しかし、顔を出している女性アナウンサーたちは、個人の見解と所属先の見解を分けることができない一方で、特に有名人でない会社員たちは「※ツイートは個人の見解です。所属する組織とは一切関係ありません」の一言で乗り切ることができるとしたら、それはおかしな話に感じる。

 いくら個人と企業の見解は別、と主張してみたところで、その見解にたどり着くための情報は、その会社の社員であるから得られた情報によって形成されることも少なくない。そもそも「見解」にまで至らず、「うちの会社に有名人の●●が来た」など、社員だから得られた情報を垂れ流しするだけのような投稿もときには散見される。

 Twitterが定着して10年以上の時がたつ。実名を出すことで有名になっていく実例も多く存在するこの時代において、「個人で注目を浴びたい」思いが先走り、その燃料になるのであれば、会社のおかげで得られた情報や特権をフルに注入している人は多い。にもかかわらず「見解は別」と主張し、リスクは避けようとするのはいささか説明足らずで、傲慢な行為にも思える。

 新聞社の社員記者が差別的発言をしたら、その新聞社に責任は一切ないのだろうか? Clubhouse上で、記録が残らないからといって、テレビ局の局員が局名を明かした上で、その立場だから得られたタレントの裏話をしているのは許されるのだろうか? 芸能事務所からしたら、テレビ局員に自社の“商品”の機密情報を漏らされていることにはならないのか。さまざまな疑問が生まれることになる。

●ある旅行会社の対応

 もちろん、メディア企業に限らず、最近では自社でSNS運用のルールを策定するところも多い。例えば、ある旅行会社では、海外や国内を問わず仕事で行った旅行先の写真を個人のSNSに掲載することはNGという規定を設けているという。いろいろな場所に行けるという会社が与えた特権を、個人の利益に結び付けるのはNGという線の引き方だ。

 フジテレビの女性アナウンサーでいえば、局によって不特定多数の人に見てもらえる放送にのること、フジテレビというブランド力を得られること、タレントと共演できることなどが特権といえるだろう。フジテレビのアナウンサーというだけでフォロワー数が伸びるSNSアカウントは、嫌な言い方をすればフジテレビのブランド力を“着服”しているともいえる。では、その“特権の着服”の上に成り立っているアカウントである以上、自由な投稿は許されないのか。

 そして、どこまでが“特権の着服”なのだろうか。今回、問題になったアナウンサーの1人は、学生時代から使用していたInstagramのアカウントを、フジテレビ社員になってもそのまま使用している。その場合「入社日前日までに彼女をフォローしていた人(=フジテレビのブランド力を使用せずに獲得したフォロワー)には自由に影響力を行使していい」という理屈もまかり通る気がするがどうなのか。

 その他の、入社後にフジテレビアナウンサーとしてアカウントを作成した人の場合、そのフォロワ―の何割が「フジテレビアナウンサーである」というブランドに魅力を感じてフォローした人なのか。

 このように、有名企業の会社員が個人でSNSを使用している場合、どこまでが会社のフォロワーで、どこまでが個人のフォロワ―なのか、線引きが難しい。

 しかし、個人のSNSである以上、彼らの多くは全てのフォロワーを自分の力で得られたかのような錯覚をする。ここが問題の起点になる。社員個人のSNSアカウントの権利は、企業に属するものとする――などとしたら、企業をやめる社員も出てくるかもしれない。

●「インフルエンサー採用」を実施する企業も

 企業としても悩ましいところだろう。

 企業としては社員のSNS使用に統制を強めたほうが安心だが、統制を強めれば強めるほど、それぞれのSNSに個性はなくなり、ひいては影響力の低下につながる。

 メディア企業に限らず、最近は社員個人のSNSを、企業自体の認知向上や採用のきっかけにしようとするような動きもある。フォロワーが多い大学生は、それだけで面接の段階を割愛できるような採用制度を実施する企業もあるし、特にベンチャー企業などは、ネット上の有名人を重宝する。

 アイウェアの製造販売を手掛けるOWNDAYS(那覇市)はSNSのフォロワー数が1万人以上の候補者に対し、選考フローを大幅にカットして優先的に最終面接を受けさせる「インフルエンサー採用」を実施した。

 会社の認知度向上のために社員にSNSの利用促進をし、“目標フォロワー数”を定めたり、“バズる投稿”の指導をする企業もあるくらいだ。だが、その塩梅(あんばい)は難しい。

 「500いいね!」で書類選考パスを謳(うた)うサイバー・バズ(東京都渋谷区)では、募集要項に「入社後”インフルエンサー”として活動する社員の募集ではございません」と明記するなど、SNSをうまく使える学生を歓迎する一方、社員としては、その技術を個人の知名度アップに利用されすぎても困るという思考が透けて見える。

 企業側は個人にSNSをうまく利用してもらったほうがプラスも多いが、リスクも大きくなるのだ。

●フジテレビ社長がいう“正しい指導”とは何なのか?

 フジテレビ騒動から社員個人のSNSと会社の関係を考えるとさまざまな疑問が思い浮かぶ。少なくとも、今後、仮にきちんとお金を払っていたとしても、美容室の投稿をするアナウンサーは現れないはずだ。では、美容室投稿はNGだとして、好きなキャラクターをSNSで発信することはNGなのだろうか?

 放送など、形式の定まった場所では知り得なかった個人の趣味・趣向を知ることができるのがSNSの面白い部分でもある。個性の滲(にじ)む場所がSNSだ。統制を強めた先に残るのは、番組告知のみの味気ない投稿たちではないだろうか。

 フジテレビの遠藤龍之介社長は5月の会見で「指導が行き届いていなかったことなどに対して、社としての責任を痛感している」としている。では、“正しい指導”とは何で、それは誰が知っているのだろうか。線引きの難しさに直面しているのはフジテレビだけではないはずだ。(敬称略)

(文化系WEBマガジン『チェリー』編集長、『マスコミ就活革命〜普通の僕らの負けない就活術〜』著者 霜田明寛)