子どものころ大人の姿を見て、疑問を感じていたことが2つある。1つは、コーヒーを飲んでいること。「黒い液体=苦い」と感じていたので、「ミルクや砂糖を入れずに飲むなんてあり得ない」と思っていた。もう1つは、朝からそば(うどんも)を食べること。そばが苦手というわけではなく、「朝からズルズルと食べるなんて、信じられない」と感じていた。

 が、しかしである。大人になり過ぎたいまは、どちらも大好きである。コーヒーは1日に何杯も飲むし、かき揚げそばは大好物である(特に、二日酔いの朝は最高である)。毎日のように利用している人であれば「回数券ではなく、定期券のようなサービスがほしいなあ」と思ったことがあるかもしれないが、そんなニーズを満たす“定額制”が登場し、人気を集めていたのだ(現在は終了)。

 サービス名は「JREパスポート」。東日本旅客鉄道(JR東日本)、JR東日本クロスステーション、favyの3社が協同で、Suicaの通勤定期を持っている人を対象に、コーヒーやそばのトッピングなどを利用できるサブスクの“実証実験”を始めたのだ。期間は7月6日から8月31日まで。

 対象となるのは、上野、秋葉原、八王子の3駅。どんなサービスを提供していたのかというと、カフェ「BECK'S COFFEE SHOP」(以下、ベックスコーヒー)で会員証を提示すると、ブレンドコーヒー(Mサイズ、通常300円)が出てくる。1日3回まで利用できて、月額2500円。「ということは、9杯飲めばモトがとれるのね」と計算された人も多いのでは。ちなみに、マイボトルを持参するタイプは月額1500円。6杯飲めば、モトがとれることになる。

 このほかにも、そば屋「いろり庵きらく」では注文時にトッピング1品を無料で提供したり(1日1回まで、月額1000円)、シェアオフィス「STATION BOOTH」を2時間利用できるようにしたり(月8回まで、月額6400円。他のサービスもあり)。

 サービス内容を紹介すると、「ちょっと大盤振る舞いじゃないの? もうからないのでは?」と心配されたかもしれないが、そこは大丈夫。ビジネスとしてきちんと利益がでるようにしていて、「使えば使うほど、赤字が膨らむような設計にはしていません」(JR東日本の担当者)とのこと。

●カフェの利用回数にびっくり

 3つの駅で、カフェ、そば、シェアオフィス――。定額制で利用できるようにしたわけだが、筆者が気になったのはベックスコーヒーのコーヒーである。最大、月に93杯(1日3杯×31日)飲めることができるが、利用者は何杯飲んだのだろうか。

 「平日1杯飲むとして、20杯くらいかな」と思っていたが、カフェ利用は月平均27.7回だったのだ。ほぼ1日1杯の数字である。ベックスコーヒーを利用している上位10%のお客は月平均7回らしいので、サブスクの効果が出ていることがうかがえた。

 新型コロナの感染が広がるにつれて、テレワークを導入する企業も増えていった。となると、定期券が不要になる。鉄道を利用しなくなって、駅にも近づかなくなる。しかし、27.7回の数字を見ると、駅に「戻す」ことに一役買ったようである。ちなみに、最も利用した人は月87回だったそうだ。

 次に気になったのは、利用した曜日である。一週間で最も利用が多かったのは「月曜日」だった。ま、これはなんとなく分かる。休み明けの月曜日の朝、ビジネスモードに切り替えるためにコーヒーを飲む人が多かったのだろう。

 火曜日から木曜日までの利用回数はほぼ横ばいで推移して、金曜日に減って、土曜日も減る。しかし、である。日曜日になると利用回数が増えて、その数は金曜日を上回っていたのだ。この動きについて、JREパスポートの担当者はどのように見ているのだろうか。

 JR東日本の市原康史さんに聞いたところ「通勤客をターゲットにしているので、土日曜日の利用は少ないかなと思っていました。しかし、それほど減っていないというか、日曜日は金曜日よりも多い。休みの日に駅まで足を運んでいただいて、コーヒーを楽しまれた。いわゆる“サードスペース”として利用された人が多かったのでは」と分析している。

●新たなビジネスが生まれるかも

 駅に来て、コーヒーを飲んで、自宅に帰る人もいる。しかし、休みの日にわざわざ駅に足を運ぶことを考えると、“ついで買い”需要が生まれたのではないだろうか。コーヒーを飲んだあとに服を買ったり、日用品を買ったあとにコーヒーを飲んだり。今回の実証実験ではデータをひもづけていないので、利用者の“前後の購買行動”は分からないが、そうした情報を分析することができれば、新たなビジネスが生まれるかもしれない。

 カフェ利用にあたって、気になることもある。常連客の行動だ。「サブスクを始めた。でも利用者は常連客ばかり」となれば、お客が“カニ歩き”をしただけで、店側にとっては利益率を圧迫することになる。この疑問に対して、「利用者の8割ほどは新規客でした。カフェをよく利用されているお客さまがサブスクを使われるのかなと思っていましたが、想定よりも少なかったですね」(市原さん)

 繰り返しになるが、9杯飲めばモトがとれる。週に2〜3回利用していれば「サブスクを利用しようかな」と考えるはずだが、データを見る限り、そうした人は少なかった。十分にモトがとれるのであれば利用するけれども、ちょっとおトクかなといった程度であれば、「ま、いいかな。都度払いでいいよ」といった人が多かったのかもしれない。

 また、JREパスポートを利用するあたって、購入後に定期券情報などを入力しなければいけないので、「ちょっと面倒だな。これまで通りでいいや」といった人も多かったのかもしれない。

 それにしても、なぜJR東日本はサブスクに乗り出したのだろうか。背景に「Beyond Stations構想」がある。新型コロナの感染広がりを受けて、鉄道会社は大ダメージを受けた。定期券を使わないビジネスパーソンが増えていったわけだが、JR東日本はなにもしないわけにはいかない。生活様式や鉄道の役割が変化していく中で、駅を“つながる”暮らしのプラットフォームに転換していくことを考えていて、その中の一環として、今回のサブスクが行われたのだ。

●何かを楽しむための「駅」に

 最後に、実証実験の結果をどのように見ているのだろうか。カフェの利用回数が多かったので、点数をつけると「100点」かなと思っていたが、市原さんは「70〜80点」とやや厳しく見ている。なぜ20〜30点も減点したのかというと、「利用者が多かったことはよかったのですが、利用できるメニューをもう少し増やすことができていればなあと。あと、シェアオフィスの利用者が少なかったんですよね。周知がうまくできていなかったこともあって、利用される人が少なかったのかもしれません」と反省をぽつり。

 第二弾はすでに始まっていて、ドコモが運営している「バイクシェア」を月3回まで無料で利用できるようにした(11月1日から12月31日まで)。となると、気になるのは第三弾である。詳細はまだ決まっていないようだが、「第一弾で利用できたのは3駅だけだったので、その数を増やしていきたいですね。あと、『毎日使えたらいいな』と感じられるサービスを提供していきたいです」(市原)

 実証実験を何度も行うことは考えていないようで、タイミングを見て、サブスクを本格展開するそうだ。さて、そのときはどんなサービスを提供するのだろうか。会社へ行くために必要な「駅」ではなく、何かを楽しむための「駅」に変わりそうである。

(土肥義則)