総務省が発表した労働力調査によると、2021年8月の完全失業率は2.8%。コロナ禍に見舞われた20年以降やや上昇したとはいえ、直近20年の推移を見る限り、低い水準を保てていると思います。

 経済活動にさまざまな制約が生じている中、完全失業率を低い水準に留められている理由の一つは、雇用調整助成金による政府施策が奏功していることだと考えます。しかしながら、新型コロナウイルスへの感染リスクなどから、多くの人が求職活動できずにいるため失業者数にカウントされていない、といったネガティブな側面の理由も考えられます。

 ポジティブな側面としては、テレワークや時差出勤に柔軟に対応したり、副業や在籍型出向を促進したりするなど、ワークスタイルの選択肢を増やすことで雇用維持が図られていることも、失業率が低く収まっている理由として挙げられると思います。

 この点については、コロナ禍前から進められてきた働き方改革の流れに沿ったものだといえます。厚生労働省のWebサイトには、働き方にまつわる課題や働き方改革が目指す姿について以下のように記されています。

 “わが国は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」などの状況に直面しています。こうした中、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題になっています。”

 “「働き方改革」は、この課題の解決のため、働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています。”

 こうした「多様な働き方を選択できる社会」の実現を目指す働き方改革が、期せずして発生したコロナ禍における雇用維持に、一定の効果をもたらしたといえそうです。

●増えている女性自殺者

 その一方で、気になるニュースが報じられました。9月28日に共同通信が配信した記事「『働く女性』自殺増加、対策白書 コロナ禍、21年版の概要判明 」によると、20年の自殺者数が前年比で912人増えたとのこと。顕著に増えたのは女性で、原因・動機として最も増加したのは「勤務問題」だったそうです。

 記事によれば20年の自殺者数は2万1081人。1年のうちにこれだけ多くの方が自ら命を絶たれていると思うととても辛くなりますが、一時は3万人を超える水準だったことを考えると、コロナ禍の中で数字は抑えられているといえます。また、増加した人数は912人なので、厚生労働省の自殺対策白書で公開されているデータによると対前年比で上昇率は4.5%。1997〜98年にかけては35%近くも上昇しており、4.5%という数字はおおむね「横ばい」の範囲と見なされるのかもしれません。

 記事では「勤務問題」に起因する増加が最も大きかったと伝えられていますが、自殺者数全体に占める割合はわずかなので、ともすると“誤差”の範囲と受け止められてしまいそうです。しかし、そこに統計の怖さが潜んでいるように感じます。統計は全体傾向を把握する上では適した情報だと思いますが、個々が置かれている状況や少数の人たちの実情まで浮き彫りにすることはできず、むしろ全体の中に埋もれさせてしまう危険性があります。

 当然のことながら、自殺者数は一つひとつが命の数であり、亡くなった方の遺族や友人など周囲の方々への影響も含めると、悲しみの数はその何倍にもなります。それらの悲しみを生んだ原因として「勤務問題」が増えているのであれば、それが全体から見れば“誤差”に含まれそうな数でしかなかったとしても、統計だけでは見えてこない問題が潜んでいないか考察しておくことは決して無意味ではないはずです。

 コロナ禍で世界中が苦しめられた20年に、日本の勤務環境では何が生じていたのでしょうか。自殺者数が多いのは圧倒的に男性ですが、ここでは増加が顕著だったと指摘される女性の「勤務問題」にフォーカスして考察したいと思います。

●女性正規雇用・非正規雇用で顕著な差

 女性の雇用周りでは、20年に顕著な変化が見られました。労働力調査から女性の就業者数の推移を「正規の職員・従業員」(以下、正規)および「非正規の職員・従業員」(以下、非正規)とに分けて抽出して並べると、次のグラフになります。

 14年以降、正規・非正規いずれも右肩上がり傾向でしたが、19〜20年にかけて非正規の数が減少しています。このデータ上で確認できる02年以降では、リーマンショックの影響とみられる08〜09年にかけて減少して以来の現象です。しかし、減少度合いは今回の方が明らかに大きくなっています。一方、正規の方は19〜20年にかけても上昇しています。

 もし、非正規と呼ばれる働き方の女性が仕事を失ったことで自殺者数の増加につながったのであれば、原因として当てはまる項目に「失業」などが思い浮かびます。しかし、その場合に統計上で分類されるのは「経済・生活問題」です。有職者が大半を占める「勤務問題」ではありません。

 共同通信の記事が取り上げていた20年の自殺対策白書はまだ正式に公表されていないため、元データとなっている警察庁の自殺者数データを参照してみます。女性のうち、原因・動機が「経済・生活問題」に分類された内訳を詳細項目ごとに抽出し、令和2年と令和元年で比較した表が次のものです。

 前年比で増加しているものの中で、特に「失業」「就職失敗」「生活苦」については、非正規女性の数が減少したことが直接的に影響していそうな項目です。もし今後、正規でも人数減少に転じるようだと、「失業」「就職失敗」「生活苦」の数字はさらに増加してしまうかもしれません。

 次に、「勤務問題」によって自ら命を絶った女性の原因・動機の詳細項目について、令和2年と令和元年で比較したのが以下の表です。

 「経済・生活問題」の増加数合計が10人だったのに対し、「勤務問題」は89人。共同通信の記事にあった通り、「経済・生活問題」より「勤務問題」の方が増加幅が大きくなっています。全ての項目で前年を上回っていますが、特に顕著なのが「仕事の失敗」「職場の人間関係」「職場環境の変化」です。

●非正規雇用女性が減る裏で何が起こったか

 非正規女性の減少による直接的影響がありそうな「経済・生活問題」よりも「勤務問題」の方が増加幅が大きいというのは、一見すると不思議な印象を受けます。しかしながら、非正規女性が減少した背後で、職場に残った働き手にもさまざまな影響が起きている可能性はありえます。特に「仕事の失敗」「職場の人間関係」「職場環境の変化」に影響を及ぼしそうなケースとして、3つ挙げたいと思います。

(1)職務内容の変更

 コロナ禍などの影響で職場全体の業務量が減ったり職務担当を見直したりした結果、非正規女性が担当していた業務がなくなり、雇用継続の条件として別の職務への転換を打診した職場もあると思います。

 例えば、事務業務を縮小する一方で営業部隊を強化するので、インサイドセールス担当に配置換えすることに同意した働き手だけが雇用継続できたようなケースです。慣れない仕事かつ希望しない職務に転換した人の場合、「仕事の失敗」が生じやすいかもしれません。

(2)業務負荷の増加

 非正規女性の数は減ったものの、業務自体がなくなっていなければ、その業務を誰かがカバーすることになります。同一労働同一賃金への対応を進めた関係で正規と非正規の担当業務を明確に分けた職場の場合、統計では正規の女性の数は増えていたものの、退職した非正規女性が担っていた業務が、職場に残った別の非正規女性たちだけに上乗せされて負荷を増やしたケースも考えられます。

 結果、(1)と同様に「仕事の失敗」につながりやすくなったり、残業が増えるなどして「職場の人間関係」や「職場環境の変化」にも影響を及ぼしているかもしれません。

(3)勤務体制の変化

 非正規と呼ばれる働き方の約半数を占めているのはパートタイマーです。勤務時間が短い分、多くの職場では上手にシフトを組むことで業務を回しています。

 しかし、退職者が増えるとシフトに穴が開きがちです。その結果、今までより長い時間勤務することになったり、希望しない曜日や時間帯のシフトにも入らなければならなかったりといった無理が生じやすくなります。それらは「職場環境の変化」そのものです。また、職場の中に無理している人が増えることにより「職場の人間関係」にも悪い影響を及ぼしかねません。

 ここまで述べた3つのような影響が出てしまうと、往々にして新たなストレスが生まれることになります。それでも多くの人は、ストレスに耐えられるのかもしれません。しかし、既に心身がギリギリの状態にまで追い込まれている人の場合はそうはいきません。新たに生じたストレスによって、ギリギリの人から順に耐えがたい状況へと陥り、自ら命を絶たざるを得なくなってしまっていることも考えられるのです。

●“誤差”か、“氷山の一角”か

 耐えがたい状態の一歩手前の、心身がギリギリの状態に追い込まれてしまっている人が世の中に多数潜んでいるのだとしたら、統計の数字上は“誤差”程度の女性自殺者数の増加は、氷山の一角だといえます。さらに、今回は女性に焦点を当てましたが、「勤務問題」に起因して自ら命を絶った男性の数は女性の5倍近くにも及びます。「勤務問題」はこれまでにも多くの人の命を奪い、これからもまた、多くの命を奪いうるということです。

 冒頭で指摘した通り、コロナ禍においても失業率は低く抑えられ、働き方改革の流れをくんで、多様なワークスタイルが選択できている事例は増えてきているように思います。それ自体は喜ばしいことですが、裏では統計に表れてこない人たちが人知れず苦しみ、追い込まれている可能性があります。

 表面上はワークスタイルの選択肢が増えて、「多様な働き方を選択できる社会」の実現に近づいているように見える一方で、逆にワークスタイルの選択肢が狭められ、新たに生じたストレスによる“勤続疲労”で耐えがたい状況に陥る寸前の人たちが、今も水面下で多数、「勤務問題」を抱えているかもしれないことに目を向ける必要があります。

 生活保護などの支援策ももちろん大切ですが、社会環境が変化しても、できる限りストレスなく勤務継続できる施策をさらに充実させることも大切です。テレワークや副業などを実践している人を身近で目の当たりにする機会が増え、あたかも既に働き方の柔軟性が十分高まったかのように見える「表向きの多様化」に目を奪われてしまうのは危険です。ワークスタイルの選択肢を増やすべき余地は、日本中の職場の中に、まだまだたくさん残されているのだと思います。

(川上敬太郎)