またもやパワハラで、大切な命が奪われてしまいました。佐川急便で働いていた39歳の男性社員は、上司からこのような被害を受けていたといいます。

・別の部署の管理職からみんなの前で、朝礼で叱責される

・「なめ切っている」「うそつき野郎はあぶりだすからな!」などのメッセージが送られてくる

・直属の上司から「うそつくやつとは一緒に仕事できねえんだよ」と言われ、机の前に立たされて40分以上叱責を受ける

 ──など。

 見かねた同僚が「2人の課長の行為はパワーハラスメントに該当するのではないか」と内部通報していたにもかかわらず、会社側は「パワハラを受けている人」を守ることをしませんでした。

 その2カ月後、39歳の男性は「勤務先の営業所から飛び降りる」という選択に至ったのです。

 報道によれば、内部通報を受けた同社の管理部門は、“2人の課長に”ヒアリングを行い、「パワハラは確認できない」と結論づけていたそうです。

 まったくもってわけが分かりません。いったい何のための「相談窓口」なのか?

 「パワハラをしている可能性がある人」に、「パワハラしてますか?」と聞いて「はい! しています!」と答えるとでも思っているのでしょうか? あるいは「パワハラじゃないかって通報があったんだけどね」と伝えれば、問題は解決するとでも考えていたのでしょうか?

 そもそも「内部通告」した社員は「匿名」だったとされています。

 私自身、「パワハラを通報したいのだけど、報復人事が怖い」という相談を何度も受けてきました。企業によっては「匿名」だと社内調査を行わない場合もあり、通報すらできない状況が存在します。

 このリアルは、「パワハラ問題」をいまだに「される側に問題がある」という認識が企業側にあることを意味するとともに、「パワハラ問題の真意」を企業側が理解していないのです。

●パワハラを「禁止」できない日本

 2019年6月、国際労働機関(ILO)は「働く場での暴力やハラスメント(嫌がらせ)を撤廃するための条約」を採択しました。日本は「賛成」票を投じています。

 しかしながら、今年6月に発効された条約に、日本は批准していません。「ハラスメントをなくそう!」と世界は動いているのに、日本は後ろ向き。その理由とされているのが、条約に組み込まれた「禁止」という2文字への日本政府のアレルギーです。

 条約は、ハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的危害を引き起こす行為と慣行」などと定義し、それらを「法的に禁止する」と明記しているのです。

 ご承知の通り、日本では20年6月1日より改正労働施策総合推進法、通称「パワハラ防止法」が施行されました。中小企業については、22年3月31日までを「努力義務期間」とし、22年4月1日から本格的に施行される予定です。

 パワハラ防止法では、具体的な防止措置を企業に義務化し、厚生労働大臣が必要と認めた場合、企業に対して助言や指導、勧告が行われます。

 しかし、罰則の規定はなし。つまり、ILOに批准すると「法的に禁止」→「損害賠償の訴訟が増える」という流れが予想されるため及び腰になっているのです。

 本来、パワハラ防止法は「働く人」を守るためにあり、「ハラスメントは絶対に許してはいけない人権侵害」と広く認識させるために存在します。

 なのに、日本政府は「企業」を守ることに必死です。いつも通りの「経済界への配慮」といわざるを得ません。日本は世界の潮流に乗り遅れるばかりか、逆行の道をたどっている。ジェンダー問題しかり、最低賃金しかり、ハラスメントしかり……。どれもこれも「人の尊厳」という、ごく当たり前に守られるべき問題なのに、「人」がないがしろにされ続けているのです。

 実際、欧米では1990年代からパワハラ問題に取り組んできました。

 パワーハラスメント(=パワハラ)は和製英語であり、欧米では「モビング(mobbing)」あるいは、「モラルハラスメント(moral harassment)」と呼ばれている点も大きな違いです。

 スウェーデンでは、国立労働安全衛生委員会が1993年に「職場での虐待に関する規則」を制定し、モビングを「従業員に対して繰り返し行われる侮辱的な行為、見るからに悪質で非難すべき行為、それによって職場における共同体からその従業員がはじき出されてしまうような行為」と定義し、雇用者に対して法的に従業員をサポートするよう義務付けました。

 また、2002年にフランスで施行された「労使関係近代化法」では、企業内におけるモラルハラスメントを規制する条文を導入し、被用者の身体的健康だけでなく精神的健康も含めて健康予防における使用者の責任を拡大した労働法改正が行われています。

 条文には「繰り返される行為」と「労働条件の劣化という結果」との2つの要件が組み込まれ、同時に刑法にも1年の懲役及び1500ユーロの罰金という刑罰が定められているのです。

 かたや日本ではどうでしょうか。

 「パワハラ」という言葉が使われるようになったのは、01年以降ですし、いまだに「パワハラと指導の境界線が難しい」などとのたまう輩が後を絶たない。

 パワハラ防止法の制定時には、企業側は「いきなり法による措置義務を課すことは慎重であるべきだ」と繰り返し、取りあえず「相談窓口」は作りましたが、そのほとんどが形骸化し、生かされていないのです。

 書いているだけで鬱々としてくるのですが、以前取材した企業では「今すぐにできる」取り組みを実施していたので、ご紹介します。

●組織を救う、年の功

 この会社では、“フォロワー”と呼ばれる斜めの人間関係を組織的に設けることで、パワハラ防止対策を行っていました。

 きっかけは、パワハラと思われる事例でメンタルを低下させた20代社員の存在が浮き彫りになったこと。人事部長がトップに直談判して、フォロワーの仕組みを制度化させたそうです。

 具体的には、年配の「人間的に評価の高い人物」を社内から数名選抜してフォロワーという役職につけ、フォロワーの業務に「社員一人一人の相談役となること」を明記。そして、フォロワーがあくまでも斜めのポジションから社員をサポートできるように、2つの部署を兼任させ、フォロワーの席の隣には、コーヒーメーカーを置き、ソファを置くことで誰もがいつでも集まれる場を作ったといいます。

 フォロワーの存在は、怒られることに慣れていない社員たちの逃げ場となるだけでなく、執拗ないじめを監視するチェック機能も果たします。さらに、攻撃欲が強まっているような上司を見つけ、彼らの不満を受け止めることもフォロワーの仕事としているのです。

 もっとも、最初からうまくいったわけではありませんでした。初めは社員がなかなかフォロワーに相談できず、相談役として機能しませんでした。

 そこで、フォロワーが社員一人一人に必ず1日1回は話しかけることを徹底したとのこと。すると少しずつ、社内の空気がよくなり、今ではソファは誰もがいつでも集まれる憩いの場となり、社員たちから「お父さん」と呼ばれるフォロワーもいるそうです。

 とはいえ、このフォロワー制度が機能しているのも、会社が「パワハラは自分たちの問題」と考え、「絶対になくそう!」という強い意志があってこそ。

 人間ですから、一生懸命になればなるほど、部下を大声で叱責することもあるでしょうし、時間的に余裕もなく、精神的にも疲れていたら、ささいなことでイラつき、つい思いやりを持てなくなることもあるかもしれません。

 それでも「人の問題を解決できるのは“人”」という共通認識のもと、“パワハラをされている”と感じている部下だけでなく、“パワハラをしてしまう”上司をも救う存在として、年配の社員の年の功に期待したのです。

●河合薫氏のプロフィール:

 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。

 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。