「P&I」(Printing&Information、印刷と情報)の強みを掛け合わせることによって、新しい価値を提供してきた印刷業界大手の大日本印刷(DNP)。同社が、コロナ禍でDX(デジタルトランスフォーメーション)を経営の重要な柱に位置付け、社会課題の解決に取り組もうとしている。

 デジタル時代に入り書店が大幅に減り続ける中、書店や出版社と組んでデジタルとリアルを融合。新たな読書需要の掘り起こしにも注力して成果も出してきている。経済産業省と東京証券取引所が「DX銘柄2020」に選定したDNPの北島義斉社長に、今後の課題を聞いた。

●EVの普及でバッテリーパウチが有望

――「DX銘柄2020」に選定された理由は何だと思いますか。

 P(印刷)とI(情報)というわが社の強みを生かし、モノづくりとITを組み合わせた事業展開によって新しい価値を提供することに注力してきた経緯があります。その際、得意先だけでなく社会の課題を解決するためのDXにも取り組んできたので、その方向性が評価されたのではないでしょうか。

――DXを経営面でどう位置付けられていますか。

 DNPはDXを、“未来のあたりまえ”となるような新たな価値を付加した製品・サービスを届けるための手段と位置付けています。そのために、社内の生産性の向上や基盤の革新とともに、新規ビジネスの創出と既存ビジネスの変革という両面で、DXを進めています。

 新規ビジネスとしては、ヘルスケア、教育などの分野でDXを応用し、当社のビジネスも拡大していけると見込んでいます。既存ビジネスでも、業務プロセスを代行するBPOなどの分野で、AIを使って省力化することや、紙の印刷においてもAIを使った校正、校閲によって効率的な価値を得意先に提供することができました。

――2024年度までの中期経営計画を発表しています。DNPの事業は、情報コミュニケーション、生活・産業、エレクトロニクスを3本柱にしていますが、今後はどの部門を伸ばそうと考えていますか。

 3部門については、いまは、売り上げは情報コミュニケーション部門に、そして利益はエレクトロニクス部門に多少偏っていますが、今後は3分の1ずつくらいの利益を出せる構成にしていきたいと思っています。情報コミュニケーション部門では、従来型の大量印刷は縮小しており、今後もこの傾向が続いていくと思います。

 生活・産業部門では、車やモバイル端末向けのリチウムイオン電池の外装材であるバッテリーパウチを提供していますが、脱炭素の流れの中で、その需要が拡大してきています。また環境に配慮したパッケージも伸びてきているので、生活・産業の構成比率が上がっていくと思います。エレクトロニクス部門では、コロナ禍による巣ごもり需要もあり、ディスプレイ部材や半導体関連製品が安定して需要があります。

――中でもEV(電気自動車)の普及により、バッテリーパウチは有望なようですが。

 EV向けバッテリーパウチの需要が伸びています。フィルムタイプのもので、金属缶製に比べて軽量で、かつ形状の自由度が高いという利点があります。このバッテリーパウチで当社は世界トップシェアです。中国や欧州のバッテリーメーカーに出していまして、3年後には年商1000億円を見込んでいます。これに備えて増産するため、出版用グラビア印刷の工場をバッテリーパウチ工場に転換しました。

●会員数660万人 「honto」ビジネスが好調

――DNPが運営している、丸善ジュンク堂書店、文教堂などのリアル書店、ネット通販、電子書籍が連動したハイブリッド型総合書店「honto」ビジネスが好調のようですが、その要因は何だと思われますか。

 2012年にスタートした「honto」の会員は660万人まで増えました。2019年度は50万人の増加でしたが、2020年度はコロナ禍の巣ごもりで100万人も会員数が伸びています。

 1回目の緊急事態宣言で、都心の書店では、DNPグループの丸善ジュンク堂など一部の書店は閉じましたが、郊外の書店は前年の2割も売り上げが良かったところもありました。このほか、ネットで買って本を読む人、電子書籍を読まれる方も多かったのです。人口減少、少子化により大きく需要が拡大することはないでしょうが、マンガも含めて書籍に対する活字ニーズはまだかなりあると思っています。

 リアルの本屋に来る人、電子書籍を読む人も含めて、どういう人がどういう本を買ったかを「honto」会員の属性データとともに把握できます。この購買データと書店の顧客層データを活用することで、書店にとっても出版社にとってもメリットがある書籍の流通が実現できるのではないでしょうか。売れ筋の本のデータをつかむこともできますし、本屋さんの返品を減らすこともできます。

 このデータの分析は出版計画にも役立つし、どういうタイミングでPRすればよいかなどを知ることもできます。こうした取り組みにより、出版社、取次店も含めて出版界全体の改革に取り組んでいきたいと考えています。

――具体的にはどんなことに取り組んでいきますか?

 需要予測に基づき、出版社に適切な在庫数などを提供すれば、出版社と書店がお互いにウィンウィンになれます。また、在庫の補充が必要な場合は、小ロットで印刷するPOD(プリント・オン・デマンド)で作りすぎも防げます。こうしたことはブック・ライフサイクルマネジメント(BLM)と呼んでいます。こうすることで書店の利益率も改善できるし、書店に一方的に配本する現状の出版流通を変え、生活者に読みたい本を読みたい時に提供できますね。

 最近は初版本でもベストセラーは別にして、3000から5000部ほどしか刷らない傾向が続いています。そのため都心の大型書店にしか配本されない場合もあり、都心と地方では売り上げが違ってきたりもしています。出版界を全体的に効率化していく必要があります。改革の方向性を、データを駆使しながら示していきたいのです。

――著者と読者が一緒に対話ができるオンライン読書会「ペアドク」という取り組みもヒットしているそうですが。

 もともと書店などでリアルイベントとしてやっていたものですが、コロナ禍でオンライン化しました。そうしたらペアドクのコミュニティーの参加者が増えて、コロナ禍前の4倍になりました。30分間本を読んだ後に、読者同士で感想を言ったり、著者も出席して、読者が著者とも直接話し合うことができたりもします。「ペアドク」は読書の輪、習慣、興味の範囲を広げることができるので、本を絡めたイベントを今後も計画していきたいと考えています。

●学習支援プラットフォームで働き方改革

――タブレット学習が導入されるなど、教育のデジタル化が進んでいます。DNPは教育分野にも新たなビジネスを広げようとしていますね。

 小中高校向けの学習支援プラットフォームを「リアテンダント」と呼んでいます。紙・デジタルにかかわらず、学習データの収集、分析、可視化をすることで新たな価値を提供するトータルサービスを実現しました。テストを紙でしか行っていない学校でも、スキャナーで解答を読み込んで採点をしたうえで、子どもがどの問題ができていないかを分析できます。

 採点・集計を効率化することで先生の働き方改革にもつながります。また、分析結果をもとに、子ども一人ひとりにあった指導を行えます。さらに、このシステムを使えば自宅学習と学校をつなぐこともでき、自宅と学校の分断をなくすこともできます。

 このシステムは現在、関西では奈良市の全ての小学校に導入されています。関東でも神奈川県相模原市全ての小中学校と義務教育学校(合計106校)に導入されるなど全国の自治体に広がってきています。

 今後の導入が期待されるデジタル教科書については、当社のグループ会社に教科書会社もあるので、デジタル教科書の作成の手伝いをし、グループ外の教科書会社数社にも学校にデジタル教科書を配信する際のシステムの支援もしています。

――大学向けのデジタル教材サービスも提供しているようですが、どのようなものでしょうか。

 NTT西日本さん、NTT東日本さんが大学に対して高速でデータ通信が行えるクラウドサービスを提供していますが、DNPはこの2社と組んで大学のデジタル化を支援しています。大学もコロナ禍で、教科書会社が先生に教科書の提案もできないなどいろいろと課題がありました。そのため、当社が出版社と組んで教科書をデジタル化して、大学生や大学院生が使える電子教科書配信サービスを展開しています。遠隔教育になっても使えるようなシステムを提供しています。

 兵庫県の武庫川女子大学や、日本電産の永守重信会長が理事長をしている京都先端科学大学などに採用されています。

●「電子図書館」を導入する自治体が急増

――DNPが開発した、図書館に行かなくても本を借りて読める「電子図書館」を導入する自治体が急増しているようですが、何が評価されたのでしょうか。

 コロナ禍で全国の図書館が臨時休館し、来館しなくても貸し出しできる電子図書館の要望が強まりました。電子図書館サービスを採用する自治体がかなり伸びています。これまでは予算がないことを理由に採用されませんでしたが、20年4月以降に138自治体が導入し、累計では203自治体にまで増えています。

 電子図書館サービスの競合はもう1社ありますが、DNPのシェアが高く、グループの図書館流通センター(TRC)と一緒にサービスを提供しています。

――今後注目している新しい事業としてはどのようなものがありますか。

 1つは自動運転を想定した車の運転席に設置する次世代加飾パネルがあります。普通の状態では木目模様のパネルですが、タッチすると速度メーターなどが浮かび上がって見えるパネルです。これまで蓄積したパネル技術に新しいものを取り入れることにより可能になりました。

 このほか、バーチャル技術を活用して地域創生を支援するXRコミュニケーションがあります。XRは、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)といわれる仮想空間をまとめて表現したもので、具体的には北海道札幌市や東京都渋谷区の宮下公園の街づくりなどに使われてきています。その場に行かなくても、PC等の画面を通してその場にいる気持ちになることができます。また、その地域にリアルでも行きたくなるような仕掛けも行っています。

 フランス国立図書館(BnF)の展示では、貴重なコレクションの3Dデジタルデータを活用して、展示作品を持ち上げて普段は見えない角度から作品を見たり、BnFリシュリュー館の歴史的な空間に入り込んだりできます。このほか、池袋のジュンク堂の仮想空間では、実際に本を取って見ることができます。こうした新しい体験を提供するビジネスも期待ができると思います。

●採用面の課題は?

――ITやDXを推進するための技術系人材の採用はどうしていますか。

 現在は新卒採用の約6割は理系です。今年はグループ会社を含めて450人を採用しましたが、IT系を含め理系が多くなっています。また、専門知識を持っている能力の高い人材の中途採用は、従来とは異なる待遇で実施しています。

 DNPが新規に進出しているメディカル・ヘルスケア分野は、製品開発に業界のルールや独自の知見が必要です。一から専門家を育成すると同時に、知見のある人材を採用し、即戦力として活躍してもらいたいと思っています。

――ダイバーシティー推進のため女性管理職の積極的な登用が叫ばれていますが、DNPの現状と方向はどうですか。

 印刷業界は男社会だったのですが、DNPは2000年くらいから女性活躍に本格的に力を入れてきました。この数年、女性の採用比率が増えており、今年の入社では約4割でした。今年度中には女性管理職比率7%を達成したいと思います。

 (経団連が提唱している)女性管理職比率3割にはまだ届きませんが、徐々に増やしていきたいと考えています。今年の株主総会では初めての女性取締役も誕生します。ダイバーシティー&インクルージョン(多様性と包摂)の推進によりわれわれ自体も変わっていかなければ世の中に価値を提供できないと思っています。

――DXを含めて改革を進めてこられましたが、いま最優先で進めたい改革は何でしょうか。

 社長になってから、それぞれの分野の強みを横断的に掛け合わせる“オールDNP”を推進することで、よりDNPの強みを発揮できると社員に伝えています。

 これまでは、それぞれの分野に特化する傾向がありましたが、例えば従来の製品・サービスにAIを使ったり、エレクトロニクスを掛け合わせたりするなど、ヨコのつながりを重視していきたいと考えています。そういう取り組みがしやすいように人事制度も整備してきました。

 具体的には週1日はほかの部署で働く“社内複業制度”なども作りました。社内で学び合いができ、他部署と連携して働くことでより力を出せるようにしていきたいと考えています。そのためにも従来型の組織風土の改革を、今まで以上に進めていく必要があります。チームで力を出したことを評価し、何を言っても許される心理的安全性のある社内風土に変えていく取組みも進めています。

 部門をまたいだ異動も増やしていて、この数年は幹部クラスの入れ替えもしています。全社員の力を発揮できるように組織風土を改革していけば、成果も出やすいと見ています。

――連結で3万7000人を超える組織のリーダーとして日ごろから心掛けていることは何ですか。

 組織間の隔たりなく評価することを大切にしています。いまはコロナ禍でなかなか行けなくなりましたが、工場や事業所に行って、現場の声を積極的に聞いて経営に生かしていきたいと思っています。

●紙中心の印刷事業から方向転換できるか

 以上が北島社長へのインタビュー内容だ。インタビューする前はDNPの主たるビジネスが何なのかよく見えなかったが、北島社長の話を聞くとデジタル、脱炭素化を先取りして新規ビジネスに積極的に取り組んでいる会社という印象を持った。

 コロナ禍で伸びた新規事業もあるが、コロナがなくても拡大した事業もある。富士フイルムがこれまでのフィルム事業からデジタル、医療分野に大きく舵を切って社業が発展したように、DNPも従来の紙中心の印刷事業から思い切って方向転換しようとしている。横連携した人事などの社内改革が、新規ビジネスの花を咲かせることになるのかどうか注視したい。

(中西享、アイティメディア今野大一)