●連載:長谷川秀樹の「IT酒場放浪記」

東急ハンズCIO・メルカリCIOなどを務め、現在は独立してプロフェッショナルCDO(最高デジタル責任者)の道を進む長谷川秀樹氏が、個性豊かな“改革者”をゲストに酒を酌み交わしながら語り合う対談企画。執筆はITライター・ノンフィクション作家の酒井真弓。

●プロに聞く! 「はなまるうどん」のマーケターになったら「丸亀製麺」とどう戦う?

 プロフェッショナルCDO(最高デジタル責任者)の長谷川秀樹氏が、改革者と語り合う本対談。ゲストは前編に続き、Preferred Networksの執行役員CMO、富永朋信氏。日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザジャパンなどでマーケティング業務を歴任してきた。

 今回のテーマは飲食店。うどん、牛丼、ラーメン、カレーなど、街には同じカテゴリーの同じような店がひしめき合っている。競合他社とどう差別化し、売り上げを伸ばしていくか──長谷川氏が問う永遠のテーマに、富永氏はどう答えるのか。

●「はなまるうどん」のCMOになったら「丸亀製麺」とどう戦う?

長谷川: もしも富永さんが、はなまるうどんのCMOになったらどうやって丸亀製麺と戦いますか?

富永: まずは、お客さまがどんな理由で、どんなインサイトではなまるうどんと丸亀製麺に来るのか調べます。

 もし、はなまるうどんにだけある強みが見つかれば、それと同じ理由を分け合っている、うどん以外の競合を探します。それがマクドナルトや吉野家であるのなら、彼らにチャレンジするようなマーケティングキャンペーンを仕掛ける。

 「はなまるうどんはずっとマクドナルドさんを尊敬していました。なぜならマクドナルドさんはこうだからです。マクドナルドさんに近づきたい。そこで、期間限定でハンバーグをトッピングできるようにしたいと思います」という風に。

 話題ができることで多少お客さまが増えるでしょうし、そのお客さまは「丸亀製麺に行かず、はなまるうどんに来た」と言えるでしょう。ものすごく大勢は見込めないと思いますが、マクドナルドのお客さまも少し取り込めるかもしれません。「競合の軸をずらす」というのは一つの手です。

●「松屋」「すき家」を受けて立つ、「吉野家」の戦略

長谷川: 牛丼チェーン店の大手3社、吉野家・松屋・すき家、どれかのCMOになったらどうしますか?

 吉野家の戦略って不思議だなと思っていて、吉野家もメニューを増やそうと思えばできるのに、しない。メニューの幅では、すき家、松屋、吉野家の順番だと思います。でも、牛丼といえばやっぱり吉野家だと思うんですよね。

富永: 吉野家は、「牛丼といえば吉野家」ということを担保するために、ずっと牛丼にフォーカスしている。手練手管を使ってくる松屋とすき家からの攻撃を、王者がいかにディフェンドするかという競争の構図だと思うんですよね。

 牛丼の世界で吉野家が第一想起だってことは疑いの余地がないと思います。想起というのは3段階あります。まずは、ヒントをもらったら思い出せる助成想起。コンビニの棚で「あ、これこれ」と思い出して買うのは助成想起です。

 次にグレードが高いのは非助成想起。ノーヒントでも分かるということ。ランチに行くとき「今日はあの店で食べよう」となるのは非助成想起です。ブランドとその人の結び付きが強く、より選択的に来店してもらえるということです。それよりいいのは第一想起。トップになること。どんなブランドでも第一想起になるとめちゃくちゃ強い。

 でも、仕事が面白いのは、やっぱり守る方じゃなくて攻める方。CMOとして働くなら、松屋やすき家の方が面白いんじゃないかなと思います。

●吉野家のCMOになったら親子丼出しますか?

長谷川: 富永さんがCMOだったら吉野家で親子丼、出しますか? 出しませんか?

富永: 出せないですね。臆病なようですけど、吉野家の最大の武器は「牛丼の第一想起」。もし親子丼をやるとしても、吉野家とは違うバナーでやると思います。

長谷川: 一途さが大事ってことですか?

富永: ブランドって、これまで築いてきた強みや資産を簡単に手放してはいけないんです。これだけは守り続けるというブランドの約束事はしっかり決めた方がいい。それが曖昧になると、第一想起ではいられなくなってしまいます。

 ブランドを維持することがなぜここまで大切なのか。人間には「流暢性」(りゅうちょうせい)という性質があって、なじみがあるものに親しみを感じて選んでしまうんです。ブランドを作る理由は、まず名前を知ってもらうこと。知名してもらえる状態を作るのが最初のステップです。便益やアイデンティティーを知ってもらうのはその後です。

 そう考えると、ある程度「面」があるのがやっぱり有利。店数ある方が有利なんですよ。となると、やりたい商品があるからバナーや商品数をどんどん増やすこととすでに確立した強みを強化することは、どっち付かずにならないようにしたいところです。

●第一想起ではないブランドの戦い方

長谷川: 第一想起になれるのは一握りですよね。第一想起になれなかったらどういう戦い方をすればいいでしょうか?

富永: 第一想起に対するチャレンジャーになるというオプションがあります。コカ・コーラに対するペプシ、トヨタに対するに昔の日産、王道に対する若さやチャレンジングスピリッツ、営業に対する技術力とか、対立軸を作って常に下から攻撃する。

 この戦略は、上からあまりやり返されないという利点があるんです。やり返すといじめみたいに見えてしまうでしょう。やり返されずにある程度のシェアを取れるところまでいけるかもしれない、という戦略なんです。

長谷川: チャレンジャーになることすらできない手前のブランドもあるじゃないですか。

富永: その場合は、カテゴリーの中で小さな自分の城を作り、そのサブカテゴリーの中で勝負するという手があります。

 アサヒスーパードライが出たばかりの頃がそうなんです。キリンラガービールに絶対敵わなかったから、ドライビールというカテゴリーを作り、この中で一番になると。

 当時、ドライビールはマイナーだったので、他のメーカーはあまり力を入れていなかった。でも、だんだん支持されるようになり、他のメーカーがドライビールに参入した頃には、もうドライといえばアサヒスーパードライというふうになっていた。そういうこともできると思います。

●マーケティングは「応用」が勝負

筆者: 富永さんは、小売り業からAIの会社へ転職されましたが、これまでの経験はどのように生きていますか?

富永: マーケティングにおいて大切なことは、業界を超えて共通しています。人間理解をベースとしたブランド設計や、顧客とのコミュニケーションなどです。

 さらにこれまでの経験から、「プロジェクトがこういう状況のときは、こういうボールを投げると化学反応が起きるだろう」といったストックはさまざまあるので、スタートアップに来て役立っていると思います。

 マーケティングでは、しゃにむに理論を援用するのではなく、いかに自由自在に応用できるかが勝負です。企業の分野は変わっていますが、見てきた景色、踏んできた場数を、今も生かせていると思います。

●動画で見る「IT酒場放浪記」

記事にできなかったあれこれ、取材の裏側はYouTubeに公開しています。