関東圏の私鉄各社は、どうすれば自社の鉄道路線エリアが「選ばれる沿線」になるかを考えながら、新しいビジネスプランを考えている。

 最近では、「子育て世代」に向けた戦略を考えて事業の方向性を打ち出すことが多い。なぜ、「子育て世代」なのか?

●将来の顧客を確保する

 鉄道会社、特に私鉄の沿線住民は、単に鉄道の利用客として乗ってもらうだけの存在ではない。沿線の商業施設を利用し、高級品はターミナル駅の百貨店で買ってもらい、休日の行楽は沿線の諸施設を利用してもらう。生活に必要なモノを沿線で丸ごと提供するのが、関東圏私鉄、特に都心から西南部にかけてのビジネスモデルである。

 近年は、鉄道各社が「子育て世代」に向けた新しいサービスを提供している。なぜ「子育て世代」かというと、大人になってもその沿線に暮らしてもらい、ずっと自社の提供するさまざまなサービスを利用し続けてほしい考えがあるからだ。

 現在は少子化であり、子ども1人家庭も多い。日本の人口減少は加速しており、首都圏でも、将来は人口が減少していくことが予測されている。鉄道各社としては、沿線人口を確保したい思いでいる。

 また、地方から都会に出て縁あって自社路線沿線に暮らしている単身者も、やがては結婚して家庭を営んでほしい。そういった思いから、各鉄道会社は若い利用者、特に「子育て世代」への対応を重要視している。

 各社さまざまな取り組みを打ち出す中、11月8日に小田急電鉄(以下、小田急)が、これまでに見たことがない取り組みを表明した。「小児IC運賃一律50円」である。これは大胆な施策だ。

●画期的な「小児IC運賃50円」

 小田急のICカード初乗り運賃は、126円。小学生以下の子どもはその半額の、63円。小児用PASMOは各種証明書があれば駅窓口で購入できる。そのことを考えると、記名式ICカードで一律50円というのは、大変なことだと分かる。

 ちなみに、新宿駅から小田原駅まではICカードで大人891円、小児445円。もし子どもが新宿〜小田原間をロマンスカーで移動したら、運賃50円に、特急料金460円。ちょっとしたお出かけにも親はちゅうちょしなくなるだろう。

 「小児IC運賃一律50円」の発表は、小田急沿線における子育て応援ポリシー「こどもの笑顔は未来を変える。Odakyuパートナー宣言」の具体策として発表されたものだ。プレスリリースによると、「分かりやすく、ご利用いただきやすい運賃体系とすることで、将来を担う小学生のお子さまのお出かけをより身近なものにします」とある。

 なお、小児運賃を持続的に大人運賃の半額以下に一律低廉化するのは、全国の鉄道会社で初の試みだという。開始は2022年春。通学定期なども運賃改定を行う予定だ。

●「子育て世代」を意識した小田急の取り組み

 小田急ではこのほか、上記の子育て応援ポリシーを体現する施策として、21年5月には子ども連れの乗客が安心して利用できる車両「子育て応援トレイン」を期間限定で運行。今後は駅でのベビーカーシェアリングも導入を検討している。

 小田急グループでは、子どもたちの楽しさや学びにつながるイベントを多数実施してきた。実費程度の費用で参加できる職場体験有料イベントなどは好評で、毎回多くの参加希望者が集まっている。「ロマンスカーミュージアム」にも子ども向けの遊び場などが備えられている。駅には子ども専用トイレやファミリートイレも設置し、「小田急こどもみらいクラブ」という、学童保育も設置している。

 こうした取り組みは、小田急以外の各鉄道会社でもさかんに行われている。

●子育て世代に選ばれる沿線になるには?

 18年3月13日に開業した京王電鉄運営の子ども向け施設「京王あそびの森 HUGHUG」の記者発表にて、同社は「子育て世代」にターゲットを定め、この世代の多くの人たちに京王沿線に住んでもらいたいといった話をしていた。「選ばれる沿線」という言葉が使われ、企業戦略上の必要性を説いていた。

 「京王あそびの森 HUGHUG」は多摩動物公園駅の近くにあり、「京王れーるランド」や都の施設である「多摩動物公園」とあわせて、子どもたちが行きたくなるような施設とセットになっている。京王グループではこのエリアを「キッズパークたまどう」と位置付け、親子連れに楽しんでもらい、愛着を育んでもらうことで、沿線への定着を促すとしている。

 東急グループも、「子育て世代」に向けて生活サービス事業を展開している。子会社の「東急キッズベースキャンプ」は、学童保育や駅に近い保育園などを運営している。また「東急スポーツシステム」では、子ども向けのスポーツ教室なども重要な事業として位置付けている。当然ながら東急グループにも、子どもが楽しめる「電車とバスの博物館」といった施設がある。

 近年、相鉄グループも「選ばれる沿線」を打ち出してきたが、今後どんな「子育て世代」向け事業を展開するのか気になるところだ。

●世代を超えて「愛線心」を育む戦略

 子々孫々(ししそんそん)にわたって鉄道路線と沿線を利用してほしい、地域に定着してほしい、という考えが、これらの鉄道グループでは分かりやすく示されている。とくに小田急の「小児IC運賃一律50円」は、その戦略を取る鉄道各社の中では圧倒的な存在感を感じさせるものであった。ほかの東京圏西南部方面の鉄道会社が追随するかが気になるところだ。

 こういった取り組みを積み重ねることで、沿線への愛情、「愛線心」とも呼べるものが育まれるようになり、人々と鉄道会社との関係が強固になっていく。その中から鉄道会社へのファンが生まれ、あるいはその鉄道会社に勤めようとする人も出てくることになるだろう。

 徹底した「選ばれる沿線」戦略が、住民の転居が多い東京圏の人たちを同じ沿線に定着させる効果を持ち、末永く住民として同じ路線に住み続けてもらうようにしている。そのために「愛線心」をいかに養成するかが、各鉄道会社の経営戦略のポイントとなっている。

 多くの鉄道会社でこのことには力を入れているものの、小田急の「小児IC運賃一律50円」でそのカギとなる「子育て世代」誘致合戦は、新たな展開を見せるようになっていく。ほかの私鉄も、いかに「愛される」かをより考えるようになるのではないだろうか。

(小林拓矢)