パナソニックは10月1日、9月末で1000人以上の従業員が早期退職制度を利用して退職したことを発表した。6月にCEOに就任した楠見雄規氏の会見では、「会社が目指す姿を明確に発信していれば、期待していた人まで退職することにはならなかった」と説明したことが話題となった。

●「給与下がるか、辞めるか」究極の選択

 パナソニックにおける早期退職実施の背景としては、コロナ禍によって業績が大きく後退したことにある。ソニーや日立が1兆円以上の最高益を更新する傍らで、パナソニックは25年ぶりの売上高7兆円割れとなり、営業利益も2580億円程度と2期連続の減益となった。

 実は、現在はパナソニック特別顧問の中村邦夫氏が社長を務めていた2000年代のパナソニックでも、1万3000人に上る大規模なリストラが敢行されている。今回の早期退職のスタンス自体は、リストラではなく「特別キャリアデザインプログラムである」と強調し、早期退職の募集については事業の専鋭化や組織改革に伴って給与が下がる人が出てくるため“選択肢を示した”としている。

 しかし同社の経営状況などを鑑みれば、“特別キャリアデザイン”というキレイな名称も、結局は対象の社員に「給与を下げるか、お金をもらって辞めるか」という選択を強いているものに過ぎない。

 この制度で、活躍が期待されていた優秀人材まで退職してしまったという寓話(ぐうわ)のような顛末(てんまつ)となっていることも気がかりだ。

 仮にその優秀人材が勤続20年超えのベテランであるとしたら、社員育成のために支払っていた給与や経費、割増退職金だけでざっと1億円単位の損失であるし、仮にその人材が役員やCEOになっていたとしたら、その損失は金額では測れないレベルとなる。

●松下幸之助は大恐慌でもリストラしなかった

 パナソニックといえば、経営の神様ともいわれる松下幸之助のイメージが根強い。松下幸之助の説いた「人間大事」などの哲学や名言は、時代を超えてさまざまなビジネスマンに愛されている。

 その中でも、「会社が苦境に立たされた時に社員をどのように扱うか」いう点について示唆となるエピソードがある。それは今から100年近く前の1929年に、ウォール街大暴落、いわゆる「暗黒の木曜日」が発生した年の松下電器で起こったことだ。

 29年の日本経済は世界恐慌下で大混乱に陥り、深刻な不景気に悩まされていた。そんな中で松下幸之助は社員をリストラしなかった。大恐慌当時の日本は、周りを見回せば経営危機や破綻する企業や工場が後を絶たず、失業者もあふれる事態となっていた。当然松下電器もその煽(あお)りを避けられたわけではなく、「在庫はさばけず、売り上げ立たず」の状況に陥っていた。

 内部からは従業員の半数を解雇してはどうかという声が上がったものの、松下幸之助はそれを認めず、そればかりか給与も全額支給するよう指示したのである。

 その結果、従業員が一致団結して在庫の販売にチカラを入れ、そこからわずか2カ月で在庫は一層され、工場もフル生産体制するまでに復活したのである。

 当時の日本では経営学という分野が世にできて間も無くということもあり、一般的な経営フレームワークがまだ浸透していなかった時代だ。しかし、松下幸之助のリストラしない判断をあえて現代の経営学風に当てはめるとすれば、社員の心理的安全性を向上させ、組織コミットメントを高めた事例だったといえるだろう。

 心理的安全性とは、99年に米ハーバード大学のエイミーエドモンソン教授によって提唱された概念だ。2015年にグーグルが、「チームの生産性を高める」として重要である、といった調査結果を発表したことで一躍有名な言葉となった。

 この言葉は各チームメンバーが恐怖・不安を感じずに安心して行動や発言できる状態のことを指すが、経営においても「自分はメンバーとして会社が守ってくれる」という意識があればその会社の業務に打ち込める。

 終身雇用とはいえない今の日本では、終身雇用が旧時代的とみなされる場合もある。しかし、会社が終身雇用と決別することは、社員側としてはセカンドキャリアのために相応の準備が必要になり、「自社への全力コミット」を期待できなくなるデメリットを肝に銘じておくべきだ。

●早期退職制度は焼畑農業?

 昨年に本連載シリーズで取り上げた「黒字リストラ」記事では、年収800万円の45歳の社員をリストラする場合、20年間で1人当たり3億2000万円のコストカットになるとシミュレーションした。

 将来が期待されていた社員が今回の早期退職にどれだけ含まれていたかは不明だが、1人当たり年間たった千数百万円のコストを浮かせるために会社の未来を左右し得る人材を失うのであれば、長い目で見て相当な痛手だ。

 早期退職制度はコストカットという点で経営成績の向上が期待できる効果もあるが、簡単に成果が出るぶん、優秀人材の流出という点で将来の成長が難しくなるデメリットもある。いわば人材の“焼畑農業”だ。

 時代が変わった現代の日本で、本当に早期退職制度は合理的な経営判断といえるのだろうか。

 そのそも早期退職制度は「リストラ」と分類されることもあるが、実際はリストラではない。リストラでないということは、成果や評価が芳しくない者が必ず早期退職に応募するわけではなく、応募が義務でもない。逆に評価の高い者も退職できてしまう制度である。

 終身雇用が約束されており、人材の流動性が低かったかつての日本においては、早期退職制度は落ちこぼれてしまったものの烙印(らくいん)が付き、実質的なリストラといって差し支えなかった。

 しかし、人材の流動化が急速に進み、働き方も多様となった現代における早期退職制度は、転職によるキャリアアップや起業などを検討する優秀な人材にとって、わだかまりなく会社を辞められるばかりか、多めに退職金ももらえる点で、チャレンジしたかった者にとって渡りに舟だったといえる。

 「会社に義理はないのか!」という声もあるかもしれない。しかし、入社時は終身雇用を前提として年功序列で安い給与で働いていた社員が、いざベテランとなったらやれ早期退職だ、45歳定年だ、などといわれるのは、給与の後払い分を踏み倒すことと同じであり、会社に対する信頼、もとい心理的安全性を失わせて当然である。

 今回、パナソニックで早期退職制度に応募しなかった社員にとっても、「うちの会社はこういうことをやるのか」と認識させるだけでやはり心理的安全性は下がるものだ。パナソニックは「人間大事」の教訓を先代の言葉からでなく、“痛い目”という形から認識することになるかもしれない。

(古田拓也 オコスモ代表/1級FP技能士)