カーライフにおける話題として相変わらず多いのが、誤った種類の燃料を入れてしまう誤給油だ。セルフ給油式のガソリンスタンドが圧倒的になってから随分と経過しているにもかかわらず、である。

 JAFの調査によれば、全国で1カ月に300件前後も、誤給油による相談が寄せられるそうだ。ガソリンスタンドの現場で対応できているモノを含めれば、実際には誤給油はその何倍かになる可能性がある。

 誤給油の原因は、レンタカーや旅先など、給油環境がいつもと違うこともあるだろう。クルマを買い替えたばかりだったり、うっかりミスだったりと、理由は人それぞれであろう。

 ガソリン車に軽油を入れて走行してしまうと不完全燃焼が起こり、燃料系や排気系を洗浄するなどの対応が必要になる。ディーゼル車にガソリンを入れてしまった場合は、もっと深刻だ。ガソリンは軽油と比べて潤滑性がないので、軽油によって潤滑されている燃料ポンプやインジェクターがダメージを受ける。

 しかしレギュラーガソリン仕様車にハイオクガソリンを入れてしまったり、ハイオク仕様車にレギュラーを給油してしまったりした場合は、まったくダメージはない。むしろレギュラー仕様にハイオクを入れると、カーボンの堆積によって圧縮比が上昇してしまっているエンジンにとっては、ノッキングの心配もなく、エンジン内部のカーボンやデポジット(未燃焼ガスの堆積物)を分解、清浄してくれる。

 では、どうしてガソリンにはハイオクとレギュラーが用意されているのか、ごぞん知だろうか?

●高性能ガソリンの由来はターボと同じ

 クルマが生まれたばかりの頃の初期のガソリンは、低品質でもとの原油の性質にも影響を受けていた。圧力を下げた釜の中で原油を熱して、特定の沸点の成分に分離して精製する減圧蒸留というシンプルな製法は、基本的には現在も変わらない。それでも、その管理方法やその後の精製、重質油からのハイオクガソリンの改質や分解といった精度やブレンド技術は、今のように確立されてはいなかったようだ。

 19世紀終わりにクルマが誕生すると、瞬く間にエンジンが複雑化し、ボディも大型化していくことになり、1910年代には早くも、ガソリンの品質を高める必要に迫られることになる。

 さらに燃料に対する要求が急速に高まる事態が起こる。第一次世界大戦である。戦闘機の性能を向上させるため、エンジンを高度にチューニングする必要があり、それには高品質なガソリンが不可欠となったのだ。

 当時からレシプロエンジンの熱効率を高めるには、圧縮比を高めて燃焼圧力を大きくすることが考えられていた。しかし低品質なガソリンでは、圧縮比を高めると狙っていたタイミングより早く燃焼が起きてしまうノッキングが起こってしまい、エンジンを破壊する原因になってしまう。

 こうした理由で高性能なガソリンは軍事利用のために瞬く間に開発された。しかしコストを度外視した軍事用とは異なり、民生用である自動車用のガソリンにはそれほどコストを掛けられない。そのためオイルメジャーと米国ビッグスリーは安価にガソリンのオクタン価を向上させて、エンジンのノッキングを防ぐ方法を生み出した。それが有鉛ハイオクである。

 ちなみに第二次世界大戦では、高高度での飛行を可能にするために爆撃機のエンジンに過給器を組み付けることが考案された。これが現在、クルマで使われるターボチャージャーのルーツだ。

 カーナビのGPSやコンピュータも然り。工業製品の高度な技術は、まず軍事利用のために開発され、技術の公開やコスト低減を経て民生化されるのが定石だったのだ。

●れい明期のハイオクガソリンから無鉛ハイオクへ

 ハイオクガソリンの登場によって、エンジンの性能は向上した。今のように点火時期や燃料の噴射時期を緻密にコントロールできるようになるまでは、燃えやすいレギュラーガソリンではノッキングの発生を抑えることが難しかったことから、負荷の大きなクルマ、大排気量の高出力モデルにはハイオクガソリンが必須となった。

 欧米ではハイオクガソリンとレギュラーガソリンが早くから用意されていたが、日本では50年代に入るまでハイオクは国内では製造されていなかった。日本車でハイオクガソリンを必要とする車種は存在しなかったからだが、当時は欧米からの輸入車も多く、輸入されたハイオクガソリンは都市部のガソリンスタンドに置かれている程度だったようだ。

 日本で国産初のハイオクガソリン「アポロガソリン」が出光興産から発売されたのは、52年のことだ。つまり、それまでハイオクガソリンは輸入品の高級品であり、もっといえば当時はガソリンスタンドの数も非常に限られていた。

 やがて高度成長期を迎え、70年代に入る頃には日本車でも山道など負荷の高い地域を走破するためにハイオクガソリンを用いることが石油元売りのPRなどによって普及する。この頃から、石油元売り各社は高利益商品としてのハイオクガソリンの販売に力を入れてきた。

 ただし前述のように、当時は有鉛ガソリン、すなわちガソリンにテトラエチル鉛などのアルキル鉛をごく微量だが添加していた。人体にとって鉛は有害物質、それも猛毒である。しかし自動車業界や石油業界は、長い間この事実を明らかにしてこなかった。ハイオクガソリンの無鉛化はオイルショック以降に徐々に始まり、80年代後半になってようやく完全無鉛化が達成された。

 このように非常に長い時間が掛かってガソリンは品質を向上させてきたのである。90年代には無鉛ハイオクを元売り各社がこぞってブランド化して、モータースポーツにも積極的にスポンサーとして参加して高性能なイメージを定着させていった。

 90年代のターボ車ブームを支えたのは、そうした無鉛ハイオクガソリンだった。当初は輸入車のために必要とされたハイオクガソリンは、無鉛化によって排ガス規制をクリアしつつも高性能化を追求する日本の自動車メーカーにとって、エンジン性能を追求できる格好の材料になったのである。

 高性能車でも純正指定はレギュラーのままであったものの、ハイオクガソリンを入れることで軽微なノッキングを解消してエンジンの性能を安心して楽しめることから、クルマ好きを中心にハイオクガソリンを選択する風潮が生まれた。そして、それを下地に自動車メーカーもハイオクガソリン仕様のスポーツエンジンを搭載した市販車を作り出すようになるのだ。

 当初は輸入車のためだったハイオクガソリンが、クルマ好きに支持されて国産車にも使われるようになり、やがて無鉛ハイオクガソリンが全国に普及したことから、今度は自動車メーカーがその環境を利用したのである。その一方で、全体としては割安なレギュラーガソリンを支持するユーザーが圧倒的であるのは揺るがなかった。こうしてガソリンは、その存在意義を変化させながらハイオクとレギュラーの2商品が併売されることを続けてきたのだった。

●元売りの統合とスタンド減少へ、そしてこれから

 90年代の華やかな時代から徐々に石油業界は縮小、統合と業界再編の波に飲み込まれていった。90年代に合併により11ブランドへと統合されたガソリンスタンドのブランドは、その後も統合が続き、今や6ブランド(元売りは5社)にまで減少した。小売りに関してはさらに深刻で、全国のガソリンスタンド拠点数の減少ぶりは凄まじい。ピークは95年3月の6万421軒だが、四半世紀を経て今や3万軒を割り込んでしまっている。

 このところ登場するコンパクトカークラスのハイブリッド車は、実燃費で1リットル当たり30キロを記録することが珍しくないほど、驚異的に燃費性能を高めている。また2030年にはEVやFCVの販売比率が増えていることもあり、これからの10年で、ガソリンの消費量は大きく減少することは間違いない。

 今よりもガソリンの消費量が減っても、あまりにガソリンスタンドの拠点数が減ってしまってはユーザーの利便性に大きな支障が出る。すでに高速道路でも給油ペースを考慮しないと危険なルートもあり、過疎地では自治体などがガソリンスタンドの存続に投資するところも出始めている。

 だが、こうした流れに昨今の電動化が、あるタイミングで変化を起こす可能性がある。消防法の関係から、現在はガソリンスタンド内には充電スタンドは設置できないが、近い将来ガソリンスタンドにも充電スタンドが併設されるからだ。

 その根拠は石油元売りの出光興産がこれからのガソリンスタンドのあり方として、カーシェアリングの拠点やMaaSの拠点、さらにはヘルスケアサービスや家庭用ロボットのメンテナンスなどクルマ以外のサービス分野まで広げることを目指しているからだ。

 となればこれまでよりもむしろ店舗は大型化していく可能性がある。充電スタンドではクルマの滞在時間はエンジン車よりも増えることになるし、その待ち時間を有効に使ってもらう仕組みも必要だろう。

 拠点数としてはまだ減少傾向が続くのは避けられないだろうが、小規模な充電スタンドだけでなく、洗車やメンテナンスを受けられ、さらにクルマ以外のサービスも統合された充実した店舗へと成長する可能性が出てきたのだ。

 そして販売する燃料にも、変化が起こるだろう。あと10年以内にバイオ燃料が実用化されれば、環境問題も大幅に改善される可能性が見えてくる。

 これまで激しい価格競争にもまれてきたため、安価なレギュラーガソリンは必要で、高利益(といってもリッター当たりの利益は10円前後であり、一般的な高利益商品と比べれば単価では超薄利多売だ)なハイオクガソリンとの併売を余儀なくされてきた。しかし販売量の減少と高コスト化により、ガソリン2商品を併売する必要性は薄れることになり、ハイオクガソリンとレギュラーガソリンの区別は無くなるだろう。そうなれば誤給油の問題も解消される。

 そもそも石油を分解して取り出した際にガソリンや軽油ができることが、エンジンの多様化を生み出した理由でもある。バイオ燃料一択となれば、エンジンは1種類の燃料に対応した方がいい。

 バイオ燃料以外にも合成燃料という選択肢もあると思っている人も多いかもしれないが、二酸化炭素と水素から液体燃料を合成するのは、コストが掛かり過ぎる上に、膨大な電力を消費する。それであれば水素や電力をそのままクルマに使った方がいいというのが筆者の考えだ。

 近い将来ガソリンスタンドは、微細藻類が作る油から作るバイオ燃料と電気、そして水素を供給する、総合エネルギーステーションに進化する。そうなったら、もうガソリンはハイオク/レギュラーなどという時代ではなくなる、ということだ。

(高根英幸)