●連載:長谷川秀樹の「IT酒場放浪記」

東急ハンズCIO・メルカリCIOなどを務め、現在は独立してプロフェッショナルCDO(最高デジタル責任者)の道を進む長谷川秀樹氏が、個性豊かな“改革者”をゲストに酒を酌み交わしながら語り合う対談企画。執筆はITライター・ノンフィクション作家の酒井真弓。

 プロフェッショナルCDO(最高デジタル責任者)の長谷川秀樹氏が、改革者と語り合う本対談。今回のゲストは、パルコ執行役員、林直孝氏と、阪急阪神東宝グループで、阪急阪神百貨店やイズミヤなどを傘下にもつエイチ・ツー・オー リテイリング執行役員、小山徹氏。

 林氏は、新卒でパルコに入社し、今年で30年目を迎える。30年もいれば何度か「もう辞めてやらぁ」と思ったことはあったそうだ。それでも結果的にパルコ一筋を貫いたのは、上司から部下への権限移譲が早く、趣味の延長線上でさまざまな企画・事業に挑戦できたからだという。入社2年目のときには、バルセロナ五輪を機に日本でも盛り上がり始めたバスケットボールに目をつけ、会社を飛び出し、関係者や後援者を巻き込んで、渋谷パルコ近くの駐車場で3on3大会を開催した。

 対して小山氏は、日本IBM、ファイザー、PwCなど、業界を超えた転職をしながらキャリアを積んできた。2014年、三越伊勢丹ホールディングスで顧問 兼 三越伊勢丹システム・ソリューションズ代表取締役として構造改革を推進中に、林氏や長谷川氏と出会った。20年に独立し、現在は複業家としてリテールを中心に活動している。

 対照的なキャリアでありながら、それぞれDXを率いるリーダーとしてショッピングセンターや百貨店の革新を担っている林氏と小山氏。両者が今考える、百貨店ビジネスの課題、新たな顧客接点の創出、そして、これからの接客の形とは。

●20代は振り向くか? 百貨店ビジネスの現在地

長谷川: 今の20代、30代に、百貨店で物を買いたいと思わせることはできるかな?

小山: 昭和の時代、お客さまは新しい発見、新しい体験を求め、「百貨店に行けば何かあるかも」と期待を寄せていてくれました。でも、今の20代、30代、そして、生まれたときからスマホがあるデジタルネイティブ世代に同じやり方は響きません。まず、お店に来ない。「ネットで買えちゃうのに百貨店って何であるの?」という感覚ですね。

 事実、百貨店業界の売上規模は10兆円から半分まで縮小しています。10年後に若者が使うものがまだスマホかどうかは分かりませんが、少なくともデジタルが後退してリアルに回帰することはありません。今まで以上に価値がないと、リアル店舗にお客さまは集まらないと思います。

林: 私は「あまちゃん」以降、NHKの朝ドラを見るようになったのですが、朝ドラってだいたいパターンがあって、主人公が明治、大正、昭和と生き抜いていく中で、物がなかった時代が描かれるんですよね。みんな百貨をそろえたかったんですよ。物を手に入れることが生きている証であり、買い物すること自体、すごく楽しかったと思うんです。

 例えば、ディズニーランドって楽しいですよね。おそらく入場料だけ払って園内で何も買わず、ポップコーンもご飯も食べずに帰ってくる人は少ないんじゃないかと思うんです。たくさん買って、楽しい思いをして帰ってくるじゃないですか。子どもの頃を思い返すと、私も百貨店に対して同じようなワクワク感が確かにあったんです。

 でも、百貨がそろってハタと、「あれ、こんなにいらなかったかも」と気づいてしまった。それはバブル崩壊と同じタイミングだったかもしれません。2000年以降は、お客さま個別のニーズに対して解像度を高くしていかないと、商売が成り立たないという状況が生まれています。

●顧客接点をどう作る? 自社アプリとLINEミニアプリ

長谷川: テクノロジーを使ってお客さんに喜んで買ってもらい、小売業を元気にするにはどうすればいいと思いますか?

林: 10年前から言われていることですが、やはりスマホ上でお客さまとの接点を作ることが不可欠です。

 パルコは、14年から公式スマホアプリ「POCKET PARCO」を提供していますが、スマホ周りの技術やUI/UXのトレンドはすさまじい勢いで変化しています。3年前と今とではまったく流儀が違う。一度リリースして終わりではなく、変化に対応していかなければなりません。

小山: 多くの場合、自社アプリなんて作れない、作ったもののダウンロードが進まない、使い続けてもらえないという課題もあります。そこで、スーパーアプリに乗るという手があります。スーパーアプリとは、Wechat、AliPayといった日常的に使われるアプリをプラットフォーム化し、事業者はミニアプリと呼ばれるアプリ内アプリを提供するというもので、中国やシンガポールをはじめ東南アジアで浸透しつつあります。

 日本では、LINEがスーパーアプリを目指し、小売や飲食、美容などLINEと親和性が高い事業を中心に、デジタル会員証、来店予約、テーブルオーダー、テークアウト・デリバリーの受付など、ミニアプリの提供が進んでいます。LINEの国内月間利用者数は8900万人、アクティブ率は85%に上ります。LINEを使わない手はない。

 エイチ・ツー・オー リテイリング傘下のスーパーマーケット・阪急オアシスでも、LINEミニアプリの活用を始めています。今はお客さまの会員証として、ポイントやクーポンを提供するために使っていますが、これからどう拡張しようかあれこれと話し合っている最中です。

林: 「より良いサービスを提供するために、自社アプリでコミュニケーションを取る」という判断は今後も全然ありです。ただ、日本の人口が右肩上がりに増えていった頃の感覚で「自社アプリを作ってどんどんお客さまを増やしていこう」と思っているなら見直した方が良いでしょう。

 日本の人口はすでに右肩下がり。お客さまが減っていく中で、自分たちの店やブランドを選んでもらわなければならない。ミニアプリは、お客さまに自社アプリをダウンロードしてもらう必要がなくなる分、選んでもらうまでのハードルがかなり下がるんです。

 「ミニアプリのユーザーは自社のお客さまと言えるのか?」と言う人がいますが、この考えは間違いだと思います。例えば、これだけPayPayユーザーが増えているなら、PayPayで買い物してもらう体験を作ろうとする方が絶対に正しい。置かれた環境に応じて最適なアプローチを常に探っていく必要があります。

●メガネで接客? リアル店舗復活の“起爆剤”

長谷川: 林さん、ドラゴンボールのスカウターみたいなそれは何ですか?

林: GoogleのGlassです。私は、スマホの次はこれだと思っています。

小山: ウェアラブルは来るだろうね。

林: 私たちは当初、スマホの重要性に気付けませんでした。次こそは先んじて着手しないとまずいなと。

 それに、(Glassのような)スマートグラスはリアルと非常に相性がいいんです。スマホをかざしながら館内を巡っていただくのは大変ですが、これならハンズフリーで、商品情報からエンターテインメント性の高いものまでさまざまなコンテンツを表示できます。リアルのショッピングにワクワクしない、ネットの方がいいという人たちを連れてくる起爆剤になるかもしれないと思っています。

 まずは、Glassのような端末を使って接客を変えていきたいですね。すぐにでもできそうなのは、オンライン会議ツールを使って、遠隔地のお客さまと店舗スタッフがメガネ越しに話したり、新人スタッフでも一定レベルの説明ができるよう、目の前に商品情報を表示するといったことでしょうか。

 でも、商品についてスラスラ説明できるだけではお客さまに満足してもらえない。接客で商品情報を伝えるより、お客さまがスマホで調べた方が早い場合もある。いったい何を伝えるためにメガネを掛けるのか、そこから作っていく必要がありますね。

小山: 一つは、店舗スタッフがブランドのヒストリーやプロダクトのこだわりを伝えるストーリーテラーになることではないでしょうか。マシンインタフェースがいくら向上しようとも、そこだけは人間同士の方が共感を得られやすいはずです。

●「作った物を売り切らなきゃいけない」から生じる違和感

小山: 実際、人と人がコミュニケーションする場ならではの価値を高めていかないと、リアル店舗はデジタルに置き変えられるものがかなり多いですよね。

長谷川: リアル店舗に行って、にっこり笑って「似合ってますよ」と言ってもらえたとしても、「あなた初対面で私の何を知っているのよ?」と思ってしまうこともありますしね。

林: テンプレ通りの話をしているだけというのが透けて見えてしまうんですよね。人と人がコミュニケーションするからこそ生まれる新たな発見こそ、接客の価値だと思います。

 私は青い服ばかり選んでしまうんです。自分でもそれがしっくりくると思っているのですが、たまに青以外の服を勧めてくれるスタッフさんがいるわけです。それが妙にハマったりすることもあるんですよね。

小山: 今のAIは、そういった挑戦的なレコメンドはできないんです。リスクを負わないように学習させられますからね。だから「その発想はなかったわ」という提案は人間の方が得意です。

 でも、いつかAIもそのスキルを獲得する。そのとき人間は、AIより一歩先にいなければなりません。それには、にっこり笑って「お似合いですよ」ではなく、「これは似合いませんが、こちらはお似合いですよ」とプロの目線で伝えるという接客の本質に立ち返り、突き詰めていくのが重要なんだと思います。

林: 今の売り方は不自然なんです。作ったら、作った個数だけ売り切らなければいけない。だから、「お似合いです」と言わなければならないし、お客さまもそれに違和感を覚えるわけですよね。

 これからは、似合うものを一緒に探す、ないなら一緒に作るということが求められるようになると思っています。一人のお客さまにパーソナライズされた本当に欲しい物を一緒に作る。スカウター越しにそのお手伝いをすることが、接客になっていくんじゃないかと思います。

●動画で見る「IT酒場放浪記」

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