駅構内の遊休空間で興味深い事例がある。京阪電鉄の中之島線「なにわ橋」の改札外コンコース「アートエリアB1」だ。地下1階だから「B1」。京阪電鉄、大阪大学、NPO法人ダンスボックスが共同で運営している。面積は440平方メートル、天井高3.5メートル。改札口の隣。もちろん駅から徒歩0分。

 コンビニに絶好の立地だし、将来はそうなるかもしれないけれども、京阪電鉄は開放した。大阪の中心部にアーチストや学識経験者が集う、なにやら面白そうな場所ができた。多才な人々が集まり、新しいコトが起こるかもしれない。

 「まだまだ利用者も少ないし、せっかくだから芸術の場として活用しよう」という事業だ。「利用者が少ないから」は自虐的だけど、将来は増える見込みがあるからいえる。

 現実としてなにわ橋駅と中之島線の利用者数は少ない。2008年の開業時は通勤特急、快速急行も発着するなど、気合いの入ったダイヤだった。しかし1日当たり7万2000人を見込んだ利用者数は、開業初年は約2万6000人、以降、少し増えたとはいえ3万人前後だ。

 11年に日中の快速急行と区間急行が廃止され、13年には準急の多くが普通(各駅停車)となった。現在の中之島駅の時刻表は、朝夕に区間急行と準急があり、夕方に1本だけ快速急行があるほかはすべて普通列車だ。すべて中之島線内は各駅に停車する。

 しかし終点の中之島駅には「なにわ筋線」の駅ができる。JRと南海電鉄が共同運行する路線だ。京阪電鉄沿線の人々が関西国際空港に行く場合は中之島線のほうが便利になる。なにわ筋線は31年に開業予定だから、あと10年の辛抱だ。その間に中之島の再開発も進展するだろう。

 長期的には延伸構想もある。中之島から西九条へ、さらにその先、新桜島へ。これは04年に近畿地方交通審議会の答申第8号で示された。もうひとつの案として、九条駅から大阪市営地下鉄(現・大阪メトロ)中央線や、阪神電鉄と相互直通運転も構想もあるようだ。もっとも、直通運転構想は京阪電鉄社長の談話という形で報道されており、どこまでホンキか分からない。しかし、実現したら便利になりそうだ。

 中之島線の建設には2つの意図があった。中之島再開発と京阪電鉄ターミナル機能の分散だ。この路線は上下分離の枠組みで作られた。建設及び保有者は第三セクターの中之島高速鉄道、運営事業者は京阪電鉄である。利用者は京阪電鉄の路線と認識しているはずだ。中之島高速鉄道は、大阪市と京阪電鉄が3分の1ずつ出資し、大阪府が6分の1を出資。残り6分の1を銀行など民間企業57社が出資している。大阪経済界の期待のほどがうかがえる。

●隠れた一等地、中之島の再生は「なにわ筋線」から

 中之島の開発は江戸時代にさかのぼる。材木商の淀屋が中之島で米市を設立し、米の価格について公正な統一基準を作った。これで米の品質が保証され、米の実物を見なくても米の手形取引ができるようになった。手形を持って所有者の蔵へ行けば米と交換できる。

 米相場が生まれ、世界で初めて先物取引というビジネスが生まれた。米市の周囲に全国の藩の蔵が建ったという。中之島は「商都・大阪」の中心的な役割を持っていた。大阪域内の水運と大阪湾の接点でもあり、明治時代は「水の都」とも呼ばれていた。

 明治以降、中之島の各藩の蔵は公有地へ、または払い下げられて、大阪市庁舎、金融機関、中央公会堂、新聞社、倉庫会社などが設立された。行政と金融と文化の島。しかし、中之島の北側に官営鉄道の大阪駅ができた。これに対抗して渋沢栄一らが中之島の南東側に京阪電気鉄道を設立する。

 天満橋と京都の五条駅を結ぶ電鉄が開通し、人と貨物輸送が船から鉄道に変わる。鉄道のない中之島は不便な島になってしまった。高度成長期には公害汚染で中之島周囲の水質が下がる。この当たりから中之島の停滞が始まったようだ。

 大阪市としては、かつての商業中心地を再生したい。両岸に合計24本の橋が架かり、周辺の地下鉄駅からは徒歩10分圏内だけど、中之島に鉄道が通ればもっと便利だろう。そこで1980年代に「なにわ筋線」構想が立ち上がった。新大阪〜梅田〜中之島〜難波だ。御堂筋線の混雑解消の目的もあった。なにわ筋線は現在、大阪(北梅田)〜中之島〜JR難波・南海電鉄新今宮駅を結ぶルートが確定し工事準備に入った。

●京阪電鉄の事情と勝算

 京阪電鉄の起点は「淀屋橋駅」だ。かつて中之島で米市を開いた淀屋が、中之島振興のためにかけた橋にちなむ。ただし、淀屋橋延伸は1963年(昭和38年)だ。京阪電鉄は半世紀を経て、商業の中心地延伸の悲願を達成した。

 京阪電鉄淀屋橋駅は便利なターミナルだ。地下鉄御堂筋線に乗り換えればキタにもミナミにも行ける。これは京阪電鉄沿線全体の価値を上げた。沿線人口が増え、通勤客が増える。複々線化を推進し列車を増やした。そこに新たな問題が生まれた。淀屋橋駅が手狭になった。複々線化でもっと列車を増やせるはずだけど、淀屋橋駅のプラットホームが足りない。

 京阪電鉄淀屋橋駅は珍しい構造だ。プラットホームは1本だけ。線路は3本で、4つの乗り場を持つ。1番線と4番線は1本で、プラットホームの前後に電車が縦列駐車する。2番線はプラットホームを切り欠いた所にある。3番線は4番線の向かい側だ。つまり、実質的には3番線で、奥の4番線を使うには3番線を開ける必要がある。

 ちなみに阪急電鉄梅田駅は3路線で9番線、1路線につき3番線まである。阪神梅田駅は4番線まで。近鉄の大阪上本町は地上と地下を合わせてプラットホーム9面で線路8本を擁する。

 京阪電鉄は淀屋橋駅の構造を駆使して列車を増発したけれども、実質的には3本の乗り場で4番線は蔵出しになる。列車が折り返すとポイントをふさぐから、どうしても運行間隔は詰め切れない。さらに困ったことに、混雑が続けば将来は最大8両編成を10両編成にしたい。

 ただし、淀屋橋駅は切り欠いた2番線が最大7両分の長さ。1、3、4番の乗り場は8両編成だ。10両編成を導入するなら、淀屋橋駅の3番線を2両長くすると、2番線は使えない。1番線と4番線の共用は廃止して1番線のみ。つまり、線路2本プラットホーム1面になってしまう。

 その時のために淀屋橋駅を拡幅したいところだけれども、地下駅の拡幅はほかの建物の基礎や配管など埋設物が多く難しい。大手私鉄の中には、ターミナル手前の駅から地下鉄と相互直通運転を実施して列車を分散させている。しかし京阪電鉄には相手となる地下鉄がなかった。

 そこで、天満橋から分離する新線を建設し、もうひとつのターミナルを作れば列車を分散できる。ここで京阪電鉄は、なにわ筋線計画の中之島駅に注目した。中之島まで線路を作れば、淀屋橋駅で御堂筋線に連絡したように、中之島駅でなにわ筋線に連絡できる。

 大阪市と京阪電鉄の利点が一致し、中之島線が上下分離式により建設された。

●鉄道芸術祭の開催地「なにわ橋駅」

 なにわ橋駅コンコースの「アートエリアB1」では、10年から「鉄道芸術祭」が開催されている。正確には10年はプレイベント(vol.0)で、11年に第1回。以降、「鉄道にまつわる技術や、文化や歴史、移動風景を眺める旅の楽しみなど、鉄道のさまざまな特性に着目したアートプロジェクト」として毎年秋から冬にかけて開催されている。

 第1回はドイツ在住の空間芸術家・西野達氏、漫画家のしりあがり寿氏と横山裕一氏、ダンサーの伊藤キム氏とジェコ・シオンボ氏、ホーメイ歌手の山川冬樹氏などが参加。第3回は海洋堂の代表取締役・宮脇修一氏と落語家の桂南光氏、浪曲師の春野恵子氏などが登壇。

 第6回は京阪電車を貸し切ってクラブイベントを実施。第8回はゲーム『アクアノートの休日』『巨人のドシン』で知られるクリエイターで、現在は立命館大学教授の飯田和敏氏が、展示ゲーム作品『水没オシマイ都市』を制作した。

 鉄道と芸術といえば、文学、音楽、演劇、映画、近年は落語やコミックなどが連想される。しかし「鉄道芸術祭」の過去の内容を見ると、これらを踏まえた上で、ダンスやクラブカルチャー、建築、理論物理学、都市計画、ゲーム、医学など多岐に渡る。

 21年は11年目に当たるる。20年から21年にかけて開催中の第10回の2年目だ。テーマは「鉄道と経済」。ただし学問、ビジネスではなく、このテーマを芸術に取り込んでいく。主演アーチストはダンスパフォーマンス「コンタクトゴンゾ」と建築家ユニット「dot architects」がタッグを組む。映画『ギャラクティック運輸の初仕事』を制作している。昨年は企画展などを実施し、今年は上映会になるようだ。

 実は、筆者も9月16日に「アートエリアB1」に招かれて、プレ企画トークイベント「リアルとフィクションから語る駅・鉄道の新たな魅力」に参加させていただいた。鉄道をテーマとする芸術家のみなさんのヒントになりそうな話として、鉄道を扱ったゲーム『A列車で行こう』を題材に「駅とはなにか、鉄道ファンは駅のなにをおもしろいと思っているか、鉄道が無くても駅は成り立つか」というお話をさせていただいた。

 その前月、8月19日は産業能率大学教授の加藤肇氏が「収益装置としての駅の進化と今後の方向性」としてエキナカ商業施設などについて語った。7月27日には立教大学経済学部名誉教授の老川慶喜氏が「日本鉄道史のなかの渋沢栄一」として日本の鉄道と経済の歴史を紹介した。こうした刺激を受けて、アーチストがどんな映画を作るか、とても楽しみだ。

 鉄道芸術祭は鉄道ファン向けというより、鉄道の魅力を多方面から発掘する試み。良い意味でぶっ飛んでる。しかし根底にあるテーマは「駅とはなにか、どうあるべきか」であるように見受けられた。その歴史は中之島に駅ができる計画とともにはじまり、中之島線各駅への問いかけでもある。

 中之島線と「なにわ橋駅」は「現役の駅でありながら未完成」。生まれ変わる中之島にあって、都市が見失いがちな「文化・芸術」のくさびを打ち続ける。10年後になにわ筋線が開業し、中之島一帯が大阪の一等地に返り咲く。そのとき「アートエリアB1」はどうなるだろう。解散して商業テナントが入るか、都市の芸術の発信地として存続し続けるか。京阪電鉄の好感度を上げるなら後者を選ぶべきだろう。

(杉山淳一)