サントリー食品インターナショナルのミネラルウオーター「天然水」が売れに売れている。今年30歳になる同商品の売り上げをみると、基本右肩上がり。ミネラルウオーター市場もこの30年で約34倍も拡大しているわけだが、発売当初、消費者からこのような声が多かったことを覚えているだろうか。

 「家で飲める水を買うの? もったいないでしょ」――。

 筆者は炭酸飲料が苦手なので、子どものころは自販機を目の前にしても選択肢が少なかった。コーヒーかオレンジジュースである。コーラやファンタをゴクゴク飲んでいる同級生を横目で見ながら缶コーヒーを飲んでいたわけだが、お茶が販売されたときは「イノベーター」(新しい商品やサービスなどを早い段階で受け入れる層のことで、市場全体の2.5%)であったと思う。

 それまでの2択から選択肢が一つ増えたので、早速購入して「ゴクゴク」と飲んでいると、同級生から「家で飲めるお茶を買うの? もったいないでしょ」と言われた記憶があるわけだが、ミネラルウオーターでも同じような現象が読者の周囲でも起きていたのではないだろうか。「水道水を買うなんて、あり得ない」と。

 では、ここで質問である。国内の清涼飲料水で最も売れているブランドは何か? と聞かれたら何と答えるか。「うーん、缶コーヒーのジョージアかな」「いやいやいや、お〜いお茶でしょ」など、さまざまな商品を思い浮かべるかもしれないが、飲料総研の調査によると、2018年から3年連続で「天然水」が首位をキープしているのだ。20年の販売数量は1億1290万ケースで、このままのペースでいけば数年後に1億2000万ケースを突破する勢いである。

 ちなみに、10年ほど前はどうだったのか。10年時点の販売数量は5000万ケースで、清涼飲料水の中で6位。当時、上位にランクインしていたのはコーヒー、お茶、コーラだったが、18年に天然水が首位に躍り出たのだ。その背景として、ミネラルウオーターの消費量が増えたから、健康意識が高まったから、ブランドの価値が向上したからなどが挙げられると思うが、筆者が注目しているのはソコではない。では、どこに興味があるのかというと……。

●ブランドを「サントリー天然水」に統一

 20年11月に、ちょっとした出来事があった。それまでの天然水は「南アルプス」「奥大山」「阿蘇」の商品があったが、4番目の水源地「北アルプス」を展開するにあたって、ブランドを「サントリー天然水」に統一したのだ。ただ、ラベルには「南アルプス」などと書かれていて、それぞれ山のデザインも違う。

 「北アルプスを発売したことは、どこかで聞いたことがあるなあ。確か長野県に大きな工場を造ったはず。で、新工場のことを紹介してくれるの?」と想像されたかもしれないが、そうではない。ブランド統一に合わせて、JANコードも統一したのだ。筆者が注目しているのは、コレである。

 「……はあ? なにそれ? 要はバーコードのことでしょ。それのどこがニュースなの?」と思われて、本コラムを離脱しようとしている読者もいるかもしれないが、統一した背景などをご紹介するので、もうしばらくお付き合いいただきたい。

 JANコードは見たことはあっても、どういったことに使われているのかご存じない人もいるかもしれないので、簡単に説明しよう。スーパーやコンビニなどで商品を購入するとき、店員さんがレジに付いているバーコードリーダーでJANコードを読み取っているが、このとき売り上げを管理しているだけではなく、在庫も管理しているのだ。そのデータを見た、店舗の担当者は「ミネラルウオーターが3本しかないのか。じゃあ、20本追加するか」といった感じで、商品の仕入れ管理も行っている。

 もし、商品AとBがあって、そのJANコードが同じであれば、どういった事態が起きるのか。仕入れをするとき、担当者は商品のJANコードを使って発注するので、同じコードであれば、商品Aを手にしたいのに商品Bが届くかもしれないのだ。もちろん、その逆もあり得るわけである。というわけで、同じコードにすると大混乱が起きてしまうので、1つの商品に対して、JANコードは1つ。これは大原則である。

 にもかかわらず、なぜ天然水はJANコードを統一したのだろうか?

●JANコードがネックに

 冒頭でも申し上げたが、ミネラルウオーター市場は拡大している。多くの人にとって「水は買うもの」として定着し、日常行為の一つになっている。スーパーやコンビニの棚には当たり前のように、さまざまなブランドが並んでいるわけだが、自然災害が起きたときにはどのような状況に陥るのだろうか。

 天然水の数字(出荷)をみると、顕著である。東日本大震災のとき、前年の発生月と比べ146%も出荷していたのだ。熊本地震のときは同130%、大阪北部地震のときは同118%、19年の大型台風19号のときは同114%――。

 このような数字を目にした、同社の担当部署は「自然災害時でも天然水を安定的に供給しなければいけない」と思ったそうだが、ネックになっていたことがあったのだ。勘のスルドイ読者であれば、もうお分かりだろう。JANコードである。

 以前の天然水は、他の商品と同様に商品ごとにJANコードがあった。また、エリアに応じて、商品を展開している(これはいまも同じ)。南アルプスは東日本、奥大山は近畿、中国、四国、阿蘇は九州といった具合である。

 エリアによって店頭に並んでいる商品が違うので、例えば、岐阜県では南アルプスを販売しているのに、お隣の滋賀県では奥大山といった感じである。ということは、岐阜のスーパーでは基本的に南アルプスのJANコードを登録しているので、滋賀や京都の店頭で並んでいる奥大山を注文することができないのだ。

 「えっ、そうなの? 奥大山の商品を販売したいなあと思えば、奥大山のJANコードを使えばすぐに発注できるのでは」と思われたかもしれない。しかし、話はそれほど単純ではない。筆者も「ちょっと入力すれば終わりでしょ」と思っていたが、その商品をどこの卸で購入すればいいのかなど、やらなければいけないことがたくさんあるそうなのだ。店の規模によっても違うが、JANコードを変えて新たな商品を注文するのに、7日〜10日ほどかかると言われている。

 自然災害が起きたとき、水はすぐにでも手にほしい。できれば、全国から集めたい。いや、少なくとも近隣から手に入れることはできないのか。と思っていても、前述したような仕組みによって、発注してから店頭に並ぶまでどうしても時間がかかってしまうのだ。

 同社が調査を行ったところ、「ミネラルウオーターは生活必需品だと思う(ややを含む)」と答えたのは57.6%と半数を超えた。そして、天然水は売れている。こうした背景を考えて、ブランド開発部門の平岡雅文さんは「(天然水は)社会インフラの一つともいえる商品になりつつあります。何かが起きたときに、『商品がありません』はできるだけ避けなければいけないので、業界の常識では考えられないJANコード統一に踏み切りました」と話していた。

●“役立つ日”は来てほしくない

 ちなみに、統一したJANコードは、南アルプスで使っていたものである。というわけで、東日本の店舗では新たな作業はなかったが、その他のエリアの店舗では登録などの手間が発生した。同じ商品にもかかわらず、「明日からJANコードを変えてね」といった作業は、多くの人が初めてのことである。といったこともあって、サントリーの担当者は現場に足を運んで、「すみません。お手数ですが、よろしくお願いします」などと言って、説得に回ったそうだ。

 ほとんどの消費者はJANコードをじーっと見ることはないと思うが、統一した裏側には社会情勢に対応するための物語があったのだ。しかし、である。「備えあれば憂いなし」ではあるものの、“役立つ日”は来てほしくない。

(土肥義則)