「残業代を抑えたいのですぐにでも導入したいです」――そんな相談をしてきたのは、とある中小企業の社長です。どうやらこの社長は固定残業制を導入すると残業代が安くなると思っているようです。この社長のように固定残業制を勘違いしている方は少なくありません。

 固定残業制に残業代を抑える効果はほとんどありません。しかも、正しく理解した上で運用していなければ、残業代の未払いが発生してしまったり、そもそも固定残業制そのものが認められなかったり、ということにもなりかねません。この記事では、固定残業制を導入するメリットとデメリット、そして導入のポイントを解説します。

●固定残業制とは

 固定残業制とは一般に、実際の残業の有無にかかわらず、従業員に対してあらかじめ定めた時間分の残業代を毎月支払う制度をいいます。

 ただし、あくまでも“残業代”を固定的に支払う制度であり、「実際に何時間残業しても残業時間は○○時間とする」といったものではありません。従って、あらかじめ定めた残業時間を超えて残業をした場合、その超えた分の残業代を1分単位で支払う義務があるのです。

 例えば、毎月20時間分の固定残業代を支払うと決めていたとします。その場合、従業員が全く残業をしなかったとしても20時間分の固定残業代を支払います。一方、従業員の残業時間が30時間だった場合には、固定残業代に含まれていない10時間分の残業代を計算し、追加で従業員に支払う必要があるというわけです。

 つまり、固定残業制を採用しただけでは、実際の残業時間で計算した残業代より、従業員に多く支払うことはあったとしても、少なく抑えられるという効果はないのです。また、固定残業制を導入したとしても従業員の労働時間の管理をしなくていいということでもありませんので、適切に把握する必要があります。

●固定残業制のメリット

 固定残業制を導入するメリットは3つあります。

(1)給与計算を簡略化できる

 従業員の残業時間が固定残業代として支払っている時間内であれば、残業代を別途計算する必要はなくなるので、給与計算を効率化できます。

(2)不公平感を軽減できる

 従業員に同じ仕事を与えた場合、効率的に仕事をした従業員を評価したいところですが、残業代については効率を問わず、労働時間が長かった従業員に支払わなければなりません。

 残業をする従業員のなかには、工夫して効率的に仕事をしている従業員ももちろんいますが、一方で計画性がなくダラダラと残業をしているケースや、残業代を生活給と捉え、残業代を稼ぐことを意識しているケースも見受けられます。効率を意識しながら働いている従業員からすれば、後者のような従業員が職場にいるだけで不公平感や不満を生み出し、モチベーションを下げる要因になります。

 固定残業制を採用すれば、一定時間までは残業時間の有無に関わらず残業代が支払われるため、ダラダラと残業をしている従業員と同じ固定残業代をもらえるようになり、本来評価をしたい効率的に働く従業員の不公平感や不満を軽減できます。

(3)従業員が生産性を高めて働くことを意識する

 固定残業制は仮に残業がゼロでも決められた残業代が支払われます。従って、残業時間を減らせば減らすほど、自身の労働時間の単価も上がり、従業員自身が得をする制度ともいえます。従業員の中には少しでも残業時間を減らして生産性を高めようという気持ちを持ち始めるケースもあります。一人一人が生産性を高める意識を持つことにより、結果的に会社の成長にもつながるのです。

●固定残業制のデメリット

 固定残業制を導入するデメリットは2つあります。

(1)長時間労働の温床になる可能性がある

 固定残業制は生産性が高くなるメリットがある一方、従業員に固定残業制の趣旨や目的を理解させないまま運用をしていると長時間労働の温床になる可能性があります。通常なら所定労働時間で終わる仕事も、固定残業制で決められた残業時間を全て使って仕事を終わらせればいいと考え、ダラダラと仕事を行う人が出てきます。

 また、固定残業時間分を働かせることを前提として、所定労働時間で終わらせることができないような業務量を指示する上司も一定数います。長時間労働が常態化すると、従業員の体調不良はもちろん、職場の雰囲気が悪化やハラスメントの発生を引き起こしやすい環境になりかねません。会社として固定残業制を導入した趣旨や目的を発信し、現場でも正しく理解してもらうことが必要になります。

(2)簡単に廃止することができない

 制度を導入した後に「残業も少なくなってきたし、そろそろ固定残業代をやめよう」と思っても、単純には廃止できません。なぜなら、不利益変更に該当する可能性が高いからです。労働条件の不利益変更を行う場合は、労働者の合意を得ることが原則です。そのため、導入する際には将来を見越して慎重に検討しましょう。

●導入のポイント

 固定残業制を適切に運用できていなかったときは、固定残業制自体が認められないリスクがあります。残業代の支払いが無効と判断されれば、固定残業代は通常の賃金として割増賃金の計算のもととなる金額に含めることとなり、想定していた残業代よりも多額の残業代を負担することになるのです。

 固定残業制を正しく導入するためには、まず、就業規則に規定した上で、労働条件通知書等で基本給と固定残業を区分しておかなければなりません。

 また、固定残業部分に相当する時間数の明記も必要です。例えば、基本給に含めている場合には「〇時間分の時間外労働を含む」と明記するのではなく、「〇時間分の時間外労働として〇〇円を含む」というように、何時間分でいくらなのかを記載する必要があります。また、その固定残業制で定めた時間を超えて働かせた場合には、その差額を労働者に支払う旨も記載することになります。

 固定残業制を導入する際には正しく運用すること、そして従業員に導入する目的や趣旨を理解させることが必須になります。生産性を高め、会社の成長につなげる方法として検討してみてはいかがでしょうか。

●著者紹介:馬場 順也

2016年4月に社会保険労務士法人 大槻経営労務管理事務所に入所。22年に社会保険労務士登録。

『中小企業の支援をしたい』という想いから、新卒で金融機関に就職。そこで、一緒に仕事をした社会保険労務士の仕事に感銘を受け、もっと専門的な立場からの支援の必要性を感じ社労士の道を志す。

労務相談やアウトソーシング業務を通してクライアントの企業理念やビジョンの達成をサポートすることを目標とする。また、採用定着士として企業の採用支援にも力を入れている。